主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 1993年10月

自然を呼び込む技術が健康を保証する
人体を作物を土を支える抗酸化力

目次

◆不健康な老化、現代病の原因、体内の活性酸素
◆健康を直撃しはじめた環境
◆甘味のある野菜は抗酸化力に富む
◆土のもつ抗酸化力
◆新しい農業の技術革新が健康をも支える

人体を作物を土を支える抗酸化力

 本号のカラー口絵を見て驚かれた方も多いだろう。信じがたいと思う人も少なくないに違いない。

 今年の悪天候の中でも、立派に育ち、病気もでず、収量も品質も抜群にいい。現状の農学では説明しにくい事象がおきているわけだが、これを新しい技術革新の一つの現われととらえたい。

 農家も日本全体としても高齢化が進んでいる。高齢化の中で始まった新しい技術革新、それは、農家の健康と経営、そして国民の健康を守る新しい力になるように思える。

不健康な老化・現代病の原因、体内の活性酸素

 まずは、現代人の健康を支える食べものについて、先端科学の成果から考えてみよう。

 ガンを中心とする現代病について精力的な研究が行われているわけだが、最近、医学や生化学の分野で「活性酸素」とか「フリーラジカル」という言葉が盛んに使われるようになった。フリーラジカルをめぐる医学書が何冊も発行されているが、この研究成果は、環境や食べものと、健康の関係を考えるうえで大変示唆に富んでいる。

 農水省食品総合研究所の寺尾純二氏は「化学と生物」九二年四月号の「活性酸素と食物」という論文で、次のように述べている。

 「ヒトを含む好気性生物の生存にとって必要不可欠である酸素は、一方で反応性の高い活性酸素を生じる。生体には活性酸素に対する防御糸が存在し、白血球による殺菌作用にみられるように、活性酸素を生体防御機構にも利用している。しかし活性酸素が過剰に発生し、生体防御系によって処理できない場合には、酸化ストレス状態になり、活性酸素による障害が惹起される。発癌、虚血性疾患、糖尿病など成人病や老人病と呼ばれる疾患の発症にこのような活性酸素による障害が関与することが明らかになってきた」

 何かが燃える時酸素を必要とするように、酸化(物質が酸素と化合すること)は生体のエネルギー代謝における不可欠な反応だが、その反応が過度になると反応性が高いフリーラジカルとしての活性酸素が過剰になり、この強烈な酸化作用は遺伝子を損傷しガンを誘発する元凶になるようなのである。

 人間は食べものを酸化してエネルギーを得ているから、食べものと活性酸素とは当然関係が深い。寺尾氏は続いて次のように述べている。

 「これらの疾患の発生には、日常の食生活様式が深く関係することが疫学的調査から示されている。したがって、日常摂取する食物には生体内で活性酸素の過剰生産をひき起こしたり、防御系に影響を与えることにより、これらの疾患を促進あるいは抑制する成分が存在することは疑いない。たとえばビタミンEやカロテノイドを豊富に含む緑黄色野菜を十分に摂取することは発癌抑制に働くことが知られているが、これらの成分は生体内酸化物質として作用すると考えられている。

 また活性酸素は食物の摂取量にも関係し「食餌量をある程度制限することにより実験動物の最大寿命や平均寿命が自由摂取の場合に比べて延長することが古くから確かめられている。この現象も、食物摂取量の増加により活性酸素を過剰産出するために、老化が促進されると解釈できる」という。“腹八分目”の効用はここにあるかも知れない。

 老化は酸化だともいわれる。鉄がさびるのも酸化だが、一般に酸化することでモノは劣化する。そこで、酸化を防ぐ抗酸化物質や抗酸化力の強い食品が求められることになる。もっともだからといってビタミンC剤を飲もうとか、機能性健康食品に期待すればよいというのではないし、それで解決するというものでもない。農業や食生活のあり方の問題なのだ。

健康を直撃しはじめた環境

 ところで、このフリーラジカルは食べものだけでなく、環境悪化とも深くかかわっている。二酸化窒素などの大気汚染物質、抗生物質その他の薬物、オゾン層の破壊で増大が心配される紫外線、ポリ塩化ビフェニール(PCB)やダイオキシンなどの有機化合物、そして各種の重金属などが、フリーラジカルを生成する環境因子としてあげられている(吉川・内藤「フリーラジカルと和漢薬」より)。

 琉球大学の比嘉照夫氏は本誌の連載「波動の作物生理学」の中で「現況は大気や水や土壌中に多量の汚染物質が広がっており、酸化促進物質すなわちフリーラジカル(活性酸素)を大量に発生させ地球全体が強い酸化状態となっている」と述べている。酸性雨はその象徴であろう。

 現代病は「環境汚染病」でもあるのだ。環境問題はまさに健康問題なのである。

環境・健康問題の顕在化と高齢化社会の到来が重なっている、それが現代である。

甘みのある野菜は抗酸化力に富む

 フリーラジカルやそれを防ぐ抗酸化力という視点から作物を考えると、そこで品質という問題がでてくる。野菜や作物の抗酸化力をも人間はとり込んでいるからである。

「植物には様々な種類の抗酸化性物質が広く分布している。これは植物自身の酸化ストレス防御機構機能の一つとして存在すると考えられる。ヒトを含む動物は植物を食物として摂取することにより、植物中に含有される抗酸化性成分を酸化ストレスに対する防御機構に組み入れている。ヒトでは合成できないアスコルビン酸(ビタミンC)、カロテノイドなどをこのような植物由来抗酸化成分としてあげることができる」(前記、寺尾氏)。

 作物、植物自身が自ら生きるために抗酸化力をもっているわけだが、その強さは栽培のありようによって変わってくる。

 比嘉氏は「化学肥料や農薬はきわめて強いフリーラジカルを生み出す力があり、現在の栽培環境はとくに強い酸化状態におかれている」と述べている。そして、「フリーラジカルの密度が高くなると過剰酸化がおこり、体内の免疫抵抗性が著しく低下するようになる。その結果病害虫の誘発となるが、それらの根本的な対策は、生物の持つ抗酸化力を強化する事にある」という。

 作物の抗酸力の担い手の重要なものにアスコルビン酸(ビタミンC)があげられるが、植物にとってはアスコルビン酸はビタミンではない。むしろ他の糖類に近いぐらい多量に生成され、それが細胞の酸化(老化)を防御していると考えられている。

 ホウレンソウなどで調べた結果では、アスコルビン酸が多いものは糖類も多く、逆にシュウ酸や硝酸(チッソ)は少ない。このようなホウレンソウは甘みがあり、苦味やえぐみ味がなく食べておいしいのである。

 他の作物でも同様だ。去年の十月号では、作物の葉や茎をかじって栄養診断するという記事を掲載し好評だったが、どの作物でも、健全に育っているものは苦味や渋味がなくかじると甘く感じるという。今回カラー口絵で紹介した作物も同様だ。抗酸化力が強いのだろう。だから病虫害もでにくい。

 作物の品質問題もまた健康問題なのだ。

土のもつ抗酸化力

 土もまた抗酸化力をもっている。よい土はpHの緩衝力が強く、酸性化しない。そんな力が働く土は抗酸化力の強いよい土ということになろう。

 土や作物の抗酸化力をいかに高めるか、ここに現代の技術の課題があるといえそうである。

 土つくりのための有機物利用の方法も、そうした目でとらえる必要がありそうだ。比嘉氏は先の連載で次のように指摘している。

 「有機物は還元力を有するため、一般的にはフリーラジカルの除去にとって有効な手段であるが、腐敗分離すると、逆にフリーラジカルを増大させる欠点がある」

 「有機物が微生物によって有用発酵的に分解されると、各種の有機酸、アルコール、アミノ酸、エステルなどの還元物質が生成されると同時に、第二次代謝の段階で多様な活性ホルモンと抗酸化物質も生成される。そのため、土中の可溶性有機物は酸化されることなく、植物は活性ホルモンの助けを借りて、有機物をすみやかに吸収するようになる」

 有機物の利用法についても、工夫の余地が大いにあるだろう。そうした目でみてみると、今、さまざまにとり組まれている民間の技術の価値が浮かび上がってくる。

 たとえばEM農法。乳酸菌や光合成細菌を生かした微生物利用技術である。これは嫌気的な(酸素が少ない)条件で活躍し、さまざまな有害物を分解(フリーラジカルを消去)し、有機物を過剰なフリーラジカルをもたらす腐敗分解ではなく、発酵合成的に蘇生し、土や作物の活力を高めることに貢献する。

 種子や植物体からの抽出物を利用した資材もずいぶんでてきた。これらは植物のもつ抗酸化力を活用する新しい試みといってもよい。「活性水」への注目も、物質の酸化や腐敗を招かない水を求めてのことである。各種の有機酸にも抗酸化的な力が期待できる。

 これらに共通するのは、何らかの意味で自然そのものがもっている力を生かし、活用するということだ。各種の植物や乳酸菌などの微生物が抗酸化物質を提供する。山からの水はもともと「活性水」であった。自然の中には、地球が生まれて以来の歴史が含まれている。光合成細菌などの嫌気性微生物群は、酸素がなく硫化物や硝化物などによる“汚染”の固まりであった時代の地球に発生し、それを“浄化”した古い微生物である。その古い微生物が、現代において土の活性化、あるいは下水汚泥の浄化に活躍している。

 山、川、海という自然と、その自然をつくりあげてきた歴史とをとり込む―この現代的な形としてこうした資材開発をみることができよう。

 動物が植物(作物)から抗酸化物質を得ているように、植物もまた自然に支えられて抗酸化力を得、生命を維持している。膨大なエネルギーを消費する人間、その強力な“酸化的世界”は、一方で自然や農業がもつ“抗酸化的世界”ぬきにはありえないことを忘れてはならない。農業についていえば、N・P・Kの多投による多収も、地力という名の抗酸化的世界に支えられてきたといえよう。

新しい農業の技術革新が健康をも支える

 環境問題は健康問題であり、土や作物の健全性(品質)が健康に深くかかわっているのだから、環境をとり込む形で作物を育てる農業のあり方こそは、この国の健康問題を左右する重大事ということになる。

 やや強引な言い方だが、かつての食糧増産時代にはエネルギー源としての作物が求められ、それが満たされた後はミネラルやビタミンなどの栄養素が求められた。野菜栽培の周年化はこれに対応している。そして今、高齢化に対応した健康を保証する食べものが求められているといえるのではないだろうか。

 農業の担い手も高齢化している。高齢化社会の健康を支える農業が、熟年や高齢者によって担われる。おかしなことではない。むしろ、自分の健康や経営のために、そしてこれまでの経験や技術の蓄積をもって、この新しい技術革新は切りひらかれる。農薬はかければすむが、自然を呼び込む技術・資材の活用には豊かな自然認識や作物を見る目を必要とする。長年の経験を新しい形で発展させたい。

 資材や機械の発達が高齢化しても農業を続けることを可能にし、その中で培われた技量が新しい技術段階を形成する―そうした時代になった。

 たとえばそのよい例が不耕起イナ作である。不耕起移植田植機の開発が、また半不耕起田に普通の田植機で移植するやり方が、だれでも不耕起イナ作にとり組むことを可能にしたわけだが、不耕起にしてみるとイネも田んぼも様変わりする。どういうわけか、不耕起の田んぼにはさまざまな小動物やドジョウなどが増え、トンボがたくさん飛びたつようになる。根穴によって土の構造が複雑化し、微生物相も多様化するのだろう。省力的で近代的な技術が自然を呼び込む。

 EM菌を利用して自然農法にとり組んでいる農家は、EMボカシやEM培養液の葉面散布により、堆肥つくりや除草労力が大幅に減ったと喜んでいる。自然農法は、かつての多労低収から省力増収へと力強く進んでいる。

 やり方はいろいろあるだろう。自然の原理や生体のしくみに学んだ新しい資材を活用することで、身体にムリのない増収・高品質生産も可能となる。

 近代化技術を見直し、自然を呼び込む技術を駆使し、高齢化しても健康に元気に農業を続ける、そのことが高齢化社会の健康をも支える、そうした新しい技術段階を迎えるための技術力や新しい資材はすでに準備されてきている。

 農家が減農薬や高品質を追求するのは、単に消費者に「安全な農産物」を提供するためではないだろう。健康によい食べものとは、作物が健康に育つとは・・・・・・何かがおかしい・・・・・・そんな直感や想いが強く働いているのだと思う。自然の中で作物を育て、自らの「食」の営みを維持してきた農家としての原体験がそこに息づいているにちがいない。

 「日本の食生活全集」の「アイヌの食事」の巻の月報で旭川市在住の杉村京子さんが、文章を寄せてくれている。その一部を紹介してしめくくりとしたい。

 「自然の中で、自然を相手に生かされ生きて来た私達アイヌ民族にとって、いま『食』の問題を考える時、この胸の中が圧し潰されそうに苦しくなります。いまは自然のかたちもそして食べる物も、かつて私達を育て生かしてくれた物は何ひとつとしてありません」

 「私は先年乳ガンになり、乳房が一つしか残っていません。アイヌの私がなぜガンかと泣きました。私達の祖先はそのほとんどが老衰で眠るようにして終の日を迎えました。母や祖母から教えられて来た通りの食べ物を食べていれば、こんな業な病気にかからなかったのにと後悔しています」

(農文協論説委員会)

前月の主張を読む 次月の主張を読む