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Ruralnet・農文協食農教育2002年7月号
「学校が見えるぞー」。ワラビが見つかった

食農教育 No.21 2002年7月号より
[特集]「食べる」の向こうに見えるもの

地域の自然にふれる

ヘビ・カエルそしてクマまでも
地域のものみんな食べちゃおう

新潟・十日町市立野中小学校 永井茂先生に聞く

子どもを引きつけるテーマは何か

雪崩でくずれた崖をよじ登る
雪崩でくずれた崖をよじ登る

 「地域のものみんな食べちゃおう」は、永井茂先生にとって発想の大転換となった授業だ。
 永井先生は新潟県十日町市立野中小学校に赴任し、そこで継続されてきた環境教育を発展させようとして大きな課題に直面していた。
 野中小学校では、近くに流れる川をテーマにして地域の環境を学習してきていた。どんな魚がいるかを調べたり、ゴミを拾ったりしながら、自分たちが暮らす地域を、環境という視点からとらえていくもので、テーマも方法も申し分ない。課題というのは、子どもたちの興味や関心が長くつづかないことをどうするかだった。
 「どうしたら、子どもたちを引きつけていけるか、子どもたちが自ら進んで生き生きと取り組んでいけるのか」。研修などに参加しても頭にあるのが、常にこのことだった。いろいろな授業実践例に接していくうちに、あっと気がついた。それは子どもたちが活発に取り組んでいる実践例には、「食べ物」をテーマにしたものが多いことだった。
「食べることを入り口にして、環境や地域のことを学べないだろうか」と、その具体的な方法を考えることにしてみた。食べ物ならテーマとして扱える素材は充分すぎるほどある。そのなかで浮上してきたのが、「地域のものみんな食べちゃおう」だった。

山菜採りにいく子どもたちの姿が出発点

野中小学校は田んぼと山林に囲まれている
野中小学校は田んぼと山林に囲まれている

 野中小学校は過疎2級の小規模校ということもあって、先生は子どもたちにしっかりと接することができる。そのなかで永井先生が驚いたのは、子どもたちが、「あそこに行けばアケビをとって食べられるよ」などと、実に正確にその場所を話していることだった。そういうときの子どもたちは、とても生き生きとしていて楽しそうだ。どんな遊びよりも山菜採りにいくほうをおもしろがっているのだ。
 「そこを出発点にして、地域の環境へアプローチしていくことができそうだ」。永井先生の目の前に、新たなプランが見えてくるようになった。
 従来のように教師が考える材料のほうに子どもを引っ張ってくるのではなく、子どもたちが興味・関心を持っていることから出発して、そこを伸ばしながら世界を広げていこうという発想に転換していった。

表)野中で食べられるもの全部食べちゃえ〜大作戦!指導計画

「食べる」を切り口に地域の自然を見る

デジカメ・ポリ袋を持って地域に出かけよう
デジカメ・ポリ袋を持って地域に出かけよう

平成13年度は「総合的な学習の時間」の試行で、年間55時間を予定して、いよいよ「地域のものみんな食べちゃおう」に取り組んだ。できるだけ多くの食べ物を地域で採取していこう。そのことで自然の恵みを実感したり、環境について考えたりしていこうとねらいを定めた。
 最初の時間で、永井先生はこのプランを4、5、6年生の子どもたちに話した。「総合的な学習の時間」は本来、3年生以上を対象とするものだが、野中小学校では4年生以上の7人となった。1年生と3年生が在籍しないからだ。複式学級で、2年生、4年生が一緒、5年生、6年生が一緒の合計2学級だった。
 地域のものを採って食べるのは、それらが豊富な春と秋を中心とし、さらに米を1年通しての活動の大きなテーマにした。全員が農家の子どもであり、どの家庭でも稲をつくっているので、その栽培と生育の様子を見ていき、最後に食べ比べをして米の味も確かめようというものだ。学校の周りも棚田となっているので、いつでも観察できることも大きな利点だった。
 また、校舎の横には学校園があり、そこでは毎年野菜をつくってきている。秋の収穫祭ではカレーをつくって食べることになっているので、それに向けての栽培もすることにした。ジャガイモ、タマネギ、ニンジンなどのほか、カレーといっしょに食べようということで、カボチャやトウモロコシ、キュウリ、スイカも栽培することになった。
 こうして食べるという目標をはっきりと打ち出して、野山、田んぼ、畑に注目することから地域の全体が見えてくるような「総合的な学習の時間」の展開をめざしたのだ。

ポリ袋とデジカメを持って地域に出かけよう

 次の時間は、ポリ袋とデジカメを持って、地域に出て行くことにした。子どもたちは、フキノトウ、ワラビ、ゼンマイなど、食べられるものをどんどん見つけては写真を撮り、手で引きちぎって袋に入れていく。デジカメで記録していけば、それが日向にあるのか、日陰にあるのかなどの生育環境も後で確認することができる。
 永井先生は、子どもたちに「家でどんな料理をするのか調べてくるように」と告げた。「このほかには食べられるものってないのかな」と先生が問いかけると、子どもたちは「まだたくさんあるよ」と答える。「それじゃあ、ほかに何があるのか、家の人にも聞いて、たくさん出し合おう」と宿題になった。
 持ちかえったものは、天ぷらや煮物にして食べた。宿題となっていた「ほかに食べられるもの」では、子どもたちがたくさんの名前を出してきた。ヨモギ、オオバコ、山イモ、キノコ、アケビ、山ブドウ、野イチゴ、クリ、クルミ、ドングリ、カキ、イナゴ、ドジョウ、カジカ、イワナ、なかには、ヘビ、カエル、それにクマなんてものも出てきた。クマを食べたことがある子どもはいなかったけれど、「焼いたマムシを食べたことがある。においは生ぐさかった。こんがり焼けた味しかしなかった」という子がいた。「マムシはかぜのときにいい」という知恵も家の人からしっかり聞いてきている。
 子どもたちが答えたものが、どこの場所で採れるのかを整理していく。これだけのものをぜんぶ食べちゃおうなんて、たいへんなことになりそうだ。

表)子どもが作った「野中のまわりで食べられるもの」リスト

地域は食べものの宝庫

こんなに大きくなったよ
生徒のお父さんの畑でアスパラガスを収穫
こんなに大きくなったよ(上)晩春(6月ごろ)、生徒のお父さんの畑でアスパラガスを収穫。棚田の横にある傾斜地の畑で、野性味のあるアスパラガスが育つ。これも「野中の食べもの」だ(下)

 5月になると、全校の遠足(自然体験活動)がある。温泉までいって風呂に入ってくるというものだ。遠足では低学年の子どもたちも一緒に山ウドやワラビなど、食べられるものを集めながら歩いた。こうなるとただ目的地を目指して歩きつづけるのではなく、楽しい寄り道もできる。
 「ここんとこ登るとタケノコがあるんだよ」という子どもの後を、先生がついていくと、立派なタケノコが生えていたなんてことの連続だ。子どもたちは得意になって、食べられるものを集めていった。
 家に帰って料理法を教えてもらい、食べてくるというのがまた宿題となった。各自にデジカメを渡して、それで料理の撮影もしてくる。それを学校のパソコン内にある各自のフォルダーに保存していき、発表する材料をそろえるのだ。
 秋の全校遠足でもキノコや木の実を集めていった。学校林、さらには同じ中学校区にある小学校を目指して行く。そしてさまざまな食べられるものを見つけていく。それを子どもたちはこんな文章で報告している。
 「学校林に入ると、山ブトウ、クリ、クルミ、ぼくが一番見つけたかったアケビもありました。アケビを食べてみたら甘くて、おいしい味でした。種は吐き出しました」
 給食のクリご飯では皮むきの手伝いもした。どんぐりを食べた子どももいる。
 「どんぐりは食べられます。でも、すごーくにがいです。何回も何回もあくぬきしてゆでないと、にがくて食べられません。どんぐりクッキーを食べておいしいという人もいれば、まずいという人もいます。私は、まずいと思いました」
 チャレンジ精神はどんどん高まっていった。どこでどんなものが採れるのか。みんなで成果を持ち寄ることで、地域の全体が見えてきて、地域が食べものの宝庫だとわかってきた。

「食べる」ことで地域のよさを再認識

 「地域のものみんな食べちゃおう」の学習のまとめで、子どもたちは最初にリストアップした食べものをどれだけ食べたのかを確認してみた。全員が2ケタの数は食べていた。家族といっしょに地域ならではの食材を食べるなかで、地域に根づいてきた食文化にも接していくことができた。結果として、それを支える環境の大切さにも気づいていく。
 「用水路にござが捨ててありました。なんでこんなところに捨ててあるのかと思いました。環境に悪いござをとりました」と報告してくる子どもも出てきた。自分たちの地域の環境を大事にしたいという気持ちも自然に芽生えてきた。
 先生たちには、子どもたちに対して心配をすることがあった。小規模校だけに教師とのやりとりも充分できて、ともすると何も言わなくてもわかってもらえる。そんなことから自発的な行動が不得意な子どもになっていき、中学に進学し、規模が大きな小学校から来る子どもたちの中に入って、学校生活や学習をうまくやっていけるか心配だったのだ。そんなこともあって、秋の遠足の目的地を同じ中学校区にある小学校にして、野球を通して交流もしていた。インターネットのホームページで調べたことを発表し、それを見た他の学校の子どもとのやりとりもできるようにしたのだ。
 「地域のものみんな食べちゃおう」では、先生たちの心配を吹き飛ばすかのように、子どもたちは自分たちでどんどん動きだし、それを進んで発表していった。行動力と表現力がついてきたのだ。校区は過疎地域であるだけに、就職や進学でここを離れていく子どもたちも多い。たとえ、都会に出ていっても、そことの比較で自分が育った地域のよさを再認識してほしい、と永井先生は思っている。一方、ここでずっと暮らしていきたいと言う子どもも出てきた。「地域のものみんな食べちゃおう」での活動が、子どもたちにこれからも役に立ってくれたらと、永井先生は願っている。

(文責・西村良平)

【野中で食えるもん全部くっちゃえ〜大作戦!!】

●〜どんぐり〜 6年 M.M

●〜クルミ〜 6年 K.S

地図

   十日町市立野中小学校の紹介   

  新潟県十日町市立野中小学校は、全校生徒12名(平成13年度)ほどの、美しい里山に囲まれた小規模校。地域に目を向け、山村の恵まれた自然の中で暮らしていることを自覚できるようになる学習活動をすすめている。  給食にも地元で採れた山菜やクリ、クルミなどが登場する。地域に根ざした環境と食の学習を多面的に展開し、そのようすをホームページで情報発信するなどして他校との交流もはかっている。

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