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Ruralnet・農文協食農教育2002年1月号

食農教育 No.18 2002年1月号より
[特集]校区探検の技術

校区探検はここに目をつける

校区のドラマに迫る六つのポイント

神奈川・南足柄市立北足柄小学校 早貸裕一

まち探検は、なぜするのだろう

 通い慣れた通学路、遊び慣れた路地や空き地、秘密基地をつくった神社の境内、小銭を握りしめて何度も駆け込んだことのある近所のお店、そして、お気に入りの秘密のあの場所……。
 子どもたちが幼少より知り尽くしているはずの学区をあえて「探検」と称したとしても、ただ漫然と連れ回されるのなら、子どもたちは教室にいるよりはましだと思うだけで、ワクワクとまではしないはずです。保護者からも疑問をもたれるに違いありません。
 通学路の整備された石垣や水路、みかん畑とキウイ畑、古くて立派な慰霊塔、よく見かけるお年寄り……。これらの今まで見慣れた景色が一変し、地域に生きる一員としての自覚が芽生え、自分たちの生活の現実の局面や、現在の自分たちの生活に通じる先人の苦労などが立ちのぼってくるような新たな発見をさせたいものです。
 そのためには教師の意図性、指導性が必要なのは言うまでもありませんが、私はまず学区を知ることが大切であると考え、地域の史料をできる限り集めることから始めました。

ポイント(1)
酒匂川
酒匂川の支流、内川。ゆるやかに蛇行した流れは、環境を考えて人工的につくったものだと地元の農家が語ってくれた。中央奥に金時山、右奥に矢倉岳を望む
地域の災害の史料に注目する

 地域を知るために、まず、次のような史料を集めました。
・「南足柄市史」市史編纂室
・「史談足柄」足柄史談会
・「足柄ものがたり」生沼清治
・「関東大震災体験記」南足柄市
・「富士山の噴火と酒匂川」郷土資料館
・「南足柄の水車」郷土資料館
・「アイオン台風による災害記録集」
南足柄市
・「南足柄市石造物調査報告書」
(六)北足柄地区 南足柄市

・「わたしたちの南足柄」市教育委員会
 このほかにも、市教育研究所による郷土研究資料など、たくさん見つけることができますが、こうしてみていくと、平和そうなこの地域にもいろいろな災害があったことがわかります。どんな地域にも、なんらかの災害のあとがあり、それに打ち勝っていった先人の記録が残っていることと思います。地形や気候などあらゆる自然現象と苦闘して、郷土を住みやすくしていった記録、産業を盛んにしていった記録などにまず着目し、「自然災害」もしくは「自然の恵み」の両面から地域を見つめ直すことから始めるとよいと考えました。
 本市域の場合、河川や地下水などの豊富な水資源はその両面をもっており、富士山の噴火によって、酒匂川は洪水が繰り返され、江戸時代に大規模な土木工事が行なわれました。しかし、名水はフィルム工場だけでなく、ビール工場などを誘致するきっかけにもなりました。
 慰霊塔などの石造物についても、資料は見つかるものです。建立された年月日がわかったので、当時の町の広報の縮刷版をひもといてみると、人口の少ない地区ですが、47名もの方が戦没されていたこともわかりました。
 さらに登ったところにある北足柄中学校は、光村の中3国語教科書、「握手」(井上ひさし)の舞台(第2次世界大戦中の外国人収容所)の跡地でもありますが、これについてはその性格上、あまり知られてはいません。地域の方に尋ね回ってそうとわかったときには、地元のかくれた史実にたいへん驚かされました。史料・資料だけでは不十分であることがわかりました。

ポイント(2)
学校独自の人材バンクをもとに地域の方から取材しておく

 このように資料がそろってきたからといっても、地域の方の生の声に勝るものはありません。一昨年、5年生でお米づくりを中心にした総合的な学習をしたときのことです。
 「今年あのカメムシに一枚全部やられた田んぼがあるんだって」と、農家の人から直接聞いてきた児童の瞳は、とても輝いていました。地域の方との出会いが、児童の知的好奇心をさらに高め、自分の課題を追究する楽しさを実感することとなり、真の生きる力を育むことになっていくのだと思います。いわゆる脱サラをして古代米や無農薬米をつくっていられる方や、わらぞうりづくりの名人を子どもたち自身が探してきてくれ、ゲストティーチャーとして教えを乞うことができました。
 「臨床の知」とも言うべき生きた知識がえられるように、また地域の高い教育力を生かせるように、本校では以前より教頭が人材バンクの名簿を作成し、いろいろな場面で活用させていただいています。学区探検に限らず、あらかじめ地域の方にお話をうかがっておくことが大切であると思います。

地域の方に取材
アイオン台風のときのようすについて聞きとる
ポイント(3)
市役所からいただいた2500分の1の地図をもとに

 探検で見てきたことを模造紙に大きく書いた地図にまとめるときには、できるだけ大きくて正しい地図をもとに書きたいものです。市役所でお願いして、模造紙の大きさの2500分の1の地図をいただいておきました。これは、一軒ごとの家もわかるような、適度の大きさの地図で、土地の利用のしかたや、この地区で発達している水路のようすなどもよくわかります。
 これをさらに2倍に拡大して模造紙に書き、発見したことを書いた紙を貼っていきます。デジカメで撮影した小さな写真も貼るとさらにわかりやすくなりました。

撮った写真を模造紙へ
デジカメで撮った写真を模造紙に貼り付ける。探検中のメモもペタペタと
ポイント(4)
台風の被害をキーワードにして地域の人にインタビュー

 昔から、住みやすい場所を表わす『一、内山、二、山田』ということばがあるほどの内山地区には、酒匂川に注ぐ内川を見下ろす高台に家や小学校があります。金時山や矢倉岳を背にして、なだらかに蛇行する内川をはさんで広がる田畑の景色はいつ見ても美しいものですが、四角形ではない田や棚田もたくさんあります。早速、人力で耕している方にお聞きすると、アイオン台風で自分の田は削られ、今は土手や道路になっているとのことでした。だから田は一枚ずつが小さく 、棚田になっており、機械ではすみずみまでいかないので手でやらざるをえないのだそうです。
模造紙大の2500分の1地図
市役所の都市計画課でいただいた模造紙大の2500分の1地図

 アイオン台風の被害が甚大であったことが子どもたちにもわかったので、地域の方への質問の中にキーワードとして入れるようにしたところ、意外にも、平野部だけでなくみかん山のほうでもその影響を聞くことができました。

ポイント(5)
保護者のご協力をえて有意義な校区探検

 「足柄茶や足柄みかんのためのこの農道を、台風のあとに地元の私たちが舗装したんだよ」と、探検の中で教えてくださったのは学級の児童のおじいさまでしたが、孫の子どもたちもそれを聞くのは初めてでした。このときは、みかん畑の中のハチの巣箱は、ここよりも寒い御殿場の人が、蜜の少ない春先に置かせてもらいにきたもので、園主の巣箱ではないということや、みかんだけでなくキウイを育てるようになった経緯や、その後のこと、竹炭づくりのお話もうかがうことができました。
 この日は、さらに別の児童の保護者の畑で茶摘みの体験をさせていただきながら、お茶の根が斜面の畑の土留めの働きもしていることもなどを学びました。
 八十八夜のころで時期もちょうど良かったのですが、一家そろっての保護者のご協力は何よりありがたいものだと痛感いたしました。

みかん畑に置かれたハチの巣箱
みかん畑に置かれたハチの巣箱(手前)は、御殿場の養蜂家が蜜のない春先だけ間借りしているのだという
ポイント(6)
季節がかわると、ちがったものが見えてくる

 イネの収穫を終えたころにも、ちがったものが見えてきます。このときもアイオン台風のことを川の近くの農家の方に聞くと、内川のゆるやかに蛇行した流れは工事で人工的につくり出したものであることがわかりました。また、休耕田の雑草を刈っている方からは、放置しておくと消防署から指導されることや、農家の厳しさなどを聞き、減反について考えるきっかけともなりました。
 学区は、兼業農家が多いのですが、農業振興地域に指定されており、シイタケや長ネギを育てている方もあり、中国とのセーフガード問題やお米の減反、みかんやキウイの生産、食糧自給率の問題など、農業に関わる課題はたくさんみつけることができ、そこから学習を発展させることができます。
 兼業農家が多いため、数少ない後継者の一人として休日に積極的に家の農作業を手伝う児童たちも、農業に関わる諸問題を切実なものとして意識できているようですが、これからも、食の問題を考えていかれるように、地域の方のご協力をもとに研究をしていきたいと思います。

(囲み)

●南足柄市立北足柄小学校の紹介


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