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Ruralnet・農文協食農教育2000年夏 9号

特集 探求心に火をつける意外な方法

子どもの探求心に火がつくとき

かわいいカイコの観察からメンデルの法則・クローンの研究へ
自作のホームページに第一線の研究者もアクセス
東京都大田区 堀越かおりさん(東京女学館小学校5年)

西村良平

パソコン
ホームページを開けるかおりさん

はい!こちら、子どもの蚕の研究所です。


 小学校三年生になった堀越かおりさんは、別の学校に通っている一年生の弟を迎えにいった。そこで見たのがカイコの展示だった。「まゆからかえって羽根を広げたガは、大きな目でこちらを見ているようでかわいかった」。
 手をさしだすと、のってくる。とても気に入ったのでカイコを飼いたいと思って、お母さんにも話をした。お母さんのお姉さんがその話を聞いて「横浜のシルクセンターならカイコを手に入れる方法がわかるんじゃないの」と教えてくれた。


クワとカイコを手に入れる

「カイコをどうやって手に入れたらいいのですか」とシルクセンターに電話した。
「こちらに取りにきてください。その前にエサとなるクワをさがしてくださいね」
 近所を歩き回ってみたけれど、クワはどこにもない。お母さんが「あそこに聞いてみよう」と庭師をしている人の家を訪ねた。庭師のおばさんは、「この前、公園に行ったら横の家にクワがあっていいなと思ったんですよ」と教えてくれた。近くなのに気がつかなかったのだ。その家では「クワを使っていい」といってくれた。
「クワを見つけました」とシルクセンターに電話をして、カイコをもらいにいった。そこにはカイコの成長段階がわかるように小さいものから大きなものまでがたくさん展示してあった。成長のようすが観察できるようにと、小さいカイコを十四匹もらった。「錦秋鐘和(きんしゅうしょうわ)」という長い名前だった。シルクセンターの小泉勝夫さんが、
「これは育てやすいカイコです。でも、夏休みのうちに卵を産むかどうかわからないから、大きいカイコをもっていけば産卵も見られますよ」と全部で一六匹のカイコをくれた。
 庭師のおばさんから「知り合いがカイコを育ててみたいといっているので分けてほしい」といわれていた。小さいカイコのうち六匹をあげることにした。


6階
カイコは6階だての部屋で育った

本を読んで育て方をおぼえていく

 夏休みの自由研究はカイコにしようと思った。育て方がわかる本があればと、学校の図書室の先生に相談して『かいこ・まゆからまゆまで』(科学のアルバム・あかね書房刊)を探してもらって借りてきた。クワを食べ、脱皮をくり返して大きくなるカイコがかわいくて毎日の観察が楽しくてしかたなかった。
 大きい二匹はまゆをつくってガになった。おなかの大きいものと小さいものがいて、それぞれメスとオスだと本に書いてある。交尾すればメスは卵を産む。でも、なかなか交尾しない。むりやりおしりとおしりをくっつけてもすぐに離れてしまう。結局、交尾しないで一生を終えた。
 そのあと小さいほうのカイコも成長してガになった。全部、おなかは大きいし、おしりのところを見ると、茶色いものが見える。オスを呼び寄せるフェロモンというものを出す部分だと、本で見てわかった。そうなると、今度はメスばかりだ。  最初のカイコの「メス」には、このフェロモンを出す部分がなかった。ということは「メス」ではなく、おなかが太めのオスだったのだ。フェロモンを出す部分のことも本の写真で見ていたはずだけど、ふだんは体の中に入っていて、たまにおしりのところに出てくるのだとそのときは思い込んでいたのだ。
 これではもう卵を産ませて育てることができない。
 夏休みの自由研究がまとまったので庭師のおばさんのところにお礼の報告にいくと、前にカイコを分けてあげたところでは、まゆに卵を生みつけているという。見せてもらいにいくと、卵をもらうことができた。この卵は冬を越して翌春にカイコになるものだ。でも、しばらくするとカイコが二匹生まれてきた。こんなこともあるのだ。そのうちの一匹は全体が白いカイコになった。白いのでホワイティーという名前をつけたけれど、こんなカイコは見たことがない。「奇形のカイコだ。どうしよう」。
 かおりさんがシルクセンターの小泉さんに「どうしたらいいでしょう」と電話を入れた。小泉さんは「そうですか」というだけで、答えは聞けない。なぞをかかえたままだった。


クワ
黒(黒いしまもよう)と白がうまれた

メンデルの法則を知る

 かおりさんは四年生になった。カイコの資料を見ていると山梨県にある農水省の蚕糸・昆虫農業技術研究所の紹介が出ていた。卵を分けてもらおうと思って連絡をとった。ホワイティーのなぞを聞いてみたけれど、電話に出た研究者、黄川田隆洋さんも質問には答えてくれないで、「じゃあ、カイコの卵を送ります。まあ育ててみてください」と、小学校を通して一〇種類もの卵を送ってきてくれた。
 カイコは成長して、種類ごとに、しまもよう、こぶありなど、いろいろなカイコになっていった。一種類、白いカイコになるものがあった。カイコにはもともと白い種類のものがいて、白くても奇形ではないことがわかった。でも、なぜ、ホワイティーは親と違って白いカイコになったのだろう。
 「メンデルの法則」というものがあることを知った。研究者からカイコはかけ合わせの実験にぴったりだと聞き、本のなかでもそんなことを見た。内容がむずかしいのでお母さんといっしょに「メンデルの法則」を読んでみた。
 二つの品種をかけ合わせた雑種には、どちらの親の遺伝子も伝わっていき、それぞれの性質のどちらかだけが出てくる場合がある。その性質を優勢、隠れているほうを劣勢という。それをかけ合わせた孫(三代目)は、優勢・優勢、優勢・劣勢、劣勢・優勢、劣勢・劣勢という四つの組み合わせのどれかを親からもらう。優勢を含むものと劣勢だけのものは三対一になり、劣勢だけのものには、二代目では見られなかった性質が出てくる。
 ホワイティーのもとをたどれば、シルクセンターからもらったカイコで、「錦秋」と「鐘和」という二つの純粋種をかけ合わせた雑種なので「錦秋鐘和」という名前がついたこともわかった。ふたつの品種をかけ合わせることで、優れた性質をもつ品種ができてくることがある。こうしてつくった育てやすい性質を持つ雑種をかおりさんにくれたのだった。親と違って体が白くなったホワイティーは、劣勢と劣勢の組み合わせだったのだ。
 研究所がくれた一〇種類の純粋なカイコから白いものと黒いものを実際にかけ合わせてみた。二代目は黒い雑種になった。黒が優勢で白が劣勢だ。この雑種の三代目では、黒だけでなく白いカイコも出てきた。メンデルの法則のようにその割合は黒と白が三対一になった。ホワイティーの秘密を目で見て確かめることができた。


ホームページ「はい!こちら、子どもの蚕研究所です。」

 かおりさんは、「はいこちら、子供の蚕の研究所です。」という名前のホームページをつくっている。最初に三年生でカイコを飼ったときの夏休みには、観察した記録をまとめたり、絹糸やガの標本をつくったりして、最後は夜も寝ないで自由研究をまとめた。コンテストに出したけれど、賞に選ばれることはなく、資料も戻ってこなかった。宝物がなくなってしまったけれど、カイコの研究はやめようとは思わなかった。
 四年生の夏休みが終わるときに、家族といっしょに本を見ながらパソコンでホームページのつくり方をおぼえて、カイコの写真や絵に説明を加えたホームページをつくった。パソコンを開けば、いつでもこれまでの研究が見られるし、資料が消えてしまうこともない。
 カイコの資料はむずかしいものが多かったので、ホームページでは自分より小さい子どもでもわかるようにしようと思った。遺伝の説明では、結婚とかパパ、ママという言葉を使うことにした。カイコの種類ごとの名前も「くろしま」などとわかりやすいものにしている。「カイコの一生の写真集」「新種が生まれた」などのページを見た同じ学校の子だけでなく、研究者からの情報やアドバイスもEメールで届くようになった。
「うちわ」
透き通った絹うちわ
 ホームページに「絹うちわ」の話も加えた。絹うちわは『カイコの絵本』(農文協刊)につくり方がのっていた。家にあったうちわの紙をやぶり、たわしでこすってホネだけにしたものをつるしてカイコをのせる。カイコは糸をはいて絹糸のうちわを仕上げていく。ふつうならサナギはまゆ玉の中に隠れるけれど、うちわは平たいので隠れる場所がないので、羽根が生えてくるようすも観察できた。水族館にいるクリオネみたいな形をしていた。


「クローン」の実験にも挑戦

 不思議なことにどんどん気がついていった。メスは交尾しなくても卵を生むことがある。この卵からはカイコが生まれることはありえない。ところが、特別な刺激でそこからカイコが生まれることを研究者の話のなかから知ることができた。それは母親と同じ遺伝子をもったものになるので、クローンの羊、ドリーとよく似ている。そうしたカイコがどうしたら生まれるのか、この課題にも挑戦することにした。かおりさんはもっともっとカイコのことを知りたいと研究の夢をふくらませている。


堀越かおりさんのホームページ はい!こちら、子供の蚕の研究所です。

カイコの卵の入手先(学校での教育や研究用として配布している)
・シルクセンター国際貿易観光会館(シルク博物館)
   〒231-0023 横浜市中区山下町1 電話 045-641-0841 FAX 045-671-0727
   (1000粒単位で500円。卵は取りにいく)
・上田蚕種協業組合 〒386-0018
   長野県上田市常田3-4-57 電話 0268-22-3585 FAX 0268-22-3587
   (卵は2000粒まで2000円。卵の数とそれがかえる日の希望を書いて、手紙かファックスで申し込む。送料は別。人工飼料を1キロ850円で販売している)
・群馬県蚕業試験場
   〒371-0852 前橋市総社町総社2326-2 電話 027-251-5145 FAX 027-251-5147
   (場長あてに文書で申し込む。卵の数量と希望日を明記して、返信用の切手を同封のこと)


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