主張

農の風景を守るのは誰だ
「集落機能強化加算」廃止でいいのか?

 目次
◆古くて新しい自給畑の風景
◆放牧ヤギがいると草が地域資源になる
◆農の風景と農村RMO
◆集落機能強化加算が果たした役割

 読者のみなさんは、自分が暮らす集落・地域の風景をどう思うかと聞かれたらなんと答えるだろうか? たいていの人はきっとすぐに言葉が出てこない。しかし田んぼや畑に立って周囲を見渡し、季節ごとの日常を思い浮かべるうちに、ああ言えばよかった、こう言えばよかったと、慣れ親しんだふるさとを語りたくなるのではないか。

 本誌の兄弟誌『季刊地域』2024年秋59号の特集は「農の風景のために汗をかく」である。風景という言葉は、山奥の手つかずの自然よりは、田畑や里山の有り様を表現するのになじむ。景色や景観など似た意味を持つ言葉とそこが違う。農村で人が暮らし、農業をすることでできたのが農の風景。いま、農村の高齢化や人口減少で自然と人間のバランスが崩れ、その風景が危機に瀕している。

 ひと昔前なら、農の風景の危機といえば敵は農地を潰す開発やごみの不法投棄などだったが、いま危機の根源は農村自身の疲弊にある。だからといって手をこまねいてはいられない。『季刊地域』秋号から記事を拾ってみよう。

古くて新しい自給畑の風景

 太陽の光を受けて銀色に輝くイネの葉が風にそよぐ。田んぼの脇の未舗装の道をさっそうと走る黄色い自転車。「あやちゃん号だ!」と声を上げる小学生に手を振り、道で会うおばあちゃんとひとしきり言葉を交わす。長野県売木うるぎ村に地域おこし協力隊としてやって来たばかりの玉川綾香さん(30歳)はすっかり人気者だ。売木村の人口は約500人。すでに村の人たちみんなが顔見知りのようになっている。外から来た綾香さんが語る売木の風景はこうだ。

「この村の何がいいかって、どこにいても水の音が聞こえることですよ。水路の水は夏でも冷たい。農作業の合間に水路で顔を洗ってクールダウンできる。最高です!」

 ずっと村で暮らしている人には当たり前すぎることも、東京生まれの綾香さんの目には新鮮に映る。

 売木村では現在の清水秀樹村長が就任した12年前から、都市との交流や移住者の受け入れを積極的に進めてきた。現在では約500人の村民の4割が移住者だ。若い世代の移住が多いせいか、今年6月に人口戦略会議が発表した「消滅可能性自治体」にはならなかった。

 都市との交流や新住民の増加は村に何をもたらしたのか。綾香さんが自転車で水管理にまわる田んぼをつくるのは株式会社アグリかなだ代表の金田國茂さん(72歳)。スイートコーンを柱に米や原木シイタケをつくり、移住者の受け入れに積極的に関わってきた。金田さんはいま、綾香さんと、そのパートナーで一足先にアグリかなだに就職した玉川翔さん(35歳)、それに毎週名古屋から通う夫婦と一緒につくる共同菜園におもしろさを感じている。本業の稼ぐ農業とは別の自給のための農業だ。

「田舎の農家と都会の人たちがつながって一緒に畑をやる。定住せず通ってくれるだけでも、温泉に入ったりお土産を買ったりして地域にお金が落ちる。都会の人には『食料保障』という意味もある」と金田さん。農家と移住者、都会の人が一緒につくる畑が新しい農業のあり方のヒントになるというのだ。

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放牧ヤギがいると草が地域資源になる

 金田さんの共同菜園が古くて新しい自給の形なら、移住者が売木の古くて新しい農の風景を復活させた例もある。ヤギを飼ってミルクやチーズを販売する後藤宝さん(62歳)は、10年前、清水村長自身にスカウトされ福井県から売木村にやって来た。

 ヤギを飼うようになったのは、今はもう成人した子供たちと「アルプスの少女ハイジ」をテレビで見ていて「自分がハイジになりたくなった」からとか。後藤さんは、売木村の涼しい気候と中京圏からの観光客が多いことがヤギを飼う経営にピッタリと移住を決めた。子供たちが独立して一人になり頭数は減らしたが、朝晩、軽トラにヤギを乗せ、畜舎と耕作放棄田の放牧地を往復するのが日課だ。

 昔はヤギが多かった売木村には、乳を搾ったりエサの草を刈るのが子供の頃の仕事だったという高齢者がたくさんいる。だからなのか、みんなヤギに優しいという。

「資源が少ない日本で草は貴重な資源。それなのに、みんな燃料を使ってお金をかけてまで草を刈る。だったら、ヤギが食べたほうがいいじゃない。それでミルクやチーズができたら一番の資源利用」と後藤さん。ヤギは女性や子供でも無理なく扱える大きさで、ミルクのアレルギーも少ない。観光客に人気がある。「草ぼうぼう」は荒廃した風景を表わす言葉の代表だが、草は地域資源でもある。そこにヤギがいると愉快な風景になるから不思議だ。

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農の風景と農村RMO

 この『季刊地域』秋号の特集では、「農の風景」を三つの要素からとらえてみた。①農地・山林…作物が整然と並ぶ景観自体も美しいが、人の手による丁寧な仕事ぶりが感動を呼ぶ。春は新緑、秋は紅葉を楽しませてくれる広葉樹、よく手入れされた人工林の美もある。②人のにぎわい…移住者も含めた若い人たち、元気な高齢者でにぎわうむらは楽しい。子供の声も風景の要素。③地域資源の活用…地域資源は生業のもと。生業が風景をつくる。それぞれ、売木村の事例を当てはめて考えてもらうと、農の風景とは何か伝わるだろうか。

 一方、愛知県豊田市北部の敷島地区が風景を守るために立ち上げたのは農村型地域運営組織(農村RMO)だ。農水省が、高齢化・人口減少時代の農村自治の要として立ち上げを支援する農村RMOは、①農地保全、②地域資源活用、③生活支援という三つの機能を担うことが期待されている。生活支援が農の風景3要素の2番目、人のにぎわいをもたらすととらえれば、農村RMOは農の風景も守る、と言えるだろう。

 昨年、農村RMOモデル形成支援事業に採択された「しきしまの家運営協議会」が力を入れていることは二つある。

 一つは、高齢者が困りごとを相談できる場づくり。そのために昨年オープンしたのが「しきしまの家」だ。保育所だった建物を利用し、協議会の事務所と地域住民のたまり場となるレストランを開設した。毎日、昼の時間は満席という盛況ぶりだ。

 もう一つは、山間の水田を維持するための米産直システム「自給家族」の運営。自給家族という名称には、消費者が米代金(1俵3万円)を前払いすることで、収穫の喜びもリスクも農家と一緒に分かち合うという考え方が込められている。山間の田んぼは自助努力だけで維持するのは難しくなっている。良食味品種として知られるミネアサヒは最大の地域資源。それを活かして、田舎の農地を一緒に守ってくれる関係人口を増やす。地区内の押井集落が先行して始めていた仕組みを地区全体10集落に拡大するのだ。

 農村RMO立ち上げ支援の補助金の交付は3年間。その後の運営には資金源がいる。レストランの売り上げや自給家族の運営手数料などで稼ぐ努力もするが、敷島地区では中山間直接支払の「加算措置」を当てにしていた。集落協定の広域化による広域化加算と生産性向上加算、そして集落機能強化加算だ。

 ところが、である。8月30日公表の25年度農水省予算概算要求では中山間直接支払の集落機能強化加算が消えていた。来年度は制度の更新時期で他の加算の名称も変わっている。詳細はまだ不明だが、従来通りなら年600万円になったはずの加算金が半減するかもしれないという。

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集落機能強化加算が果たした役割

 突然しれっと概算要求から消えた集落機能強化加算。読者の中にも憤慨している方がいるかもしれない。農水省では10月から更新内容の市町村への詳しい説明を始めるそうだ。本誌が届く頃には明らかになるだろうが、集落機能強化加算が担っていた役割を他の加算で補えないなら、広がり始めた農村RMOも頓挫させることになりかねない。

 日本型直接支払制度の一つである中山間直接支払に集落機能強化加算が設けられたのは4年前、20〜24年度の第5期対策からだ。制度本体が条件不利地の農業生産活動支援を目的にしているなかで、集落外からの新たな人材確保や、営農以外の「集落機能の強化」に取り組む計画に補助金を出すという点で、この加算は画期的なものだった。それは20年3月に公表された「食料・農業・農村基本計画」(これも5年ごと)が「農村政策の再生」を目指したことと軌を一にしていたように思える。こうした農水省の意向を受け、加算を使った高齢者の移動支援、配食サービス、除雪支援のほか、営農ボランティアの受け入れなどを始める集落が増えた。

「営農以外」をうたったことで、中山間直接支払の運営態勢を活性化した面もある。新たな人材や組織との連携が生まれた。たとえば、社会福祉協議会と連携して集落機能強化加算を原資に高齢者の移動支援を始めた地域がある。あるいは、若手の農家・住民が複数集落横断の地域協議会をつくり、撤退したAコープの建物を使ってこの加算を原資に「むらの店」を始めたり、高齢者支援の活動を始める、などである。

 複数集落横断の地域協議会とは農村RMOの原形である。農水省では、高齢者の生活支援などは農村RMOが担うことを期待しているようだが、第5期の5年だけで梯子をはずされては、せっかく醸成されつつある農村RMOの立ち上げ機運がしぼんでしまう。敷島地区の事例でふれたように、農村RMOの運営資金に中山間直接支払の加算を見込んでいる地域は少なくない。それに、集落機能強化加算を利用して営農以外の集落機能強化を始めた地域がすべてすぐに農村RMOに移行できるわけではない。

「家、田畑、山林は、地域共有の風景と考えよう」。愛知県豊田市の敷島地区が2020年に定めた「しきしま暮らしの作法」にはこう記されている。なるほど、風景を形づくる要素は個人財産が多くを占める。だが、それらが織りなす地域の風景は、未来に引き継ぐべき共有財産だというのだ。

 言い換えれば、風景とはそこで暮らす人たちにとっての誇り。だから守るのだ。農家個人の力だけで手に負えなくなったなら、移住者を含めた地域で暮らす人たち、関係人口、みんなで汗をかく。

 もう一度繰り返す。集落機能強化加算の廃止は、農水省が農村振興の目玉とした農村RMOを頓挫させる。疲弊を乗り越え、農の風景を守ろうとする地域住民の努力を台無しにしてしまうだろう。

(農文協論説委員会)


*集落機能強化加算の活用事例は『季刊地域』掲載の記事がルーラル電子図書館で検索できます。来年度の廃止については、季刊地域ウェブサイトの連載もご覧ください。

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