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農文協トップ主張 2003年2月号

「安全」競争より、「食」の楽しさを届けよう

目次
◆農薬の規制強化で、農村が貧困になる?
◆「安全」と「安心」はちがうほうがいい
◆「おいしさ」は「安全」を超える
◆「個性」が「安全」を乗り越える
◆「個性」が輝く「地域の味」を、むら出身者に届けよう

 一昨年のBSE騒動に続き、食品の不当表示や「無登録農薬」の摘発など、「食の安全」をめぐる事件に揺れた1年が終わり、新しい年を迎えた。明るい年にしたいと思う。 「無登録農薬」問題は、その後、農薬取締法の改正へと進み、産地も農薬安全使用基準の遵守や農薬の「記帳運動」(トレーサビリティ)の取り組みに大きく動きだしている。どんな農薬をいつ散布したかを記帳し、使用基準に違反していないかを点検し、流通関係者や消費者に「安全」を証明する。

 食べものだからもちろん「安全」は大事である。しかし、それで明るい未来が開けるだろうか。

農薬の規制強化で、農村が貧困になる?

 長野の酪農家・小沢禎一郎さんが、かつての「のどかな酪農」をふり返りつつ、こんなことを書いている。

 「牛乳は安全なものという前提があったのだろう。搾った牛乳は井戸水、川で冷却して集乳所へ。そこで簡単なアルコール検査をするのみだった。

 このような酪農は、(昭和30年、森永乳業の粉ミルクに砒素が混入した)砒素ミルク事件で一変する。被害者が粉ミルクを飲む赤ちゃんであり、今も後遺症が続く大事件となってしまった。これを契機に、牛乳の安全性への取り組みが強まっていったのである。

 その後、酪農家は、細菌数検査、そのための乳温冷却バルククーラーの設置を義務づけられ、牛乳成分検査、抗生物質検査、と速やかに実施されていった。事の始まりは一乳業工場での砒素混入であったが、牛乳は危険という風評をなくし、消費拡大の名目で、バルククーラー設置を義務づけられ、これを契機に60戸あった村の酪農家は3戸に減ってしまった。現在では、わが家のみである」(現代農業1月増刊「スローフードな日本!」より)

 「安全」を確保するために高額の設備が必要になり、その経費をまかなうために頭数を増やし、日本の酪農は輸入飼料に大きく依存せざるをえなくなっていったのである。

 もちろん、「安全」のための一定の設備や規制は必要であろう。しかし、それが、農家の生産と暮らしの知恵や工夫をおしとどめるようなものであってはならない。

 そういえば、グリーンツーリズムで来たお客に自家醸造のドブロクをふるまうことを認めよ、と岩手県が提案した「どぶろく特区」に対し、これを拒否した財務省のいい分も「安全」であった(1月号56ページ)。「製品の品質が保健衛生上問題のない一定の水準を維持するためには相応の設備」が必要で、「これらの費用を賄えるか否かは酒税の保全の観点から重要」という。家にある道具でつくるのは「安全」に疑問があり、税金を払えるぐらいの経済力がないところでないと「安全」なものはできないというわけだ。世界広しといえども、自家醸造を禁止しているのは日本ぐらいなものである。諸外国では、農家や庶民が「危険」な酒を飲んでいるとでもいうのだろうか。

 自家菜園や身近な資材を活用した防除の工夫まで規制対象にしようとする今回の農薬の規制強化(1月号338ページ)も、そんな恐れをはらんでいる。

 農薬の飛散による残留農薬基準の違反などの心配も大きくなり、「地産地消」の少量多品目の生産がやりにくくなってしまう。少量多品目栽培で農薬散布は少なく、トータルには安全性が高いにもかかわらず、細かい基準にひっかかってしまうという、なんともバカらしいことも起こりうる。多くの村から乳牛が消えたように、今回の農薬規制の強化で、単作や閉鎖的な空間での栽培だけが残り、多様な作物が消え、殺風景な農村になってしまうとしたら、そのほうがよほど危険だ。

「安全」と「安心」はちがうほうがいい

 「食の安全」というけれど、大規模市場流通のもと、農家と消費者、農と食が乖離した状況のなかで、モノ(商品)の安全性だけが、それも過剰に問題視されているにすぎない。「危険」か「安全」かだけを性急に裁断しようとする雰囲気がこの国を覆い、それがもたらす「風評被害」を防ぐために、産地側は余儀なく、先んじて「安全」を証明しようとする。

 一方、「安全」論議の高まりのなかで、「無農薬」とか「有機」とかも「安全」証明のレッテルのようになっている。しかし、日本の有機農業は、隔たってしまった農家と消費者を「産直」で結び、農家が消費者に働きかける運動として始まったものである。今から32年前に設立された日本有機農業研究会の「結成趣意書」は、次のようにその使命を謳っている。

 「食生活での習慣は近年著しく変化し、加工食品の消費が増えているが、食物と健康との関係や食品の選択についての一般消費者の知識と能力は、きわめて不十分にしか啓発されていない。農業者が消費者にその覚醒を呼びかけることが何よりも必要である。」

 一楽照雄氏の起案によるものだが、有機農業運動は、消費者が求める有機農産物をつくり届ける運動ではなく、農家による消費者への「食教育」の運動である。農家が「食」のありようを伝え、消費者の安心感を強める。安心が広がるから「安全」が実現する。消費者の「要望」に農家が従うことで「食の安全」が実現するのではない。

 農薬についていえば、高齢化が進むなかで、農家が安全で安心できる減農薬をすすめることであり、これを本格的に支援することである。農薬散布の履歴を記帳しようと簡単にいうが、記帳を苦手に思う高齢者も多い。記帳がないから、「安全」でないなどと決めつけられてはたまったものでない。細かな農薬使用のチェックより、農薬の総量を大幅に減らせる地域の減農薬技術を、農家の知恵と試験研究の蓄積を生かして確立していくことに力を入れるべきだ。

 施肥や土つくりの工夫も大切だ。石灰や苦土などが不足し、チッソばかりが優先して吸収され、作物体内の硝酸がだぶついた作物は病害虫にかかりやすく、農薬散布回数も増えてしまう。そんな作物はおいしくない。硝酸が多い野菜はガンの引き金になるという話もあり、農薬云々より「おいしさ」のほうが、説得力があって消費者も喜ぶ「安全の証明」になるだろう。

 そして、土の微生物や土着天敵など、生命豊かな減農薬空間、安心できる環境を田畑に、地域につくっていく。生命豊かな空間で農家が元気に作物をつくっている。その姿こそ何よりの「安全の証明」だ。トレーサビリティに価値があるとすれば、それは記帳によって自らの防除のありようを見直し、地域の減農薬防除技術を確立していくための素材として生かすことにあるだろう。

「おいしさ」は「安全」を超える

 さて、今月号は「品種特集号」である。そして、農家が消費者に働きかけるうえで、「品種」には大きな可能性が秘められている。従来の大規模市場流通と、地産地消では品種選択も、アピールのしかたもずいぶんちがう。

 元農協の生活指導員の佐々木寿美子さんは、5年前、産直を始めた(本誌56ページ)。自分でつくる野菜や果樹だけでなく、「規格にあわない」「まとまった量が揃わない」などの理由で農協や市場出荷に向かないものを県内各地の農家から集め、3カ所の直売所と60戸への宅配便で販売する。おいしいと農家がこだわってつくっている特徴のある品種の極上品を直接仕入れるので大変好評だ。売り上げは年々伸び、いまでは合わせて年間800万円にもなった。

 たとえば1月の蜂屋柿の干し柿。普通は高級感を出すために1個ずつパックされるが、お客さんの要望に応じて、連のまま入れる。お客さんは「懐かしい」といって台所に吊るし、自分ではずしながら食べるのが楽しい。5月に販売するキュウリ(品種不詳)は、切るとあたり一面に香りが広がる。

 佐々木さんの取引の基準は「ベロメータ」だ。本当においしいものなら噛み分けられる自信がある。自分の家族にも食べさせて、感想を聞くことで自信が確信になる。特に果物は子供に食べさせるのが1番。次々手を伸ばすようなら、「もう間違いない」と佐々木さん。

 農薬問題が騒がれても、お客から「農薬はどうしてます?」という質問はまったくないという。「どうです。おいしいでしょう」という迫力が、安全性など気にならないほどの信頼をもたらしているのである。トレーサビリティも当面の課題にしていない。とにかく「味」で勝負なのだ。

「個性」が「安全」を乗り越える

 品種を生かして「食」の楽しさを伝える。「地産地消」の中で、そんな取り組みが盛んになってきた。

 トマトを地域の人に配達販売している千葉県の御園生幹夫さんは、おいしいファースト系トマトに黄色いトマトや外国の品種を交ぜた「ミックストマト」を、トマトソースなど調理のしかたもあわせて届け、食卓の会話がはずむ「夢のあるトマト」として喜ばれている(64ページ)。

 栃木県の「吉野フルーツ園」は、甘味系、酸味系など30種以上のリンゴの品種が植わっているが、その中には軸に割れが入る品種がある。切ったときに不良品のように見えるので、売り始めた当初はクレームで電話がなりっぱなし。しかし、それは品種の特徴で、割れが入ったほうがおいしいと説明すると納得し、しばらくして「また送って」と注文が入るようになった(82ページ)。

 富山県の荒川睦子さんが直売所にだす「仙台長ナス」の早採り果は、「皮がやわらかいのに、食べるとシャキッとした感じ」「切らずに皿に盛れるから見栄えがいい」「漬かるのが早い」など、驚くほどの人気である。千両ナスや水ナスでも若採りできるが、漬けるなら仙台長ナスが1番だと伝えてあげる(78ページ)。

 品種を食べ方と一緒にアピールする。食べ方や調理の工夫で品種のもつ特徴を引き出すことによって、品種は個性的なものになっていく。「個性」はモノに付着した性質ではなく、人とモノとのかかわりから生まれる。品種を育てる農家の思いや苦労、それを生かす食べ方など、情報も含めそこに人のかかわりが見えるほど、品種は個性的になっていく。

 そして今、「個性が売れる」時代である。「安全」はモノに付着した普遍的(客観的)性質のように見えるが、消費者が求めている「安全」は、「信頼」から生まれる安心感のことなのである。そして個性的であるほど安心感は高まる。

「個性」が輝く「地域の味」を、むら出身者に届けよう

 品種に調理・加工が加わり、歴史を経ることによって「地域の味」が生まれる。「個性」が輝きを増す。それを「個性」がわかる人たちに届ける。そんな事例を刊行中の「地域資源活用 食品加工総覧」(全12巻)から、2つほど紹介しよう。

 新潟県栃尾市の「農事組合法人田代農産」では、「梅三郎餅」というもちの加工・販売に取り組んでいる(第4巻183〜188ページ)。梅三郎は、標高の高い山間水田の水口につくられてきた在来のもち品種である。冷たい湧水が入る水口ではイネの育ちが悪く、低温の年には収穫皆無になる。なんとかイネを稔らせたいと考えて先人が育ててきたのが、この梅三郎だ。紫色の穂をだし、赤飯にするとおいしく、もちにしたときの歯ごたえ、粘り、こしの強さが大変優れていて、農家の自給用としてつくり続けられてきたのだが、これを、過疎が進む村の冬の仕事に生かそうと、特産化に取り組むことになったのである。

 農家が手分けして200アールほど作付けしている。栽培地が限られているので、梅三郎餅を知る人にだけ注文販売している。梅三郎餅を知る人とは、つまり、栃尾市からほかに移り住んだ人、集落を離れた友人知人のことである。かれらにアピールし、そこからクチコミで販路を拡大してきた。販売先は首都圏が中心であるが、北海道から九州まで注文が寄せられている。

 地元の人に食べてもらうだけが「地産地消」ではない。むらから都会へでていった懐かしい人々に、懐かしい味を届ける。「個性」を届けることが、地産地消の本質だろう。 

 新潟県湯之谷村の(株)大沢加工の野沢菜漬も、むら出身者へのアピールで、販路を拡大してきた(第1巻665〜672)。

 「夏の雪祭り」や道の駅へ参画するなど、加工活動とともに地元湯之谷村の「セントラルキッチン」として活動を展開している大沢加工は、自然とともに、地域とともに、仲間とともに新しい文化をつくる「地域文化共創体」の創造を掲げている。大沢加工の事業はすべて、地域の人・大地・自然・作物・文化から生まれたものであるという理念だ。野沢菜の栽培と加工は、減反政策により零細農家の田畑が目にみえて荒廃が進むなかで、先祖伝来の農地を荒らさず、地域と地域の農業を守ることに貢献している。

 野沢菜漬は、各家庭で姑から嫁、母から子へと受け継がれてきた漬物である。大沢加工ではこの伝承の野沢菜漬をたくさんの人々に食べてもらうために、贈り物として使える製品の開発に取り組み、昔ながらの漬け方で商品化した。野沢菜本来の旨味を出すために、20日間ほど雪むろで低温管理し、自然発酵の旨味を引き出す独特の製法で、「地域の味」をつくりだす。

 この野沢菜漬、とりわけ雪国魚沼地方出身で関東方面に住む兄弟や親戚、知人、友人への季節の贈り物として喜ばれている。毎年6月の春造りと、10月の秋造りの時には、県人会である「東京ゆのたに会」の会員へダイレクトメールを送る。その人たちからクチコミで広がり、今では登録している顧客名簿が4万7000人、送り先の客数は10万人を超える。
 送られた野沢菜を食べる時、生まれ育った故郷の風景や、おふくろのことを思いだすのかもしれない。

 「食」は、自然と人間のかかわりから生まれる真摯な「営み」のはずであり、その根源は農家の自給にある。地域の自然を生かして作物を育て、家族の健康と楽しみにむけた加工と調理が地域の「食文化」を形成してきた。

 トレーサビリティに膨大なエネルギーをかけるより、自給を多彩に進めながら、直売所、産直、加工、グリーンツーリズム、食農教育の輪を、いっそう広げることに力を注ぐことのほうが、よほど肝心である。

 「食の安全」への高まりは、確かな信頼を得るチャンスでもある。むらの今後の暮らし方につながる、明るい1年にしたい。

(農文協論説委員会)

 


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