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農文協トップ主張 2010年12月号

米価下落、TPPに抗し
農家、地域の力で「水田活用新時代」を

目次
◆米価下落、放置する政府
◆急浮上するTPP=農産物自由化路線
◆農家がつくりだす、さまざまな「米価」
◆「米・イネで転作」する時代が始まった
◆自前で製粉、製粉不要のご飯パン
◆飼料米で湿田活用、飼料イネで水田周年放牧

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米価下落、放置する政府

 米価が下落し、農協の概算金(仮渡金)も大幅に下げられ、そのうえ猛暑の影響で1等米比率も低下している。新潟県では1等米比率が20%を割る見込みで、東北、関東などでも例年より大幅に低下。1等米の出回り量はかなり減ると思われるが、作況指数は99(9月15日時点、農水省)の平年並みで、前年からの持ち越し在庫や、4万haとされる「過剰作付け」を背景に、卸やスーパーによる値下げ圧力も加わり、米価下落に歯止めがかからない状況だ。

 米価下落を食い止めるためにJAなどが「過剰米対策」を強く求めているが、「戸別所得補償があるから」という理由で、政府はなんら手を打たず、放置する構えだ。  

 それでは「戸別所得補償」で農家の所得は補償されるのだろうか。今年から始まった「米戸別所得補償モデル事業」では定額部分(反当1万5000円)に加え、変動部分として、当年産の販売価格が標準的な販売価格(過去3年平均)を下回った場合、その差額をもとに交付単価を算定して支払われる。その額が決まるのは先の話だが、予算枠もあり、地域などによるちがいがあるが、定額部分と変動部分を足しても、米の農家所得は前年より下がる可能性が高いというのが、大方の見方である。

 それでも政府は「過剰米対策」をしないと明言している。これについて山田前農水大臣は国会で、「過剰米を政府が買い上げたりすると、戸別所得補償制度に参加していない人達が、米価が上がって利益を得ることになる」「仮に今年、米価が下がったとしたら、戸別所得補償制度に入らざるを得ないと考える農家が格段と増える可能性がでてくる」と答弁している。

 米価下落→戸別所得補償制度(米の生産調整への参加が条件)に加入する農家が増え「過剰作付け」が減る→米の需給が均衡し米価が安定する、というストーリーだが、一方では、別のストーリーも急浮上してきた。

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急浮上するTPP=農産物自由化路線

 菅直人首相は所信表明で、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加(加盟)を検討すると発言した。TPPには、加盟国のシンガポール、ニュージーランド、ブルネイ、チリに加え、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ペルーなどアジア太平洋経済協力会議(APEC)傘下の国が加盟または今後の加盟の検討を表明している。関税全廃、例外品目なく100%自由化を実現することを原則とする自由貿易協定(FTA)であり、財界はアメリカとともにこれを強力に推進しようとしている。

 もし日本がこれに加われば日本農業は壊滅的な危機にさらされる。そのため農家やJA、与野党内からも大きな懸念・反発が生まれている。この自由化路線のストーリーを米をめぐって整理すると以下のようになるだろう。

 米価下落→国際価格との差が縮小→関税撤廃・自由化→米価のさらなる下落→農家への所得補償金額の増大→国家財政負担の増大→所得補償対象を大規模・企業的経営に絞り込むなど戸別所得補償の見直し

 このストーリーでは明らかに農業は縮小し、自給率は低下し、農家経営も地域の雇用も地域経済も疲弊する。関税が撤廃された場合の影響についての農水省試算では、国内農業生産は約3兆6000億円(農業総産出額の約42%)減少し、とくに米は現在2兆円程度の産出額のうち、1兆8200億円が外国産に置き換わってしまう。就業機会も失われ(約375万人)、食料自給率は40%から12%へ低下すると試算している。

 大規模経営も国際競争にさらされ、不安定な状況に陥るだろう。これは、地域社会そのものを崩壊させる道である。

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農家がつくりだす、さまざまな「米価」

 戸別所得補償制度のスタートと同時期に起こった米価下落、そして浮上する農産物自由化路線。だが、戸別所得補償制度と農産物自由化とをリンクさせてはならない。

 直接支払い(直接所得補償)制度をいち早く導入したアメリカやEUのねらいは、農産物の支持価格を維持しつつその価格を引き下げて国際競争力、輸出力を強めることであり、価格引き下げで減る所得を直接支払いで補填しようという政策である。

 しかし、アメリカやEUのような穀物輸出国と、圧倒的な輸入国である日本では事情が根本的にちがう。耕地の条件や賃金水準からみても日本の米価が国際価格より高いのは当然のことである。米価がもっと下がれば国際競争力がついて輸出もできるなどという一部の識者の見方は、幻想を振りまくだけで、そこに未来があるはずはない。

 国際的な競争とは関係なく、主食である日本の米を日本人が食べる。その米を農家がつくり続けられるように所得を補償する、というのが戸別所得補償の本質であるはずだ。日本における戸別所得補償制度は自由化路線ではなく、政府が掲げる目標「自給率50%」とリンクさせるのがスジである。これを踏みはずすことを許してはならない。

 そのうえで、食用米が「過剰」であれば、国の需給調整機能(一定の価格支持機能)とともに、なんらかの「生産調整」は必要であろう。米の消費拡大をめざしたいが、モリモリご飯を食べてきた団塊世代が高齢にさしかかり、少子化が進む状況では、需要量低下を食い止めるのもそう簡単ではない。米価を安定させ、直接所得補償を維持・拡充するためにも、「生産調整」は必要である。国際競争とは関係なくても、米は国内の市場経済の中で動いているから、需給事情で米価がある程度左右されるのはやむをえない。

 これに対しこの間、農家は市場価格とは別次元でさまざまに「米価」をつくりだしてきた。政府が決める米価が食管制度廃止によってなくなり、農協→全農→卸というルートの中での市場価格が「米価」となってきたが、今や、それ以外の米価がいろいろ生まれている。

 農家と消費者の産直のなかで決まる米価もあれば、本主張欄でも何度か紹介した宮城県大崎市の「鳴子の米プロジェクト」のように、農家グループ、地元旅館、消費者などとの連帯のもとで決まる米価もある。「鳴子の米プロジェクト」では、60kg2万4000円(5kg2000円)で消費者に買ってもらい、農家に1万8000円が渡るしくみを築いているが、この「米価下落」のなか、来年には、消費者3万円、農家2万4000円の米価にしようという計画が話し合われている。若手後継者が米つくりに希望をもてるようにしたいというのが、そのねらいだ。鳴子に始まるこの米プロジェクトはいま、全国に波及し、それぞれ独自の楽しい取り組みが進んでいる。

 地域再生の拠り所として進化している集落営農は、米をみんなでつくり、みんなで食べ、みんなで売る組織でもある。今年5月号で紹介した三重県松阪市の権現前営農組合(農家34戸が全員参加)では、集落営農が経営する直売所「旬前耕房ごん豆」で、約16haの米をほぼ全量売ってしまう。ブランド名は「権現米」、売り値は玄米1俵1万8920円。自分たちで決められるのが直売所の魅力だ。直売所がなくても、集落営農の米をわが家で食べ、都市に住む子や孫や親戚や知人に売って、みんなでイネつくりを盛り上げているところは多い。

 堆肥の活用など栽培に工夫し、地域のイメージを伝えるネーミングに農家の面々の写真を添えれば、フアンも広がりそうである。

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「米・イネで転作」する時代が始まった

 こうした産直・直売で生まれる「関係性の米価」もしかし、市場価格の影響はうける。鳴子の米プロジェクトのように強い連帯性のもと、農家が元気になる米価を設定できればいいが、だれもがというわけにはいかない。

 そこで、米価安定にむけ「生産調整・転作」をという話になるが、これを、麦やダイズだけでなく「米・イネで転作」する時代が始まった。

「戸別所得補償モデル事業」の水田利活用自給力向上事業では、輸入麦を代替する作物として、米粉・飼料用米を新規需要米として重視し、反当8万円を交付する。イネだから、不耕作地になっている湿田でもなんなく栽培できる。

 今年、2010年は、「米・イネで転作」の動きが本格化した年でもある。飼料米が前年比3.8倍の約1万3000ha、発酵飼料(WCS)用イネも増えて8450ha、米粉用米が2.1倍の約4800haと急増。新規需要米ではないが転作になり、戦略作物として交付金2万円の加工用米も1万2000ha増えて約3万8000haになった。

 食味云々で失いかけていた「多収ねらい」に久々に腕を鳴らす農家が登場したり、堆肥栽培が各地で進んだり、飼料米・飼料イネを活用して牛を飼い始める集落営農が出てきたり、「自分が地域の米粉用米を引き受ける実需者になる」と大規模農家が動いたり…と、単に「10a8万円」にとどまらない農家の積極的な動きが各地で見られる。そこには、外国小麦頼みの日本人の食生活、外国のエサ頼みの日本の畜産を、農家の力で変革していける萌芽がある。

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自前で製粉、製粉不要のご飯パン

 この萌芽を確かな流れとして定着させ、広げたい。これにむけ、米粉用米も飼料米・飼料イネも、その利用先を開拓し、利用を広げることが、最大の課題になっている。

 まず、米粉について。

 秋田県大潟村の減反反対派農家が、「モデル事業」に参加し、2億円を投じて米粉の製麺工場を建てるなど、米粉ビジネスに挑戦している姿がテレビなどで放映され話題を呼んでいるが、各地で農家自ら製粉機をもって実需者になる動きが生まれている。

 今月号の連載・「新規需要米 こうつくる こう売る」

では、福井県小松市の農事組合法人・明峰ファーム(農家・57戸)の米粉活用を紹介した(342ページ)。組合長の岡田利昭さんは、農家である一方で、製パン・製菓などの食品関連の機械を扱う?オカダの会長でもある。仕事がら米粉パンの可能性を早くから感じていたこともあり、明峰ファームとして米粉の加工販売に取り組むことにした。別会社を立ち上げて米粉パンを焼き始め、気流粉砕機を導入して米粉の製粉も自前で行なうようになった。機械、施設の導入に当たっては半額補助を受けた。

 米粉用米の作付けは、昨年の2haから今年は6haへと三倍増。米粉パンは併設の店舗「まままんま工房」のほか、農協の直売所やAコープ店舗など計6カ所で販売。そして今年から、石川県内すべての小中学校の学校給食用米粉も販売することになった。

 製粉能力にまだ余裕があるので、製粉の受託や、地域の網下米(クズ米)を買い取って米粉として活用することも可能だ。

 一方、こちらは製粉不要の米パンの話。今月号で紹介した「ご飯パン」がなかなかおもしろい(305ページ)。ご飯パンとは、小麦の生地に炊いたご飯を15〜40%ほど練りこんでつくるパン。糊化したご飯の粘りがグルテンの役割を果たしてよく膨らむ。もちもち、しっとりで甘みもあって大変おいしい。

 ご飯が材料だから製粉機は不要。手軽で金がかからないうえに、実需者が決まっていれば新規需要米に該当する。岩手県一戸町の製パン卸会社「一野辺製パン」では、ご飯パンの食パンやロールパンを商品化。原料は、県産の小麦と米(ひとめぼれ)。米の供給元はJA岩手ふるさとで、今年の契約量は40tにものぼる。一野辺製パンでは委託加工も受け付け、お隣二戸市の金田一営農組合では、焼いてもらったパンを「ふっくらまんまパン」の商品名で売り出し、今では、組合が取り組む宅配事業の主力商品のひとつになっている(5月号336ページ、農文協刊『季刊地域』の最新号・3号でも詳しく紹介している)。

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飼料米で湿田活用、飼料イネで水田周年放牧

 飼料米、飼料イネの活用も本格的になってきた。

 先月11月号で紹介した青森県東北町にある東北町黒毛和牛育成組合(四戸の畜産農家で構成)の沼山喜久男さんは、飼料米で遊休湿田を復活させ、地域の仕事おこしに取り組んでいる(338ページ)。組合が利用する飼料米には、モミを破砕機にかけて砕いた牛用の米、モミすりした玄米を同じ機械で砕く豚用の米、それに、モミをそのまま食べさせる鶏用の3通りがある。

 飼料米の栽培面積は、昨年の16.7haから今年は36haへと倍以上に増えた。収穫されたモミは、和牛組合が所有する乾燥機で乾燥し、フレコンなどに詰めてモミの状態で常温保管。これをそれぞれが年数回に分けて、自分で持ち帰ってエサとして利用する。

 来年は50haが目標だ。「町内に3200haある水田のうち2000haが減反しているが、1000ha以上は何もつくっていない不耕作地だ。その3分の1くらいは、イネならすぐに植えられる」と、沼山さん。黒毛和牛では、肥育のエサにするにはちょっと不安があって、いまのところは、妊娠した母牛にだけ給与しているが、和牛組合の仲間は、「短角牛と乳雄の肥育には、飼料米とフスマがあれば濃厚飼料はいらない」というくらい、飼料米に本気になり始めている。全部で500頭くらい肥育している農家だけに、来年の需要が増えるのは確実だ。町内には100〜200頭規模の酪農家も何戸かあり、飼料米に飼料イネも組み合わせれば、米で転作400haは夢物語ではない。

 茨城県常総市の佐藤宏弥さんは、飼料イネを活用した水田周年放牧に取り組んでいる(9月号・258ページ)。

 繁殖牛を86頭(育成含む)飼う佐藤さん。でも、牛舎にはその半分しかいない。残りの半分(妊娠牛すべて)は、車で15分ほど離れた菅原農園の圃場に1年を通じて放牧されている。牛舎を増築しなくても繁殖牛を30頭以上増やすことができ、「糞出しやエサやりもラクになって、ホント悪いことはひとつもない」。

 放牧地での管理や作業は稲作農家の菅谷新一さん(菅原農園)が一手に引き受けてくれている。菅谷さんの住む地区は条件の悪い田んぼが多く、転作が進まず藪だらけの遊休農地が広がっていた。それが放牧で一変。牛が草を食むのどかな田園風景が開けた。

 ここで周年放牧が実現できたのも、飼料イネのおかげだ。

 菅谷さんは湿田や造成地など、つくりにくい田んぼを積極的に集め、牧草、立毛イネ、WCSで周年放牧している。春〜秋の放牧は牧草、10月からは飼料イネを収穫せず立毛状態で放牧利用させ、12月から3月まではWCSを、収穫した田んぼで少しずつ開けて食べさせる。

 放牧には周囲の理解も大切だが、「菅谷さーん、なんか、牛が牛の上にのってたよ」などと、近所の人も通りすがりに牛の監視を手伝ってくれる。「今じゃ、地域みんなで牛を飼っているようなもんだよ」と菅谷さんはいう。

 この常総市での水田放牧を農家とともに研究・開発してきた千田雅之氏(中央農業総合研究センター)は、12月発行予定の『水田活用新時代』(シリーズ『地域の再生』の一冊)で、中山間から平場まで「放牧が水田農業と畜産の未来を拓く」と事例をもとに熱く構想を述べている。

 本書では他に、谷口信和氏(東大)や梅本雅氏(中央農総研)らが執筆。谷口氏は、世界の穀物の生産・消費動向の歴史的分析を踏まえ、アメリカはトウモロコシ、ドイツは小麦というように、先進国といわれる国では風土的条件にふさわしい穀物を最重要の飼料穀物と位置づけ、その単収増大を図ってきたことを示しながら、アジアモンスーン地帯に位置する日本では米を有力な飼料穀物に位置づけることが、食料自給率向上の最も基本的な道筋であることを実証的に主張する。梅本氏は 米粉、ダイズなどを活用した集落営農によるコミュニティビジネスの事例を紹介しながら、これを成功させる技術的条件も含め、単に転作対応ではない水田活用の豊かな展望を明らかにする。

「米・イネで転作」はまだ始まったばかりである。農家、地域の力で「水田活用新時代」を迎えたい。

(農文協論説委員会)

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この記事の掲載号
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