主張

天敵が防除の主役になってきた
「保護」と「強化」でひらく天敵利用の新段階

 目次
◆薬剤抵抗性の発達スピードが速いアザミウマ
◆「保護」と「強化」で、天敵利用は新段階に
◆3年で部会員の9割が天敵を導入
◆農家が実際に天敵を増やせる実用事典を
◆「保護」や「強化」にむけた発想が広がる

 防除の主役は農薬ということになっているが、ここへきて天敵が主役の座に躍り出そうな勢いになってきた。

 天敵が注目される背景には、アザミウマ類など重要害虫が急速に薬剤抵抗性を発達させ、農薬だけでは防除が困難になってきたという事情がある。そこで天敵を防除の主役に位置づける。そうすると農薬の使い方も変わってくる。

 天敵を軸に、防除の新段階について考えてみよう。

薬剤抵抗性の発達スピードが速いアザミウマ

 今月号「減農薬特集号」の巻頭特集は「アザミウマをうまく叩く」。アザミウマ――厄介な害虫だ。海外からの侵入種や新系統が果菜類やネギなど多くの作物を加害。体長0.8~2mmの微小害虫で見つけにくく、そのうえ果実のヘタ、花のつぼみ、葉裏の葉脈など狭いところに隠れて、若い果実や葉に口吻を突き刺して汁を吸う。若いときに吸汁された果実などは、肥大に伴ってだんだん傷が広がり商品価値を落としてしまう。さらに厄介なのは、アザミウマが運び屋となってウイルスを伝播し病気を引き起こすこと。とくにトマトやキュウリなどでは、黄化えそウイルスによる病気で株が枯死するなど大きな問題になっている。

 そのうえ、このアザミウマ、発育スピードが速く短期間で世代を繰り返すため、ほかの害虫より薬剤抵抗性の発達スピードが速い。かつてはよく効いたアファームも、モスピランなどのネオニコチノイド系殺虫剤も効きが悪くなっている。

 アザミウマだけでなく、コナジラミ、アブラムシ、ハダニなどでも薬剤抵抗性が発達し、なりをひそめていたコナガも再び抵抗性を強め、産地を揺るがし始めている。

 ここには農薬の使い方の問題もある。「抵抗性をつけないために、同じ農薬を連用せず、ローテーションすること」は常識的にいわれることだが、同じ農薬とは「系統」が同じ農薬ということ。「系統」とは農薬が効く仕組み(作用機作)ごとに薬剤をグループ分けしたもので、抵抗性をつけないためには系統の違う農薬のローテーションが大事になるが、あまり理解が進んでいない。巻頭特集のトップでご登場いただいた茨城・鳥羽田いつ子さんも、違う農薬を選んだつもりが、いずれもネオニコチノイド系だった。

「それは知りませんでした。確かに、農薬名でなく、系統を気にしなさいっていいますもんね。だけど、それは袋を見ただけじゃわからないでしょう。しっかり書いてくれればいいのに。それか一覧にするとか」と鳥羽田さん。

 昨年6月号の巻頭特集「農薬のラベルに『系統』の表示が必要だ」では、「系統」の意味と殺虫剤・殺ダニ剤の作用機構による分類一覧(系統別コード)を掲載、今月号では殺菌剤の系統別コードを掲載した(156ページ)。ぜひご活用いだだきたい。

▲目次へ戻る

「保護」と「強化」で、天敵利用は新段階に

 アザミウマを筆頭に農薬の効かない害虫の被害が増えるなかで、天敵への期待がいやがおうにも高まっている。

 天敵というと、「天敵製剤はお金がかかりそう」「土着天敵は確保が大変そう」「効果のほどは半信半疑」「殺虫剤が使えなくなる」「高知とか特別な地域だけの話でしょ」と思っている方が少なくないかもしれない。しかし今、天敵利用は確実に新しい段階に入っている。それが可能になった理由を列記すると以下のようである。

①害虫にだけ作用する「選択性殺虫剤」を上手に使い、薬剤で害虫を抑えながら天敵を維持することが可能になった(=天敵の保護)。

②天敵のエサとなる花粉や花蜜などを供給する「天敵温存植物」の力で圃場に天敵を呼び込み、働きを高めることが容易になった(=天敵の強化)。

③選択性殺虫剤と天敵温存植物を上手に組み合わせることで、農家が手軽に土着の天敵を増やし、活躍させることができるようになった(=「保護」と「強化」による防除の仕組みづくり)。

④加えて天敵の研究も進み、各天敵の食性や活動に適した温湿度、農薬の影響などを踏まえて、天敵や農薬を適材適所で活用する方法がわかってきた。

 こうして、ナス、ピーマン、シシトウ、イチゴ、キュウリ、オクラなどの果菜類を中心に、施設でも露地でも天敵の活用がどんどん進み、取り組んだところでは「防除費も防除回数も半減」が当たり前に実現している。関東など東日本でも天敵利用に熱心になってきた。

 先進県・高知県では栽培面積で、促成ナスやピーマンの95%以上、雨よけでも71%、その他シシトウやキュウリ、イチゴ、パプリカなどでも天敵利用が進んでいるが、今や、天敵利用は高知県の専売特許でなくなった。

 今月号ではそんな「天敵活用最前線」を小特集、そのトップは福岡県での取り組みである(211ページ)。

▲目次へ戻る

3年で部会員の9割が天敵を導入

 福岡県JAみなみ筑後瀬高ナス部会といえば、全国でもトップクラスのナス産地。部会員214戸、ハウスナスの面積は50haほど。ここで今、天敵を使う農家が急増している。

 アザミウマやコナジラミの対策に、土着天敵のタバコカスミカメ(以下、タバコカスミ)と購入天敵のスワルスキーカブリダニ(以下、スワルスキー)を利用。2012年はわずか数人だったが、13年には100人、14年には180人以上に広がって、今は部会員の9割近くが天敵を利用、おかげで農薬の使用量が大幅に減った。

 天敵歴4年目の大坪己敏さん(63歳)の場合、アザミウマの防除がほぼいらなくなり、農薬散布回数は半減、農薬代も10a10万円から5万円に。そして何より、収穫に追われるなか、合羽を着て汗だくになって行なう農薬散布が大幅に減ったのが助かると、大坪さん。

 県の専門技術指導員・松本幸子さんに伺った、初心者でも失敗しない天敵利用のポイントは次のようだ。

①まずは購入天敵のスワルスキーと土着天敵であるタバコカスミを組み合わせること。スワルスキーは暑さに強いが寒さに弱い。ナスは冬の最低夜温を10度ほどにするが、スワルスキーは15度以上でないと活動できず、いったん弱ってしまうと、春に急増するアザミウマを抑えることができない。そこでタバコカスミと組み合わせる。

 タバコカスミはアザミウマやコナジラミをバクバク食べるし、低温にも強い。この二つの天敵の併用で農家に試験してもらったところ、とてもよい結果が出て部会全体に一気に広がったというわけだ。アザミウマ対策だけならタバコカスミだけでもよさそうだが、スワルスキーはタバコカスミが食べないチャノホコリダニを食べてくれる。

②そして、草花のクレオメやゴマという「天敵温存植物」で天敵を「強化」する。春先、ハウスでクレオメやゴマを育苗し、その苗を露地畑の一角に植える。とくにタバコカスミはクレオメの花や蕾が好きで、一つの花や蕾に30頭ほど集まるという。

 9月にナスを定植したら、タバコカスミがついたクレオメやゴマの枝を切り、タマネギネットなどに入れハウスの中に吊るしておく。五カ所以上に分散して吊るすと、ハウス全体に広がりやすくなる。

③ただし、タバコカスミもスワルスキーも若くてやわらかい幼虫が好きで、成虫はあまり食べてくれない。ナスの定植直後はアザミウマなどの成虫が外からどんどん入ってくるので、成虫を好んで食べない天敵では抑えきれなくなり失敗することがある。

 そこで、今はナスを定植する前、苗に農薬・ベリマークSCをかん注処理している。これでアザミウマやコナジラミだけでなく、チョウ目やアブラムシなども3週間程度は抑えられる。こうして害虫にだけ作用する「選択性殺虫剤」を上手に使い害虫の密度を減らしておく。

 松本さんによると、天敵で一番失敗しやすいのが農薬の選択。天敵に影響する農薬を使うと一発でいなくなってしまうからだ。スワルスキーとタバコカスミではハダニやアブラムシなどを抑えられないので、これらが増えたときは農薬を使わざるを得ない。そんなとき部会では、おもにアリスタ(天敵製剤を扱うメーカー)がまとめている農薬一覧表を活用し、天敵に影響しない農薬の系統を選択するようにしている。

 こうして天敵を「保護」しながら、クレオメなどで「強化」するわけだ。

 大坪さんの場合は、クレオメをナスの育苗ハウスで育て、タバコカスミが集まったクレオメを枝ごとナスのハウスに入れる。同じく天敵歴4年目の堤洋子さん(63歳)はクレオメだけでなくゴマも一緒に育てている。ゴマにもタバコカスミがわんさか集まってくる。

「カメちゃん(タバコカスミ)はよかね。1回入れたら、あとはアザミウマの防除をせんでいいでしょ。カメちゃんが勝手に働いてくれる。労力もいらんし、お金もいらん。すっごくラク」と洋子さん。

 タバコカスミが体長4mmという目に見える大きさなのも魅力のようだ。見えれば誰でも安心できる。

 小特集「天敵活用最前線」では、ほかにキュウリやトマトの事例、そして露地ナスでもスワルスキー+土着天敵温存で「予想以上の防除効果」が期待できるという注目の報告も掲載した(222ページ)。

▲目次へ戻る

農家が実際に天敵を増やせる実用事典を

 天敵の「保護」と「強化」のための方法が確立することにより、天敵利用は新段階を迎えている。そんな時代の要請に応えるべく、農文協ではこの7月(予定)、『新版 天敵大事典』を発刊する。

 本書の「土着天敵」の「野菜・畑作物」コーナーを中心に編集にご尽力をいただいている宮崎大学の大野和朗さんはこう話す。

「土着天敵利用のポイントは、呼び込む、留める、パフォーマンスを高める、の3つですが、天敵温存植物なら圃場の片隅で植物を育てるだけでいいので、農家がすぐに取り組めます。JAそお鹿児島ピーマン専門部会でも、うちの学生の卒論発表を聞いて、『これはいい』と、すぐに導入しました」

 このピーマン専門部会の天敵利用については本誌2014年6月号でも取り上げたが、新規就農者が7割を占める中、部会全員が天敵活用に取り組み、「お花畑(=天敵温存植物)」による天敵の強化で大きな成果を上げている。

 新規就農者がすぐに成果をあげるほどに、天敵利用は、すでに実用的な段階である。しかし、なかなか普及していかない地域もあることに、編集協力者の先生方はもどかしさと「普及方法」の課題を感じておられた。天敵を使い勝手や有用性で整理し、技術のポイントを明快に伝えられれば、天敵利用はもっと進む。農家が実際に天敵を増やし、防除の手間も費用も減らせる実用事典をつくりたい。そんな熱い思いから、天敵研究者の惜しみないご協力を得て企画・編集されたのが、この『天敵大事典』である。

 本事典では、この間に開発された天敵製剤はもちろん、有用な土着天敵も網羅し280種を収録。

 カラー口絵では、各天敵について、卵から幼虫、成虫に至るまで、1000点以上の貴重な写真を掲載し、写真の下に必ず体長も示した。まぎらわしい類似種、近縁種の写真も掲載。見分けやすいように、大判(B5判)で写真を一覧できるようにした。

 そして各天敵の解説では、第一線の天敵研究者、約120名が種類ごとに見分け方、生態と活用法を徹底解説。

 天敵資材(購入天敵)では、歴史のあるチリカブリダニから定番のスワルスキーカブリダニ、新登録されて大注目のリモニカ(リモニカスカブリダニ)まで31種を収録。

 土着天敵では有効性の高い順に、「保護のみで高い効果」「保護と強化で高い効果」「保護により一定の効果」「生物多様性の保全対象」の4グループに区分して掲載した。

 このうち「野菜・畑作物」の「保護と強化で高い効果」ではヒメハナカメムシ類、タバコカスミカメ、クロヒョウタンカスミカメなど、選択性殺虫剤と天敵温存植物を駆使することで確実に大きな成果が得られる有力土着天敵18種が勢揃いした。

 その解説の【特徴と生態】の項では捕食の方法、害虫の種類や密度などによる捕食量の変化、温度による孵化率の違いや活動に適した温度など、利用に欠かせない生態を詳しく解説。【使い方】の項では、放飼数や放飼適期の判断、温湿度管理のポイント、さらに被害が増加した場合の薬剤防除の切り替え方や天敵温存植物の利用法など天敵の効果を高める工夫を紹介。そして天敵活用に不可欠な情報である「農薬の影響」について、薬剤名を具体的にあげながら天敵への影響を整理している。対象としていない害虫が問題になるときの実践的な対処法も心強い。

 さらに、天敵別解説とは別に共通のコーナーとして「天敵の保護・強化法」を設けた。「天敵温存植物」では、第一人者である大野さんが、バジル、バーベナ、アリッサム、ゴマ、クレオメなど、効果の高い13種について、それぞれの特性と使い方を詳しく解説。ほかに「天敵温存ハウス」「バンカー法」など、重要な天敵活用技術を、専門の先生に余すところなく紹介いただいた。

 野菜・果樹11品目20地域の「天敵活用事例」も収録、農家と現場技術者がいっしょになって実践を積み重ね、現場で磨いてきた技術を公開していただいた。選択性殺虫剤と各種天敵をどのように組み立てればうまく行くのか。なにが明暗を分けるのか。先に紹介したJAみなみ筑後瀬高ナス部会の実践や、キュウリやトマトでのタバコカスミカメの活用はもちろん、イチゴのハダニ抑制で成果を上げるカブリダニの活用など、いずれも詳細なデータとともに掘り下げられている。具体的な防除効果や今後の課題についても、明確に書かれているところが嬉しい。

▲目次へ戻る

「保護」や「強化」にむけた発想が広がる

「保護」や「強化」で効果が期待できる天敵だけでなく、「水稲」や「果樹・チャ」のコーナーでは、「生物多様性の保全対象」の天敵も取り上げた。その一種、「果樹・チャ」の「ハエトリグモ類」、その名の通りハエ類を含む小型の虫を好むクモで主な対象害虫はチョウ目害虫だが、「保護と活用の方法」については外山晶敏さん(農研機構果樹研究所)が以下のように記述している。

「個々の害虫に対する天敵としての抑制効果は不明である。しかし、多様に構成されたクモ類群集は潜在的に害虫の抑制に一定の貢献を果たしていると考えられる。園内および周辺に生息するクモ類の保全、さらには密度を高く保つような環境をつくり維持することは、害虫が多発しにくい生産環境つくりの一つの目安となる。防風樹や下草、周辺環境にもよく見られる。多様な植生環境を維持することは園内のクモの生息密度を維持するうえでも良いと考えられる」

「ミカン園の防風樹」について、和歌山県の岩本治さんが興味深い話をしている(90ページ)。

 果実が汚くなるチャノキイロアザミウマの被害に長年苦労してきた産地だが、「むしろ農薬を散布しないほうがチャノキの被害が少なくなる」ことがわかったと岩本さん。

「しかし、それでは他の病害虫の被害が出てしまいます。そこで、防除するにしても、防風樹にはできるだけ農薬がかからないようにしました(普通はミカン樹にも防風樹にも農薬を散布する)。これでチャノキの被害は激減。被害果がゼロになった園地さえあります」

 防風樹に農薬を散布すると、すべての虫を(天敵も)殺すことになり、しばらくするとチャノキが増えてしまう、というわけだ。岩本さんは天敵の種類にはふれていないが、防風樹にはハエトリグモ類もいるかもしれない。

 天敵の名前を知り働きを知ることで、「保護」や「強化」にむけた発想が広がる。これも『天敵大事典』のねらいだ。

「天敵温存植物」の利用法を詳しく紹介してくれた大野さんは、「本稿では確実な裏付けデータと、何よりも実際の栽培圃場での適用例があるもののみに限定し、紹介した」と述べ、今後のデータ蓄積に期待しつつ、こう締めくくっている。

「天敵温存植物の良いところは、自分の畑に植えて、実際に観察できるところであり、小さい花の集合花、白や青、黄色の花を基準に試す価値はある」

 天敵が防除の主役になることは、農家が身近な虫の世界への観察眼を深め、主役になることなのだと思う。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る