特集 環境教育と技術・家庭科


高校「家庭一般」での単純な実験を通して

明楽 英世(埼玉・県立志木高等学校)


洗剤の効果だけを教える疑問

 洗剤の単元は、高校「家庭一般」では、衣生活の分野中、被服の管理のところで取り扱われている。そこでは、洗剤の話が当然出てくる。この洗剤に関しては、「洗剤の働き(浸透作用・乳化作用・分散作用・悪汚染防止作用)」を知るための実験が紹介されている。(1)

 たしかに、汚れを落とす洗剤の働きとその原理を生徒が理解するために、この実験自体は当をえたものである。この実験の紹介後、教科書の内容は洗剤関係の事項を離れ、被服の管理の項に入っていく。このような記述の流れでよいのか、ちょっと首をかしげてしまう。もし、この実験(または、実験なしの教科書参照による理解)だけで洗剤の授業を終わってしまったら、生徒達は洗濯というものについてどのような印象を持つだろうか。「洗剤を使えば汚れが落ちるんだ! それじゃ、洗濯するとき洗剤を使えばいいんだなぁ」といったことを考えるだろう。なかには、ジャブジャブ使おうといった発想もでてくるかもしれない。教科書には環境との関係で、脚注などに「使用する洗剤の選択や使用量に十分注意する」ような旨が書かれているが、これに対する実験は示されていない。(2)

 私は、家庭科のある領域を一つずつ独自のものとしてのみ捉えていくこと(または、そのような傾向が強いこと)に疑問を感じる。現実の生活は、個々別々のものであるが、同時にそれぞれが全体の大枠と大いに関連し合い影響し合っているという面からも見ていかない限り、成り立たないものだと、私は思うからである。

 このような観点から、個々に洗剤を使うということと、自然環境の問題の関連を考える必要がある。上記の教科書の実験をクローズアップするとすれば、洗剤を使用することだけを推賞する事になりかねない。それは、本当に自然にやさしいということにつながるだろうか。

 ここでいう自然とは、多様な生物・水・表土・空気・太陽エネルギーという自然を構成する要素が相互に関連し合っている全体(生態系)である。(3) 洗剤は人間が作ったものであり、自然にとっては「異物」である。これを自然に流し込むことによって、どのような影響がでてくるか、そういう観点が、汚れを取ることと被服管理ということに結び付けられて考えられなければならない。

 だからと言って、そのことを生徒にアップ・ダウン方式によって押しつけようとする事もできない。まず、洗剤の働きだけでなく、自然との関連でものが見えてくるようなきっかけが与えられなければならない。そこで「洗剤の使用が自然と結びついてくるのだ」というごく簡単な2つの実験を示して、生徒がこのことについて考えていくことができればと意図した。

洗剤と環境を考える実験

A.洗剤の使いすぎに対する単純な実験

 これまでは、洗剤という言葉を使ってきたが、この実験で合成洗剤と石けんに区別して使いすぎの問題を考察したい。私は、これまで洗剤のことについてあまりにも無知だったので、石けんは合成洗剤より「水」の中で分解されやすいという、極めてあいまいな考え方をもっていた。だから、安易に石けんと合成洗剤を2gずつそれぞれ水道水100mlに溶かしてみた(容器は清酒1合ふた付きガラスビンを使った)。洗剤がそれぞれ分解されるかどうかは「界面活性がなくなる=振っても泡立ちが極めて悪くなるか無くなる」で判定することにした。そして、「せっけん水は2〜3日で泡立ちがかなり少なくなり、石けんの合成洗剤に対する勝利が明確になるだろう」と想像していた。しかし、どうだろう、石けん水は2〜3日どころか、20日経っても泡立ちは、石けん水が作られたときとほとんど変化ない(水面から5cmくらいの厚さの泡が立った。また、泡が完全に消え去るまで1日以上かかった)。1ヶ月半以上経た現在でも泡立ちは悪いものの(水面から1.5cmくらい)泡は立ち続けている。合成洗剤も泡は立ち続けている(水面から5cmくらい)。

石けんの分解実験

 この実験は、最初、ある先入観から合成洗剤より石けんの分解しやすいことを確かめようとしたものであったが、逆に石けんも使いすぎれば、(水道水では)分解しないことが分かった。これは単純なことのように思えるが、生徒達にも、石けん支持派にもきちんとおさえてもらう必要のある事柄ではなかろうか。つまり、石けんも合成洗剤も使用すること自体、濃度やその他の条件を考えていかねばならないということである。

B.洗剤の自然界における分解の実験

 私は、上記の実験で、なぜ洗剤が分解しないのかを考えた。「それは、この2種類の洗剤が、適度な濃度で自然界と同様の条件のもとにおかれていないからだ」このような簡単なことに私が思いいたるまでかなり長くかかった。この一連の過程で、私は、自分の生活の中に自然というものの感覚、本来の自然の世界を考えるに至らせるような回路を普段持ち合わせていないのでは……と恐ろしくなった。このことを戒めるとともに、考察したのが、次の実験である。

 前回と同様、100mlの水に、3〜4粒の石けん・合成洗剤をそれぞれ混ぜることにした(濃度0.13%くらい)。しかし、今回の水は、あらかじめ浄水器を通した水道水と私の家の近くにあった土を混ぜてそれをろ過したものを使った。というのも、より自然に近い水(例えば川の水)には、殺菌用の塩素が含まれていないはずであり、また他方、土中や土の表面を流れてきた水には、土の中に存在しているミネラルや細菌が含まれていると考えたからである。

 この実験は、夏季に行われた(気温33〜23℃)。下図でも分かるように、2〜3日経つと、石けん水の場合、振った後のあわはかなり早く消える(振ってから20分後くらいで完全になくなる)。また、リトマス試験紙で調べてみても、pH7に近い色になり、アルカリ性もほとんど呈しないようになった。さらに、1週間後には、泡は強く振った直後に霧散するようになった(10秒後程度で消える)。これに対して、合成洗剤の場合、2〜3日後の泡立ちは、液を作った日と同じ程度に生じた。また、その時立った泡は3〜4日経って消滅すると言った具合だった。すでに液を作って1ヵ月くらい経っているが、振った直後の泡立ちが泡の粒が以前より大きくなったが、水面よりの高さは3cm程度も出来ている。このように、合成洗剤は、界面活性効果が比較的長く持続するということが分かろう。

 このような現象は、どのような原因で生じるのだろうか。ここで、温度(太陽エネルギー)や空気(酸素)も大いに関係するが、これらの条件を背景として、土や水の中に存する成分や微生物が主に働く。とりわけ、せっけん水の場合、微生物が生き続け、せっけん成分を分解してしまうのである。それに携わるのは、主としてバチルスやシュードミナスブチダなどというバクテリア種である。これが石けんの成分を変化させ、最終的には水と二酸化炭素に分解してしまうのである。また、日本の土は微酸性であり、せっけんの成分(アルカリ性)と化合し塩をつくり、せっけんの界面活性を大いに弱体化させてしまう=せっけん成分の分解を促進する。他方、合成洗剤に対しても、上記の微生物は、分解する能力をもっているはずである。しかし、合成洗剤のタンパク質結合作用によって、微生物自体を変化させ、あるいは死滅させていくケースが指摘されている。このようにして、自然の中に内在する合成洗剤の分解能力を微生物から奪ってしまうのである。この合成洗剤の性質は、微生物だけでなく、タンパク質によって成り立っているすべての生命体にとっても有害ではないかと説明され警告されている。(4)

 自然の生態系は、全体と個の密接な関係との微妙なバランスの上に成り立っている。このバランスが崩れないための前提は、自然を構成しているものが、再生可能(リサイクル可能)でなければならないということである。(5) もし、ある物質が生命体に長期的に有害であり続けるならば、必ず自然の生物連鎖を安定したものにしておかないだろう。このことを、環境問題として生徒とともに(被服管理としての生活だけでなく)一人ひとりの生活を通して考えていかなければならないことだと思われる。

おわりに

 上記の単純な実験で見たように、水道水と混ぜた高濃度の洗剤は、きわめて分解が困難であることは、単なる洗剤の性質を超えて、人間のつくり出したものが、自然の中に新たにそのまま入っていくことを示している。また、私たちの生命活動が、名も知らなかったような無数の土壌微生物によって支えられていること、そのような微生物の死滅によって人類全体の生活も生命も失われることが明らかになる。科学技術の成果と自然と我々の生活の関係も、再度問い直さなければならなくなるだろう。

 本年8月に行われた産教連の大会の環境教育の分科会で、印象に残った言葉があった。「環境問題を家庭科のある領域で捉えていくように考えるよりも、現在行っている授業そのものの中に環境問題が潜んでいる」という意見を述べた方がいた。どのような分野においても、環境問題を取り扱っていかねばならない差し迫った状況も確かにある。こうした状況の中で、日常の家庭生活と自然が目に見える形で理解・反省される一つの契機として、実験・観察を取り入れた家庭科の授業があると思われる。


<注>

(1)『新家庭一般』樋口恵子他著 一橋出版 p.156
(2)(1)と同書 p.155 『家庭一般』の教科書は、一概に洗剤の事項の取扱い方は一橋出版と同様である。
(3) 日本生態系保護協会『日本を救う「最後の選択」』情報センター出版局pp.50〜60を参考にした。
(4) このパラグラフの内容については、次を参考にした。
 ・日本消費者連盟『消費者レポート』第384号(1980年1月27日号)
                及び第390号(1980年3月27日号)
 ・合成洗剤研究会編 『みんなでためす洗剤と水汚染』合同出版
 ・城雄二『もう。毎日が洗濯日!』仮説社 pp.34〜38

<その他の参考文献>
 ・ライオン科学研究所 『エコライフ百科』
            『生活と化学シリーズ安全性と環境』
 ・小林勇『洗剤成分検査の化学反応(簡易検査の原理)』
                    合成洗剤研究会誌6(2)1983年
 ・泉・雀部編『新「学問のすすめ」3−自然を考える−』法律文化社
     「自然と人類の共存を探る」pp.153〜209