主張

二つの事例に学ぶ
農家も地域もJAも元気になる農協の資材購買事業

 目次
◆地域の資源を生かして独自の商品開発……JA糸島「アグリ」
 ■「身土不二」の心で
 ■地域と一緒に開発したオリジナル生産資材
 ■資材を通して地域のつながりをイメージ
 ■生ゴミ堆肥づくりが市民運動に
 ■大人気の園芸相談室
 ■農家と市民をつなぎ、市民を「土の世界」に呼び込む
◆農家参加型で黒字の購買事業……JA甘楽富岡
 ■倉庫、在庫、配送 徹底的なコスト削減
 ■農家も参加する「購買品取引委員会」で徹底議論

 福岡県に今、話題を呼んでいるJA資材店の名物店長がいる。本誌でも何度か登場いただいた「ドクター古藤(コトー)」こと古藤俊二さん。JA糸島園芸センター「アグリ」の店長兼園芸技術アドバイザーをつとめる。その古藤さんが書いた『ドクター古藤の家庭菜園診療所』(農文協刊)が、農家や家庭菜園家だけでなく、各地のJAからも注目され、発行後まもなく重版となった。

 農業用資材を扱うJAの資材購買事業はきびしい状況におかれている。正組合員の減少に加え、ホームセンターやディスカウント店との競合による売上の減少とコストの上昇の挟み撃ちに合い、赤字になっているところが大半。赤字を減らすために管理費(主として人件費)を削減すると農協らしいサービスが低下し、これが組合員離れを一層促進し、負のスパイラルに陥る。一方では、規制改革会議や政府が全農に対し、「共同購入という名のもとに組合員に利用を強制し高い価格の生産資材を売りつけている」と批判を強めている。利用を強制しているというのは難癖そのもの。いま農協の資材購買事業は、農家のためを装いつつ農協を攻撃する格好の材料に利用されている。

 農協の資材購買事業がなにかと話題になっていることもあって、JA糸島「アグリ」の取り組みが他の農協からも注目されているのだろう。農家も地域もJAも元気になる農協の資材購買事業について考えてみたい。

地域の資源を生かして独自の商品開発……JA糸島「アグリ」

■「身土不二」の心で

 JA糸島がある糸島地域は、北側と西端部は玄界灘に面し、東側は福岡市に接し、近年ベッドタウン化が進んでいる地域。JA糸島(正組合員5927人、准組合員1万1179人)が運営する「アグリ」がスタートしたのは平成9年(1997年)、ちょうど、全国各地で資材を扱うグリーンセンターが次々につくられていったころだ。その後、ホームセンターの大型店舗の出店に伴って、規模を縮小したり店を閉じたJA資材店が多いなか、「アグリ」の活躍はめざましいものがある。

 この「アグリ」、倉庫風の平屋で、外から見ただけでは一見なんの変哲もない、ごくごく普通の園芸資材店である。

 売り場面積は500坪、規模もさして大きいわけではない。値段についても、とりたてて安売りで勝負しているわけではない。にもかかわらず、JAの組合員および准組合員はもとより、新住民や福岡市の市民が、アグリにやってくる。

 アグリには近隣の他の資材店の職員がこっそりやってきて、品物の売り方や品ぞろえ、もちろん値段もきっちりチェックする。そして1円でも安くと、値下げして店頭に品物を並べる。アグリもまた、価格競争と無縁ではいられないわけだが、その人気は衰えることを知らない。訪れる人は年間40万人にのぼり、商品を購入した人が28万人。内訳は、組合員6割、その他が4割で、年間通じて客足が途絶えることはない。売り上げは5億円にのぼる。

 この背景にあるのがJA糸島の直売事業だ。

 平成19年(2007年)、JA糸島産直市場「伊都菜彩いとさいさい」がオープンした。農産物だけでなく、漁協と手を結んで、目の前に広がる玄界灘のおいしくて新鮮な魚も並ぶ。単なる販売所でなく、糸島を心から愛し、しっかりとこの地に根を下ろして生きてきた農家や漁業者の誇りを届ける場でもある。

 JAの販売高はこの数年は100億円を超え、ほぼピーク時に匹敵する販売高に回復している。この原動力になっているのが「伊都菜彩」で、開店以来約8年半、来店者累計は1000万人を達成。実際、土・日・祝日は開店前から駐車場が満車になるほどだ。一方、JA糸島では地場産学校給食にも取り組み、米飯給食回数は週4回、地場産青果物割合は約40%になっている。こうした地産地消の取り組みを象徴するかのように、JA糸島本所の入口には「身土不二」の大きな看板が立っている。

 そんな「身土不二」がアグリにも息づいている。

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■地域と一緒に開発したオリジナル生産資材

 アグリ開設と同時に、それまでの金融部門から開設責任者として抜擢された古藤さんは、副店長そして店長として、アグリとともに歩んできた。JAが経営する園芸資材店はどうあればいいのか、自身が糸島の農家出身である古藤さんはそのことに悩み続けてきた。その悩みを一つ一つ解決し、形にしてきたものがアグリには溢れている。

 アグリの入口の手前、一番目立つところに、「JA糸島アグリ オリジナル商品」の大きな張り紙が貼られ、その周りに地元産原料を使った資材がずらりと並んでいる。

 たとえば「シーライム」。袋には「玄界灘産カキ殻」「海の石灰」と印刷されており、その横には「アグリNo.1糸島産カキ殻使用 天然有機石灰」のパネルが並ぶ。隣には「エッグライム」。ここには「糸島産カキ殻と国産卵殻をミックスした緩効性苦土入り有機石灰」のパネルが。その隣には「いとしま・エコ培養土」と書かれた「よかよー土君」。パネルには「糸島産カキ殻や美豚堆肥(地元の養豚家が製造)などを混ぜ込んだ、地産地消の培養土」とある。おまけに「ふるさと糸島応援!!」の文字も。

 入口の右のほうに目を転じると、「すてなんな君0ゼロ」と大きく書かれた段ボールが山積みされている。その上には「生ごみリサイクル段ボールコンポスト」の文字。箱の中には、生ゴミを発酵させる際の基材となる資材、下に敷く黒シート、発酵促進剤(天神さまの地恵)、有機石灰(エッグライム)が入っている。

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■資材を通して地域のつながりをイメージ

「シーライム」の原料は、糸島の冬の風物詩ともなっている「焼きカキ」から出るカキの殻。その量、およそ800t。以前は産業廃棄物として廃棄されていた。この処理に1t3万円、年間2400万円もかかっていた。これを生かすことはできないか、「カルシウムやミネラル豊富な土壌改良資材」の原料にしてはどうか……。

 古藤さんはまず、カキの殻をフライパンで焼いて金槌で粉にし、自宅のハウスにまいて試してみた。同時に、中身を化学分析してもらった。カルシウムはもちろんだが、市販の石灰肥料に比べてミネラルが多く含まれていることがわかった。そこからはプロの力を借りた。幸い、糸島には、やはり特産の赤貝を加工した石灰資材を製造していたS社があり、S社にカキ殻の加工をお願いした。粉砕方法、乾燥方法などの工夫が重ねられ、試作品を自分のハウスで試験するのはもちろんだが、アグリに来るプロ農家にもお願いした。そうして完成したのが「シーライム」だ。「シーライム」は単なる石灰資材ではなく、地域の力が生み出したオリジナル資材なのだ。今や2万5000袋(20kg入り)を売り上げる、アグリの看板商品となった。

「エッグライム」は、やはり地元の商品加工業者から出る廃棄物の「卵殻」を粉にして「シーライム」と混合し、さらに苦土石灰をミックスした資材だ。「よかよー土君」は、「シーライム」と地域の養豚農家が製造する堆肥を混合した培養土だ。厄介者だったカキ殻と、他の厄介者や資源をつなげて地域発の製品を生み出し、それがまた商品の魅力にもなっていった。

「モノと情報がそろうことで、人は集まってきます」と古藤さん。良質な商品であるとともに、その商品の背景にある地域のつながりをイメージしてもらう。たとえば玄界灘で育ったカキの殻を素材にした「シーライム」を散布することは、海のミネラルを糸島の土に還元していることだと。

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■生ゴミ堆肥づくりが市民運動に

「すてなんな君0」はさらに、地域の人たちを巻き込んだ動きをつくり出していった。段ボールを利用した生ゴミ堆肥製造器なのだが、段ボールの材質を強化し、使用する発酵基材は地元産ビール麦を含んだビールの搾りカス、地元のホテルの生ゴミを発酵させてつくった発酵促進剤など、すべて地元産にした。こうして、生ゴミを土を肥やす宝物に変えると同時に、生ゴミの処理費用を減らす。今では、年間8000個を販売するヒット商品だ。

 この生ゴミ堆肥づくりは、市民とJAが地域ぐるみで取り組む循環と環境保全への思いを育て、それが地元糸島市による購入半額補助や普及活動の応援につながっていった。JAと市民がつながり、行政も巻き込んでいく。

「気持ちは伝わっていくものです。糸島を思う気持ちが育っていったと思います」

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■大人気の園芸相談室

 アグリには、入ってすぐのところに園芸相談室が設けられていて、病害虫の被害や障害の診断、農薬選び、さらには野菜の育て方についての初歩的な質問まで、多い日には100件以上の相談が持ち込まれる。『ドクター古藤の家庭菜園診療所』は、そんな相談室でのやりとりから生まれた実用書である。

 その相談室に「肥料を買っても余ってしまう。もう少しずつ売れないのか?」という、家庭菜園愛好家からの要望があった。そこで実現したのが、詰め替え式の肥料である。最初の1回は容器ごと購入してもらうが、次回からは中身だけを量り売りする。

 肥料の量り売りは法律で原則、禁止されているのだが、アグリは県のほうにその必要性をアピールし、量り売りを実現させた。今、アグリにはオリジナルの「Dr.コトーのHappy肥料」(化成肥料)と、全農が製造委託して販売している液肥「エコアース」の2種類を量り売りしており、いずれもアグリの大ヒット商品となっている。

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■農家と市民をつなぎ、市民を「土の世界」に呼び込む

 JA糸島には、ミカンやブロッコリーなど、専門の生産部会に所属する農家の相談にのる営農指導員がいる。一方、アグリには、農家もくるが、准組合員や家庭菜園を楽しむ地域の住民がたくさんやってくる。

「私たち園芸相談室で受ける質問は広く浅くというか、とにかく幅が広い。家庭菜園も含めた現場で何が起こっているのかを営農指導員に伝え、農家と市民をつなげることも、私たちの仕事です」と古藤さん。

 たとえば、園芸相談室にこんな質問が舞い込んだ。

「ナスやトマト畑の周りに、葉っぱのつんつんしとる、背の高い作物を植えとる農家がおるばってん、あら、なんですな」

 これは、今、糸島でもすすめられている、ソルゴーで畑を囲って土着天敵の力で害虫をおさえる技術。質問してきた人には、そんな農家の土着天敵利用の話をしたりする。

「そうですかいの、うちでもやってみましょかなあ」

 プロ農家と家庭菜園愛好家では、栽培の時期や方法、使う資材も違ってくる。その間をつないでいくのもアグリの役割なのだ。

 古藤さんは、『現代農業』に紹介された農家の工夫や「ルーラル図書館」に収められた病害虫情報や農薬情報などをフルに活用している。それを、地域で手に入りやすい材料に置き換えたりしながら、糸島用にアレンジして伝える。『現代農業』でも大人気の「魔法の黄色バケツ」、酢や重曹などを利用した害虫防除法、ボカシ肥などの手づくり肥料の方法をアドバイスする。

 古藤さんはこう話す。

「食を通じて農と都市を結ぶのが『伊都菜彩』だとしたら、『アグリ』は都市に暮らす人たちを、生産を支える資材を通じて『土の世界』に呼び込むきっかけをつくる場です」

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農家参加型で黒字の購買事業……JA甘楽富岡

 もう一つ、JAの取り組みを紹介したい。こちらは群馬県の中山間地に立地するJA甘楽富岡の取り組み。

 輸入自由化によって養蚕・コンニャクを柱とする地域農業の崩壊を一度は経験したが、野菜の周年出荷型総合産地として蘇った農協だ。購買事業も黒字になり、平成27年度では1億1671万円の黒字を出している。

 JA甘楽富岡には競合店も太刀打ちできず、一番多かったときは12店舗あった管内のホームセンターがどんどん撤退し、現在残っているのは3店舗。それも農協と競合しない家庭菜園用の園芸資材を中心に扱っている。

 購買事業黒字化はどうして実現したか。

■倉庫、在庫、配送 徹底的なコスト削減

 その秘訣は三つ、資材倉庫の施設費の圧縮、在庫量減らし、配送経費の削減である。

 倉庫は、軽量鉄骨の骨組みにシートテントを被せたテント倉庫、これで施設費は大幅ダウン。

 在庫は、「必要な資材を必要なときに必要なだけ提供する」ことを原則に極力かかえない仕組みをつくってきた。これを可能にしているのが予約購買。まず生産部会ごとに作型や栽培方法を定め、品目に合った専用肥料と農薬を選定する。そのうえで、生産者には生産計画と併せて資材の予約注文書を提出してもらう。農協では誰がどの圃場で何を何aつくるか把握できるだけでなく、この専用肥料がいつどれだけ必要かもわかる。だから購買品は年間計画に基づいて計画的に供給できるのだ。

 配送は、原則として戸別配送をしない。かつて18台のトラックが動いていた物流業務は最低限必要な2台だけ残し、「生産部会別の共同一括自取りシステム」に移行した。農協が生産部会に対して、各営農センターに資材が配送される日時をあらかじめ知らせておくと、生産者はその日時に営農センターに行って、配送してきたメーカーのトラックから、自分のトラックに資材を移して持ち帰る。そのため以前は資材物流に大勢の農協職員が関わっていたが、伝票を扱う職員がついていればよくなった。

 一方、特産のコンニャクのように1戸当たり6~7haの大きな圃場には、メーカーのトラックで圃場に直接資材を配送する「圃場ダイレクトシステム」でさらなるコスト削減を図っている。

 こうして共同一括自取りが購買品供給高のなかの75%を占め、当用買いは約25%になった。この当用買い用も余計な在庫を置かないよう、毎月の棚卸在庫の上限金額を定め、さらに毎週末の繰越在庫もチェックしている。こういう努力の結果、かつては9億円近くあった在庫がいまは8000万円を切った。

 この自取りシステムには当初、問題もあった。トラックを持たず自分では運べないという農家がいて、「弱者切り捨てだ」との声も上がった。しかし、地域で話し合ってこの問題は解決されていった。トラックを持つ同じ地区の農家が一緒に運ぶようになり、その代わりに、運んでもらった農家は定植などの作業を手伝うようになった。農家自取り方式のおかげで、地域のなかでの助け合いの輪が広がったのである。

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■農家も参加する「購買品取引委員会」で徹底議論

 このコストを極力減らすJA甘楽富岡の購買事業の土台になっているのが、「購買品取引委員会」という組合員参加の仕組みである。メンバーは約20名で、各生産部会1名と農協役員数名で構成。農協取り扱い肥料の選択やその価格をはじめとして、購買事業に関わることは農協が独自に決めるのではなく、購買取引委員会で組合員と一緒に決めるのである。この委員会では、資材の仕入れ先や原価、販売手数料といった情報を農協が開示する。そして年6回開催される委員会での激論を経て、次年度の肥料・飼料・農薬などの資材価格が決められる。購買品取引委員会によって、購買事業に対して農家も当事者意識を持つようになった。

 この仕組みづくりに尽力してきた同JA理事の黒澤賢治さんはこう述べている。 

「組合員はお客様ではない。そういう関係になったらアウト。ともに歩む関係をつくって、共同活動に参画してもらう。そうしないとコストダウンなんてできない。農協だけでは無理」(2015年3月号346ページ)

 農家だけでなく准組合員や市民に慕われるJA糸島「アグリ」、組合員参加型の仕組みで信頼を得ているJA甘楽富岡。協同組合としての農協の購買事業は、「お荷物」どころか、農家と地域をつなげ、元気づける力を秘めている。

(農文協論説委員会)

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