主張

農家が助かる 地域住民・都市民も楽しい
田畑のイベント

 目次
◆「自由化ドミノ」の「アリ地獄」
◆「援農じゃなくて縁農なの」
◆農作業を競技、スポーツに
◆「おもてなし」で「だだ漏れバケツ」の穴をふさぐ
◆「多面的機能支払」で地域のつながりを強く
◆子どもたちの心象風景に

「自由化ドミノ」の「アリ地獄」

 国会でのたいした議論もなく、その影響についての分析と説明もいい加減にし、「チーズやワインが安くなる」といったムードを漂わせながら、政府は日欧経済連携協定(EPA)の「大枠合意」を発表した。この日欧EPAをめぐり、鈴木宣弘氏(東京大学教授)は、日本の酪農、畜産などへの影響の大きさに加え、これがTPP11早期発効の機運を高め、さらには米国農業界などの日米FTA開始を求める声を加速させ、この連鎖は「TPPプラス」(TPP以上)による「自由化ドミノ」を世界に広げるとし、これは「食と農と暮らしの崩壊をもたらす『アリ地獄』である」と警告している(本誌336ページ)。

 日欧EPAの「大枠合意」を受けて7月14日に開かれた関係閣僚会合で、安倍晋三首相は「守る農業から攻める農業に転換し、意欲ある生産者が安心して再生産に取り組める、若い人が夢を持てるものにしていく」と述べた。そんな相も変わらない発言にむなしさや怒りを感じる人も多いにちがいない。「万全の対策を講じていく」と安倍首相は述べているが、閣議後の記者会見で麻生太郎財務相は、日欧EPAに関連する予算方針についてこう発言したという。

「競争に負ける話を前提にコストを補填する後ろ向きの政策ではなく、前向きの輸出促進、勝てるものをつくりあげる前向きな予算編成をする」(産経ニュース)。

「再生産」のための「万全の対策」がなぜ輸出促進なのか。そもそも「守る農業」がなぜダメなのか、なぜ攻めなければならないのか……。

 政府は昨年11月に「農業競争力強化プログラム」をとりまとめ、これにむけた関連法案の一環としてさっそく「主要農産物種子法」が廃止された。これについては西川芳昭氏(龍谷大学教授)が、「規制改革会議の農業競争力強化プログラムありきの法律廃止」だと批判(342ページ)、「国会審議中に筆者がノルウェーを訪れた際、現地の種子システム研究者に種子法廃止法案について話すと、『種子の大切さが世界的に重要視されているこの時期に、わざわざ廃止して、国の農業と食料安全保障を崩壊させるのか』とあきれられた」と述べている。

 今月号の巻頭特集は「田畑のイベント上手になる」である。政府の一連の動きについては改めて本欄で取り上げることとし、農家が取り組むイベントに学びながら、「アリ地獄」に巻き込まれない「夢の持てる」道を考えてみたい。

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「援農じゃなくて縁農なの」

 特集は「カーネーション片付け隊」の話からはじまる(48ページ)。神奈川県のカーネーション農家・山口明男さんは、一番つらい植え替えどきの片付け作業を体験型イベントで町の人に助けてもらう。交通費は来る人の自腹だし、会費も1人3000円(昼食代を含む)。カーネーションを好きに持って帰れるという特典付きということもあるが、作業をすること自身が楽しいと好評だ。

「普通、仕事を手伝うとなると、時給いくらでってことが先にくるじゃないですか。逆ですからね。お金を払ってでも農業を体験してみたいと思っている方が大勢いるんです。こちらとしては、単純に労力として期待しちゃってますけど」と山口さん。

 次に登場いただいた茨城県の有機農業農家・魚住道郎さん一家(56ページ)。魚住さんのところには年中誰かが作業の手伝いに来ているが、期日を決めてイベント的にやるのは、冬の落ち葉集めと初夏のジャガイモ掘りの年2回。どちらも大変な作業だが、とくにジャガイモ掘りは暑い時期、梅雨の晴れ間を縫って一気にすませたい。人手が必要だ。今年1回目のジャガイモ掘りには、16人が参加した。魚住農園の野菜や卵を定期的に購入している人が主だが、友人に誘われて今回初めてという人もいれば、ほぼ毎年参加しているベテランも何人かいる。

 楽しい収穫体験かと思いきや、30度を超える炎天下、イモをかがんで拾うので腰にもくる。キツイ作業が3時間。今回収穫したのは約1反、コンテナ約160個分のジャガイモだった。

 昼食は、みんなが畑に行っている間に奥さんの美智子さんが準備。メニューは、魚住農園の各種野菜と、廃鶏の肉で作ったソーセージ、それに知り合いの養豚農家から仕入れた豚肉。それらを七輪で炭火焼きするほか、掘りたてのイモを蒸かしたものや手作りの豆腐もある。もちろんビールもあって、「さー、飲むぞー」とかいいながら、参加者も皿を運んだり、箸を並べたりする。

「みんなね、これを楽しみに来てるのよ」

 というのは、千葉県松戸市から来た主婦、小林宣子さん。魚住農園では、農作業に関してのお金のやり取りはない。作業賃は出ないが、昼食はおいしいし、野菜のお土産もたっぷり。それがいいという小林さん。自分はお客さんじゃないし、1回限りの関係ではない。

「援農じゃなくて縁農なの」という。

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農作業を競技、スポーツに

 農作業を競技、スポーツにしてしまう取り組みもある。

 ムギの生産が盛んな群馬県玉村町。そんな玉村町をアピールするイベントを考えて竹内猛さんがひらめいたのが麦踏み体験。これを競技型のイベントにする。

 競技内容は「二人三脚足で麦踏みリレー」「手押しローラーで麦踏みリレー」「ドラム缶で麦踏みリレー」の三つ。速さを競うだけでなく、農作業としてしっかりムギを踏んでいるかも大事で、そこは農家の方に審査してもらう。特にドラム缶リレーは運動会の大玉転がしのような感じで、おおいに沸いた。そして競技が終わったあとは、地元JA女性部による上州名物「おっきりこみ」を参加賞として無料配布し、一同おいしく食べて暖まる(98ページ)。

 北海道仁木町では2年前、町を農業と観光の町へ発展させることを目的に、農協や役場の職員、農家などが集まって仁木町振興協議会を立ち上げた。そして、都市部の若者と交流する新たなグリーンツーリズムとして、農業のスポーツ大会を開催することにした。高齢化が進む小樽市では、冬の除雪問題を解決しようと「スポーツ雪かき」が行なわれている。それを参考にし、重労働の農作業をチームで楽しく競い合うことで、人手不足を解消しようというねらいだ。参加費は食事代のみいただく。

 2015年4月に第1弾として開催されたのが、サクランボのせん定枝拾いスポーツ大会。これには付き合いのあった東海大学国際文化学部地域創造学科の新入生約110名が参加した。

 2015年10月には、ワインブドウ狩りスポーツ大会。ワインブドウは店頭に並ぶわけではないので、少々手荒くもぎ取っても大丈夫、生食用よりスポーツ向きだと協議会の松代弘之さん。当日はおよそ40aの園地に、総勢37名9チームが集まり、2時間で収穫したブドウは約4t、熟練農家が2人で4日かかる量だ。

 そして第3弾は、収穫終了のトマトの枝を片っ端から引っ張り降ろす、トマトの「カラ落とし」スポーツ大会。参加者からは「実際やってみるととにかく達成感があり、とても気持ちよかった。仁木町の人々のお話をたくさん聞けて、本当によい経験になり、楽しい時間を過ごせた」などの感想が寄せられた(94ページ)。

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「おもてなし」で「だだ漏れバケツ」の穴をふさぐ

 農家が想像する以上に、世の中には「農作業を体験したい!」と思っている人が大勢いる。農業や農村の暮らしに興味をもつ若者、子どもと一緒に自然相手にいい汗をかいてみたいと思う親たち、会社人間を卒業し今までとはちがう繋がりを持ちたいと願う定年退職組……。しかしなかなか機会に巡りあえないし、一歩を踏み出すにはそれなりの意気込みも必要だ。そこを、地域、農家の側から後押しする。

 誘い方を工夫し、来てくれた以上はトラブルなく、楽しく作業をしてもらい、長い付き合いにつなげたい。そこで、

「田畑のイベントQ&A」コーナーでは、人集めの方法、駐車場やトイレ、素人に効率よく働いてもらう工夫、天気が悪い時の対応、会費についてなど、農家の工夫、アイデアを紹介した。

 そして「おもてなし料理」である。ここはふだんの暮らしの延長で無理をしない。自家用の野菜を活用し、時短料理に工夫する。参加者につくってもらうのもいい。

 福島県須賀川市・深谷哲雄さんは、直売所でお惣菜を販売している農家に発注している。

「400人規模くらいまでなら1パック250円ほどで、もち米中心の味おこわを用意してもらえます。その他、3個入りのお稲荷さんやおにぎり、赤飯とか……なるべく地元でカネがまわるようにね」と深谷さん。

 先月号の主張「農村力発見! ――『季刊地域』の用語集より」では、『季刊地域』らしい用語の一つとして「地域経済だだ漏れバケツ」を紹介した。その解説は以下のようだ。

「地域経済がなぜなかなか立ち行かないかを考えると、ひとつには、せっかく稼いだおカネが地域内で使われずに、地域の外に出て行ってしまうからである。地域経済をバケツに見立てれば、給料や年金、補助金などの形でバケツに注ぎ込まれた水(おカネ)が、外食費や電気代、ガス代、灯油代、ガソリン代といった燃料費、通信費、酒代などの形で『だだ漏れ』しているのが現状だ。(中略)この『だだ漏れバケツ』の穴をふさぎ、域内調達率を高めることで、新しい仕事を生み出すことができるはずだ」。

 イベントで必要になる食べものや飲みものを地元から調達すれば、「だだ漏れバケツ」の穴をふさぐだけでなく、多少なりとも地域に現金収入が入る。素材だけでなく、女性たちがつくる加工品を活用し、あるいは地元で起業したパン屋やワイナリーなどから調達すれば、参加者も喜ぶし、地域の「6次産業化」を励まし、「田園回帰」する若者の仕事づくりにも役立つ。そして、農家、地域の自給力が大きいほど、イベントの魅力も、農家にとっての効用も大きくなる。

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「多面的機能支払」で地域のつながりを強く

 農家のイベントを進めるとき、ぜひ活用したいのが「多面的機能支払交付金」である。この制度を活用する活動組織は年々増え、昨年平成28年度は2万9079にのぼり、交付金額は934億円になった(1組織平均322万)。

 日本の政府は農産物の価格支持政策を放棄し農林水産業への予算を年々減らしてきたが、そんな中では、この多面的機能支払や中山間地域等直接支払は、地域の切実な要望に基づくまっとうな制度・施策だ。しかし、冒頭で紹介した麻生財務相の「勝てるものをつくりあげる前向きな予算」などという発言を聞くと、「多面的」や「中山間」の予算は「後ろ向き」だとして、削減圧力が強まる恐れがある。ここはこの制度を徹底的に活用して活動を盛り上げ、住民、市民も巻き込んで、そんな圧力を跳ね飛ばしたい。

 農水省は昨年、「多面的」の活動組織の取り組みの目的についてアンケート調査をした。その結果では、「農地や農業用施設、水路、農道などの維持、管理、補修」の項目がもちろん圧倒的だが、活動を続けるなかで「地域のまとまりやつながりの強化」、そして「地域の活性化」を目的にする組織が増えている(前者:設立時63%→現在71%、後者:同39%→47%)。

 農地をめぐる環境の維持・整備とともに、地域のつながりを豊かにし、地域に生きる人々の誇りを高める活動を進めたい。そんな思いや目的にかなう有力な手段に、地域住民を巻き込み、多様な人々が参加するイベントがある。

 農文協の新作DVD「多面的機能支払支援シリーズ」(全4巻)の第3巻「多面的機能の増進編」では「ウナギのつかみ取り」と「虫送り」というイベントを紹介している。

「ウナギのつかみ取り」は、宮崎市の新名爪にいなづめ集落の話。農家、土地改良区のほか、消防団も加わった活動組織「元気な美しい里新名爪」が中心となって、毎年9月下旬、農業用ため池の池干し(池底の泥を流して補修箇所を点検する作業)に合わせて「ウナギのつかみ取り大会」が開かれる。毎年120人以上が集まる大人気のイベントだ。

 もちろん、これもれっきとした多面的機能支払の共同活動。みんなでウナギを追いかけることで池底に溜まった泥が足でまんべんなく撹拌され、排泥がスムーズになる。点検もラクになるだけでなく、堤防決壊に備えた防災・減災の強化の一環という考え方だ。

「池干しは人手がいるので農家だけではたいへん。非農家の力を借りるのに『つかみ取り大会』がちょうどいいんですわ」と言うのは代表の岩田浩行さん(68歳)。交付金で体長40cmほどの養殖ウナギを地元の業者から350匹(1kg4500円で65kg)ほど購入。

 池干しの1週間前にため池の水を抜き膝上くらいの高さに水位を調節し、当日ウナギを放流する。90分で何匹とってもOK。ウナギが高いこのご時世、ここぞとばかり親子3世代で参加し10匹以上ゲットする家族もいる。

 宮崎市には100カ所以上ものため池があり、市ではこれを管理する体制を整えているが、ウナギのイベントで、ため池の存在を知った人も多い。「こんなふうに奥のほうに池があって、この水で水田を潤しているんだということをわかってもらえれば、と思いますね」と岩田さんはいう。

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子どもたちの心象風景に

 子どもたちが主役の伝統行事「虫送り」を44年ぶりに復活させたのは、千葉県九十九里町、田中集落の地域おこしグループ「田中交遊倶楽部・自然塾」。混住化と兼業化がすすみ、耕作放棄地も増えてきた。新しい住民との交流をはかり、耕作放棄地を活かし、そしてなにより自分たちが楽しむ。そんなうまい方法がないか、議論を重ねるなかでひらめいたのが「虫送り」だった。

「虫送り」はイネが穂をつくる7月下旬に、麦稈と竹竿でできた松明たいまつに火をつけ、イネにつく害虫を明かりで呼び寄せ、火で駆除する豊作祈願の祭り。子どものころの思い出に残るあの大やぐらを復活させようと、オヤジたちの挑戦が始まった。

 櫓には大量のムギワラが必要だが、集落にムギを栽培する人はいない。そこで目をむけたのが地域の耕作放棄地。「荒れている農地が増えるのは困りますからね。管理するから無償で貸してほしいと地主に頼みました」

 最初の年は10a、年々面積を増やして今では1haの耕作放棄地を畑として復活させた。

 ムギつくりの作業はみんなで行なう。収穫もバインダーやコンバインを持ち寄り、人海戦術。収穫したムギの実は業者に出荷。その販売代金と交付金、倶楽部の会費とでタネ代、肥料代、燃料代をまかなっている。

 松明つくりを教わった子どもたちは、縄やワラの扱い方だけでなく、火の扱い方も身をもって学んでいく。

 虫送りの当日、1年かけてつくった櫓が、10分ちょっとで炎に包まれていく。歓声のなか、メンバーの一人、中村勝雄さんはこう話す。

「田中交遊倶楽部の活動が、地域のお年寄り、若者はもちろん、未来を担う子どもたちにとって、ふるさとの伝統行事、心象風景として刻まれることを願っております」

 今年もお盆、そし盆踊りの季節がやってきた。

 お盆や祭り、そしてむらの年中行事には、地域の自然や先祖・先人との繋がりのもとで生き、生かされていることに対する感謝と共同への思いが込められている。だから祭りも盆踊りもむらの一大イベントとしてみんなで盛り上げた。そんな「むらの共同」が今、地域住民や都市民を巻き込んで新しいカタチで蘇る。みんなで工夫して「縁農」を増やそう。

(農文協論説委員会)

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