主張

日本の家庭料理の「地域づくり力」で、わがむらの「みどり戦略」をもっと豊かに
『伝え継ぐ 日本の家庭料理』完結によせて

 目次
◆調査開始から10年、全16冊完結
◆地域の自然と歴史を表わす行事食
◆行事食の「地域づくり力」
◆原点と次世代へのバトン
◆「縁食」と伝え継ぐ食

 この夏、皆さんの地元では、夏祭りや盆はどう過ごすだろうか。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が延長されている首都圏と大阪、沖縄ではまだ感染拡大防止が第一となるのは仕方ないところだ。その他の地域でも大きな祭りは中止が多いが、規模を縮小したり3密を避ける工夫をしながら、2年ぶりの開催を準備しているところもあるようだ。ワクチンの接種が徐々に進み、久々の子どもや孫の帰省を楽しみにしている家も増えているのではないだろうか。オンラインで顔を見たり会話ができるようになっても、やはり実際に会って同じ時間と場所を共有してこその安心感や共感が、人間には本源的に必要だ。

 本誌と同時に発売された『伝え継ぐ日本の家庭料理』の最終配本(第16回)『四季の行事食』には、人々が四季折々の節目や人生の区切りの度に集まっては願いを捧げたり祝ったりしのんだりしてきた行事の数々と、その場に欠かせない各地の行事食がぎっしり詰まっている。

調査開始から10年、全16冊完結

 このシリーズは(一社)日本調理科学会の企画・編集で、学会に所属する研究者が、全都道府県ごとに昭和35〜45年頃に地域に定着していた料理について聞き書き調査をし、未来に伝え継ぎたい家庭料理を厳選したもの。その由来やいわれ、そして実際につくれるレシピをまとめ、『すし』『炊きこみご飯・おにぎり』『漬物・佃煮・なめ味噌』といったテーマごとに刊行してきた。学会の調査開始から10年、本の刊行開始から4年、全国で掘り起こし掲載した料理は約1400品になる(*1)。参加した研究者は約360人、各地で調査・取材に協力してくれた人はその何倍にも及び、料理の撮影だけでも北海道から沖縄まで300日以上をかけた。手前味噌ではあるが、いまどきの出版業界ではなかなか他にないプロジェクトだった。完結できたのは、いま記録しないと地域の味の伝承が途絶えてしまうと危機感を持った日本調理科学会の先生方と、各地で協力してくれた方々の熱意、そして完結まで愛読してくれた読者の支えがあってこそで、改めてお礼を申し上げたい。

*1 日本調理科学会が掘り起こした料理は各都道府県40品で計1880品に上る。本に掲載しきれなかった約500品の料理も含めて、その全体を会員制データベース「ルーラル電子図書館」で公開する(2022年8月公開予定)。

 シリーズの最終配本が『四季の行事食』になったのは、このテーマがいちばん撮影期間が必要だと思われたからだが、刊行を迎えて、行事食というテーマには、今、出版すべき深い意味があったと感じている。

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地域の自然と歴史を表わす行事食

 それは、行事食には「地域みんなでつくる味」という側面がとくに色濃く備わっているからだ。シリーズ名は「家庭料理」と謳っているが、これはプロがつくる観光客向けの郷土料理ではなく、地元の人が自分たちのためにつくり続けてきた料理という意味だ。そして、今よりは各家庭と地域社会のつながりはずっと濃密だったために、家庭料理は家族と食べるためだけのものではなかった。とくに行事食はみんなで食べるための料理であり、つくるにも隣近所や親類などが集まって共同で調理や盛りつけを進めていく。それが、地域の味を伝承する機会にもなるし、家々の味を持ち寄る機会にもなった。

 そして、料理そのものが地域を表現している。

 例えば愛媛県の宇和島周辺に伝わる「鉢盛はちもり料理」。祭りや祝儀の度に大皿にごちそうを盛りつけて客人をもてなす。皿の真ん中には長方形に切った寒天を三段盛りにする。これを「石垣盛り」と呼び、地元のシンボル宇和島城の石垣を表わしているという。それを取り巻いて手前にはかまぼこや魚の天ぷら、寒天で固めたようかんなど海のものを盛り、奥にはれんこんやいもの煮しめや天ぷら、高野豆腐の煮物、果物など山のものを盛る。一皿に地域の産物と自然が丸ごと表現されている。

 あるいは、岐阜県の白川郷で晩秋に営まれてきた浄土真宗の行事「ほんこさま」の料理。山間地なので海のものはないが、野菜やいも、豆腐に春の山菜や姫たけやつくし、秋のきのこに栗やなつめ、さらには夏のとうもろこしまでが膳にのりきらないほど盛られる。かつては乾物や漬物で保存したものを使い、最近では冷凍も利用して、その年の収穫のいちばんいいものをこの機会に奮発する。ここでは地域の1年が表現されている。

 行事の多くは、むら内の共同作業と深く関わっている。田植えやイネ刈りから、草刈りや溝さらえまで、むらは共同の力で維持されてきた。共同の作業が終われば、皆で集まり飲食することでお互いに慰労し豊作を願う。そうした作業を共にする仲間の家で誕生や結婚などの人生の節目が訪れれば、やはり皆で集まって祝う。行事食は、地域が成り立つために必要な共同作業の仕上げとして欠かせないものだ。

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行事食の「地域づくり力」

 本誌7月号の主張「『有機農業100万ha』で地域を元気に、賑やかに」では、農林水産省が打ち出した「みどりの食料システム戦略」をめぐり、今後100万haを目指すという有機農業を次のようにとらえた。

「有機農業も普通の農業も地域自然と人々の助け合いのもとにあることに変わりはなく、水利や田んぼの維持、落ち葉利用など里山の管理と利用、景観の維持など、むらの『共同の技術』に支えられている。有機農業も地域生態系を形成する一員であり、有機農業はこれを豊かにしていく自覚的な営みだといえよう。

 だから有機農業は本来的に、地域づくり力を備えている。」

 これになぞらえて言えば、地域の行事食も地域生態系を形成する一員であり、本来的に地域づくり力を備えている。それを自覚的に伝え継いでいく営みが、今、求められているだろう。

 本誌先月号の主張「新しい農村政策と『みどり戦略』の一体化で地域と地球の未来をひらく」では「農政の潮目が変わった」として、農水省の「地方への人の流れを加速化させ持続的低密度社会を実現するための新しい農村政策の構築」に触れた。この「新しい農村政策」は、2020年3月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」を具体化するためのもので、基本計画では「地産地消の推進」や「地域固有の多様な食文化の保護・継承」を進めて「消費者と食・農とのつながりの進化」を目指すとしている。基本計画が目指す、半農半Xなどの多様な担い手による地域づくりには、農と食の新たなつながりの再興が求められるからだ。「みどりの食料システム」も農・地域自然と食との根源的つながり、地域自給の世界の回復・創造抜きにはありえない。

 そこで大事なのは、地域に暮らす人々自身が、地域で連綿とつくられてきた味が、自分たちがここで暮らしていく上で必要だから生まれてきたものであると、自覚的に伝えられるようになることだ。

 基本計画では「家庭での調理機会の減少など」により「食と農の距離が拡大する」という危機感が表明されている。とくに地域の味は、実家に帰省した際に食べてなじんではいても、自分ではつくったことがない、という子ども世代や孫世代も多い。つくったことがない人にも「あの味」を目指すことができるような水先案内として、レシピが必要になっている。

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原点と次世代へのバトン

 本誌2017年12月号の主張「農山漁村の家庭料理が育てた『地域の味』を100年先まで伝え継ぐ」では、食文化の伝承と、このとき刊行が始まった『伝え継ぐ日本の家庭料理』の役割について、次のように述べた。

「振り返れば、日本の農村では何度かの地域の味の再評価のうねりがあった。

 一つは1980〜90年代にかけて。食料自給率がどんどん低下する中で、農村では自家用野菜や味噌づくりのとりもどしなど、家族の健康と経営を守る母ちゃんたちの自給運動が広がった。その頃、農文協は当時80代だった古老たちを訪ねて、大正から昭和にかけての食生活の仕組みを聞き書きした『日本の食生活全集』を刊行し、地域に根ざした農と食のあり方を記録した。

 そんな伝統的な地域の食の見直しと自給運動が土台になって、2000年代には直売所が広がり、各地で『食の文化祭』などが開かれ、地元の、地元による地元のための食文化の見直しが進んだ。農文協は本誌で直売所農法を継続して取り上げるとともに、『増刊現代農業』(現在の『季刊 地域』)で定年帰農や青年帰農など農村の新しい動きを追跡した。さらに農村から都市へ働きかける食の雑誌として季刊『うかたま』を創刊した。

 そして現代、これまでむらを支えてきた昭和一桁世代が80歳を越えた世代交代期に、田園回帰で農村を目指す人々に地域の農業や暮らしの文化をどう伝えていけるかが課題になっている。そのとき、食の文化は人と人をつなぐ格好のテーマであり、田園回帰を支える地域の仕事づくりのヒントにもなる。」

『日本の食生活全集』はレシピ集ではなく、地域の暮らし丸ごとの聞き書き記録だ。地域自然と農と食の結びつきを示す原点と言ってもよい。

 一方、『伝え継ぐ日本の家庭料理』は田園回帰や半農半Xで新しく地域に加わる人が増えてきた今、地域の人が伝えたい残したいと思っている料理を教わり、その料理に感じる愛着や誇りを聞きながら、料理のつくり方をレシピ化している。次世代に向けて渡すバトンだと言えるだろう。

 さらに、日本調理科学会という学会が企画・編集しているので、地域の味の科学的な研究成果も紹介している。たとえば『四季の行事食』の巻末解説「調理科学の目」では、福岡県の中村学園大学名誉教授の三成由美さん(栄養学・食生活学)が「郷土料理の素晴らしさを科学する」として「食物繊維不足にはご飯を食べることが大切」「伝統的なだしのとり方はCO2を削減する」「味噌汁をよく飲む幼児は腸内細菌にビフィズス菌が多い」などの研究を紹介している。こうした科学の知見も、今後の伝承には必要になってくる。

『日本の食生活全集』は大正末から昭和初期を対象とし、『伝え継ぐ日本の家庭料理』は昭和35〜45年、高度経済成長の前後を対象としている。この間に変わったこともあれば変わらないものもある。両方を読み比べることで、地域が大切にしてきたものや、新たにつくり出されたものを読み取ることもできる。ぜひ、地域の味が積み重ねてきた物語を味わい、そして実際につくって食べてみてほしい。そして自分の地域の「伝え継ぐ家庭料理」を、新しく地域の仲間になる人へのバトンの形にしてほしい。

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「縁食」と伝え継ぐ食

 先に触れた「新しい農村政策」では、これからの地域社会の活力を生み出す「農的関係人口」について、ふるさと納税や農泊で「農村に触れる」関心層から、ボランティアや短期の仕事で村を訪れる「農村での仕事にかかわる」層、二拠点居住や就農など「生活の拠点を移す」層など、動機も生活背景も多様な人々との関わりを豊かにしていくことが重要だとされている。こうして地域を賑わせる人間関係が多様になっていけば、食の風景もまた変わっていくだろう。

 京都大学准教授の藤原辰史さん(農業史、食の思想史)が、『縁食えんしょく論―孤食と共食のあいだ』(2020年、ミシマ社)で、これからの食の形を提起している。

「共食」は他の動物には見られない、人間ならではの行為だが、歴史的には共同体の絆を強めるための参加と排除の論理が付随してきた。また、家族の共食、一家団欒が理想といった家族観も根強い。だが、実際にはそうした強いメンバーシップが求められる共同体や固定的な家族観ではカバーしきれない生き方・暮らし方が広がっているのが現代だ。

 これに対して「縁食」とは、象徴的には各地に広がった「子ども食堂」のように、来ても来なくてもいいが、来ればそこで食事ができ誰かとおしゃべりもできるといった「弱目的性と解放性」を備えた食の形のこと。ゆるいが、しっかりつながっていて、子ども食堂は子どもにとっても大人にとっても、新しい人間関係のきっかけを得て、それぞれの居場所を豊かにする空間になる。

 また縁食はめぐりあわせの「ご縁」でつながる食でもある。有機野菜を使った自然食レストランにレンコンを納める農家の「信頼があれば、有機農産物に特段のマークなんていりません」という言葉も紹介されている。

 藤原さんは別のところで「縁食」を「人間の交差点を増やす食」とも説明している。「食は、生産者と消費者、料理する人と食べる人、(中略)手伝う人と援助される人、など、人間の交点を増やしやすい。しかも、立場を入れ替えることも可能だ。人間の交点が増えるほど、社会構築のアイディアの共有や、社会への不満の吸い上げがなされやすい」(*2)。行事食には一緒につくり、一緒に食べてきたものが多い。時間がたってもおいしいとか、人数の融通がつきやすいといった特徴がある。これからの縁食の場でも重宝するはずだ。

*2 藤原辰史「縁食の理論」『食文化誌 ヴェスタ』123号(2021年7月、味の素食の文化センター発行、農文協発売)

「みどり戦略」も「新しい農村政策」も、農家や地域が元気に、賑やかになることに価値がある。いろいろなご縁でつながった人々が暮らし、訪れる地域で、集いの場に出される料理には、今風の料理があってもよいが、ぜひふるさとの味も自信を持って並べてほしい。地域の食文化は、地域での暮らしが生み出す地域の一部そのものだ。「やはり祭りにはこれがないと」とか「これを食べないと夏が来た気がしない」などとみんなで思える料理があり、それをつくって食べること自体が地域づくりなのだ。地域でとれるものが変われば食も変わるし、人の往来で新たな色彩が加わることもある。その変化も含めて地域の思い出や誇りを受け継いでいこう。

(農文協論説委員会)

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