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ふじもと・としおさん 1944年兵庫県生まれ。同志社大学文学部新聞学科中退。学生 運動で服役中に「帰農」を志す。1976年大地を守る会会長、(株)大地代表取締役と
して有機農業の普及にかかわる。1981年農事組合法人・鴨川自然王国代表理事。1999 年農林水産省関東農政局、諮問委員 |
去る7月31日午後3時、鴨川自然王国代表・藤本敏 夫さんが、肺炎のため亡くなりました。現在発売中の増刊現代農業最新刊『青年帰農 若者たちの新しい生きかた』には、「青年帰農」第一世代である藤本さんから第二世代へのメッセージとして、「ポジション<位置>が分かればミッション<役割・使命>が分かる――多様な働き方
で新しいライフスタイル、共同体の創造を」と題するインタビュー記事を掲載しています。事実上、これが藤本さんの「絶筆」となりました。
インタビューは、6月18日、藤本さんが肝臓ガンとの闘病のため入院されていた虎ノ門病院で2時間にわたり収録したものです。当初、このインタビューは、6月15日に夫人であ加藤登紀子さんの代々木の事務所で行なう予定になっていましたが、激しい嘔吐のために藤本さんが病院を抜け出せなくなってキャンセルとなり、編集部としていったんはあきらめかけていたものです。しかし15日午後、ある程度回復したということで再度藤本さんから申し出があり、18日のインタビューが実現しました。
生前、藤本さんは「増刊現代農業」の熱心な愛読者でした。藤本さんの親友である高野孟さん(「インサイダー」代表)によれば、「農文協の『増刊現代農業』は、藤本敏夫さんはじめ農をめぐる知の前線にいる人たちが口を揃えて『いつも世の中の先を行っている』と誉める必読書」とのことで愛読誌のため無理を押してインタビューに応じていただいたものと思います(しかし、18日の藤本さんはご自分でインタビューの場に歩いて来られ、お話も眼光もしっかりしており、これほど早く逝かれるとは夢にも思いませんでした)。
以下は高野さんの「i-NSIDER特別版 農と言える日本・通信No.58 2002-08-05 ●藤本敏夫の死を悼む」からの抜粋です。
――彼の絶筆は、『現代農業・増刊』8月号「青年帰農」特集(農文協刊)に掲載されていてこれが遺言です。「21世紀、日本人はすべからく"農的生活"を」と語り続け、中高年の「定年帰農」をもっと大きな社会的な流れにするために死の直前まで痛む体にむち打って人に会い会議を招集していた彼が、中高年だけでなく学生や大学を出たての若い人たちのあいだにも「青年帰農」の志向が広がってきたことを、どれほど喜んでこの雑誌のインタビューに応じたか。その彼の希望の確かさをこの稿から読みとって頂きたいと思います。
「よくなったら鴨川の自然王国にぜひ、いらっしゃい」。お別れに藤本さんにかけていただいた言葉です。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
2002年8月10日
増刊現代農業編集担当 甲斐良治
●藤本敏夫さんを送る会
日時 8月18日(日) 午後1時より3時(受付は12時より)
場所 青山葬儀所(青山斎場) 東京都港区南青山2−33−20
電話 03−3401−3653
●弔電送付先
(株)ネフコ
東京都渋谷区千駄ヶ谷5−4−5サンライン第98ビル1F
電話03−5312−8741
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