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農文協トップ主張 1996年8月号
21世紀・共生への投資
地域のお金を地域の暮らしに投資する


◆沖縄「模合」は
ユイマール(互助)精神あふれる金融システム

 本土ではあまり聞かれなくなった「無尽」や「頼母子講」などの金銭的互助システム。ところが沖縄では、「模合」(「もあい」「ムエー」などと呼ぶ)の名前でいまもさかんに行なわれている。
 模合は同級生模合、兄弟模合、家族模合、飲み屋模合、ご近所模合、PTA模合などの親睦模合と、事業や利殖を目的とした模合に大別され、親睦模合の金額はせいぜい月1万から2万円。割戻し(利子)はつけないのが一般的。メンバーは10〜20人、年始にスタートして年末に終了するものが多い。たとえば1人1万円で10人のメンバーの場合、月1回集まった10万円を毎月、必要な人が必要に応じて落札していく。落札せずに旅行資金などを目的に積立貯金する例もある。
 事業資金や利殖のための模合は、単位も10万、50万、100万…と金額が大きくなる。模合を起こした人(座元)は、初回に割戻しなし(無利子)でとる権利と、万1、模合が崩れた場合(ゴロゴロ模合)のリスクを負う。2回目以降は割戻しをつけるが、その際、どうしても落としたい人が割戻し金額を提示する。建設業や不動産業などの模合は、かなりの金額が動くともいわれるが、その基本は相互扶助の精神。
「完全な資金繰り、お金のユイマール(相互扶助)。銀行や公庫と違って、審査も担保もいらないから、手軽な運転資金調達法として利用される。また、食堂やスナック、ブティックなどの小規模店舗を開業する場合、親戚や友人が集まって模合を起こし、創業資金を援助するなんてこともありますよ」(琉球大学教育学部社会科学科・真栄城守定助教授)
 業者模合でも、月1000円規模の小さな模合もある。
 那覇市栄町のマチャグワー(市場)のおばさんの話では、毎日やる日掛け模合や週単位の週掛け模合も行なわれているという。
 「マチャグワーの中だけで2、30人のおばあたちが毎日千円ずつ出し合うとかして、よくやっている。貯金の場合もあるけど、今すぐに現金が必要というときに、その場で模合を起こすこともあるのよ」
 大根1本100円、天麩羅1個50円…のビジネスならば、数万円といえども立派な経営資金となりうるのだ。
 「だから、模合はスモール・ビジネスの展開にはうってつけ。銀行で借りると金利も高いし取立ても厳しい。ところが模合だと、顔の見える範囲内での資金繰り。スルルグワー(小魚)みたいなものだから、クジラにはなれなくとも、最後はサバかマグロぐらいにはなる可能性があるんじゃないかな」(真栄城助教授)
 農家の間でも模合は行なわれてきた。ヤンバル(本島北部)の名護市郊外でキクやランなどの花卉栽培に取り組む新城愛子さん(64歳)の戦後の模合の思い出は、
「昔は米を2期作で作ってたから、年2回、モミ模合を起こしたさあね。お金がないから、お金の代わりにモミ50斤(1斤=600グラム)とか100斤とかで払うわけよ。土地買ったり、秤とか味噌作り器とか機械買ったり…。農協の株も、モミで払いよったよ」(注1)

◆「あなたの夢に1千万」 ―市民バンクの無担保融資

 地域や仲間のお金を出し合い、それを仲間内で融通し合う、こんな沖縄の模合のような動きが都会でもいま、広がりつつある。
 この4月から、東京の32の信用組合が、「収益性が低くても社会的に必要と認められた市民起業」に、土地や建物、有価証券などの担保がなくても500万円から1000万円を融資する「東京市民バンク」という事業を始めた。
「収益性が低くても社会的に必要と認められた市民起業」とはどういうものだろう?
 東京江東区の白岩徳子さんの「健康手作りの会」は、地域の寝たきりや1人暮らしのお年寄り110人に日・祭日以外の日の昼と夜、弁当と温かい味噌汁を届けている。白岩さんを含むメンバー11人が分担を決め、自転車に乗って配達してはお年寄りの話し相手になって健康管理に気を配っているのだ。
 白岩さんがこのサービスを思い立ったのは7年前。都の財団法人・地域福祉振興基金から380万円の助成を受けたが、これは調理器具などへの助成であり、調理場の建設費用は対象外。だが、一介の主婦、しかも無担保では、どの銀行もその資金を貸してくれない。
 そこで白岩さんは、89年4月から東京の下町の金融機関・永代信用組合と提携して市民起業に対する融資を始めていた東京市民バンクの前身ともいうべき「市民バンク」に申し込み、300万円の融資を受けてスタートすることができた。その後、5年で返済するはずのお金は4年で返済を終わったという。
 このような市民起業がはたして経済的に成り立つものかどうか、疑問の声も多い。しかし、市民バンク代表である片岡勝さんは、38歳まで三菱信託銀行に勤めていた元・金融マンだが、「社会が必要としているものは、必ず成り立つ」と断言する。その証拠に、これまで市民バンクが融資した事業は7十件、金額は5億円にのぼるが、無担保でも貸し倒れは1件もない。市民バンクは、資金を貸すだけでなく、その起業を育て上げるという姿勢がはっきりしているのだ。その起業とは、これまでの右肩上がりの経済成長の中では銀行などの金融機関が見向きもしなかった、農産物や水産物の産直、廃油をリサイクルしてせっけんを作る工場、天然酵母のパン屋さん、点字印刷物の開発販売、高齢者や寝たきりの人のための弁当の宅配、同じく病院や福祉施設への送迎サービス、第3世界とのフェアトレード(公正価格貿易)などの生活・福祉経済の分野。市民バンクは、融資した各起業家(しかも大半が女性)が必ず成功するよう、同じ志をもつWWBジャパン(女性のための世界銀行・日本支部)とも提携し、コンサルティングやプロモーション、情報交流、研修などのフォローアップを徹底して行なっている。
「既存の金融機関は、市場を軸とする社会の中で、土地や建物を担保に融資をし、金を儲けてきました。市民バンクは、地域を軸とする新しい社会の中で、事業にこめられた社会性と志を担保に、金と知恵を貸し出してきているのです」(片岡氏―注2
 そのような市民バンクの精神と実績を受けて32信組の「東京市民バンク」はスタートした。また、すでに山形、大阪、山口では市民バンクと地方銀行との提携がすすんでいる。「女性の創業支援融資制度」をつくり、WWBジャパン、市民バンクによるセミナー修了者に公的資金を融資する福岡市のような自治体も現われてきた。
 こうした動きに対し、「バブルの崩壊によって土地、株などの投資先を失った金融機関が、都銀→地銀→第2地銀→信金→信組の序列でお客の奪い合いを始めた。信組の場合、互いに金を出し合ってそれを融通し合う地域金融機関で、その下はない。だからよりリスキーな事業を開拓しようとしているのだろう」と、冷淡な見方を示す経済評論家もいる。だが、地域の、庶民のお金を集めながら、土地、株式、海外証券といった、地域やそこでの暮らしとは直接関係のない虚構の「投機市場」で高利回りを確保しようとしたこれまでの金融機関のあり方とは違って、地域で集めたお金を地域のために投資するという、まったく逆のお金の動きが起きていることは明らかだ。

◆地域の、小さな起業への投資の可能性

 今から8年前、1988年1月号の本誌に、バブルの崩壊とそれに続く事態、今日の市民起業の輩出すら予測させるような記事が掲載された。元日銀金融研究所顧問の西川元彦氏による「おカネ狂躁曲から抜け出そう―虚業から実業への転換、健全な地域づくりを基礎に」という記事である。
「いまや、小さな事業であっても、個性と、したがって創造性が豊かであり、その意味でより確実性のあるところにはカネがついて回る時代だろう。これまでのようなタイプの重厚長大、少品種大量生産の時代ではなくなりつつあるからである。ただし、そのためには、地域自身が、余ったカネはより利回りのいい外界に預け、いっぽう事業は補助金によって行なうという、これまでのカネへの接し方が残っているようでは困ったことになるだろう。とまれ地域は、人と人、人と自然、人と物、人とカネの原点をよみがえらせ、その上にさらに創造と広がりの道を歩む場であってほしいと願ってやまない」(注3)
 「地域」という言葉を「農協」や「信連」あるいは「農林中金」といった「系統金融機関」という言葉に置き換えてみれば、あるいはまた信金、信組という地域金融機関に置き換えても、たしかに今、「困った」状況になっている。
 この記事が書かれた87年十1月当時、日本はバブル経済への道をさらに突き進むのか、それとも別の方向へ進むのかの岐路に立たされていた。同年2月のルーブル合意以降、ヨーロッパはアメリカの身勝手な経済政策を反映したドルの乱高下や金利の変化から欧州通貨を遮断するという方向を選択したが、日本だけが為替レート120円を守るためにさらなる金融緩和を行ない、低金利に刺激されて空前の不動産、株式への投資ブームとなったのである(バブル発生の要因について元日銀総裁の3重野康氏は、最近、「円高と、もともと不景気だった」ことをあげている。つまり、実体経済、産業経済としてはバブル以前から投資先がなく、金融緩和でお金が余った分が土地と株に回ったというのである)。
 要するに日本経済は西川氏のいう「実業」ではなく、「虚業」の方向を選択してしまったのだ。
 そのバブルの崩壊を経て、現在市民バンクと信組、地銀などが金融機関としてめざしている方向は、西川氏が「9年前の予言」において、「虚業から実業への転換」「健全な地域づくり」としてめざそうとした方向とほぼ同じである。

◆低利息でも組合員が支持した 農協の福祉協力貯金

 信組や地銀だけではない。農協でもまた、地域で集めた貯金を「健全な地域づくり」のために役立てようとする動きが起きている。
 宮崎県の旧JA南郷(現JAはまゆう)は、94年4月に特別養護老人ホーム「くろしおの里」をオープンした。この事業費の6割は県の斡旋で日本船舶振興会(現・日本財団)から助成を受け、残りの資金の過半は医療事業団から約1億円を借り入れた。その借入には、毎年800万円の返済が必要だが、このうちの半分400万円を「南郷町老人福祉協力貯金」の利息で生み出すことにした。
 つまり、組合員から約2億円の貯金を集め、元金のうち2%分、400万円を借入金返済の財源とするものである。現在は貯金金利が2%以下なので、貯金者は無利息に近い状態だが、多くの組合員、地域住民ばかりか当地に高齢者を残した東京、大阪などの大都市在住者からも多い人では1千万円の貯金があった。また年間返済分の残り半分400万円は、趣旨に賛同した域内の3漁協が分担してくれた。
 それだけではなく、このホームは地域内の高齢者を安心して預けられる場として評価が高く、それが就業の場としての評価にもつながって、職員募集の際にはUターン組も含めて数倍の競争倍率になったという(注4)。
 高知県の「JA土佐昭和」では、93年から「あぐりぴあ・シマント」と称する3年間の農業研修制度をつくり、自然志向をもつ都会の若者を呼び入れた。対象は農業に興味と意欲のある、30歳以下の独身男女。大卒12万、高卒8万、中卒7万という月額手当てを支給し、住宅も無償で提供している。毎年、研修生を募集すると定員5名に対し十倍余りの応募がある。
 研修生5名の月額の手当て、借家の無償提供(農協が大家に家賃を払う)、各戸の電話やボイラーなどの設置や修繕、専任指導者の投入、40アールの研修耕作地の借り受け、作業着の支給、村人との交流、週休2日……などなど。これらを合わせ年間1500万円の資金がかかる(村の補助金が500万・あとは農協が出資)。
 しかも将来的に村に残るか離れるかは本人しだい。「定着は副産物」だが、それでも農協は、受入れ側としてできる限りの世話をしてきた。

◆「農協ならではの金融のあり方」を発揮するとき

 農水省農業総合研究所の金融研究室長、両角和夫氏は、次のように述べている。
 「系統金融の再生、なかでもその基本たる農協信用事業の再生の方向については、農協で集めた地域の資金をいかに地域に循環させるか、言い換えれば、地域の発展にいかに地域の資金を動員できるかを考えることが必要と思われる。これは地域の協同組合金融の原点といってよい。もちろん、こうした考え方を実現したとしても貯貸率の大幅向上は難しい。しかし、こうした考え方を基に今後の信用事業のあり方を考えることは十分に意味があると思われる。すなわち、農協ならではの金融のあり方があってよい」
 そして、今後の再生に向けた「農協ならではの金融のあり方」の1例として、JA南郷のような地域の高齢者福祉金融、土佐昭和のような地域農業の新たな主体の育成に対する信用事業からの支援を挙げている(注4)
 そればかりではない。市民バンクと提携するWWBジャパンがつくった女性起業家の通信販売カタログ「夢・カタログ―くらし・安心・マーケット」には、46の商品やシステムが紹介されているが、そのうち27は、けっして農協が支援・融資しても不思議ではない農産物、および農産加工品の産直なのである(「農家の妻の自立農業、ドライローズ」「牧場発フレッシュアイスクリーム」「少量多品目、米と野菜と味噌のセット」「農業は誇り、完熟梅干し」「トマト農家がつくる完熟トマトソース」など)。
 さまざまな問題の中、農協に対しては「金融のプロとしての意識改革が必要。合併による体力強化が必要」という声も聞こえてくる。だが、複雑怪奇な金融商品のどれが有利かといった目先の利益ばかりに聡いばかりが「金融のプロ」ではないのではないか。また合併の動きの中で「地域」から離れないための努力も必要ではないか。
 市民バンクの片岡氏は、「イギリスのロスチャイルドが銀行を作ったときに、『BANKとはBANDである』といっているんです。BANDとは『結びつける』という意味です。人と人を結びつけるためには、多様な人間の思いや、技能や、趣味や、情報、その他いろんなものの交換のシステムがないといけない。こういうことが、ほんとうの金融の機能なんです」という。そして、「対象とする事業や地域を限定することで、顧客や地域との連帯感も生まれます。それぞれが単なるお金のつながりではなく、お互いに顔の見える関係になっていきます」「このようなきめの細かい対応は、現在の都市銀行では必ずしもできなくなってきています」(注2)とも。
 農協が農業という生産の場としてだけでなく、人が暮らす場としての「地域」を視野に入れたとき、「市民バンク」と市民起業の関係同様、新たな可能性が生まれてくるのではないだろうか。
(農文協論説委員会)
(注)
(1)太田雅子「『豊かな生活実感』支える環流経済―ユイマール(互助)精神あふれる沖縄『模合』の元気パワー」(「現代農業」96年8月増刊「21世紀・共生への投資」所収より抜粋)
(2)市民バンク・WWBジャパン『夢を育てる市民バンク』アドア出版
(3)J本誌1988年1月号「21世紀への提言 1」
(4)JA南郷、JA土佐昭和の事例、市民バンク、西川論文、系統金融再生についての両角氏の論文も「現代農業」96年8月増刊「21世紀・共生への投資」に掲載


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