主張

農文協の存在意義は直接普及にある
──24年2月末の「支部大会」で確認したこと

 目次
◆農家に直接会うからこその『現代農業』
◆直接普及の弱体化
◆今が史上最高のモテ期?
◆農文協支部大会が開催された
◆支部と地域はずっと関わり続けてきた
◆一人一人に会って、その声を聴く
◆農家とともに「現場」から

農家に直接会うからこその『現代農業』

 ご存じの読者も多いと思うが、農文協の支部職員の普及部隊(営業部隊)は、『現代農業』の記事や書籍を農家に紹介し、情報を循環させながら、むらを回る。5~6名で班を編成し、宿を拠点に50ccのカブで行く。雨や猛暑、厳寒の日も天気に関係なく農家に会いに行く。農家が作業をしているところならどこでも、田植えやイネ刈り、野菜の収穫・調製、家畜のエサやり等々の現場へ、ほとんどはアポなしで直接訪問。場合によっては出直さなくてはならないこともあるが、大半の農家は作業中にもかかわらず対応してくれる。

 これを農文協では「直接普及」と呼んでいる。実際にむらをまわり、会いに行くことによって、農家の課題・関心(欲求)を直接つかみ、『現代農業』に反映させる。そうしてできた雑誌は、結果としていわば「農家が書いたもの」となり、農家どうしの実践の交流・循環の場となる。だからこそ『現代農業』を農家が読むと、実際に困っている現場の課題が克服されたり、新たな栽培や経営に挑戦する元気がわいたり、自給の知恵や工夫が次々生まれてくる。

 農文協がそんな直接普及を開始して、今年で75年目を迎える。

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直接普及の弱体化

 しかし、この「直接普及というやり方」は、効率がいいとはいえない。今の時代、SNS等の発展に見られるように様々な情報発信の方法があり、人が直接相対さなくても、ものは買えるし情報も十分共有できる時代になった。農家の減少とともに、『現代農業』の部数も減少している。さらには、農文協内での世代間の継承、普及技術やその精神の継承もスムーズにいっているとはいいがたい。そうしたなか、「直接普及の意義」を問う声が、協会内でも年々大きくなってきていた。

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今が史上最高のモテ期?

 しかし一方で最近は、農文協へ熱いまなざしが注がれることが多くなってきているのを強く感じる。農家だけではなく、県や市町村の職員、議員、なかには消費者団体や保育園の先生などからも声を掛けられる。もしかして、今が農文協史上最高の「モテ期」なのでは?と思うほどである。

 講習会やワークショップによばれたり、映画『百姓の百の声』の上映会で即売を手掛けることも多い。先日、東北支部は山形県の村山地域林業振興協議会主催「森林の無限の可能性を妄想する」というセミナーの講師によばれ、山の今後の活用方法について『現代農業』や『季刊地域』からの話題や、直接普及で会った農家のことを話した。そのときに対応してくれた県の職員からは、「『現代農業』や『季刊地域』に出てくる農家は、どうしてこんなにも生き生きとした顔をしているんですか?」と驚かれた。

 また、仙台市議や生協組合員が主な「食べもの変えたいママプロジェクトみやぎ」での『百姓の百の声』上映会の際は、農文協の直接普及の話から始まって、有機給食の実施方法、無農薬での野菜の栽培方法まで話が及んだ。そのときも我々は、現地で会ってきた農家を思い浮かべながら話をしたわけだが、長年農文協がやってきたことが、農村を超えて認められ、期待されているのをひしひしと感じた。そしてそういった声は、年々大きくなっている。農の営みを源とした農型社会、生き生きとした農家が真ん中にいる農型社会を、多くの人が求め始めているのを肌で感じるのである。

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農文協支部大会が開催された

 そんななか農文協内では、今年2月29日と3月1日の2日間、全国6支部から普及部隊が集まって「支部大会」という名の大研修会を開催した。テーマは「農文協の存在意義を確認し、農型社会への息吹を直接普及によっていかに捕まえ、読者を組織していくか」。

 6支部からはそれぞれ、力いっぱいの「支部報告」があった。日ごろの普及でつかんだものの手ごたえや意味を発表したわけだが、ここではおもに東北支部の報告をベースに紹介する。

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支部と地域はずっと関わり続けてきた

 昨年度、東北支部では岩手県の紫波しわ町・矢巾やはば町を皮切りに普及を開始した。特に岩手県のほぼ中央に位置する紫波町は、農文協東北支部と長年の関係がある。1960年代、農業基本法が施行され、全国的には近代化路線で単一作物化が推進されるなか、当時の紫波町内にあった志和農協は水田+α(キュウリ、ニンニク、シイタケ、リンゴ、畜産など)の複合経営、有畜連携に力を入れた。そこに農文協も、大学の先生らとともに調査に入り、この志和型の経営を「小農民が有畜農家として地域農業を崩すことなくやっていける例」と結論づけたそうだ。

 以降も紫波町へは、東北支部は定期的に入村しながら付き合いを続けてきた。東日本大震災以降に限っても、「田園回帰シリーズ」を持参して首長へ直接普及もしたし、イネ関連DVD普及には農協の営農指導員と一緒に農家を回ったり、DVD上映の座談会も開催。それが『現代農業』の記事にもなった(現代農業2013年8月号p144)。支部主催の「読者のつどい」も紫波町で開催したし、農業支援に力を入れる紫波町図書館とは、連携しながら地元公民館での「野菜づくり講習会」を何度も何度も行なってきた。

 そして今回23年の入村時期には、ちょうど『季刊地域』5354号に、紫波町産業部農村政策フェロー・小川勝弘さんの記事が掲載された。「将来予想される町の遊休農地 エリア別に活用戦略」というタイトルで、最近話題の「使い切れない農地」のこと、遊休地を体験農園にして小さい農家を増やしたいこと、などを書いていただいた。

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一人一人に会って、その声を聴く

 今回の紫波町と隣の矢巾町とへの入村は、支部職員一丸で総勢10名。1カ月半近く滞在した。そもそも東北支部は3カ年方針に「農家とともに生きる仲間を増やす」を掲げており、今回もそんな人たちを発見し、具体的に出会って仲間になってもらおうという方針で入村した。

 まず、地元の岩手大学農学部から、地域おこし協力隊として移住した岡本夏佳さんが地域に溶け込んで就農を目指している姿には、「むらを守る新しい人たちが生まれている」と感じさせられた。63haの圃場を管理する法人の代表からは、水はけのいい場所に転作を行なってきた挙げ句の水田活用交付金の見直し(5年水張り問題)について、「持続可能な食糧安保で重要になるのは適地適作じゃないか」という憤りの言葉も受けた。さらに、地域の災害と水田の維持のため岩手県初の田んぼダム設置に奮闘した、水分上地区環境保全活動組織の熊谷靖弘さんの実践もつかめ、『季刊地域』57号の記事につながった。そしていずれの方々も、『現代農業』や『季刊地域』の新たな読者になってくれた。

 紫波町・矢巾町を回って1カ月を過ぎたころ、双方の町長へ報告を兼ねて訪問した。矢巾町の高橋昌造町長に巡回報告書を持参すると、「今日は農文協さんが来ることを楽しみにしていました。本当は現場を回るのは私たちの仕事なのに、代わりにやっていただいて。恥ずかしながら、報告書を読ませてもらいます」とおっしゃる。紫波町の熊谷泉町長も「紫波の農家の声を聴いてくれたことに感謝します」と言ってくれた。

 また紫波町では、『季刊地域』の著者である役場産業部・小川さんのはからいで、役場・農協職員、図書館司書の方々と、農文協職員との報告交流会も実施。直売所や集落営農が多い地域で、母ちゃん農家や定年農家、多面組織、農家周辺部の人たちともたくさん出会えたこと、そこで見聞きした具体的な情報をお伝えした。日頃、認定農業者ベースで農家を見ている役場の方からは女性農家や新規就農者の情報が喜ばれたし、非農家層を巻き込んでいくことに対して協働したいという想いも共有した。集落営農や担い手法人についても、経営的な視点だけではなく、「むらを守る新たな拠点」と位置付けて、これからの課題や人材、新たな作目選びが話題になった。

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農家とともに「現場」から

 担い手重視や土地の集約、地域計画早期策定などの国の動きだけ見ていてはなかなか捕まえられないことや、農家が実際抱えている課題や関心を拾い集めながら地域を回る。それは次に回る地域へ引き継がれるし、『現代農業』誌面を通じて他の農家への実践へと循環・展開していく。その繰り返しで、むらがよくなっていく。

 農業・林業は、無から有を生み出す「生産の場」。そしてこの生産の場こそが「農型社会」の創造の源である。農文協は農家ではないが、農家の技術や暮らしの知恵を農家に学びながら、ともに本を作っている。農家が農作物を生産するのであれば、その農家の技術・知恵を本として生産するのが農文協の仕事である。農作物の生産の場が「むらの現場」である以上、私たちの本の生産も、建物の中や机上ではなく、大地に足を下ろした「現場」からでなければならない。

 私には忘れられない普及がある。宮城県山元やまもと町で、東日本大震災から2年が過ぎてなお仮設住宅で暮らす人を訪ねたときのことである。「これから農業を再開しようとしている60代の夫婦がいる」という情報を得て訪問。息子さんと思われる新しい遺影を前に、まだ震災の傷跡深いその夫婦に本当に普及をしていいのか?と心に疑念を抱いたまま話をした。最後に思い切って「ぜひ、『現代農業』をお願いします」と伝えたところ、「『現代農業』を読むことが農家で居続けられることなので、お願いします。今日あなたと話をして、早く農業をやりたくなりました」との言葉。

 そのとき私は、直接普及の意味と『現代農業』の意味を、その夫婦に教えられた気がした。

 2月末の支部大会にて、私たち普及職員は、直接普及こそが農文協を唯一無二の存在にしているのだということを再認識した。農文協はこれからも、「農家に学び、地域とともに」をテーゼに歩む。

(農文協論説委員会)

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