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農文協トップ主張 2009年11月号

「地域の再生」で希望を編む
農文協・新シリーズの発刊にあたって

目次
◆危機を根本的に解決する主体としての“地域”
◆農山漁村は、すでに元気と自信を取り戻しつつある
◆「地域という業態」による地域産業興し
◆「手づくり自治区」と進化する集落営農
◆農協は地域に何ができるか
◆「地域主権」と「むらの原理」

 今、私たちの行く手には暗雲が立ち込めているように見えます。

 私たちは、「近代」の行き詰まりともいえるこの危機を、根本的に解決する主体は国家や国際機関ではなく“地域”だと考えています。

 都市に先んじてグローバリズムと新自由主義に翻弄された農山漁村は、すでに元気と自信を取り戻しつつあります。その元気と自信は、近代化=画一化の方向ではなく、地域ごとに異なる自然と人間の共同性、持続的な生き方、自然と結んだ生活感覚、生活文化、生産技術、知恵や伝承などを見直すことによってもたらされたものです。

 また、近代的“所有”や“業種”の壁を乗り越えた、流域連携や農商工連携による新しい仕事おこしも始まり、それを支援する官民の動きも活発になってきました。農山漁村における地域再生の芽が意味するものを学ぶことで、都市における地域も再生への手がかりをつかむことができるのではないでしょうか。

 人びとがそれぞれの場所で、それぞれの共同的な世界としての“地域”をつくる――私たちは、そこに希望を見出しています。

 危機と希望が混在する現在、地域に生き、地域を担い、地域をつくる人びとのための実践の書――地域再生の拠りどころとなるシリーズをめざします。

 隣ページの一文をぜひお読みいただきたい。農文協が今年11月から刊行を開始する『シリーズ 地域の再生』(全21巻)の「刊行の辞」である。農文協では全国7カ所、約70名の職員が直接訪問して本シリーズの予約活動をすすめており、すでに多くの方々から定期予約をいただいている。出版不況、全集など大型出版の不振が叫ばれて久しいが、本シリーズへの反響や期待は大変大きい。普及活動で出会った人々の声もまじえながら、『シリーズ 地域の再生』がめざしていることを、アピールしたい。

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危機を根本的に解決する主体としての“地域”

「刊行の辞」で「この危機を、根本的に解決する主体は国家や国際機関ではなく“地域”だ」と述べた。

 なぜ、「地域」なのか。いま、「地方分権」「帰農」「田舎暮らし」など、農山村に対する人々の関心が高まり、「地域ブーム」ともいえる様相である。以前にもそんな時代があった。石油ショックで高度経済成長が幕を閉じ、低成長時代を迎えた1970年代後半、高度経済成長がもたらした都市への人口集中と地方で進む過疎化、都市と地方の格差増大を背景に「地方の時代」「地域主義」の主張が盛り上がりをみせた。しかしその後のバブル経済のもと、「地域主義」の理念は矮小化され、大型リゾート開発、電子機器その他ハイテク産業の地方への誘致、そして公共事業の拡大へと向かった。

 こうした中央から地方への資金と仕事の流れが、地方経済を押し上げ、地域の雇用と個人消費の増大を支え、都市との格差を縮める力になったのは確かだ。しかし、この効果が大きかった分、その後に進行するグローバリズムのもとでの工場の海外移転や公共事業の縮小が地方経済に与える打撃は大きかった。中央から地方への資金や仕事の流れは縮小し、外部からの資金注入によって地方が潤うという構造は失われた。この構造が回復・強化されることはもはや考えにくい。

 民主党政権が誕生した。民主党の農政については後でふれたいが、自民党「農林族」の力が弱ったことも加わり、「中央から地方へ金をもってくる」というスタイルの政治も後退するだろう。

 地方をめぐる外部環境は大きく変わった。そんな時代の流れは踏まえておこう。しかし、政治の世界がどうであろうと、この間、より本源的に、そして、理念に留まらず現実的・実践的な課題として、「地域の再生」「地域の自立」にむけた取り組みが着実に進んでいる。中央に身をゆだねるのではなく、地域内の自立的な産業・仕事・暮らしを築こうとする営みは、昔から続けてきたむらの生き方であり、それが新しい形を伴いつつ、地域をつくり続けているのが、現代という時代である。

 激しく動く経済や政治とは次元を異にして進む「地域の再生」、それこそが、この「国のかたち」に希望のベクトルを与え、グローバリズムに翻弄される世界の地域の困難を打開し、平和な世界をつくる国際連帯の道でもある。「この危機を、根本的に解決する主体は国家や国際機関ではなく“地域”だ」という「刊行の辞」に、私たちは、そんな思いを込めている。

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農山漁村は、すでに元気と自信を取り戻しつつある

「グローバリズムと新自由主義に翻弄された農山漁村は、すでに元気と自信を取り戻しつつある」と「刊行の辞」で述べたのは、むらが新しい形を伴いつつ、地域をつくり続けているからである。その元気や自信の大きな源泉になっているのが、この間、農家、地域が自らの力でつくりだしてきた直売所、地産地商の広がりである。

 人と自然、人と人が関係を積み上げたときに見えてくる場所を「地域」とすれば、日々、関係を積み上げている直売所、地産地商こそ、地域をつくる大きな力である。本シリーズの第15巻「雇用と地域をつくる直売所」では、「売る場所」に留まらない直売所の豊かな可能性を事例を通して明らかにする。

 そんな直売所で活躍する農村女性からも、本シリーズの定期予約をいただいている。

 自宅で加工も手がけ、梅干しから佃煮、ヤマブキの塩漬けなどを作り直売所でも販売している和歌山県のYさん。女性農業士で農業委員も務めるYさんが、最近さびしいと思うのは地域から小学校、保育園、JA支所がなくなったこと。

 遊休農地のことも気にかけるYさん、直売所を通して生まれるつながりを生かしながら、「これからも頑張らなきゃ」と、張り切っていた。

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「地域という業態」による地域産業興し

 直売所、地産地商を土台にして、地域内の自立的な経済循環を地域から創造する。その時、課題になるのが「地域という業態」である。「刊行の辞」で述べた「近代的“所有”や“業種”の壁を乗り越えた、流域連携や農商工連携による新しい仕事おこし」が「地域の再生」の核心的な課題になってきた。

 これまで、各業種ごとに中央と渡りをつける業界団体が存在し、地方は中央に頼らなければ生きられない他律的な構造に陥っていた。各業種間には「縦割り」という大きな壁が存在し、それぞれに「我が業界をめぐる情勢は厳しい」と頭を抱えていた。

「地域という業態」は、これまでバラバラだった、農業、建設業、観光業などの地域の中のさまざまな業種がお見合いをし、相互に信頼関係で結びつき、それぞれ持っている知恵や情報、販路などを交換・共有することで、地域の内側から渦の広がっていく産業構造を作ろうという考えである(「地域に生きる」(東北地域農政懇談会編著・農文協刊より)。

 本シリーズでは、「地域という業態」による地域産業興しの方法と実践を多様な場面で追究する。

 第8巻「地域をひらく多様な経営体―農業ビジネスをむらに生かす」では、大企業進出の危険性をおさえつつ、農業と福祉・医療がかかわる事業展開も含めて地域の各種経営体の可能性を描き、第16巻「水田活用 新時代」では、水田を地域産業興しの拠点として生かすために、麦、ダイズなどの地産地商・農工商連携の方法を追究する。第18巻「森業―林業を超える生業の創出」、第19巻「海業―漁業を超える生業の創出」では、従来の林業、漁業の枠を超えた、地域連携、業種連携の創出と育成を提言、第17巻「里山・遊休農地をとらえなおす」も、近代的な土地所有観を超える「総有」の考え方をベースに、市民参加も含めた里山と遊休農地の再生プランを具体的に提案する。

 山形県T町の町長、Sさんは「農業・工業・商業の連携」にむけ、本シリーズに期待を寄せてくれた。

「町長は町の営業マンだ」と自他共に認めるほどに町の売り込みに熱心なSさん。地元の農産物を東京のデパートにトップセールスもした。町には石切り場から出た火山石があり、これを農業用のミネラル資材として売り出していこうという話もでている。やはり足元の地域資源をもう一度見直してみることが必要だ、という。

「足元の地域資源」を見直すことは、産業興しの出発点になる。「ないものねだりでなく、あるもの探し」の地元学こそ「地域の再生」の出発点であり、本シリーズの第1巻・初回配本も、「地元学からの出発」である。

 この地元学の精神が気に入り、定期予約をいただいた鹿児島県の町会議員・Kさん。茅葺き屋根の相撲道場や、地元特産の竹をつかった竹灯籠など、地域のお年寄りの参加も得て活動してきた。最近では、商工会OBが中心になって新しい神楽をつくった。「どんな祭りも最初はだれかの創作なんだよね。だから続けていけばいつかは伝承されると思うんだ」と明るい。一方では、「ボランティアだけでは続かない、儲けなければ」と、地域にふんだんにある竹を粉にし、農業用資材として売り出そうと考えている。

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「手づくり自治区」と進化する集落営農

 そんな産業・仕事起こしを進めるためには、人々が共同するための組織づくりが必要だ。自治体も農協も大型合併を進めてきた現在、地域密着型の組織が求められている。その一つが本シリーズ第5巻のテーマ「手づくり自治区」である。旧村や小学校区など「手触り感」のある範囲で、住民が当事者意識をもって、地域の仲間とともに手作りで自らの未来を拓く。その活動も地域の防災から景観づくり、さらに地域ビジネスと展開していく。

「集落営農」も、機械の共同利用や農政・補助金対応に留まらない、地域再生の拠り所として進化している。農地・農道・水利施設の共同管理、さらには福祉タクシーの運営などの集落維持機能と効率的農業生産とを両立し、地域が直面している困難な課題を解決していく集落営農。第7巻「進化する集落営農――地域社会営農システムと農協の新しい役割」のテーマである。

 集落営農の先進県、広島県の農業法人代表・Tさん。設立12年目の農業法人を引っ張るTさんからは悲観論はでない。なぜか。聞いてみると「若手が多いから。酒とゴルフで釣るんだよ」と笑って答えてくれた。法人の最若手理事は41歳の兼業農家。兼業農家が作業にきちんと顔をだしてくれるので後継者不足を心配することはない。むらづくり組織がしっかりしていることも大きい。清掃作業やお祭りなど、住民に常に地域のつながりを意識してもらうことが大切で、そのためにも若手の活躍場所を地域につくりたい、という。

 集落営農が兼業農家を巻き込み、担い手を育てる。若手にもこのシリーズを読ませたいとSさんはいう。

 そんな農家への普及活動のなかでは、祭りのことが随分、話題になる。

「祭りがあれば地域はもりあがる」というのは北海道の農家で農地水保全会会長のEさんである。保全会の活動を支えているのはEさんの「後輩」たちだ。「後輩」とは、地域に100年前から伝わる獅子舞を教えた教え子たちのこと。30年前から獅子舞の踊りや太鼓の指導をしてきたのだが、今、その子供たちが30代、40代になり、祭りを守っている。「今はモノ好きな人がいなくなった。心にゆとりのある人がいない。農家が祭りで心のゆとりを取り戻すことができればいい」とEさんはいう。

 本シリーズの第13巻は「遊び・祭り・祈りの力」である。新潟・小千谷では震災復興に先んじて闘牛が復活し、宮崎・諸塚の神楽を舞うUターンの若者たちは、「神楽のために1年の仕事を耐えている」という。

 ところでこの秋、農文協では、『大絵馬ものがたり』(全5巻)を発行する。地域に生きる人々の願い、祈り、感謝の気持を農耕図などの絵に託して描き奉納する大絵馬を、地域コミュニティづくりを励ます先祖からの贈り物として活用していただければと思う。

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農協は地域に何ができるか

 むらを基礎とする「手触り感」のある組織が「地域の再生」の担い手である。そして、農協や行政がこれをバックアップするとき、「地域の再生」は大きく前進する。

 JAは今年の25回全国大会で、「消費者との連携による農業の復権」「JAの総合性発揮による地域の再生」「協同を支えるJA経営の変革」の3つの協同を掲げ、「販売農家だけではなく、小規模・自給的農家、女性農業者、定年後帰農者等の多様な農業者と、地元商工業者、消費者、地域住民、行政などの地域関係者と多様な方法で連携、ネットワークを構築していくことでJAも強化し、協同の力を発揮する」と、地域形成の立場を明確にしている。

 しかし、その一方でJA中央が打ち出しているのは、経営的困難を背景に、一県一JA構想などのさらなる合理化路線である。そこには「農山漁村は、すでに元気と自信を取り戻しつつある」という確信がなく、農協が依拠すべき地域像が描かれていない。

 といって、地域づくりから農協をはずしていいわけはなく、こうして、本シリーズ第10巻「農協は地域に何ができるか」への関心は大変高く、期待も大きい。

 兵庫県のある農協組合長・Uさんもその一人。

 Uさんのところでは去年、農協直営の直売所がオープン、人気も上々。2号店をだそうかとも考えているが、まず農家組合員の声を聞いてからにしたい、というUさん。組合員の自主的な行動を後押しするのが農協の役目で、なんでもおぜんだてしたのでは長続きしないと考えている。

「協同の精神が改めて見直されている。なんでも欧米型にしたからおかしくなった。農耕民族のDNAには自分さえよければという個人主義はあわない。農協活動の原点を職員に教育したい」と、U組合長は熱く語ってくれた。

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「地域主権」と「むらの原理」

 農協マンに協同組合の精神が求めれられるように、地域の行政には、「地域の再生」にむけた自治の精神と創造的な仕事が求められている。

 鳩山由紀夫新首相は、「Voice」の今年9月号で、「私の政治哲学」と題し、以下のように述べている。

「国の役割を、外交・防衛、財政・金融、資源・エネルギー、環境等に限定し、生活に密着したことは権限、財源、人材を『基礎的自治体』に委譲し、その地域の判断と責任において決断し、実行できる仕組みに変革します。国の補助金は廃止し、地方に自主財源として一括交付します。すなわち、国と地域の関係を現在の実質上下関係から並列の関係、役割分担の関係へと変えていきます」

「地域主権」の提唱である。だが、民主党政権が「地域の再生」に逆行する恐れは充分にある。民主党のマニフェストで一時「日米FTA」の締結を掲げていたように、農産物輸入の拡大を是認し、その結果減少する農家の所得を補償すればいいと考え、その延長に目玉の政策「戸別所得補償」があるとすれば、それは「地域の再生」にブレーキをかけ、地域行政にはその尻ぬぐい的「役割分担」が課され、「地域主権」は理念倒れになる恐れがある。

 地方自治のあり方については、第6巻「自治の再生と地域間連携」で追究する。そしてもう一点。

 農家による「地域の再生」は、「地域主権」といった権利によるものではなく、地域で生き続けるなかで長年培ってきた自給と相互扶助の原理に支えられている。各種の施策の活用も行政における自治の精神も、この「むらの原理」を踏まえたものでなければならない。これについては内山節氏(哲学者)の第2巻「共同体の基礎理論―個人の社会から関係の社会へ」がヒントを与えてくれるだろう。

 本シリーズはあしかけ3年にわたって刊行される。「地域の再生」を願う人々とともに希望を編んでいきたい。

(農文協論説委員会)

●『シリーズ地域の再生』の巻構成など案内パンフ進呈中

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

シリーズ地域の再生 シリーズ地域の再生 全21巻

地域に生き、地域を担い、地域をつくる人びとのための実践の書。執筆者は、農山漁村の現場から発想する実践者。危機を希望に替えるヒントは農山漁村にある!  [本を詳しく見る]

 大絵馬ものがたり 全5巻』須藤功

地域の自然を大切にし、むら人が助け合い、むらの繁栄を願う―農村の暮らしと心を子ども達に伝える貴重な村の文化遺産。 [本を詳しく見る]

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