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Ruralnet・農文協食農教育2002年3月号

食農教育 No.19 2002年3月号より
[特集]「総合」で教師が変わる

子ども観・学習観が変わるI

宿題忘れの常習犯のすんごい探究力
「はじめに子どもありき」に教えられたこと

柏倉由紀子先生
勤続31年。千葉大学教育学部卒。小学校のほか、中学校家庭科の免許をもつが、得意科目は算数と図工。趣味は社交ダンス、スキー。53歳。

山形・天童市立長岡小学校 柏倉由紀子

総合が苦手な私!

 自他ともに認める旧型教師、これが私。きちんと座席に座り、言われたことをまじめに学習できるお利口なクラス集団をめざしてしまう。当然、子どもたちを受動的で画一的にさせてしまうことはわかっている。しかし、なかなか自分では直せない。
 難題がもち上がってしまった。今年は市内の研究指定校として授業を公開しなくてはならないのである。それも、私が最も苦手とする総合的な学習の時間。しかも、本校の方針は「はじめに子どもありき」なのだ。
 昨年の総合は、ボランティア学習に取り組んだ。順序は、「(1)活動計画を立てる。(2)障害のある人やお年寄りの疑似体験をする。(3)ボランティアセンターを訪問し、介護機器の体験やボランティアサークルの例を聞く。(4)ゲストティーチャーとしてボランティアサークルの人の話を聞く。(5)いろいろなボランティア活動の例を調べる。(6)自分を生かせるボランティア活動を定期的に行なう。(7)ボランティア活動をまとめ、全校生や保護者に発表をする」であった。
 幼稚園や老人ホームを定期的に訪れ、人とかかわる活動をしていた女子は、6年になった現在も楽しく訪問活動を続けている。しかし、公園清掃や空き缶回収、プリペードカード集めをしていた男子は5年の12月に終了してしまい、題材によっては男女の温度差が大きいこと、男子をやる気にさせるのが難しいことがわかった。
 さて、それではどうしたらよいのであろうか。ワラをもつかむ思いで、相模原市で開かれた「日本生活科・総合的学習教育学会全国大会」に参加した。
 自分の思いを積極的に自由な雰囲気で話す子どもたち、子どものどんな考えでも共感的に耳を傾ける教師の姿。自分のクラスがそうであればなあ、とため息がでるばかりであった。
 帰り際に、農文協の『食農教育』と『総合的な学習CD―ROM』、それに日本文教出版のビデオ『まるごと総合学習』を注文した。

子どもの司会は実に民主的

 「今年の総合は何をするのか」。何度となく話し合ってきたが、子どもたちの表情は暗い。受け身の表情である。教師が司会をやって話合いをすると本音が出にくく、他人事のように受け取っている気がした。また、子どもたちから、総合でどんなことを勉強するのかわからないという声がでた。そこで、学習活動と内容のイメージ化を図るために次のような話をした。
……………
[総合学習でどんな力を伸ばすのか]
・自分で勉強する課題を見つける力。
・市立図書館に行ったり、見学に行ったり、アンケートを取ったりして課題を解決する力。
・課題を解決する途中で、いろいろな人と交流できる力。
・自分が学んだことをわかりやすくまとめ、いろいろな人に伝える力。
[他校の総合学習の例]
・米を育てて収穫祭・町に花を植える・ボランティア・豆腐を作る・ミュージカルを自分たちで作る・川の汚れを調べる・リサイクル運動・バナナからアジアを見る・縄文時代の体験
……………
 このことを話してからは、「司会は子どもの手に。決定は子どもの手に。決定はクラスの総意で」を原則とすることを心に誓った。
 何をするかの話合いを重ねていくうちに、「ボランティア(女子)対食(男子)」に真っ2つに分かれ、どちらも1歩も引かないたいへんな盛り上がり状態になった。話をじっと聞いていると、まじめな女子は男子に対して、「食を勉強して人のためになるのか」という疑問を、男子は「女子がやりたいと言っているボランティアは去年と同じではないか」という不満をもっていた。そこで、ディベート形式で徹底的に討論することにした。
 女子は、男子を説得できるほどのアイディアが湧かずに終わってしまう。男子は、「今まで日々の食生活に興味がなかった。しかし、今回は、実験や体験をとおして食べ物の成分や歴史を調べ、調べたことを地域の人たちに教えてあげたい」と述べたのである。この筋道だった論の進め方には感心するばかり。担任よりずっと上をいっているではないか。ここで多数決を採って食に決定だろうと考えていたが、そうではなかった。司会者は、ボランティアに賛成している人一人ひとりの考えを確かめ始めたのだ。食に反対していた人は「ボランティアは総合の時間でなくてもできるから食がいい」「食も人のためになりそうだから、今年は食をやってみたい」というような理由を述べ、納得の上で賛成意見に変わった。ここで全員一致で『今年の総合は食』に決定したのである。またしても、子どもの力の素晴らしさを感じた。子どもは実に民主的である。

タウンページで豆腐屋を探すA男とK男
A男とK男が作成した計画書
タウンページで豆腐屋を探すA男とK男(上)
A男とK男が作成した計画書(下)

A男とK男は宿題忘れの常習犯!?

 1学期に、「今年の総合はダイズ」と 決まったので、ダイズについて調べることが夏休みの宿題になっていた。
 さて、2学期の始業式の日がやってきた。調べてきたことを発表することになったが、宿題をやってこなかったA男とK男は大弱り。2人とも宿題忘れの常習者。マイペースで、やりたくないことはやらないタイプなのだ。
 友達はすでに、ダイズの栄養や効用、ひいては豆腐や納豆の作り方まで調べ、発表用紙に書き始めている。それでも動き始めない。このようすからやりたくないことが伝わってくる。無理にさせても仕方がないので、「ほとんどのことはみんなが調べて書いているよ。じゃあ、豆腐屋さんに行って実際に聞いてくるしかないんじゃない」と冷たく言ってみた。すると、2人の目がキラリと光るではないか。じっと机に向かって書いている友達を後目に、教室の外へと駆けだした。あとでわかったことだが、昨年独居老人に手紙を書くボランティアをしていたA男は、タウンページの使い方を知っていた。そして、K男はインターネットの達人であったのだ。

子どもを観る目が間違っていた

 2人は、タウンページで市内の豆腐屋さんをすべて調べ、市街地図で見比べ見学に行けそうなところを探った。列車時刻やバス時刻をインターネットで調べたり、見学させてくれるかどうかを電話で交渉したり、別人のように何も言われなくても積極的に活動していた。K男の活躍は目を見張るものがあった。運動会の応援団長で放課後時間の取れないA男に代わって計画書はすべて1人で書いたのである。的を射た質問内容に驚いた。それよりも驚いたのは、日頃きれいに書き直しなんて絶対したくないK男が、いやがるようすもなく最高にきれいな字で計画書を書き直したのである。豆腐屋さんに、「豆腐を作っているのは8時から10時までだよ」と言われ、登校前に電車に乗って出かける計画を立てた2人は、やっと前日に校長先生の許可を得た。
 当日、地図を片手に「トーフセンター高橋」を訪問し、見学したり、質問したりした後、お土産を手に満面の笑顔で帰校した。いただいた豆腐をみんなで試食した。何もつけないで食べた豆腐。これこそ本物の豆腐、といえる本当においしい豆腐であった。  他の子どもたちは、「授業中に、しかも電車に乗っての校外見学が許される」ことに、目をキラキラ輝かせていた。さらに、「天然にがりと人工にがりの違い、国産ダイズと輸入ダイズ、豆腐はアメリカの健康食品、1番おいしいのは秘伝豆……」などという2人の報告は、子どもたちの知的関心を大いに刺激することになり、2人の行動は、クラスの総合学習の起爆剤となった。
 後日、担任として見学先にお礼に行ってわかったことであるが、2人は非常に礼儀正しく、しかも、質問内容も的を射ていて、答える方も資料を見ながら真剣に対応しなければならなかったということであった。見えないところでこんなに立派にやっているではないか。「やりたくないことはやらない子」と、この子たちの学習意欲を否定的にとらえていたことは間違っていた。「やりたいことは黙っていても徹底的にやれる子」なのだ。

おとなしいY子が講師の交渉をつけてしまった

仁藤斉社長に豆腐作りのコツを習う
仁藤斉社長に豆腐作りのコツを習う
 本物の豆腐を作るため、作り方も材料も各班で調べ、準備することになった。各班ともに、市内はもちろんのこと、山形市や寒河江市まで見学が広がった。驚いたことに、活動の幅が広がるとともに、子どもたちは今までになく生き生きと学習にかかわるようになった。
 寒河江市の地図が手に入らないと校長先生の許可が下りないことがわかった班は、寒河江市役所に電話をしてFAXで送ってもらう。また、生まじめな性格のY子は、仁藤食品の社長さんに熱心に本物の豆腐の作り方を聞いているうちに、なんと豆腐作りの講師までお願いしてしまったのである。あのおとなしいY子が大胆にも講師の交渉までしてしまうとは! 「はじめに子どもありき」に反対もし、不安をもちながらのスタートであったが、子どもを信じて間違いなかった。
 仁藤先生に教えていただいた豆腐の味は、店で売っているのとはくらべ物にならないほどおいしく、感動的であった。また、作りながらのお話のなかに、子どもたちの知的好奇心を高める内容が数多くあり、さすがその道の達人と感心させられた。その後の個人課題のヒントがたくさん秘められていた。

「ぼくは休まない」というM男

課題別グループ作り
個人課題を決める前に
課題別グループ作り。ただのお友達にならないよう、前もって自分の興味あるテーマを3つ書かせてから表を作ってグルーピングした (上)
個人課題を決める前にウエッビングマップを作った(下)

いよいよ個人課題を決め、課題ごとのグループを決めることになった。1人3種類の課題を書き、集まった個人課題を名簿に列記し、その拡大コピーを黒板に貼り付けた。そこに名前カードを貼りながらグループ作りをしていった。
 「ゆば」を希望している名前を見て愕然とした。H男もR男もT男も自主性が無く、言われないと動けない性格の子である。さらにそれにM男まで加わろうというのである。担任としては、クラスのリーダーであるO男やY男のグループに入ってくれれば安心なのに。
 男子みんなに集まってもらって、どうグループ編成すれば今後の活動がうまくいくのかを話し合った。O男もY男も自分の所へM男が入ってもいいと言った。しかし、他の男子が口をそろえて「M男はH男たちのグループに入るのが1番いい」というのである。H男のグループに入ったら手がかかりすぎて、まとまるものもまとまらずたいへんすぎることが目に見えている。反対だったが、男子の総意に従うことにした。
 H男たちは、ゆばを実際に作ってみるという。調理実習のときはいつも女子の陰に隠れてやることのない彼らではあったが、試行錯誤しながら、悪戦苦闘し、それでも楽しくやっているではないか。ゆば作りの1役をまかされているM男の笑顔が輝いていた。寒い放課後、鼻水を垂らして宿題忘れの分を居残りで勉強しているときに、ふと口にしたM男の言葉が忘れられない。「ぼく休めない。明日総合があるから」。彼はゆばグループに入ってよかったのだ。やはり子どもたちの考えに従ってよかった。M男がO男やY男のグループに入れば結果的に良い研究内容が得られるが、M男は生かされず、意欲も湧かずに終わってしまったであろうと思う。

まだあきらめないの?

手作りゆばを作るM男
手作りゆばを作るM男
 沖縄の豆腐と長生きの関係を調べているグループはなかなか資料が見つからなかった。沖縄に電話をかけたくても電話帳もない。どうするのかようすを見ていたら、沖縄県庁に電話をかけて、豆腐を作っている店を紹介してもらい、電話番号を教えてもらったという。すでに豆腐屋さんにも電話をして、作り方をFAXしていただくよう頼んだので、それを待っているところだ。
 しかし、毎日職員室に届いているか確かめに行くが、1週間待っても10日待っても返事が届かない。もうあきらめて別な課題にした方がいいと声をかけたが、「いや、やります。インターネットで調べてみます」と引き下がらなかった。山形市の県立図書館に休日返上で調べに行ったり、インターネットで調べたり……。友達がまとめを書いているのにまだ調べていた。
 やっと『沖縄の豆腐・豆腐よう』のサイトを見つけた。「食べてみなければみんなに紹介できない」というので、インターネットで1個だけ注文の許可をだした。ところが、9個で1万4000円の請求書が届いて大慌て。学級会で話し合ったが、「自分たちでやったのだから自分たちで解決してください」と冷たく言われた。
 しかし、そこからが頼もしかった。直接電話をして返品の交渉をしたが、手数料がかかるので買ってもらった方が安上がりだと気づき、家の人に買ってもらったり、職員室に売りに行ったりして、みごと完売したのである。
 課題の変更を進めた私が恥ずかしかった。自分がやりたいことなら大きな障害をはね返してしまうエネルギーが、子どものなかにあることを教えられた。発表会のときは、豆腐ようのスライスとオリジナル豆腐ようのマヨネーズ和えの2種類の試食品を作った。生まれて初めて沖縄の豆腐を口にする人がほとんどで、大好評だったのは言うまでもない。

総合で変わった私

 今までの私は、常に教師たる自分が上。教師の方で学ばせたい内容をあらかじめもっていて、それを子どもからやりたいと言い出したように見せかけていたような気がする。だから、子どもたちはどこか人任せから抜けきれなかった。
 総合はやはり、「はじめに子どもありき」なのだった。教師のほうではじめに学ばせたい内容を優先するのではなく、子どもを信じて、子どものやってみたいことからスタートすればいいのだ。子どもの思いや願いを最優先にしながら、子どもを成長させるためのねらいや支援の見通しをもつ。実際、豆腐についてなら私は子ども以上に勉強したと言える。その上で、子どもと向き合っていれば、自ずと、「子どもは、常に自分を高めようという気持ちをもった存在」であり、「自分がやりたいことなら、やり遂げようとしてがんばることができるもの」であることに気づかされた。

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