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農文協トップ主張 2014年12月号

「日本型直接支払」をもっと使う

 目次
◆田んぼの出し手の草刈りに
◆田は公共財だから
◆いろんなねらいが押し込まれた交付金
◆「普通に元気にむらを守る」ために

 最近の農業政策はじつに複雑でわかりづらい。

 今年の春から「農政改革」がスタートしたとされるが、農家がみんなよくわかっているのは、せっかくこれまでもらえていた米10aにつき1万5000円が半減して7500円になったことと、飼料米をつくれば最高10万5000円が出ることくらいではなかろうか。ゲタやナラシのしくみ、さらに農地中間管理機構やら日本型直接支払やらの話になると、細かい要件まですべてわかっている人など、行政関係者にも少ないのでは、と疑ってしまうほどだ。

   農地中間管理機構
過去集積分にもカネが出るか?

 わからないのは、政策を説明する農水省のほうがハッキリ細部まで言わないから、という面もある。農地中間管理機構にしても日本型直接支払にしても、どうも「大枠の方向性は国として一応出すけど、運用については都道府県や市町村で決めてね」ということが多いようなのだ。

 だからいろいろ齟齬が出る。先月号(11月号)では「農政改革1年目の秋、集落営農のビジョンをきく」という特集が組まれたが、記事の中で、滋賀県の(農)ファームにしおいそ組合長・安田惣左衛門さんも嘆いていた。

 新農政改革では「農地中間管理機構」の設置により、担い手への農地利用・集約化が高らかに謳われています。集積した農地に対して「地域集積協力金」が交付されるわけですが、滋賀県の担当者によれば、以前、利用権設定した面積を除く新たな集積面積比率により、それが高い地域から優先的に予算配分するとのこと。当法人(ファームにしおいそ)では、過去に「農地利用集積円滑化団体」として集落の農地の8割以上は利用権設定が済んでいますので、この交付金をいただける確率は非常に低いことになります。ただし、国の説明によれば、過去に集積した農地に対しても認められることになっていますので、県の進め方はいかがなものかと、今、県域で異論が飛び交っています。(『現代農業』11月号331ページ)

 同様の問題は、おそらく全国各地で起きている。農水省のホームページ上の「農地中間管理機構Q&Aコーナー」では確かに、過去に集積をすませたぶんについても、今回新たに「協力金」がもらえると再三説明してあるのだが、それはおおまかな指針に過ぎず、実際の運用は県の方針次第ということのようなのだ。なにせ、各県に配分された予算は限られている。これまで農地集積に力を入れてきた県ほど、過去の集積分への交付を認めるとパンクする。「国がいくらいいって言っても、ない袖は振れませんよ」というのが県の言い分。現場の農家は情報に振り回されて、困ったことになっている。

   多面的機能支払
個人畦畔の草刈りにカネが出るか?

多面的機能支払交付金の概要
農地維持

 今回、農地中間管理機構についての省令を農水省があまり出さず、運用を現場に任せたことについては、「産業競争力会議や規制改革会議など機構を企業参入の突破口にしたい勢力と、農林族議員ら『機構は地域の意志を反映する人・農地プランを軸に運営するべき』という勢力とに挟まれ、農水省が責任や判断を放棄したせいだ」と穿った見方をする人もいるが、新しく始まった日本型直接支払のほうでも、地域裁量の分野が多分に大きくなっているようで、「そういう時代なのかな」とも感じる。

『現代農業』の兄弟誌・『季刊地域』の19号(秋号)に、ちょっとおもしろい記事が載った。「新制度『多面的機能支払』でアゼ草刈りに日当を出す」というタイトルで、新潟県見附市の取り組みを紹介している。自分の田んぼのアゼを自分で草刈りすると、そのことに対して補助金が出るというのだ。これまではアゼに除草剤をまく人もけっこういた地帯なのだが、この草刈り日当の効果はテキメン。兼業農家もみんな「出勤前のひと仕事」と早朝から田んぼに出るので、刈り払い機が真夏の朝四時、集落中で大合唱するようになったそうだ。

 ここで使っている「多面的機能支払」こそが、日本型直接支払の一つとしてこの春から新設された制度だ。新設のはずなのだが、中身はこれまでの「農地・水保全管理支払」を組み替え、継続したものが多く、そのことが問題をややこしくしている。「農地・水」は前提として「共同活動」を支援する交付金だったからだ。記事では、

 従来の「農地・水」では集落の人みんなが使う水路の掃除や、その法面の草刈りなどは「共同活動」として推奨されてきた一方で、個人の営農活動に交付金を使うことはまかりならんとされてきた。「自分の田んぼのアゼ草刈りを自分でやること」は、まさに営農活動に当たるのではないか?

 見附市広域協定ではこれを巡って、じつに大胆な発想をとっている。「畦畔の草刈りは営農活動ではない。水田の多面的機能を維持する本筋の共同活動」との位置づけで、田んぼの畦畔は水路や農道と同じように「集落で管理する施設(共有の財)」としているのだ。

 なので、個人の田んぼであろうが、担い手に預けた田んぼであろうが、今年からメニューに入った(多面的機能支払の)「農地維持支払」を使って、畦畔の草刈りに日当を出している。また、草刈りの人手が足りない場合に、隣の集落から応援に出た際の日当もOKとした。(『季刊地域』19号77ページ)

 このことの背景には、見附市が以前から進めてきた「田んぼダム」事業があるそうだ。大雨が降った際に田んぼを深水にすることで貯水し、地域の家々を洪水から守るしくみだ。田んぼダムを正常に機能させるには、除草剤で草の根まで枯らした崩れやすいアゼではダメで、きちんと草刈りして、しっかりしたアゼをつくる必要がある。だから、個人の田のアゼ草刈りも「多面的機能維持」のための共同活動として位置づけられる、との解釈だ。

 農水省の担当課に見附市の事例についてたずねてみると、一応「個人畦畔の草刈りは本来この制度になじまない」とは言うものの、「地域で決めたことを国がとやかく否定したりするものではない」とも言う。まったく判断に困る返答だが、調べてみるとこの事業は「都道府県知事が基本方針を策定して、地域の実情に応じて市町村や農業者の団体らからなる推進体制を構築し、実施するもの」というようなことにもなっている。「地域でスジが通るよう考え方を整理してもらえれば……」というのが農水省の立場のようだ。

 だめ押しで「『共同活動』なのに集まって作業するのでなく、個々バラバラに草刈りする形でもいいのか?」についても聞いてみたが、

 みんなで集まれる「共同活動の日」は必須というわけではありません。兼業農家は土日以外の参加は難しいでしょうから、集落で話し合って「いつまでにする」という期間を設け、空いた時間を見つけて個別に作業する見附市のようなやり方もOKです。(『季刊地域』19号81ページ)

 とのことで、けっこう何でもいいようだ。

 だが決して積極的に「個人の田の草刈りに、この交付金を使ってください。使えますよ」というPRの仕方はしない模様。農水省の出しているパンフレットや資料を穴のあくほど見つめても、その辺がどうなのかは読み取れなかった。

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田んぼの出し手の草刈りに

 そういえば前号の『季刊地域』(18号・夏号)にも、この交付金をアゼ草刈りなどに使うと言っている人が載っていた。岩手県盛岡市にある日本最大の農事組合法人となん代表・熊谷健一さんだ。

 加入者約950戸1200ha以上という地域ぐるみの大組織。枝番方式で、今はまだ自分の田を自分でやっている人も多いのだが、10年後にはきっと多くの農家が田を委託に出していることだろう。そうなったときの集落がどうなってしまうか……。熊谷さんは「担い手に田んぼを預けても、アゼ草刈りや水管理は出し手農家自身が請け負う形でやる」という想定で話す。そこに多面的機能支払(農地維持支払)を使うというのだ。

 ……さっきも言ったけど、9割の人(農地の出し手)が1割の人(受け手)を応援するしくみをつくらないと集落がつぶれるの。農業もつぶれるの。水管理とか水路管理、草刈りも、今は20haも30haもやってる受け手の仕事になっててかわいそう。これからは、受け手はトラクタでやれる仕事だけを集中してやって、草刈りや水管理・水路管理は生活部(出し手農家が多い)の事業としていくの。「9割の人」を生産から遠ざけたらダメなのさ。「土地持ち非農家」にしたらダメなのさ。

 そしたらさ、またこれに国がカネをくれるというの。そう、日本型直接支払。農地・水が変わったヤツ(農地維持支払)。出し手の人が草刈りとか水管理したらおカネあげますよって。

 そう、そんなふうにハッキリはどこにも書いてない。俺が拡大解釈してるの。国のおカネは目的にピタリとはまるように屁理屈つけて申請すれば認められるのさ。(中略)「となん」でモデルをつくれれば、この方式が全国に広まる。国の言葉はそのままでは使えないから、翻訳して、国の出すカネを地域のためにどう有効活用するか。俺、そんなことばっかり考えてるのさ。(『季刊地域』18号54ページ)

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田は公共財だから

 同じ岩手県はもう少し南の花巻市笹間地区、鳥喰生産協業の組合長・大和章利さんのところでは、今年の草刈りからさっそくこれを実行に移しているそうだ。組合で受託している田は、基本的に地権者に草刈りや水管理をお願いしているので、実際に草刈りするのは兼業農家などの地域住民。

 春の分から各々で、きちんと作業時間の記録はつけてあるそうだ。笹間地区ではこれまで「農地・水」のおカネは主に水路の補修などに充ててきたが、今年からは、みんなでやる堰払いや水路の草刈り、そしてそれぞれがやる田のアゼ草刈りにも日当を出せるようにした。大和さん曰く「田も公共財という考え方だと思います」。

 単価は1時間1000円(10a1時間見当)。さらに刈り払い機の借り上げ代1時間500円がプラスされるので、実質時給1500円の仕事。組合から地権者へは草刈り代として年に10a5000円が支払われているので、3回草刈りすれば合計1万円近い仕事になる。

 米価が急落、ひとめぼれの概算金が1俵8400円になってしまった今年、稲作農家にとって少しでも経営にプラスになるのはいいことか。「でも、この交付金の原資は1万5000円を7500円に減らした分ですからね」と大和さん。確かにそうだ。あまりありがたがるものでもないのかもしれない。

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いろんなねらいが押し込まれた交付金

 今年の春先、「日本型直接支払制度が始まる」「農地・水が多面的機能支払という名前に変わる」という話はよく聞いたが、たいがいの人が「今までと同じでしょ。単価が少し上がるだけ」「非農家が一緒に活動しなくてもよくなるらしい。少しラクかも」という理解だった。「集落みんなに関係する共有部分の草刈りを、みんなでやる」ときの日当が出るのはわかっていたが、それぞれが普通にイネをつくる田や、担い手に任せた田のアゼ草刈りに、この交付金から日当が出せることは、はっきりアナウンスされていない。だが現場はそれぞれの解釈と理屈で、自主的に動き始めたようだ。

 ちなみに、国のほうの歯切れが悪い原因の一つは、この「多面的機能支払」の出自にもありそうだ。

 もともとは自民党が野党時代に、民主党の戸別所得補償に対抗して練り上げた法案上の直接支払いシステムの名が「多面的機能支払」で、自民党の重要な選挙公約にもなっていた。だがその内容は、今のものとは全然違う。どちらかというと「中山間地域等直接支払」を平場にも拡大するようなイメージで、個別農家の営農活動そのものが対象とされていた。だが、どういうわけか政権党に復帰すると、同じ名前の直接支払いを、従来の「農地・水」の改良版として打ち出すことになった。額も、新設した「農地維持支払」分の10a1000円アップという程度にとどまり、受け取る側にとってはたいした変化とはいえない。

 パンフレットの農地維持支払の項には「多面的機能を支える共同活動を支援」と大書されている。かと思えば、その下にはちょっと異質な文言が注意書きのようにして添えられていて目を引く。「※担い手に集中する水路・農道等の管理を地域で支え、農地集積を後押し」とのことだ。多面的機能を共同で守ることは、折から「強い農業」の構造改革に資するものでなければならないことになったようだ(参考・ブックレット『ポストTPP農政』)。

 もともとの自民党案の直接所得補償的な意味合い、「農地・水」のねらいである地域のインフラ維持と共同活動支援、そして農地集積の構造政策……いろんな立場のいろんな思惑がこめられてしまった交付金(まさに多面的!?)。盛りだくさんになってしまったせいもあって、やはりとてもわかりにくい。だが、そのぶん地域で使い方の理屈を考えて、あてはめていく幅がありそうか。農地集積を後押しする役割もあるというならば、集落営農の草刈り部隊を支払い対象にするスジはたちそう。資料をよく見ると、「地方裁量で地域実態に即した取組内容を追加できる」とまで書いてある。

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「普通に元気にむらを守る」ために

 今回はアゼ草刈りのことばかりを話題にしたが、今年からもう一つ新たにメニューに加わった「多面的機能の増進を図る活動」のほうでは、例として「遊休農地を有効活用して企業と一緒に特産物を開発する」とか、「鳥獣害防止の柵設置と見回り」「障害者の農業体験」「農村伝統文化の伝承、田植え歌の披露」など、およそこれまで抱いていた「農地・水」のイメージを飛び越えたようなものも農水省側から挙げられている。「もしかして、やりたいことは何でもOK?」とも思えるほどだ。

 なるほど。考えてみれば、農家農村が普通に元気に活動すれば、それが世の中に資する多面的機能を持つ。昔から当たり前にやってきた「共同して田畑を守り、むらを守る」活動を、農家農村は普通にやり続ければよい。それだけで自然は守られ、地域は続き、都会の人にも恵みが届く。多面的機能支払とは、本来そういう補助金なのではなかろうか。「普通に元気に」がやや難しくなってきた状況を、ちょっと手助けする役割を持つ。

 この多面的機能支払と、中山間地域等直接支払、環境保全型農業直接支援の3つからなる「日本型直接支払」は法制化された。来年四月から施行となる(「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」)。猫の目農政が常とはいえ、さすがに法律になったのだから、これはしばらくは続くであろう。「むらの守り方」は地域それぞれ。「地域裁量」で、ユニークな取り組みが続々登場するのが楽しみだ。

(農文協論説委員会)

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現代農業 2014年12月号
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