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農文協トップ主張 2005年9月号

JAの力を生かして、農村の情報活用をすすめよう
JA全中企画「アイデアわくわく『現代農業』事例記事集」を皮切りに

目次
◆本誌の記事を選んで、JA全中のオンデマンド本が誕生
◆農家・農村ならではのマーケティングとは
◆「農家手取り最優先」―JA‐IT研究会の活動
◆多彩なマーケティングを支える地域の合意形成
◆JAの力を生かして、農村の情報活用を

本誌の記事を選んで、JA全中のオンデマンド本が誕生

 「本書の10の事例を読むと、『自分のところではこうしよう』『ああしよう』という元気のでる話し合いができそうです。また、各事例に対するJAの営農指導関係者のコメントは、どれも心がこもっていて、多様な角度から今、JAが求められていることを、自らの課題として浮き彫りにしています。本書を、水田を生かした新しい産地づくりにむけた学習運動を盛り上げる素材として、活用していただくことを願ってやみません」

 これは、この7月に完成したJA全中企画・農文協発行「日本の宝=水田を生かして新しい産地づくり―アイデアわくわく『現代農業』事例記事集」に対する、今村奈良臣氏(東京大学名誉教授)の推薦の言葉である。氏は、「地域水田農業ビジョン大賞」(JA全中主催・農水省後援)の審査委員長でもある。

 この本、「水田農業ビジョンの推進にむけたテキストをいろいろ考えたけれど、『現代農業』に紹介されている各地の取組みが刺激になるんじゃないか」という、JA全中の水田・営農ビジョン担当者の声がきっかけになって生まれた。どの記事がよいか、「ルーラル電子図書館」に収録されている『現代農業』のデータベースで記事を閲覧し、10の事例記事を選択。それぞれの事例には、JAの営農指導関係者のコメントをつけることになった。いわば、JA全中によるオンデマンド本なのである。(ちなみに、オンデマンドはデマンド=要求をもとに、という意味)。

 今回選ばれたのは、学校給食、直売所、インショップ、オーナー制、そば屋の開設、そしてパン、豆腐、エゴマ油などの加工展開といった、「売り方」を工夫して産地づくりを進める元気な事例である。水田を生かした「新しい産地づくり」は、従来の市場出荷とはちがう新しい売り方の開拓によって可能になる、と考えてのことだ。10名のJAマンのコメントは、そのことをより鮮明にしている。

農家・農村ならではのマーケティングとは

 「学校給食・直売 直売農業に後継者不足はありません」という島根県雲南市の取組み(2005年3月号)について、JA兵庫六甲の本野一郎氏は「“多様な販売チャンネル”がキーワードだ。それも、島根の山間の産地で、直売所、学校給食、道の駅、量販店コーナー、大都市圏での直接取引などの販路を開拓していることをみると、全国どこでもこうした取組みが可能だということを教えている」と述べている。

 ネギの選び方、食べ方、保存法についての消費者への街頭インタビューを行ない、「食べ切り2本売り」という規格の商品や、土の中に埋けた甘味のある「雪中掘り出しネギ」など季節季節の特徴を生かした商品で、スーパーへの周年販売に取り組んでいる新潟県JA神林村の記事(2003年3月号)は、マーケティングの優良事例として取り上げられたものだが、これに対して、北海道JAながぬまの中野芳蔵氏は、「消費者の食べる場面まで見通す、食べ方に農家が口を出すことだと言いきっている姿勢に感心する。迎合では誇りを持てない」と共感している。

 そして、マーケティングの原点は直売所にあるのだろう。富山県立山町の直売所「JAかあさんの店」の記事(2005年2月号)に対し、長野県JA上伊那の下村篤氏は、「生産者が自分の体験から話ができ、説明ができるから消費者は納得する。張り紙も生産者の気持ちでPRしている。これが、女性が中心になって運営している直売所ならではの強みだろう」と述べている。

 そして「自給」がある。エゴマで特産づくりを進める広島県福富町の事例(2004年9月号)について、JA福島中央会の中島精一氏は、「大事なことは、その手前に、生産する側が自分自身の健康と食の充実のために栽培し、食卓を豊かにする工夫のつながりが、福富町にエゴマを定着させる原動力となっていることだと思う」とコメントしている。

「農家手取り最優先」―JA‐IT研究会の活動

 最近、JAでは「マーケティング」の必要性が強調されている。マーケティングというと、普通は消費者ニーズの把握、市場調査といったことをイメージするが、10の事例とコメントが物語っているのは、自給を基礎においた地産地消(商)であり、生産側が消費者や量販店に食の提案をしていくことの重要性である。こうした提案型・合意形成型のマーケティングによる販売事業の確立が、今日のJA改革のかなめになっている。

 4年前に立ち上げられたJA‐IT研究会(代表委員:今村奈良臣、事務局:JA全中水田・営農ビジョン対策室、農文協文化部)は、まさに、このようなJA改革の動きを、情報によって進めるためにつくられた。

 このJA‐IT研究会発足の原動力になったのは、群馬県・JA甘楽富岡の逆境からの立ち上がりの取組みであった。群馬県JA甘楽富岡については本「主張欄」でも何度かふれているが、この取組みは、JAの販売事業に大きな影響を与えることになった。

 かつてJA甘楽富岡の農業は、養蚕とコンニャクという典型的な商品作物に依存した農業だった。その2大柱がグローバリズムの波によって崩れ落ち、JA甘楽富岡の農業は壊滅状態に陥った。その農協が、わずか6〜7年で販売高が100億円を超えるまで回復することを可能にしたのは、自給的な多品目少量の農産物をお裾分けする生活者の農業への大転換であった。

 転換にあたり、JAでは「地域総点検運動」行ない、50年前までさかのぼって、地域でつくっていたものを洗い出すとともに、定年やリストラで退職した中高年層や子育てが終わった女性たちに働きかけ、直売部会員として組織した。その数、あっという間に1000人を超えた。

 地域総点検運動の結果、108のメニューが洗い出され、そのなかから好きなものを何品目か選んで栽培してもらい、地元のJA直営の直売所や、東京などの量販店内に設けた直売所「インショップ」で売り出したのである。朝どりで新鮮、個性的な農産物は消費者の反響を呼び起こし、インショップはたちまち50店舗に増加。地元の直売所とインショップの売上げで、年商12億円以上を達成し、さらにそこで生産や販売の技術を身につけた直売部会員が、ステップアップして生産部会に入り、生協や量販店との相対取引きに取り組むことによって、直売所・インショップ・量販店への相対売りを合わせて100億円以上に売上げを伸ばしてきたのである。

 JA‐IT研究会の発起人の一人であり、副代表委員として終始、研究会の活動をリードしてきたJA高崎ハム常務理事(元JA甘楽富岡営農本部長)の黒澤賢治氏は、JA甘楽富岡での経験をもとに、新しい産地づくりを可能にするマーケティングについて、次のように語っている(『農村文化運動』176号)。

 「産地と量販店が市場外で直接取引きするケースが増え、市場外流通の割合が高まって、卸売会社や仲卸の経営は悪化している。卸の合併がすすみ、仲卸は廃業するものが続出し、生き残れる仲卸は2割にすぎないと言われている。このように青果物流通が大きく変わりつつあるにもかかわらず、大半のJAは市場流通が主体で、対応が非常に遅れていると言わざるを得ない。マーケティングによって多様な販売チャネルを開発し、直売や相対取引きなど直販比率を上げて、プロの専業農家から少量多品目栽培を行なう女性・高齢者まで、多様な農家組合員の生産物を的確な販売先にきちんと届けることが、JAの営農経済事業の抜本的改革のかなめをなす」

 「量販店の安売り競争にまきこまれることの少ない高品質の商品をつくることが重要だが、実際には、さまざまな品質のものが出てくる。だから、1品で7つくらいの取引先を準備し、取引先のグレードの特徴ごとに分荷して、計画的に全部を飲み込ませるようにしたり、加工を育て裾ものをそこにまわしたりして、全量、比較的に高い価格で販売することが生産者の手取り最大化のポイントである」

 「いま量販店は合理化のために正職員を減らし専門知識をもったバイヤーも減っている。だから生産サイドが食の提案や棚構成の提案をし、周年供給することは、量販店に歓迎される。流通業界に食文化の提案をしていきたい」

 こうして、女性や高齢者の少量多品目栽培をすすめ、市場依存ではなく、多チャネル直接販売や農産加工をすすめ、専業農家がつくるものと合わせてJA管内の全農産物が有利に販売される販売事業を確立する。それが売れる米づくりと併行しつつ、稲作依存からの脱却をすすめる水田農業ビジョンの実践、「新しい産地づくり」のかなめなのである。

多彩なマーケティングを支える地域の合意形成

 こうして、JA‐IT研究会の12回にわたる公開研究会では、「農家手取り最優先」をモットーにした販売事業のありようについて、実践的な検討が加えられた。それが、農家手取りの多い直売所の設置をすすめ、その一方では、JA自らマーケティングを展開して、量販店や加工・外食産業等の実需者への売り込みをはかる動きを促進してきた。

 この研究会には先のコメントを行なったJAも含め、果敢に事業改革をすすめているJAが多数参加し、マーケティングだけでなく、水田農業ビジョンの実践についても研究をすすめている。少子高齢化、人口減によって米消費のいっそうの減少が見込まれるなかで、「売れる米づくり」とともに、「新しい産地づくり」による水田農業の確立が、農家にとってもJAにとっても避けて通ることのできない重要課題であるからだ。そのばあい、稲作に替わる新しい作目はやはり、「農家手取り最優先」をモットーにした確かな販路の開拓によって支えられる。

 このような研究会の議論のなかで、JAとのつながりが弱くなったり、切れてしまった有機農業者や、自分で直売する農家、グループ、法人などとJAとの間で、契約的・機能的な連携を組むことの必要性も検討されている。JA甘楽富岡のように、JAの事業として組織化されるばあいもあれば、販売面ではJAと直接関係をもたず、生産資材の購買や経営指導の分野で連携するばあいも出てくるだろう、という。グローバリゼーションの波が押し寄せるWTO基軸の時代にあって、多様な地域の農家やグループがJAや役場などと力を合わせて、新しい産地づくりに取り組む必要があるのだ。

 いずれにしろ水田農業ビジョンは、地域全体の合意にもとづく「地域づくりとしての水田農業ビジョン」でなければならない。多様な販売の展開も、農家・農村ならではの豊かなマーケティングも、地域農業の未来についての地域の人びとの合意形成によって支えられるのである。

 たとえば、このオンデマンド本で取り上げた、熊本県久木野村では、過疎化がすすむなかで、11ある全集落に30万円ずつ「焼酎代」を渡して集落の将来について話し合いをつくし、村びとの智恵をつのった。その結果、全集落で集落営農を始めることになり、「そば道場」を中心に都市の人びとを呼び込んで地域農業の活性化をはかることに成功した。この取組みについて、秋田県JAかづのの田口裕氏は、つぎのようにコメントしている。

 「そこにはこれといった産業や商品作物がないなかで過疎化・少子高齢化だけがすすんでいくことへの危機感があっただろう。『自分には跡取りがいない』『このままでは家がなくなる』『代々譲り受け、耕してきた農地を次の世代にどう渡していくか』――このような農家の不安の解決に、農家をはじめ、JA・役場が、危機感をもって取り組むかどうかが、実は、地域づくりの一番大きなポイントなのである。危機感が当事者意識につながり、自覚的なエネルギーの元となるからだ。しかも、肩肘を張らずに、前向きに話し合うことが大切である」

JAの力を生かして、農村の情報活用を

 「新しい産地づくり」は、農家・農村ならではの多彩なマーケティングと、地域での合意形成によって可能になる。

 そして「新しい産地づくり」にふさわしい技術が求められる。技術力がともなわなければ、「ビジョン」は「ビジョン」のままで終わってしまう。多様な作物の高品質生産技術、高齢者や女性にむく小力技術、地域資源を活用して低コストでおいしい農産物をつくる技術、加工の技術。新規就農者への栽培技術指導も課題になっている。自らの暮らしを豊かにする自給の技術も受け継ぎ、創造したい。

 その時、日本の農家の知恵と技術、さらに技術研究から農学の成果までを集積した農文協の「ルーラル電子図書館」が大きな力になる。

 このオンデマンド本の「はじめに」で、JA全中の水田・営農ビジョン対策室は、次のように述べている。

 「この事例は膨大なデータベースのほんの一部であり、雑誌の記事から『農業技術大系』等の専門書まですべてデジタル化されていて、多様な事例や研究情報の収集が可能である。まずはこの『事例集』を、地域水田ビジョンの実践に向けた学習活動を盛り上げる素材にしたい。先駆的実践の創意工夫を共有し、消費者・実需者に支持され、農家組合員・JA・地域が元気になる『新しい産地づくり』をすすめたい」。

 「ルーラル電子図書館」に収録されたデータベースは、一人農文協のものではなく、国民的な知的資産(ナレッジ)であり、もっともっと活用される必要があると、水田・営農ビジョン対策室は高く評価してくれている。今回のオンデマンド本が生まれる背景には、そんなJA全中の情報活用への思いがあった。

 「ルーラル電子図書館」には、『現代農業』『農業技術大系』のほか、日本の伝統的な食を記録した『日本の食生活全集』や食品加工のデータベースも収録されている。生産技術のデータベースであるとともに、食、加工、地域づくりのデータベースでもある。それは、一朝一夕でできたものではない。創造的な智恵を発揮し農業を営んできた日本の農家と現場を大事にする心ある研究者が力を合わせて築いてきた、世界のどこにもない一級のデータベースなのである。

 JA‐IT研究会でもこのデータベースの活用についての勉強の機会をもち、この春には、この「ルーラル電子図書館」をJA単位で利用してもらおうと、「JA版ルーラル電子図書館」がスタートした。この「JA版」を早速導入したJAみやぎ登米では、「食と農の電子図書館 JAみやぎ登米」というJA名の入ったトップページをつくり、栽培暦など地域の独自情報もアップしている。地域の栽培ニュースを、これに関わるデータベースの記事案内とともに載せることも、自分たちの手で簡単にできる。「ルーラル電子図書館」の膨大なデータと地域情報をホームページ上で結合することにより、「わがJAの」「わが村の」電子図書館ができる。

 これをもとに地域版オンデマンド本をつくるのもいい。「JAみやぎ登米の宝=水田を生かして新しい産地づくり」もできるし、地域の実情にあった「ダイズ栽培の本」や、むらの食を豊かにし消費者に提案するための「大豆料理の本」もつくれる。

 わがJA・わが村の電子図書館やオンデマンド本を一から独力でつくろうとしたら、莫大な手間と経費がかかるだろう。ぜひ、このデータベースを大いに利用してほしい。

 JAによる情報活用の推進は、地域の農家を励まし、地域の未来を拓く大きな力になる。農家の働きかけで、JAの力を生かした情報活用をすすめよう。農家の智恵が満載され、蓄積され続けている「電子文化財」の力を駆使し、新しい産地づくり、豊かな地域づくりをすすめたい。

(農文協論説委員会)

「日本の宝=水田を生かして新しい産地づくり―アイデアわくわく『現代農業』事例記事集」 定価700円

『農村文化運動』176号「激変する青果物流通とマーケティングの実際」05年4月、農文協刊、400円。

▼JA‐IT研究会のホームページ(http://www.ja-it.net/

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