主張

2020年代の転換をリードする農家力・地域力
農文協80周年記念「出版史」から

 目次
◆農文協出版史に見る農家・地域の10年史
◆大世代交代期に発揮された農家力
◆農村の自治・共同の力
◆食と暮らしの自給力に、都会からも熱いまなざし
◆農家力・地域力を転換の核に

農文協出版史に見る農家・地域の10年史

 1940年に設立された農文協は、この3月に80周年を迎え、これを機会に2010年代の出版活動の歩みを1冊にとりまとめた。題して『続 農家に学び、地域とともにーー農文協出版史で綴る農家力・地域力 2010ー2019』。10年前、70周年のおりに出版した同名の出版史の続編である。

 本誌をはじめとするこの間の農文協の出版活動を、「農家とともに」「地域とともに」「食と暮らしの文化を引き継ぐ」という三つのテーマでまとめた。代表的な雑誌・書籍や映像作品・電子媒体の編集に携わった職員が、出版にあたっての問題意識、背景となった農業情勢・社会情勢、その出版物の意義や特徴、世に与えた影響などを振り返るとともに、普及(営業)職員がその意気込みや苦労、農家との印象的なやりとりなどを紹介している。

 本書が対象とした10年間は、TPP(環太平洋経済連携協定)と東日本大震災・東京電力福島第一原発事故によって始まる、激動の10年といえるだろう。農産物などの徹底した市場開放とともに、政府による企業的「強い農業」重視・家族農業軽視の政策はいよいよ激しさを増し、農協法改正、種子法廃止など、農と食を支える基本的な仕組みを破壊し、地域を分断する政治の嵐が吹き荒れた。一方、異常気象や台風・豪雨による自然災害も頻発した。農家・農村にはとんでもない困難が次々押し寄せて来た10年となった。

 しかし、そんな逆風の中だからこそ、農家と地域が持ち前の潜在力ーー「農家力」「地域力」と農文協では呼んできたーーを最大限に発揮してきた時代でもあったのではないだろうか。本書の記述によりながら、「農家力」と「地域力」のこの10年の歩みを振り返ってみたい。

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大世代交代期に発揮された農家力

 まずは「農家力」を、本書第Ⅰ部「農家とともに」を参照しながら見ていきたい。ここでは、本誌を中心に、作物の栽培をはじめとする農家の技術に関する雑誌・書籍・映像の出版史をまとめた。そこには、日々、自然や作物とつきあいながら技術を進化させ、むらのなかで暮らしをつくってきた農家の営みと創意工夫の歴史が現われている。

 この10年の大きなテーマは「大世代交代期」である。戦後の農業・農村を支えてきた昭和1ケタ世代が14年以降、全員80歳以上となり、団塊の世代が屋台骨となってむらを引き継ぐ時代がやってきたのだ。また、高齢などで耕作できなくなった農地の貸借が増え、いわゆる担い手の経営面積は急増し、大規模農家と小規模・自給的農家への二極化が一気に進んだ。

 そんななか、担い手とされる集落営農や専業農家は、農地を荒らすまいと踏ん張った。本誌の記事でいえば、年の差57歳の若者に果樹栽培をイチから教え込んだ京都の田中ふき子さん(15年7月号〜16年12月号連載)、新規就農者を積極的に受け入れて、鬼のような指導スタイルで技術・経営を厳しく教え、地域に40人以上のミニトマト専業農家を誕生させた静岡の鈴木幸雄さん(13年4月号ほか)、酪農の第三者継承を進める北海道の三友盛行さん(17年1月号〜7月号)、「一戸複数参加制」で世代交代をスムーズに進める島根の集落営農(農)三森原などである。

 田んぼの機械作業では、福島のサトちゃん(佐藤次幸さん)が、作物の生育に合わせたムダのない作業、運転手も作業補助の母ちゃんもラクになり機械も長持ちする操作法やメンテナンス法を披露し、定年帰農者や新規就農者を中心に好評を博した。現場での軽快な語り、作業スピード、田んぼの見事な仕上がり具合……などサトちゃんの技術を映像化したDVD『イナ作作業名人になる!』は、紙媒体と映像媒体の相乗効果で大きな影響力を発揮した。雑誌や映像作品で学び、その効果を実感した農家が、今度は地元の後輩や新規就農者などにこれを教え始める、ということもあちこちで起きた。

 身近な地域資源から資材を自給する技も花盛りだった。納豆・ヨーグルト・イースト・砂糖・水で作れるパワー菌液「えひめAI」。耕盤の土を煮出した「土のスープ」、酵母エキス、光合成細菌の3点セットで土着菌を元気にし、土を軟らかくする「ヤマカワプログラム」。そして、天敵の活用や石灰散布による防除……。本誌で紹介されたこれらの技術を、読者が自分の地域・田畑に応用し、また新しい記事ができるという、進化の連鎖はとどまるところを知らない。

 施設園芸・果樹・畜産などの専門的技術の進化もめざましかった。本誌もそれに呼応して、作物・家畜の生理生態に迫り、増収や品質アップにつながる記事が多数登場した。たとえば、野菜や花のハウスでの「環境制御」技術は、作物の光合成を最大限にすることで収量と品質を飛躍的に高めるもので、本誌の関連記事は90件にのぼる。また、作物・家畜の生理生態、基本技術とともにこれらの新技術を反映させた『肉牛大事典』『トマト大事典』『イチゴ大事典』『キク大事典』『ブドウ大事典』『イネ大事典』などの「大事典」シリーズは、専作型産地、主業農家を中心に多くの読者を得、大成功を収めた。

 一方、直売所を主な舞台に、「サトイモ逆さ植え」「ジャガ芽挿し」など、常識破りの栽培法や荷姿の工夫で稼ぐ「直売所名人」が続々登場してきたのもこの間の大きな動きだ。本誌の誌面は毎号、そんな「直売所農法」の記事で賑わった。そこから、DVD『直売所名人が教える 野菜づくりのコツと裏ワザ』などの映像作品も生まれ、誌面との連携でこれらのワザを活き活きと伝えた。

 農文協では、これらの映像や記事を話題に、農文協職員が地域の拠点である直売所や公共図書館などに出向いての「講習会」も盛んに開催した。こうした場で本誌を手に取った読者の方も多いことと思う。

 さて、政府は相変わらず規模拡大や輸出戦略など「攻めの農業」「強い農業」論を打ち出し、農家選別・淘汰の政策を改めようとしない。これに対し農文協では、家族農業を基本に、地域資源を活用して直売・加工で経営を成り立たせる農業を「小さい農業」「小農」と言い表わし、その技術と経営に学んできた。たとえば石川県能美市の西田栄喜さんは、たった30aの面積で多品目の野菜をつくり、野菜セットやネット通販で販売し、1200万円を売り上げる。地元の安い米ヌカやモミガラなどをボカシ肥料の材料として使う。その経営のコツをまとめた『小さい農業で稼ぐコツ』(16年刊)は16刷3万部の売れ行きを見せた。これに続く『小さい林業で稼ぐコツ』『小さい畜産で稼ぐコツ』も好調だ。

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農村の自治・共同の力

 続いて、「地域力」。こちらは、第Ⅱ部「地域とともに」の記述から見ていきたい。本誌の姉妹誌『季刊地域』の10年史を中心にまとめた部分だ。

『季刊地域』は、農村から都市に『農のある暮らし』『自然な暮らし』を呼びかけてきた『増刊現代農業』(1987年創刊)を2010年春にリニューアルしたもので、今年1月の冬号で創刊40号、つまりちょうど10 年を迎えた。その刊行の言葉はこう述べている。

「いま、政治や経済がいかにゆるごうと、『ゆるがぬ暮らし』『ゆるがぬ地域』をつくり出そうとするさまざまな実践が各地で行なわれています。本誌は、そうした人びとや地域に学び、地域に生き、地域を担い、地域をつくろうとする人びとのための雑誌です」

 30号を迎えた17年夏号では、「農村力発見事典 『季刊地域』の用語集」を掲載した。①地域資源にあふれている、②地エネを生み出す力もある、③農が基盤、農家が基盤、④自給力 何でもつくる、みんなでつくる、⑤自治力 愛するむらは放っておけない、という五つに分類した59の用語で今の「地域」を表現したものだ。ここに表わされた、農村が持つ潜在力は、「空き家」「獣害」「耕作放棄地」「廃校」「廃JA支所」といったマイナスイメージのキーワードさえもプラスの地域資源に変えるほどのものだった。たとえば「耕作放棄地」の項では、「近年『むらで新しくおもしろいことを始めたよ』という話を聞いていくと、たいがい耕作放棄地が舞台になっている。耕作放棄地があるから、定年帰農者や新規就農者を受け入れることができる。みんなで特産品に挑戦することもできる」といった具合に。

 そして、この10年、農村には以前になかったようないろんなグループが生まれ、力をつけてきた。多面的機能支払の活動組織、集落営農、そして旧村単位での自治会などの活動が進化した「地域運営組織」である。過疎化・高齢化の危機が進行した農村だからこそ、深奥に内在する自治・共同の力が発揮されてきたのではないだろうか。これらの組織が、草刈りや獣害対策など、むらの課題(困りごと)解決に力を発揮している。

 また、こうした自給と自治の原理にもとづく農村のありように魅せられる都会の人や若者も増加。都市から農村への「田園回帰」の潮流が力強く起こった。Iターン者、新規就農、そして地域おこし協力隊といった人びとが農村を支える新しい力となり、めざましい活躍を見せている。

 農文協は、こうした地域の現場の人びとの取り組みに学びながら『季刊地域』をはじめ、「シリーズ 地域の再生」、DVD『多面的機能支払支援シリーズ』など数々の出版物を発行してきた。特に「シリーズ田園回帰」第1巻『田園回帰1%戦略』(藤山浩著)は、食料やエネルギーの地域内循環を高め、地域の所得の「だだ漏れバケツ」の穴をふさぐことで地域に人口と所得を取り戻す道筋を示したものであり、「過疎対策のバイブル」とも評され、大きな反響を呼んだ。

 一方、こうした地域内発の取り組みに反して、歴史と風土に根ざした農の世界を根底から破壊し、地域を分断してグローバル資本の利益に供する不条理な政治が強力に推し進められたことも忘れるわけにはいかない。前述のTPPおよび東京電力福島第一原発事故はその最たるものだし、市場原理による種子の支配を強める種子法廃止や、「自由」の名の下に「協同」を潰そうとする農協攻撃もその一環である。また、東日本大震災被災者の尊厳を踏みにじる新自由主義的復興論や、「消滅可能性市町村」を名指しで掲げた「増田レポート」が声高に唱えられたことも記憶に新しい。

 こうした動きに対し、『TPP反対の大義』『農協の大義』『種子法廃止でどうなる?』をはじめとするブックレットを通じて一貫して異を唱え、全国津々浦々に共感の輪を広げてきたことも、この間の出版活動として強調しておきたい。特に『TPP反対の大義』は、農家組織や農協、生協、消費者グループなど、広範な人びとから熱い支持を得て爆発的に普及し、発売わずか3カ月で実売部数4万5000部に達した。

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食と暮らしの自給力に、都会からも熱いまなざし

 以上に見たような、農業と暮らし、地域を守る農家・農村の苦闘。ここに都市住民や消費者ももっと巻き込んで、農の世界と「むらの共同」を新しい形で蘇らせることはできないだろうか。そのためには、食を通じて、援農を通じてなど、さまざまな形で農と地域に「関係人口」を増やすことが大切になる。

 そんな思いも込めて、農文協では食や教育分野の出版を行なってきた。自然・いのちと向き合い、食や暮らしを自給する農家の知恵や農村の文化を、都市住民や次代を担うこどもたちに届けることをめざした出版分野だ。その歩みを第Ⅲ部「食と暮らしの文化を引き継ぐ」にまとめた。

 この分野の基軸は季刊雑誌『うかたま』である。子育て世代の女性向けの食育の雑誌というねらいで2006年に創刊したこの雑誌は、他の料理雑誌のように短時間で安く、簡単にできる料理を紹介するのではなく、「日本の食生活全集」に出てくる昔ながらのおばあちゃんの知恵を伝えることを目的に、手間や時間がかかる料理がたくさん登場する。その方向性が間違っていなかったと確信できたのは、11年の東日本大震災である。昨日までの暮らしが明日続くとは限らない。多くの人がそのことに気づき、消費だけの暮らしから自給的な暮らしに関心をもつようになった。

 18年には「まるごと、食べごと。」という新コンセプトのもと、誌面をリニューアル。食べることのまわりにある暮らしのすべてに目を向け、自分の手でできることを少しずつ増やしていくための雑誌となった。自給的な暮らしが、憧れやブームではなく生き方のひとつとなった今、多くの読者は受け入れてくれているようである。「日本の食生活全集」の後継として、高度経済成長期の家庭料理を調査した「伝え継ぐ 日本の家庭料理」(一社・日本調理科学会企画・編集)の刊行も続いている。100年後にもつくってほしい料理として、地域の味、家庭の料理を次代に伝えていく。

 絵本も、こどもの目線で作物や農機、樹木、菌、害獣など生きものと農の世界をとらえ返すシリーズや、いのちや農・食、看取りや死といった根源的なテーマと向き合うシリーズなど、個性的な企画に挑戦し続けてきた。看取りや死を日常の中のいのちのバトンリレーとして描いた「いのちつぐ『みとりびと』」第1巻は、第22回けんぶち絵本の里大賞に選ばれた。また、東日本大震災による原発事故被災地の人びとの現実と願いをつぶさに伝え、静かに問いかける写真絵本「それでも『ふるさと』」は第66回産経児童出版文化賞大賞(19年)を受賞している。

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農家力・地域力を転換の核に

 本書ではまた、第Ⅳ「電子の展開」として、この間に農家や各種団体での利用を飛躍的に拡大し、利用者との不断の対話交流のなかで機能を進化させてきた電子データベース「ルーラル電子図書館」の展開を詳述している。

 なかでも、JAの組合員サービス充実のためにつくった「JA版農業電子図書館」は、この10年で全国の75%超のJAに導入されるに至り、「JA自己改革」としての新規作物の導入やタブレットを現場に持参しての営農指導、直売所の少量多品目生産に活用されている。「高校版農業電子図書館」や大学版(キャンパスプラン)、図書館版(ライブラリプラン)も順調に伸び、学生・生徒・住民の学習・情報環境整備に貢献している。

 さらに第Ⅴ部「地域に根ざして」では、普及活動を最前線で担う全国各支部の支部長が特徴的な活動とその成果を記述している。1949年から続く農家一軒一軒への直接普及に加え、前述のように直売所や図書館での講習会などを展開し、読者との新たな結びつきを築いてきたこともこの10年の活動として特筆しておきたい。

 先月号の当欄では、激動の2010年代に対して、2020年代を、人類史的な課題を動因に転換へのベクトルを強める「転換期」にしたいと述べた。この転換をリードするのは、数百年かけて蓄積され、この10年間に発揮されてきた農家力・地域力であるにちがいない。そんな農家力・地域力をよりどころにしながら農文協は出版の歩みを続けることができた。心よりお礼を申し上げるとともに、今後とも、農家に学び、地域とともに、歩み続けていきたい。

(農文協論説委員会)

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