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Ruralnet・農文協食農教育2002年1月号

食農教育 No.18 2002年1月号より
[特集]校区探検の技術

白醤油づくり

微生物の働きを観察する
愛知・碧南市立新川小学校 角谷和彦

教室で醤油と出合う

 醤油との出合いは、卵焼きから始まった。鮮やかな黄色の卵焼きと少々黒っぽい卵焼きを教室に持ち込み、子どもたちに提示した。卵焼きの中に醤油は入っているかどうかとたずねると、黒っぽい卵焼きは入っているが、鮮やかなほうは入っていないと考えた。
 二つの卵焼きを食べてみた。すると、黒っぽい卵焼きはすぐに醤油とわかったが、もう一方は「塩辛い!」。色鮮やかな卵焼きには、醤油ではなく塩が入っているのだろうか!? ここで、この地方特産の白醤油と濃口醤油を入れた小皿を見せ、どちらの卵焼きにも醤油が入っていることを告げた。子どもたちの驚きようは想像以上だった。
白醤油、濃厚醤油、たまり醤油
キ右から白醤油、薄口醤油、たまり醤油

 「同じ醤油なのに、どうしてこんなに色が違うのだろうか?」
と投げかけると、もっている知識や国語辞典(本校では国語以外の授業でも常に辞書を使うようにしている)などから、次のような予想を立てた。
・醤油のもとの、ダイズと小麦の入っている量が違うのでは?
・国語辞典に塩も入れると書いてあるから塩の量も違うのでは?
・材料のかき混ぜ方が違うのでは?
・味噌はねかせると聞いたことがあるけど、醤油もきっとねかせると思うからその期間が違うのでは?
・それは発酵させるということだと思うから、そのやり方が違うのでは?

地域で醤油の正体を追う

 醤油の原材料やつくり方、発酵のはてな? について、地域でも調べることにした。家にある醤油を見てみたり、スーパーで原材料を調べてきたり、図書館で醤油の本を借りてきたり。
 調べ始めると、醤油のなかでも白醤油というのは、愛知県の醤油であるということ、学校の近くには、醤油工場がいくつかあり、白醤油を中心につくっていることがわかった。家の人から近くに醤油工場があると聞き、さっそく出かけた子もいる。
白醤油 ダイズ 5%
※A社 小麦 95%
白醤油 ダイズ 10%
※B社 小麦 90%
濃口醤油 ダイズ 5%
  小麦 95%
たまり ダイズ 100%
 子どもたちの情報によると、、白醤油と濃口醤油では原材料のダイズと小麦の量がまったく違うのだという(右図)。これが醤油の色をかえる理由かもしれない。発酵期間も白醤油は三ヵ月、濃口醤油は一年以上と違う。つくり方を調べてきた夕紀子は、「この材料のほかに、こうじ菌という菌がないと醤油はできない」と醤油の生産工程を黒板に書き、説明した。
 「こうじ菌って菌という字がつくから、バイキンじゃないの?」
と問いかけると、子どもたちは猛烈に反論し始めた。「食べ物の中にバイキンが入っているわけがない!」
 武が「ヤクルトの中にも何とか菌が入っているんじゃなかった?」というと、菌のイメージが一気に広がった。「パンにはイースト菌を入れる」「チーズも乳酸菌か何か入ってるよ」。菌にも有用なものがあることがはっきりしてきた。
 次の授業では、こうじ菌、乳酸菌や酵母菌などが醤油には含まれていることが調べられた。微生物こそ醤油づくりには欠かせないものであり、その活躍ぶりを調べた哲哉と侑希が黒板に絵を描いて説明してくれた(図(右下))。
生徒の説明図
 このような微生物の仕事が何ヵ月も醤油だるの中で行なわれているようすについて話し合った結果、子どもたちは、「醤油は、微生物のハーモニーだ」と表現した。
 二人が醤油工場から醤油こうじをもらってきたので、学校の顕微鏡で見てみようとしたが思うようにいかず、みんなで写真を見た。こうじ菌、乳酸菌、酵母菌……。
 「今日、初めてこうじ菌とはどんなものかを見たのでR。その小ささにびっくり! 三ミクロンというんだから……。乳酸菌はもっと小さい。でも、この生き物のおかげで醤油はつくられているんだと思うと感心してしまう。微生物さまさま!」(大輔の授業日記)

自分たちで醤油をつくろう!

 「醤油のはてな?」を調べ、みんなで話し合っていくうちにとうとう千尋から「みんなで醤油をつくってみたい!」との提案がでた。
 子どもたちはもう醤油をつくる気満々。原料の変化や微生物のハーモニーのようすを目や鼻、舌などでぜひとらえさせてやりたいと思い、透明のビンを使っての醤油づくり体験学習を企画した。
 子どもたちは再び、醤油の生産方法やその工程などについて本やインターネット、醤油工場へ訪問するなどして調べ始めた。しかし、調べれば調べるほど自分たちの手で醤油をつくるのは難しいということがわかってきた。とくに、校区のいくつかの醤油工場に出かけて生の情報を仕入れてきた子どもたちにより、問題点が浮き彫りにされた。
(1)120℃の高温でダイズを蒸すのに、学校のガス台では火力が足りない。
(2)こうじ菌をまぶして、35℃前後の温度で三日間おく保温機がない。
(3)たる(果実酒用ビン)でもろみを塩水につけるための重石をどうするか。
(4)醤油専用のこうじ菌をどう手に入れるか。
 これらの問題を前にして、困ったとみんなで頭を悩ませていた。そのとき、恵実が家庭でもつくることのできる醤油のレシピを図書館で見つけてきた(『おもしろふしぎ食べもの加工』農文協)。だが、醤油工場で行なわれているつくり方と少々違う。家庭でできるように、ダイズを蒸さずに煮てつくったり、小麦やこうじも手に入れやすい市販の麦茶や米こうじを使ってのレシピであった。本当にこうじができるのか? そのレシピを持って醤油工場へ相談に出かけた。元PTA役員で日東醸造社長の蜷川洋一さん(40歳)によると、本来のつくり方ではないが、醤油はできるという。また、材料についても醤油工場の方に協力していただくことができ、とうとう6月12日、醤油づくりが実現した!
 子どもたちにとっては、何から何まで初めてのことであり、不安そうではあった。途中、圧力鍋で煮たダイズが噴きこぼれて、大騒ぎになるなどしながら、意欲的に体験活動に取り組んでいった。
 「こんな白っぽいもので、あの黒いしょうゆが本当にできるのかなあ。ちょっと心配です」といった感想が多くあった。仕込んだ濃口醤油のできあがりは、2月中旬である(6月24日には、醤油工場でつくったこうじで仕込んだ。2つを比べるためである。さらに、地元の特産である白醤油は三ヵ月でできあがるので、10月24日にこうじづくり、仕込みを行なった)。

学校で醤油をつくろう

たるの観察―微生物を見る

 翌日から観察が始まった。果実酒用ビンは、透明であるため、中のようすや変化がたいへん見やすい。しかし、果実酒用ビンでは重石(たるに積む石)ができない。代わりに毎日かき混ぜ、もろみを塩水につけることにした。子どもたちにとっては醤油を毎日観察できて好都合である。観察記録をつけ、変化を見つけようと、ただかき混ぜるだけでなく、匂いを確かめたり味をみたり。色の変化にも気をつける。
 4、5日たって報告に来た。「先生、もう醤油の味がする! ちょっとしょっぱいけど」。7日めには、もろみにひび割れらしきものが生じ、そこが茶色っぽくなっていた。しばらくすると、ほかのたるにも同じようにひび割れが生じてきた。
 6月24日に2回めの体験をした際、蜷川さんに一たるごとみていただき、アドバイスをいただいた。子どもたちが観察で見つけたひび割れについては、
 「こうじ菌が活躍しているんだよ。こうじ菌が元気で仕事をしてくれている証拠だよ」。
 子どもたちも一安心。次の日からは、このひび割れ(後に「層」と呼ぶようになった)を微生物たちの元気さの目安にしていった。層の幅を計り、その幅をこうじ菌たちの元気バロメーターとして記録する子も現われた。ときおりその層の位置が変わっていることも見つけ、微生物の力に驚いていた。
観察記録帳
ずっと続けている観察記録

 「あんな小さなこうじ菌や乳酸菌や酵母菌が、ダイズや小麦を動かすなんてすごい。信じられないパワー。びっくり。それにしてもあのたるの中にどのくらいの数の微生物がいるんだろう」。

夏休みに異変が!

 夏休み中は気温のことを考えて、醤油のたるを教室から冷房設備のある校長室へ移動させた。7月の初めからあったアルコール臭が、夏休みに入り、かなり強くなってくる。8月の初め、毎日のように観察に来ていた梨紗が「先生、私たちの醤油(12日の仕込み)から日本酒のような匂いがする。酔っぱらいそう」という。
夏休みも観察
夏休みも校長室に通って観察をする。
蜷川さん(奥)も異変とあらばかけつけてくれる

 夏休み直後はそこまで匂わなかったのだが、二週間ほどで大きな変化である。「異変だ、異変だ」と子どもたちが心配し始めた。

 さっそく醤油工場を訪ねたり、どうしたらよいかとメールを送ったりした。サランラップをかけ、かき混ぜるのをやめてとりあえずそっとしておいたほうがいいと聞き、さっそくそのようにした子もいた。8月末、子どもたちの心配ぶりに、蜷川さんが学校へ来てくださった。

 一つひとつたるをじっくり観察されてから、考えられる原因と対策をアドバイスしていただいた。
・こうじづくりからやったビンはこうじ菌の量が醤油屋さんのものに比べて少ないため、発酵が遅れている。
・毎日のようにフタを開けてかき混ぜているから、空気中にある醤油には必要のない菌が入ってしまって、アルコール発酵が強くなっている。
・今後はしばらくふたを開けずにそっとしておくとこうじ菌たちが元気になって醤油発酵が活発になるだろう。
 9月、10月とそっとしたままじっと我慢。なかには待ちきれずにフタを開ける子もいるが、子どもたちは校長室に足しげく通いながら、「こうじ菌たち、がんばれ!」と観察を続けている。

今後の学習展開

蜷川さんと子どもたち
蜷川さんのアドバイスを受ける

 これまで醤油をつくり出す微生物を中心に学習をすすめてきた。今後も醤油のできあがりを見つめながら、醤油の体への効果、塩分を考えた醤油のとり方や、原材料であるダイズや小麦の生産と輸入、日本の食糧自給と農業政策などについても考えさせていきたい。
 また調味料という視点から、世界の食文化を考えるのもおもしろいし、醤油漬けの保存食という観点から、漬けものなどの発酵食品に目を向けるのもいい。なにより、できあがった醤油をどんなふうに味わうのか、どんなものをつくるのかを子どもたちとともに考え、いろいろな学習活動を展開していこうと考えている。

(囲み)

●碧南市立新川小学校とその周辺


 
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