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農文協トップ主張 2000年10月号

21世紀の直前に広がった
「米ヌカ農法」の価値

――“土ごと発酵”方式でつくる豊かな農村空間

目次
◆各地で白いカビ(糸状菌)が生えた田畑が出現
◆堆肥利用にはない“土ごと発酵”の有利性
◆土がエサになり土そのものが発酵する
◆なぜ米ヌカが“土ごと発酵”の起爆剤になるのか
◆米ヌカで現代に蘇る日本の耨耕農法

 米ヌカ利用が大きな広がりを見せている。米ヌカ利用の世界は大変奥が深くて、農家の取り組みは次々に新たな工夫や発見を生んでいる。

 考えてみれば、農業生産のためにこれほど大量の米ヌカが使われるのは歴史上初めてのことである。少し前まで、米ヌカの大半はコメ油の生産も含めて都市に向かい、手元に残った米ヌカの多くは糠漬けの床に使われ、一部が飼料や堆肥つくりの発酵材として活用された。

 その米ヌカが、コメ産直の広がりにともなって自由に大量に使えるようになった。その中で、新しい土つくりの方式が生まれている。発酵した堆肥を土に入れる従来の方式に対し、田畑で土そのものをまるごと発酵させる“土ごと発酵”方式である。21世紀の直前に広がった、この新しい土つくり方式の価値を考えてみよう。

各地で白いカビ(糸状菌)が生えた田畑が出現

 雪がとける春先、北海道訓子府町の中西康二さんの畑は、全体が真っ白いカビに覆われる。「まるで畑全体が発酵しているようだ」と中西さん。秋の収穫後、作物残渣の上から鶏ふん堆肥や骨粉、そして米ヌカをふっておいた畑だ。

 東広島市の坂木雅典さんのバラの温室では、通路にカビが真っ白に生えてくる。雑草やバラのせん定枝の上から米ヌカと発酵肥料をふっておいた温室である。「土の表層が発酵して菌によって耕される。すると、1カ月で畑の排水がよくなり、水がスーッと抜けるようになる」と坂木さんはいう。

 大分県緒方町の西文正さんの露地ナス畑の通路では、どんどん捨てたナスの葉にカビが生え、しなしなになっている。病気がついた葉でも気にしない。通路への米ヌカ散布で増えた微生物が、病気や害虫をおさえてくれるからだ。畑へは米ヌカボカシをふり、表層10センチだけ耕す。すると畑全体が「土こうじ層」になり、菌の力で深くまで耕され、土が若返るという(カラー口絵で紹介)。

 山形県の佐藤秀雄さんは、田んぼに米ヌカとミネラル、堆肥でつくったボカシを秋に散布し、これに不耕起を組み合わせて完全無農薬栽培を実現しているが、イナワラが春先までにトロトロの泥に覆われ、見えなくなってしまう。こうなれば雑草もグーンと減る。繁殖した微生物が出す炭酸ガスや水素が土を盛り上げ、雑草の種がトロトロ層に埋没する、というのが佐藤さんの推測だ。「田んぼの土全体をボカシにする」――佐藤さんの理想である。

 以上は今月号(56ページから)で取り上げた農家の話だが、共通するのは、米ヌカと未熟有機物を土の表面や表層に入れ、発酵させることだ。これを編集部では“土ごと発酵”と呼ぶことにした。

堆肥利用にはない“土ごと発酵”の有利性

 この“土ごと発酵”方式は、従来の土つくりとは、ずいぶんちがう。

 まずあげなければならない特徴は、堆肥を入れなくても土をよくすることができることだ。材料を集め何度も切り返し、出来たら田畑に運び、散布して土にすき込む。堆肥が土に必要なことはわかっていても、骨が折れるし金もかかる。堆肥をやらなくても農業をやれないか。かつて、そんな「期待」を担って化学肥料が急速に広がった。しかし、その結果、地力の低下や肥料の過剰蓄積・アンバランスによる障害の多発を招き、こうして、再び土つくり・堆肥利用が見直されたわけだが、高齢化が進むなかで、農家はもう一つの新しい土つくり方式を編み出したのである。それが、“土ごと発酵”方式だ。

 “土ごと発酵”は、次々に新たな問題を引き起こしやすい化学肥料とは大いにちがっていて、次々に新たなよいことを生み出してくれる「末広がり」の方式である。

 第一に、作物の茎葉や残渣、雑草などを有効に活用できる。田んぼのイナワラ、畑の作物残渣や雑草など、そこでつくられたものを発酵の材料としてそのまま使える。その場でできる直接的なリサイクルだから、運ぶ手間がいらない。

 第二に、冬の空いた田畑や通路を有効に使える。冬から春の空いた期間を発酵の期間として利用できるし、通路に米ヌカをふれば、そこが強力な発酵の場になる。雪も味方になる。先に紹介した北海道の中西さんは、手間の都合もあって30センチほど積もった雪の上から米ヌカをふっているが、その後の積雪によって米ヌカが守られ変質せず、春先のいち早い発酵のスタートに都合がよいという。

 降雪前に米ヌカを散布している、岐阜県高山市のブドウ農家・藤井守さんは、酒の「寒仕込み」を思い浮かべながら「雪の下は発酵にとっていい環境にあると思う」と述べている(68ページ)。どちらも雪の保温力を生かしたやり方だ。

 畑では四季ごとに米ヌカを散布するとよい、と福島県いわき市の薄上秀男さんはいう(78ページ)。春は桜が咲く頃、夏は梅雨入り、秋は旧盆あけ、冬は木々が紅葉する頃。微生物の種類が移り変わり、活発になるのを米ヌカで応援してやるのだ。“土ごと発酵”は、土地と四季を生かす、自然活用型の土つくり方式なのである。

 そして第三に、有機物の価値をそこなわない効率的な方法である。土の表層で発酵させるから発酵はゆっくり進むことになるが、これが有機物の消耗を少なくする。高温発酵させる堆肥はそれだけエネルギーを発生・消耗するが、“土ごと発酵”は低温発酵なので、多少時間はかかるが有機物の消耗は少なくなり、その分、施用量も少なくてすむ。水田では、そこでとれるイナワラと米ヌカだけで地力を維持することは可能だ。

 そこにあるものを生かし、自然の力を生かして発酵させ、有機物のムダも少ない。これだけでも大いに助かる。だが、“土ごと発酵”の魅力はまだまだ奥が深い。

土がエサになり土そのものが発酵する

 “土ごと発酵”は、ミネラルが豊富な土を生かした方法だから微生物の活力が高く、その結果、土壌の肥沃度が極端に高まる、と薄上秀男さんはいう。堆肥の素材に比べて田畑の土壌のほうがミネラル(元素)の種類も量も多く、微生物はこれを食べて(溶解・吸収して)繁殖する。土は微生物の生活の場であると同時にエサでもあるのだ。この点が“土ごと発酵”の大きな特徴である。土がエサになり土そのものが発酵する。

 そもそも土の重要な構成要素である粘土も、微生物が岩石を食べてつくったものだ。岩石からミネラルを摂取するために細菌が岩石を溶かし、その結果溶かし出されたケイ酸とアルミナが層状に結晶して粘土ができる。この粘土にさらに植物(有機物)と微生物が加わって土らしい土ができる。微生物が土壌をつくる――この自然界のしくみを劇的な形で実現するのが、“土ごと発酵”なのである。

 その過程では作物の有用な各種の成分がつくられる。米ヌカを起爆剤に、未熟の有機物と土をエサにして繁殖する微生物は各種の有機成分をつくりだし、やがてエサが不足してくると自ら分解して、体内に蓄積したアミノ酸、脂肪酸、糖分、ミネラル、ビタミンなどを大量に放出する。こうして土壌は急速に肥沃化し、これらの成分がイネでは生育中期以降に根から吸収され、健康で中身が濃いおいしいコメを稔らせる。微生物が繁殖する過程では、微生物の分泌物によって土の団粒化が進み、水田では団粒が水分を吸収してトロトロ層ができる。さらに表層でつくられる発酵生産物は土の中層へ、下層へと向かい、そこにいる微生物の繁殖を促がす。こうして上から下へと発酵が進んでいく。“土ごと発酵”は土の丸ごと発酵へとつながっていく。

 発酵した土壌で育つ作物は健康で病害虫がでにくく味もいいことは、多くの農家が証明している。施肥の体系も変わってくる。イネでは、米ヌカとイナワラを軸とした秋から始める土つくりで、追肥がいらないイネつくりも可能になる。防除も施肥も小力で安上がりになる。

 生物層も豊かになる。水田では豊富な微生物相を土台にイトミミズが増え、水生昆虫が増え、ドジョウが増え、鳥もやってくる。畑でも同様だ。先の藤井さんのブドウやリンゴ園では太い“鉄砲ミミズ”がたくさんすむようになり、ミミズを求めて山のリンゴ園では、タヌキが土を掘り返す姿が見られるようになったという。

 当然、環境保全的である。土の表面や表層に有機物を入れ発酵を進める“土ごと発酵”は、落ち葉などで表層が覆われる森林土壌に似ている。森林では土壌の養分を逃がさないしくみが働いており、これについて南部桂氏(森林総合研究所)は、有機陰イオンの働きに注目している。表層の有機物が分解されて徐々にでてくる有機陰イオンが各種のミネラル(陽イオン)と結びついて保持し、流亡を防いでいるとともに根からの吸収を助けているという(322ページ)。森林土壌に見られるこうした効率的な養分リサイクルのしくみが、表層を重視する“土ごと発酵”土壌でも働くことは大いに考えられる。化学肥料の施用量が少ないうえに、こうしたしくみが働けば、肥料流亡による地下水汚染の心配は解消する。

なぜ米ヌカが“土ごと発酵”の起爆剤になるのか

 “土ごと発酵”では、米ヌカが起爆剤として、決定的な役割を果たしている。なぜ、米ヌカなのか。

 主に玄米の胚芽部(芽、つまり子孫)から成る米ヌカは「コメの命」であり、微生物がすぐに利用できる粗タンパクや糖質を含み、さらにリン酸や各種ミネラル、ビタミンなど、あらゆる成分を含んでいて、微生物の大変すぐれた培地になる。これを表層に集中的に施すことによって、微生物層が劇的に変化し、田畑の表層が糠漬けの床のように発酵の場になるのである。

 とりわけ重要なのがこうじ菌による糖の生成のようだ。薄上さんは「秋に、水田の米ヌカを10アール当たり150キロ散布した場合、空気中を浮遊していたこうじ菌がそれに定着して繁殖すると、春の代かき頃までに糖化が進み、黒砂糖90キロ程度の糖分ができる」と述べている(注)。米ヌカがこうじ菌を増やし、こうしてつくられる糖がもとになってイナワラを分解する納豆菌などが繁殖していくのである。

 こうした発酵のしくみは、味噌や醤油など、発酵食品がつくられる過程と原理的には同じである。

 味噌ができる過程では、まずダイズのタンパク質がこうじ菌のタンパク質酵素によって分解されてアミノ酸となり、コメやムギのデンプンがこうじ菌のデンプン分解酵素によって分解されて糖ができる。この糖は酵母の発酵作用によってアルコールと炭酸ガスに変わり、また乳酸菌によって乳酸に変わる。こうしてアミノ酸(旨み)、アルコール(香り)、糖(甘み)、乳酸(酸味)、それに塩味がブレンドされたおいしい味噌や醤油ができるのである。素材や仕込み時期、発酵期間などによって活躍する微生物のバランスが、したがってつくられる成分の割合がちがい、こうして地域の味、“手前味噌”が生まれることになる。

 そして味噌づくりにコツがあるように、“土ごと発酵”にも、腐敗させずよい発酵に向かわせるためのコツがある。

 土に病原菌や雑菌が多く、米ヌカなどの未熟有機物がこれらを増やす恐れがあるような土壌では、いきなり大量の生ヌカを使うと害になることもある。そんな土壌では、微生物(カビ)を増殖させた発酵肥料と併用したり、ミネラル資材を補ったりなど、土が発酵型に向かうように方向づけをしてやる工夫も必要だ。

 雑草や緑肥などを活用した小力的なやり方もできるが、一方ではこの“土ごと発酵”方式は堆肥の効果を高める力もある。土の中に入れた堆肥が土の表層からの発酵と結びつくとき、堆肥は土の丸ごと発酵に有効に作用するであろう。家畜糞尿も“土ごと発酵”と組み合わさればより効果的に利用できるにちがいない。化学肥料も発酵を強める形で使う方法があるだろう。

 “土ごと発酵”は他に依存しない極めて自立的で自給的な方式であるが、それゆえに、外にも開かれているのである。やり方もいろいろあるし、つくられる土も、味噌と同じようにいろいろで、それぞれ個性的である。

米ヌカで現代に蘇る日本の耨耕農法

 この米ヌカの力に依拠した“土ごと発酵”は、日本の伝統的な農法の現代的な展開とみることができる。今から14年前、1986年10月号の本誌主張『深耕方式はヨーロッパの「地方技術」―日本の浅耕農法を見直そう』では次のように述べた。

 『日本の昔ながらの農業は耨耕農法といわれている。耨耕とは手鍬を使った農業という意味だ。手鍬だから土を深く耕すことはできない。土の表層をいじくるだけのやり方だから、ヨーロッパの家畜を使ってスキで深く起こすやり方からみれば、とても「おくれた」やり方だということになる。明治以降、ヨーロッパの「近代農法」を学んできた先生方は、日本の耨耕農法を嘆き、深く耕すことを推奨した。しかし、耨耕農法はおくれたやり方ではなくて伝統的につづけられてきた、風土に応じたやり方だったのだ。(中略)

 日本には山があり水田があった。水田は水利用の巧みな技術をもたらし、山の活用は、巧みな土の表層管理技術を生みだした。粗放的な不耕起栽培ではなく、上手に手が加えられた浅耕(耨耕)栽培、それが日本の伝統的技術である。(中略)

 有機物といえば山や平地林、田畑のまわりの草や落葉、それに作物の茎葉などであり、それは主に刈敷、敷ワラとして利用される。つまり表面施用が中心だった。刈敷、敷ワラは作物の株元のまわりに敷かれ、根を守る役目を果たす。そうして根を守るために使われた有機物はやがて土に入り土を上からよくしていく。敷ワラはまた土の流亡を防ぎ、雑草の防止にもつながっていた。ヨーロッパではスキ起こしによる土の反転で雑草の種子を下に入れて発芽を防ぐという方法がとられていたのに対し、日本では適度に雑草を生やし、それを生かそうとしていたフシがある。

 中耕除草はつらい仕事ではあったが、刈りとられた雑草は有機物源にもなっていたし、その根は土を耕し、また今話題の菌根菌など有効微生物をふやす働きもしていた。敷ワラといい中耕除草といい、日本の風土にあったすぐれた土の表層管理とみることができる』

 この耨耕農法の伝統が、21世紀を間近にした今、米ヌカという大変大きな力を得て蘇り、大きく展開しはじめたのである。それは産直の時代が生んだ、高齢者や女性にむく新しい農法であり、「小力技術」である。

 化学肥料が一般化するなかで、農家は化学肥料を使いこなす方法を獲得した。化学肥料だけに依存せず、堆肥による土つくりを維持しつつ化学肥料を上手に使う。「片倉稲作」に象徴されるような、生育診断にもとづく巧みな追肥技術=増収技術も編み出した。直播き栽培に代表される機械化・省力化、労働生産性本位の技術・農法に対し、日本の農家は増収(土地生産性の向上)によって自らの経営を守り、コメの輸入を阻止したのである。その要になった資材が化学肥料であり、農薬である。

 そして現代の産直型経営の要になるのが米ヌカである。産直型経営が、自由に、豊富に使える米ヌカを生み出し、その米ヌカが土を、作物を、地域の自然を豊かにして産直型経営を支える。労働生産性偏重の「省力」ではないし、自然も個性的で豊かになる農法・小力技術の創造が、産直によって都市をも巻き込み、そこに21世紀の農業・農村が生まれる。

 1900年(明治33年)、輸入統計表に「硫酸アンモニア」(硫安)の項目が初めて現われ、翌1901年には、東京瓦斯が日本で初めて硫安(副生硫安)の製造を開始している。窒素肥料の大量生産を可能にした空中窒素固定法(アンモニアの工業的合成法)をドイツのハーバー・ボッシュが発明したのはその5年後のことである。

 20世紀とともに「化学肥料」の時代が始まった。21世紀の直前に「米ヌカ農法」が広がりはじめたのは、偶然であろうか。

(農文協論説委員会)

 注 農業技術大系「土壌施肥編」第7巻(2) 
   薄上秀男「身の回りにある自家製発酵肥料の材料と使い方」 実例34の8


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