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「シリーズ 農家の働き方改革 8時間労働を目指して」より

トマト80a周年栽培
従業員に長く働いてもらうための週40時間、1日8時間労働

滋賀県近江八幡市・浅小井農園 松村 務さん

浅小井農園のメンバー。手前、座っているのが代表取締役の松村務さん。奥の真ん中が栽培課長の戸川聡志さん

浅小井農園のメンバー。手前、座っているのが代表取締役の松村務さん。奥の真ん中が栽培課長の戸川聡志さん

 きつい、汚い、危険(3K)と疎まれたのも今は昔、新規就農者数が2年連続で6万人を超えている。一方、農業ほど暮らしと一体となった生業はなく、作物は手をかけた分だけ応えてくれると、長時間労働をいとわない農家も多いはず。そんな自分たちの働き方を、「せめて夕飯だけは家族と一緒に食卓を囲みたい」「たまには家族全員で旅行に行きたい」と改革すべく奮闘する農家を取り上げる新シリーズ。初回のテーマは永遠の課題ともいえる「8時間労働」。雇用している農家にとってはよりシビアな、労働時間について――。

従業員が入れ替わって、トマトのわき芽が伸びた

 入り口で靴を履き替え、消毒マットを踏んでから入ったハウスは、ホウキで掃いたかのようにキレイで明るい。両側には、3mにも届きそうなトマトが立ち並び、果実がゴロゴロ房なりしている。滋賀県近江八幡市の浅小井農園(株)では、80aの高軒高ハウスで中玉トマト(ミディトマト)を栽培。7月上旬に定植してほぼ周年収穫、「朝恋トマト」のブランド名でそのほとんどを大手スーパーやレストラン、直売所や自宅などで直接販売している。加工もドライトマトのほか、規格外品でミネストローネやカレーにも取り組んだり、新しい環境制御技術をいち早く導入したり……で、近年、視察が相次ぐ売り上げ高右肩上がりの法人農家である。

 従業員は正社員5人とパート3人の計8人。作業は朝8時のラジオ体操からスタート。今は収穫シーズンなのでミーティングの後、まず10時まで収穫作業をしてパック詰め、お昼休みを1時間挟んで、午後はハウス内の管理作業をして夕方17時に終了。1日8時間労働である。

「いやあ、基本的にはそうなんですけどね、実際にはなかなか。やっぱり、残業してもらうこともあります。とくに今シーズンは、若手の社員が独立した穴が、まだまだ埋まらないところなんですよ」

 ハウスを案内してくれた主、松村務さん(64歳)がそういいながらトマトのわき芽をかき取る。手が回らず伸ばしてしまったわき芽には、花を咲かせたものや、小さな実をつけてしまったものもある。早くとらないと、トマトに余分なエネルギーを使わせてしまう。

 なんでも、3年間働いてもらったベトナム人実習生2人が国に帰り、新しく来た実習生2人は日本に来てまだ3カ月で、作業にようやく慣れてきたばかり。そして社員が1人独立。喜ばしいことだが、その穴はでかかったというわけだ。

「去年は6人で回っていたはずの場所が、今年は7人いても回らない。もちろん、新しい人もこれから手が早くなっていきますが、トマトは待ってくれません」

 遅れが目立ち始めたので、急遽、69歳の元正社員に声をかけて、パートさんとして戻ってきてもらったところだ。また、別のベテラン社員が朝6時から2時間余計に作業してくれたことなどもあって、ようやく作業の遅れを挽回しつつあるという――。

浅小井農園の労働時間(収穫シーズン)

浅小井農園の労働時間
(収穫シーズン)

自分も従業員も働きやすい環境づくり

 松村さんが就農したのは9年前。まったく新しいことをやろうと54歳で役場を早期退職、市が募集する事業に手を挙げた。そして農業大学校に1年通い、ハウスを建てて、まったく一からトマトづくりをスタート。中玉トマトの場合、夫婦2人で回せるのはせいぜい20a程度といわれるなか、最初から雇用を前提に80aのハウスで、茎を長く伸ばして周年とれるハイワイヤー栽培を始めた。

 しかし、家庭菜園でのトマト栽培経験すらなかった松村さん、当初は夫婦と従業員1人で始めたこともあって作業がまったく追い付かず、夜遅くまで頑張っても、腐ったり割れたりして廃棄するトマトが山のように出たという。「今思えば無謀な栽培をしてました」。当時は8時間労働なんて夢のまた夢。これじゃとても続かないと、従業員を徐々に増やし、自分も従業員も働きやすい環境づくりを第一に心掛けてきたという。

 勤め時代に技術職だったこともあり、作業工程を見直して効率化する、といったことはもともと大好き。例えば、ハウス全体を東西南北四つにブロック分けし、さらにウネごとに床に直接スプレーで番号を振った。「北の25番、手前から4mに灰色かび病」といえば、従業員全員が即座に位置を把握できる仕組みだ。意思の疎通がスムーズにできれば、その分作業時間の短縮に繋がる。

 また、松村さんは手先も器用。倉庫入口にある、さまざまな道具を整理するボードも手作り。なくなりやすい小さな農具や工具を一覧できるよう収めることができて、モノを探す手間や時間が激減したという。倉庫内に入ると、足場パイプで組んだ棚に、大きめの道具や肥料などがキレイに整頓してある。いつもこの状態なので、使った道具を元の位置に戻すのもたやすい。

自作の道具収納ボード。小さな道具もこれならなくならない。すぐに見つかる

自作の道具収納ボード。小さな道具もこれならなくならない。すぐに見つかる

 GAP認証も滋賀県で一番にとった。巷では東京オリンピックの食材調達基準になったり、農産物輸出の条件として注目されるGAPだが、松村さんは「農場管理のツール」になると注目した(2017年10月号)。そして、社会保障制度など従業員の労働条件も整えるため、社労士にもついてもらった。

 そんなおかげもあってか、今年入れ替わった人を除くと、浅小井農園には長く働いてくれているベテラン従業員が多い。ここ数日、朝2時間早く来て作業の遅れをカバーしてくれている戸川聡志さん(29歳)は今年9年目。松村さんとは農業大学校で出会い、真面目な人柄を買われて、農園立ち上げからメンバーとなった。実家は非農家だが、今やハウスの管理を全面的に任される栽培課長。一昨年は環境制御を学びにオランダへも行き、松村さん同様、JGAP指導員の資格も持っている。

作業時間を一気に減らした「レール」

 戸川さんによると、農園の働きやすさは、とくにここ数年飛躍的に上がり、残業もめっきり減ったという。その最大の功労者は3年前、通路ごとに敷設した「レール」だ。作業台車や高所作業車、自走式防除機がスムーズに走るようになり、収穫時間でいえば1時間短縮。管理作業全体でみれば、2〜3割くらい短縮できたというみんなの実感がある。

 トマトはヤシガラ培地のベッド栽培で、圃場は整地してあるとはいえ小さな凸凹がいくつもある。以前は収穫台車がトマトにぶつからないよう気を使って押していたが、今は軽く押すだけでスーッと進み、荷台が揺れて果実が割れるようなこともなくなった。高所作業車も確実にまっすぐ進むので、操作はペダルを踏むだけ。ハンドルを握らなくていいので両手が自由に使えるようになった。自走式防除機も勝手にまっすぐ進むので、従業員は少し離れてついていくだけ。防除しながら病害虫の発生をチェックしたり、摘み残したわき芽をかいたりもできる。近づかないので農薬の被曝も減らせたという。

 浅小井農園にとって大発明となったこのレールのアイデアを出したのも松村さん。敷設は夏の農閑期に戸川さんらと男3人で行なった。32mm径のハウスパイプを5m間隔に切って、枕木代わりにビニペットで固定。すべて手作りなので費用も安くすんだという。

働き方をガラリと変えた「レール」

わき芽摘みをする戸川さん。作業台車は塩ビ管で作ったレールの上を滑るように移動する。コンテナはすべて通常の半分の大きさ。軽いのでかえって作業がはかどるようになった

わき芽摘みをする戸川さん。作業台車は塩ビ管で作ったレールの上を滑るように移動する。コンテナはすべて通常の半分の大きさ。軽いのでかえって作業がはかどるようになった

高所作業車はタイヤがレールの外側にちょうどはまるように、シャフトを延ばしてある。一方、自走式防除機のタイヤはちょうどレールの内側にはまる幅

高所作業車はタイヤがレールの外側にちょうどはまるように、シャフトを延ばしてある。一方、自走式防除機のタイヤはちょうどレールの内側にはまる幅

レールは32mm径のハウスパイプで、ビニペットで地面に固定してある。作業台車や収穫台車のタイヤは、パイプにちょうどはまる大きさ

レールは32mm径のハウスパイプで、ビニペットで地面に固定してある。作業台車や収穫台車のタイヤは、パイプにちょうどはまる大きさ

収穫作業の様子。収穫台車もレール上をスムーズに動くため、座ったまま作業、座ったまま横移動できる

収穫作業の様子。収穫台車もレール上をスムーズに動くため、座ったまま作業、座ったまま横移動できる

変形労働時間制で同一月給払い

 さまざまな工夫で、1日8時間労働は実現しつつある松村さんだが、1年を通した完全な週40時間労働は難しいという。年間10カ月くらい収穫できるとはいえ、定植後からとれ始めるまではやることが少なく、また厳寒期はどうしても収量が落ちる。ドライトマトの加工も行なっているが、一番おいしい時期の果実を使いたいので、どちらかといえば農閑期でなく農繁期の仕事となっている。

 そこで浅小井農園では「1年単位の変形労働時間制」を導入している。これは、1年の労働日を平均して週40時間以内であれば、就業時間が8時間を超える日や40時間を超える週があったとしても、割り増し賃金の支払いが不要となる制度。従業員との合意が必要で、労働日数は年間280日以内とする、1日10時間以内、忙しい時期も1週52時間以内とする等々の導入要件があるものの、農繁期と農閑期がはっきりしている作目に適した制度といえる。

浅小井農園の月別労働時間

休日日数月別労働時間週平均
4月62419244時間48分
5月72419243時間21分
6月62419244時間48分
7月121915234時間19分
8月141713630時間42分
9月131713631時間44分
10月92217639時間44分
11月72318442時間56分
12月82318441時間32分
1月102116837時間56分
2月62217644時間
3月72419243時間21分

浅小井農園では、上記の表を事務所に張り出している

所定労働時間8時間
年間休日105日
年間労働日260日
年間労働時間2080時間
週平均労働時間39時間53分

 上表が事務所の壁に貼ってある実際の月別労働時間。収穫最盛期に当たる2〜6月は6〜7日の休みしかない一方、農閑期の7〜9月は月間12〜14日の休みがある。「1年単位の変形労働時間制」ではさらに、農繁期に限って1日10時間労働にすることも可能だが、松村さんは周年1日8時間労働にこだわる。「今日頑張りすぎて、明日働けないのでは意味がない」からだ。

 社員の給与は月給制なので、多く出勤する月も休みばかりの月も給与は同じである。「そうでないと、安心して働けないでしょ」。パートさんは時給計算なので、休みばかりの月は手取りも減ってしまうが、主婦が多いので配偶者控除の枠を考えながら、農閑期に積極的に休みをとってくれるという。

「朝恋トマト」で作っているドライトマト。従業員の奮闘や販売上の工夫もあって、経営全体の売り上げは右肩上がり

「朝恋トマト」で作っているドライトマト。従業員の奮闘や販売上の工夫もあって、経営全体の売り上げは右肩上がり

 松村さんも戸川さんも、手をかければかけるほどトマトの生育はよくなる、と考えている。かといって働きっぱなしじゃ体が持たないし、経営的に見れば残業代も増える。その点、従業員がしっかり定着して能力が上がれば、同じ時間にできる仕事の量も増える。松村さんが働きやすい圃場づくりにこだわるのは、従業員にムリなく長く働いてもらいたい、それがトマトにとっても経営にとってもいいからだ。

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2017年12月号
この記事の掲載号
現代農業 2017年12月号

巻頭特集:落ち葉&せん定枝 ラクに集めて、どっさりまく
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