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農文協トップ主張 2000年9月号

「情報で地域を創る」オンデマンド出版の時代

農業情報分野がリードするIT革命

目次
◆自分や地域の願い・課題を表現するオンデマンド出版
◆オンデマンド出版は情報の受信者が発信者になる出版革命
◆個の生活・生産情報が意味をもつ時代
◆オンデマンド出版が地域づくりにはたす画期的な意味
◆地域でおこす「情報による文化運動」

自分や地域の願い・課題を表現する
オンデマンド出版

 今年の7月3日、「大豆のちょっといい話!!」という長野県・JA上伊那が企画した84ページの本が500部完成した。「畑の真珠はおいしい、安全、栄養満点」というサブタイトルがついているこの本には、水田の大豆作を地域の生活・生産文化として定着させたいという「思い」が込められている。

 この本は農文協が「ルーラル電子図書館」に蓄積している「現代農業」「農業総覧・農業技術大系」「日本の食生活全集」の3つのデータベース(CD―ROM版にもなっている)を検索し、編集したものだ。「高齢者が元気で長生きしてほしい」「売るための大豆加工だけでなく自給を豊かにしてほしい」などの願いを込めて記事を選び、さらに上伊那でつくられている品種の裁培暦を加えた。このような、地域の人が地域の特定の人の立場に立って企画し編集する本づくりのことを“オンデマンド出版”という。

 この本を企画し、前記の3つのデータベースの記事を選定したのは、JA上伊那営農課の下村課長と白鳥さんである。「平成12年伊那市伊那米等販売促進事業」を推進するために企画編集されたのだが、ふつう、このような事業ではたとえば「緊急生産調整推進対策のあらまし」とか「水田農業は新たな時代へ」というような、事業の内容を周知徹底させるための既成のパンフレットを購入して配布するやり方がどこでも行なわれている。が、下村さんは農家のやる気を引きだしたかったし、それには大豆生産を加工に結びつけることが大事だと考えていた。そんなとき農文協職員に「農文協のデータベースをつかってオリジナルな本が作れますよ」と提案されたのである。

 当初、「増収」と「ダイズの加工」の2つをテーマにした本を作ろうと考え、実際に記事を選んでの目次づくりは農文協の編集担当者とのやりとりですすめられた。その過程でだんだん課題が鮮明になり思いがはっきりしてくる。およそ管内100集落あるうち、3カ所ほどで大豆の加工施設を作ろうという機運が芽生えているところがある。その人たちの思いに応えるために「加工の基本的技術」を加えた。また、手づくり味噌を中心に7種類の加工品をつくっている兵庫県の「(有)朝来農産物加工所」と、注文生産で添加物無しの手づくり豆腐をつくる長野県の「北御牧村味の研究会」の2本の事例を「食品加工総覧」から選び加えた。

 さらに販売用の加工だけでなく、高齢者が元気で長生きするための知恵を広げたいし、販売できないダイズでも加工して自給の拡大につなげたいという気持ちも表現したかった。この課題には「ダイズの機能性成分が生活習慣病・ガンに効く、健康を招く」という研究者の記事に「60代からの健康指南 この食べもので、体の酸化を抑える、免疫力を高める」という福島県の薄上秀男さんの記事を組み合わせることにした。この記事には、長いこと大病を患った薄上さんの、ダイズ食品など食べもので自分の病気を克服してきた経験が書かれている。どんな科学的データも日常の食事のつくり方や食べ方という生活実用情報にならなければ応用できない。「現代農業」のデータベースを検索し、各地の暮らしから生まれた工夫、個性的な取り組みにふれることで、どういう情報を地域の人々に発信したらよいかという思いもよりはっきりしてくる。

 最終的な目次構成は次のように確定した。1、大豆は穫れる(ダイズの特性と転作田の特徴を生かした裁培のポイント 6記事)2、大豆で健康生活(ダイズの機能性成分の働きと60代からの健康指南 2記事)3、大豆加工事例(自給用から販売まで多種多様な食品づくり 8記事)4、伊那と大豆(伊那の伝統的な大豆料理8種を背景とともに再編集)5、大豆裁培指針(伊那地域での品種と基本になる裁培暦)付、大豆関連書籍一覧(これは個人学習ができるように裁培から加工、健康に関わる購入可能な本のリストと注文方法)。

 こうして、どこにもないJA上伊那だけの本ができあがった。大豆作にかける村びとの思いに寄り添い、暮らしを豊かにする大豆情報で農家に働きかける本だ。思いと実践的な実用の両方が入った情報で農家の気持ちを動かし、元気を出してもらおうと考えたのである。

オンデマンド出版は
情報の受信者が発信者になる出版革命

 実は、JA上伊那の「大豆のちょっといい話」の前に、すでに3つのオンデマンド作品ができあがっている。第一号は滋賀県湖北農業管理センターの手によって実現した「消費者ニーズの高い湖北産大豆を作ろう!」。続いて、山形県農林部の「大豆加工・販売事例と伝統食の知恵」や徳島県上勝小学校の藤本勇二先生の「地域とつくる『総合的な学習の時間』教材集 私たちのダイズ」がつくられた。いずれも、農文協が、農家と地域の課題に応えながら半世紀かけて発行し、蓄積してきたデータベース[現代農業(15年分)や食生活全集(全50巻)、農業総覧・技術大系(病害虫防除と作目別裁培技術の全95巻103冊)]を活用して作製されたものだ。

 農文協が蓄積した膨大なデータ(記事)に、特定の地域や学校の個別データも加え、その地域・学校の要求(デマンド)にかなう本を編集制作する――それが農文協が提案しているオンデマンド出版である。いま出版界でいわれているオンデマンド出版とは、印刷システムの技術革新が少部数出版のコストを下げ、これにより絶版になった本を読者のオーダに基づいて復刻するというもので、その効用は極めて限られたものである。これに対し、農文協が提案するオンデマンド出版は、食と農業分野の情報資産を使いながら個人や地域に役立つオリジナルな本を作るというもので、これは出版の質を変える大きな試みである。情報の受信者が発信者になるといってもよい。出版社から読者へ、企業・専門家から生産・生活者へ、都市から農村へという情報の流れを逆転させる。生産・生活者である読者が自分の本を作り、その情報を求める特定の人に情報を発信するという、まったく新しい本づくりが始まったのである。

 いま農村では、大豆の加工ばかりでなく、米ヌカ農法で除草剤を使わないおいしいイネつくりを目指したり、産直を発展させて消費者に地域の山・川・田畑の資源を暮らしに生かす農村の豊かさを伝えたりしている人がたくさん生まれている。その中心になって活動している高齢者・女性が、自分の暮らしと地域をよくしていこうとする夢や志を実用的なオンデマンド本として作ることが可能になった。その人たち自身が、また、その人たちの意を汲んだ団体や地域のリーダーが、自分の生き方と田畑・自然にあうオンデマンド本をつくり、仲間を元気づけたり、仲間を増やしたり、消費者に働きかけたりすることが可能になった。

個の生活・生産情報が意味をもつ時代

 それでは、オンデマンド出版にむく情報とは、どのようなものだろうか。

 高度経済成長期以来、普遍的な科学的農業技術が優位なものとされ、施肥設計も、防除暦・裁培指針も、科学に裏づけられた普遍的な指導マニュアルとして作成されてきた。これに対し、農文協は戦後一貫して、農業の技術体系は農家・農村のなかにあると考えてきた。

 本誌の常連執筆者である元普及員の水口文夫さんは「“自己流”の早期発見こそ定年農業成功の道」(98年2月増刊「定年帰農」)の記事のなかで自分の苦い経験をもとに次のように述べている。

 「私は、13年前まで農業技術を指導する側にいたが、現在は1人の農業者として指導を受ける側にいる。定年後はじめて取り組む農業をうまくやるためには早く知識や技術を習得しなければならないが、その一つの方法に農業改良普及センターの普及員や農協の営農指導員の指導を受ける道がある。

 これらの指導者は、最新の情報をもっており、普遍的で安全性の高い指導をしてくれる。しかし、その指導には限界がある。普遍的であればあるほど、誰にも当てはまらなくなる。安全性を求めれば求めるほど、どうしてもムダなことまですることになる。

 なぜなら農業は天候に大きく左右され、しかも田畑は千差万別だからだ。また農作業は、それぞれの人の性格や体力の差で大きな差ができる。私はつねづね農業は、自分の田畑や体力にあわせて行うものだと思っている。」

 水口さんが定年農業で悪戦苦闘したことのひとつは、指導マニュアルにある施肥設計である。水口さんには急斜面の荒地を開墾したノリ面の多い畑がある。そこにキャベツを作付けるのだが、施肥基準によるとその畑には反当たり2tの完熟堆肥、土壌改良剤・化成肥料で320kg施すことが必要だった。しかし、堆肥材料が手に入らず、堆肥散布機もなく金の余裕もなかった。なによりもそれを全部こなすとなると「身体がヘトヘトに疲れ仕事が遅れる。遅れた分だけ作業が雪だるま式に増えて、作物のできが悪くなる。新聞さえ読む気力がなくなる」という状態だったという。

 その経験から自分流のやり方に次々に転換していく。たとえば雑草。やたらと繁茂するメヒシバ・エノコログサを土にすき込んで土中堆肥にしてみた。この雑草緑肥のやり方で夏の炎天下の除草作業がなくなっただけでなく堆肥施用の労力も省けて資材代も減った。キャベツの出来具合も上々で、一石二鳥にも三鳥にもなった。厄介ものの刈込み枝や剪定枝は伏せ焼きで炭にしてタマネギに施用した。畑の個性にあわせて追肥も工夫した。そして、次のように結んでいる。

 「自分の身体、自分の畑にあわせた農業のやり方=自己流を発見し、それに変えることでゆとりができた。自給菜園にプッチーニや葉までおいしく食べられるおこのみ大根をつくったり、ソバをまいて自家製のソバを食べるなど、生活を楽しむゆとりができた。そして、農業の本当のよさと面白さを味わうことができたのである。」

 農業は他に代替することのできない自分の田畑・家産・地域自然と家族労働力の上に成立している極めて個性的な営みである。その営みを個性的に、技術と思いを一緒に表現した情報こそが他の農家に参考になる情報である。現に水口さんは執筆者でもあるが「現代農業」の情報をもっともよく使っている読者の1人でもある。炭が土壌微生物のすみかになること、土着菌のパワーがすばらしいこと、根圏局所施用という施肥法があることなど、いくつもの事例を結びつけてもっとも効果的な自分の農法を創りあげることに余念がない。

 これから必要な情報活用とは、ひとりひとり違う自分のライフプランを実現していくための情報検索・情報編集なのである。

オンデマンド出版が
地域づくりにはたす画期的な意味

 今年72歳になる山口県阿東町の水津昭典さんは「自分の農業を集大成して後世に伝えたい」と一昨年からパソコンに取り組み、「現代農業CD―ROM」と「技術大系CD―ROM」を研究している。それ以前は自分の時々の師と仰ぐ執筆農家の連載をコピーして本にしていた。「糠森流稲作」、比嘉照夫さんの「微生物農業」、薄井勝利さんの「疎植水中稲作」などだ。それを何度も繰り返し読んで自分の土地にあった技術にアレンジしてきた。その結果、いまの水津さんの技術は疎植、元肥減、不耕起、米ヌカ、無農薬のイネつくりになっている。それをデータベースをもとにして集大成したいと考えている。これを使ってまわりの新規就農者に“自分のイネづくり”を早く習得してもらうためのアドバイスをしたいという。イナ作だけでなく、食品加工の資格をとった娘には、漬物やユニークな加工のアイデアの記事を検索して渡してもいる。

 こうしたことが自在にできるのは、1万人にのぼる農家の実践事例データ(現代農業15年分)や全国の専門家5千人余の試験研究データ(農業総覧・技術大系)が、農家が自分の技術に役立てられるようにあらかじめ整備されているからである。さらに、地域の山・川・田畑・海などのめぐみをすべて生かしていた昭和初期のおばあちゃん5千人からの聞き書きデータ(日本の食生活全集)もある。

 農業はいま劇的な再編期に入っている。かつて小品目の大量生産を目指した産地が地産地消をベースにした産直型多品目産地に変わろうとしている。一方では、定年帰農も含む高齢者・女性が、自給をベースに地域資源を生かし体にもムリのない小力技術型と暮らしづくりを目指している。たとえば米ヌカでも、除草剤や農薬を減らすための農業利用に加え、漬物など食品にはもちろん、米ヌカ発酵ボカシを酵素風呂として健康づくりに生かすなどの生活利用も盛んになってきた。それぞれが自分流の個性的農業・個性的生活を目指している時代である。「現代農業」をはじめ「食生活全集」や「農業総覧・農業技術大系」などの農文協出版物は、そういう自己実現的な農業に取り組み、豊かな農村空間を再生しようとする人々に取材し、彼らの生産・生活技術をその背景にある動機や考え方・思いとともに表現した情報である。研究者の記事も、そうした農家の立場に立って全国の試験研究者を発掘し、単なる研究データの紹介ではなく、そのデータのもつ意味を明らかにする形で執筆していただいて編集された情報である。

 生の、バラバラな情報ではなく、動機や方向性をもつ「編集された個性的な情報」を生かして自分の本をつくる。だからその編集過程は事例農家と対話交流し、それに学びながら自分の現時点の課題を明確にし、どういう農業を実践するのかがはっきりする過程になる。そのことが、自分や村うちにある情報の価値を発見することにつながり、これらも含めて自分で、地域で編集された情報が、本として発信される。情報を発信するということは情報をよりよく受信することであり、情報をよりよく受信するということは自分の暮らしと地域をよくするために情報(事例)から学び編集するということである。受信→編集→発信、オンデマンド出版は、編集主体を地域につくることによって情報の流れを変える「情報革命」なのである。

地域でおこす「情報による文化運動」

 IT革命という言葉が毎日マスメディアに登場し、不況を克服する最重点課題としてもてはやされている。しかし、そこで言われているのは産業分野の「情報技術革命」についてであって、日常の生活・生産分野の情報革命ではない。現代の不況はもともと大量生産・大量販売の経済システムが、個性的なライフサイクル・ライフスタイルを求める生活と合わなくなってきているところに原因がある。生産と生活の決定的乖離こそが不況の原因であり、そしてその根本にある自然と人間の、農村と都市の敵対的矛盾を克服することがいま問われているのである。

 いまどこの団体でもIT関連の事業をどうするかに頭を痛めている。しかし、インターネット(イントラネットも同じ)は、いままでのマスメディアと同じ感覚で設計したのでは無用の長物と化してしまうことは火を見るより明らかだ。また、テレビや大新聞と同じであったらそもそも意味がない。マスメディアが標準化され規格化された画一的情報を専らにし、個々人の具体的な生活情報を捨象してしまうのに対し、インターネットはオンデマンド(自分が受発信したいこと)の情報を生活レベルでやりとりできるマインメデイアとしての特性をもっている。それは電話等の通信機器とも違う。人類の膨大な知的資産をたとえば専門分野別に格納し、要求に応じて引きだしやすいようにガイドをつけておくことも可能である。

 農文協の「ルーラル電子図書館」の食農データベースを採用する市町村や農協が生まれている。その団体が次にめざしていることは、それを生かして地域の情報ニーズにもとづく情報編集と情報発信、つまりオンデマンド出版をすることである。いま市町村レベルで課題になっている地域型食生活と地場産業おこし、高齢者福祉、地域教育、環境保全などそのすべてが住民のライフスタイル・ライフサイクルをどうするかという問題であり、日常生活文化の領域の課題である。

 情報による文化運動によって地域をおこす時代である。情報で働きかけるなかで地域の文化を掘り起こし、デジタルデータ化して地域の電子図書館を整備拡充していく。食と農のデータベースを基本に、必要な専門情報も使えるようにして地域・ふるさとの文化を継承発展させる情報センターにしていく。この情報利用システムは、通常考えられている情報系システムよりはるかに安く、実用的である。

(農文協論説委員会)

(なおデータの利用にあたって著作者の権利を侵害することがあってはならない。その方面の手続きも含めて、農文協はオンデマンド出版の企画・編集・製作に協力している)。
・「ルーラル電子図書館」はルーラルネット(http://www.ruralnet.or.jp/)から入れます。


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