主張
ルーラルネットへ ルーラル電子図書館 食農ネット 田舎の本屋さん
農文協トップ主張 2013年1月号

「大衆による生産」にこそ、希望がある

 目次
◆見直される『スモール・イズ・ビューティフル』
◆「大衆による生産」が現代文明の危機を克服する
◆「美しい」だけでなく、しっかりもうかる
◆牛の力と協同の力で、美しいむらを守る
◆林業でも始まった「大衆による生産」

 本誌が届くころは総選挙戦の真っ最中である。「強い経済」とか「したたかな日本」といった威勢のいい言葉が飛び交い、「強い経済、新成長戦略のためにTPP参加を」という発言が勢いを増している恐れもある。2013年は、TPP参加の既成事実化を阻止する闘いが正念場を迎える年である。

 東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故からの復興に向けた取り組みも、3年目を迎える。被災地を新たな営利の場、ビジネスチャンスに転じようとする「創造的復興論」=災害資本主義を排し、個々の暮らしと地域産業・地域社会(農林漁業とコミュニティ)を取り戻す歩みを大きく進める年にしたい。

「人・農地プラン」策定事業も2年目に入り、いよいよ本番を迎える。まちがってもこれを農家減らしのプランにしないために、地域の協同にむけた「地域営農ビジョン」づくりに知恵を絞ることが求められる。

 2013年を、農林漁業と地域の産業、雇用、暮らしを破壊するTPP路線を跳ね返し、希望を生み出す年にしたい。その希望を「大衆による生産」という言葉をキーワードにして紡ぎだしてみたいと想う。

▲目次へ戻る

見直される『スモール・イズ・ビューティフル』

 東京電力・福島原発による深刻な被害が日本や世界を揺るがすなかで、『スモール・イズ・ビューティフル』という本が今、再評価されている。イギリスの経済学者、エルンスト・F・シューマッハ(1911〜1977)が書いたもので、第一1次オイルショックの年、1973年に刊行、世界的に反響を呼び、日本でも大いに話題になった。彼は、本書のなかで、石油危機を予言し、化石燃料の代わりとして原子力を利用することにも強く反対した。原子爆弾のような兵器でないとしても放射性物質を扱うこと自体を問題視し、「平和利用」の名のもと、「採算性」にしか目を向けずに原子力を扱うことのほうが原子爆弾よりもはるかに危険が大きいと指摘した。まさに、福島原発事故の深刻な事態を「想定」していたかのようである。

 シューマッハは、現代文明の根底にある物質至上主義と巨大技術信仰を徹底的に批判し、それがひきおこす危機について次のように警告している。

 第一の危機は、技術、組織、政治のあり方が人間性にもとり、絶えがたく、人の心を蝕むものだということ。人間は、本来、労働の中で創造性を発揮し、自己を実現し、隣人と連帯できるはずのものであるにもかかわらず、そのような仕事が今や失われて、「繰り人形」のような労働に貶められている。

 第二の危機は、人間の生命を支えている生物界という環境が痛めつけられ、一部に崩壊のきざしが出ていることである。現代の技術はあまりに巨大化かつ複雑化し、人間と自然にとって「暴力的」なまでになっている。

 第三の危機は、世界の再生不能資源、特に化石燃料資源の浪費が極度に進み、あまり遠くない将来その供給が急減するか枯渇する可能性についてである。

 彼は、政治や経済を、その土台にある生産や技術のありようからとらえ返す。産業革命以降の工業化のなかで、技術は加速的に巨大化し、労働・労働者は絶えまない合理化のもとで貧困化し、雇用は不安定化を強める。自然からも人間からも離れた巨大技術が物神崇拝と経済成長=GDP至上主義をうみ、それのあくなき追求が、都市文明を享受する人間に、自然のリズムと恵みを超えた、消費と欲望の極大化を強いる。巨大技術と巨大産業は地域の仕事・雇用を破壊し、さらには生存の基盤である自然までをも危機に陥れる。

 その典型が原発である。原発は燃料棒を他からもってきて、原子炉で発電し、さらに送電線で電気を工業や都市に供給するための施設である。それは、例えば、自動車産業のように、必要な部品を供給する広い裾野をもった産業コンプレックスが幅広い雇用と所得を創出するというようなこともない。地元から多く雇用することもない。そのうえ、放射能という自然と人間にとって暴力的な負の遺産を残す。

▲目次へ戻る

「大衆による生産」が現代文明の危機を克服する

 シューマッハは、この現代の危機の打開にむけ、「人間の身の丈にあった技術」を基礎に、来るべき新しい文明モデルを構想した。そして「人間の身の丈にあった技術」を「中間技術」と呼び、これを生かした「大衆による生産」こそが、労働と自然の破壊をもたらす現代文明の危機を打開する唯一の道だとした。「世界中の貧しい人たち、農家を救うのは、大量生産ではなく、大衆による生産である」として、農村と小都市に何百万という数の仕事場をどのようにして作り出すかが現代文明の危機を克服する核心であると主張したのである。

 そして彼は、自ら数多くの中間技術の開発に関わることでそれを実証してきた。彼は英国石炭公社の経済顧問に就任した1950年に、英国土壌協会に入る。第二次世界大戦後、急速に表面化した農産物の品質の低下や環境への影響、土壌の悪化を背景に発足した同協会は、有機農業の開発と教育によって人材を育て、その有機農産物にプレミアムをつけて市場にのせ、資材の共同購入や製粉加工などを手がけ協同組合活動を組織した。また、共同所有制の小企業の経営にあたり、地域貢献活動にとどまらず、地域内需要にこたえるコミュニティビジネスを創業した。

 そして、1966年には中間技術開発グループ社を創設、発展途上国が西側産業社会の過ちを繰り返すことなく自立するための手助けをしてきた。たとえばナイジェリアでは、貧困な農民を排除したり労働者化させないために、畜力や人力の利用を高め効率化させる農機具の普及や開発にも関わった。

 シューマッハが構想した「大衆による生産」を支える「中間技術」の要点は、以下のようである。

 (1)安くてほとんどだれでも手に入れられる方法と道具を生かすこと。一人ひとりの人間を助ける機械はいいが、少数の人の掌中に力を集中させ、大衆を失職させたり、機械の単なる番人にしてしまうような機械はいらない。

 (2)小さな規模での応用に適していること。小規模な事業は、いくら数が多くても、一つ一つの力が自然の回復力と比較して小さいから、大規模な事業と比べて自然環境に害を与えることはない。小さな地域社会で小さな単位で組織される人たちは、地球全体が自分の縄張りであり草刈り場だという気でいる大企業や大型指向の政府よりも、土地や天然資源の面倒をよくみることは明らかである。

 (3)これが一番重要であるが、生産方法や設備に人間の創造力を活かす余地が、たっぷりあること。

「スモール・イズ・ビューティフル」なのである。

「小さい」ことは「美しい」。小さいことは、古いことでも、消え去ることでもなく、それこそが地域を守り、人類を救う。

 家族の次に社会の真の基礎をなすのは、仕事とそれを通じた人間関係である。その基礎が健全でなくて、どうして社会は健全でありえよう。そして、社会が病んでいるとすれば、平和が脅かされるのは理の当然だ。大衆をもっぱら消費する存在として拡大再生産していく現代社会を、「大衆による生産」に基づく社会に変革していかなければ人類に希望はない…これがシューマッハのメッセージである。

▲目次へ戻る

「美しい」だけでなく、しっかりもうかる

 そしてまちがいなく、日本の農家はこの間、小さいことを生かして活路を見出し、ムラを守る工夫を積み重ねてきた。「大衆による生産」を豊かに創造してきた。

 その象徴が、高齢者、女性、小さい農家、小さい農業が活躍する直売所であり、そこで繰り広げられる直売所農法であり、年をとっても無理なく農業を続けるための「小力技術」の多彩な展開である。さらに、福島原発事故以後は原油高騰も手伝って、水力や薪など「地エネ」活用の「小エネ技術」がより意識されるようになった。小力技術も小エネ技術も農村に多様に存在する地域資源を活用し、自然と人間、そして生産と生活の循環を強める働きをするものである。それは、地域の再生資源を活用した暮らしを創る技術としても広がり、脱原発のライフスタイル、地域社会への展望を切り拓いている。

「大衆による生産」は、工夫に満ち満ちた生産であり、個性的な技術が次々に生まれる世界である。

 農文協ではこの2月、「直売所名人が教える 野菜づくりのコツと裏ワザ」というDVDを発行する。サトイモ逆さ植え、ジャガイモの超浅植え、トウモロコシのとんがり下播きなどなど、「現代農業」で紹介してきた直売所農法の工夫を、見ると思わず笑わされてしまうほどの迫力ある映像で伝えようという作品だ。「直売所農法 コツのコツ編」、「人気野菜 裏ワザ編」の二巻編成で、「直売所農法 コツのコツ編」では本誌でおなじみ、三重県の青木恒男さんがその技を余すことなく公開してくれている。

 青木さんの経営は、労働力は青木さん一人で、水稲が受託も含めて5ha、それと少量多品目のハウス野菜・花20a。「小さい経営」だと青木さんは自認しているが、年間売り上げは約1000万円、そして経費率は40〜50%で手取りが大変多い。イネはもちろん、野菜も花も元肥ゼロの「への字」栽培。追肥は安い単肥で十分。土はむやみに耕さずに不耕起・半不耕起を作物別に使い分け、農薬もほとんど使わない。

 そんな青木さんのやり方は、まさに「スモール・イズ・ビューティフル」で。そして、「美しい」だけでなくしっかりもうかる。大変な低コストだが、コストダウンという発想ではない。青木さんは次のように述べている。

「『100万円かかっていた経費を90万円に下げる』といった、引き算の“コストダウン”という常識は棄て、経営にしろ作物の栽培にしろ、必要なものだけを積み上げていく“ゼロから足し算するコスト”という発想に立つと、驚くほどムダが省けるのです。『作物が商品になるために必要なもの(こと)』を『必要な時に』『必要なだけ与える(行なう)』という『後補充生産』の考え方が重要です。『ほんとうに苗はこんなに必要なのか?』『肥料は必要なのか?』『土を耕すことは必要なのか?』といった、覆せそうにない基本を覆した時ほど効果は大きく現われるのです」(「常識を疑うと?農業はまだまだ儲かる(1)一人経営、売上1000万、経費率半分のヒミツ」2007年7月号)

 この見方は、作物や土がもっている自然力が生きるように人間が上手に、巧みに手助けし、地域の資源を活用するという、農業技術の特質そのものである。だから、このDVDで紹介している野菜つくりの工夫は、直売所に出荷していない菜園農家にも、産地のプロ農家にもヒントになる。

実際、たとえば土寄せいらずの穴底1本ネギ栽培などは、

ネギの大産地からの問い合わせも多い。

 そして、小さい農家が助け合って生きていくのも、日本のむらの農業の特質だ。青木さんも、5反の田んぼで趣味と実益を兼ねた稲作を楽しむ兼業農家の機械作業を引き受け、小さなイネつくりを支えている。

「いろんなサイズの農家が得意分野を相互に補完しあうことでより多く生き残り、村全体で『コストを外に逃がさない』経営を組み立てていくことが、これからの農業には必要だと思います」(同連載・最終回、2010年12月号)。

▲目次へ戻る

牛の力と協同の力で、美しいむらを守る

「大衆による生産」は助け合い、協同の力を求め、協同の力が「大衆による生産」を支える。個々の農家では難しくなった家畜の飼育を協同の力で取り戻す取り組みも始まっている。先月・12月号で紹介した島根県邑南町の農事組合法人・須磨谷農場もその例である。

 事務局長の太田忠男さんは、道路に接した田んぼのアゼや山際のいたるところに張ってある電気柵を見ながらこう話す。

「この電気柵で囲ってるところが放牧地です。こっちもそう。あの山のところもそう。牛を放すと草をきれいに食べてくれるんです。これを草刈り機でやるのはえらいことですよ」。

 全28戸、96人が暮らすこの小さな集落に、須磨谷農場が誕生したのは七年前。高齢化率が30%近くなり、田んぼの維持管理が大変になってきた。高価な機械をそれぞれの家で所有するのも大変だということで、みんなで話し合い、1集落1農場方式の集落営農組織を設立した。

 牛のほうは、じつは集落営農ができる2年前から飼っている。農地を守る手段として放牧に注目し、集落内に放牧組合を作って、中山間直接支払い(中山間地等直接支払制度)を活用して100万円ほどで繁殖和牛の雌牛3頭を購入したのだ。「放牧なら牛舎につながなくてもいい。糞尿処理もいらない。私は80歳を過ぎたところだが、このやり方だったら、あと10年、いや15年はやっていける」と、集落の人も賛成してくれた。

 なによりいいのは転作に飼料イネができること。棚田のように面積が小さく条件の悪い田んぼでも、牛のエサとしてイネをつくってWCSにすれば転作にカウントされる。湿田でどうしようもないところは立毛放牧にする。

 3頭で始まった牛は、その後集落営農で引き継いで、いまでは親牛13頭、育成牛3頭、それに子牛もいる。放牧地の面積も増え、山際の田畑を守るように山林を中心に、大小合わせて8カ所、合計で19haになった。牛のいかげで、ひどかったイノシシ被害がめっきり減った。

 農場の牛たちは、常に集団行動で夏場は8カ所の放牧地を順々に回っていく。移動のときは組合員4〜5人が集り、20頭近い牛を散歩させるようにワイワイ連れて歩く。

 日々の管理は、主に太田さんともう一人の組合員で行なっている。冬場は雪が降るので太田さんの家の裏にある4.2haの放牧地でエサを与えながら飼うようにしている。ここには簡易牛舎を作っているが、牛は寒さに強く雪の中でも平気で寝るそうだ。牛舎の回りに糞が溜まったら掃除して、バケット付きのトラクタで近くの田んぼのアゼに積む。春になればとてもいい堆肥に変わっている。

 一日の仕事の時間は夏場なら1時間、冬場は糞出しもあるので2時間くらい。もしも都合がつかないときは、他のメンバーに頼むので気が楽だ。何度か牛が脱柵したこともあるが、集落のみんなが見ているので誰かが見つけると捕まえて放牧地へ戻す。みんなの牛だ。

「中山間地で牛を入れるメリットは大きいですよ。というか、牛がいないとどうしようもない。山が荒れて農地が荒れてくると、住んでいく人間がおらんようになる。それがいちばん怖いですからね」と大田さん、牛の力と協同の力があわさって、美しいむらが守られていく。

▲目次へ戻る

林業でも始まった「大衆による生産」

 儲からないことが常識のようになっている林業でも、“自伐林業”という「大衆による生産」が元気よく始まっている。国の「森林林業再生プラン」は、大規模施業を条件にし、1億円もの高性能林業機械4点セットを推奨しているが、採算のとれない場合が多い。これに対し「自伐林家は儲かる!」と豪語してその育成に力を入れているのが「NPО法人 土佐の森・救援隊」である。最低限の機械を使い、伐採から搬出まで自力で行なうやり方で、誰でも参入しやすく農家の副業にぴったりの方式だ。土佐の森・救援隊の事務局長・中嶋健造さんはこう述べる。

「農家は軽トラを必ず持っている。またチェンソーぐらいはかなりの方が持っているのではないだろうか。そうすると『林地残材収集運搬業』なら投資なしで参入できる。原木を出荷する副業型の自伐林業へも林内作業車ぐらい導入できれば参入可能なのである。農家が農閑期の冬場に、自伐林業で100万円稼ぐことはそんなに難しいことではない」(「本当は儲かる自伐林家」2012年4月号)。

「農家林家」が復活すれば、中山間地域に活気が戻る。山村地域に30〜40代の若者が何人もUターンしてきた事例も出始めている。

「大衆による生産」の時代である。そのための地域資源も、これを生かす技術・技能もその気になればたくさんある。3.11以降、「大衆による生産」に関わりたいと思う若者も増えている。

 希望と夢を語り合い、反TPPの意思を強めながら、新しい年を迎えたい。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る

「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2013年1月号
この記事の掲載号
現代農業 2013年1月号

特集:えひめAI列島増殖中
82歳の稲作ノート/薪暖房で冬を乗り切る/果樹の夢のような仕立て/青パパイヤを茨城の特産に/牛から学ぶ酪農の基本/畑仕事にGPS/売れるもち、ナルホドの技/果樹産地を守るには集落営農/TPP反対をパフォーマンスで終わらせてはならない ほか。 [本を詳しく見る]

青木流 野菜のシンプル栽培 青木流 野菜のシンプル栽培』青木恒男 著

元肥も耕耘も堆肥も農薬もハウスの暖房も出荷規格も不要。所得10倍のブロッコリー・カリフラワー、7倍のキャベツ・ハクサイ、2倍のスイートコーンなど、小さな経営で手取りを増やす着眼点、発想転換で稼ぐ野菜作。 [本を詳しく見る]

季刊地域9号 2012年春号 現代農業 2012年12月号

田舎の本屋さん 

前月の主張を読む 次月の主張を読む