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農文協トップ主張 1997年10月号
土壌動物を生かして小力土つくり

目次
◆広がる不耕起で、土の虫たちが活躍する
◆虫が豊富にいれば、病気が減る
◆小力土つくりは、土を撹乱しない
◆繰り返しの土つくりと、だんだんよくなる土つくり
◆「勝つ土つくり」と「負けない土つくり」


 六月号の防除特集号「天敵生かして小力防除」に大きな反響が寄せられている。天敵を生かすとは、天敵のエサになるただの虫もふくめ、田畑の生物群集を豊かにすることである。今、害虫を徹底的に殺す「勝つ防除」から、害虫がいても被害がでない新しい「負けない防除」への変革が着実に動きだした。
 農家の高齢化のなかで、防除とともに小力が求められているのが、土つくりである。土つくりといえば、ふつう畑を深く耕し、有機物をたくさん入れることになっているが、これを実際にやるのは体力的にも経費的にも無理が大きい。他に方法はないのだろうか。
 高齢化は、農業の衰退を招くのではなく、従来になかった自然力を生かす工夫を生み出す。実際、新しい小力土つくりが各地で盛んに始まっている。そして、その大きなポイントになっているのが、土壌の虫たちの活躍だ。
 土つくりといえば、微生物ばかりがクローズアップされるが、ミミズやトビムシ、ダニなどの土壌動物ぬきには、小力土つくりは考えられないことが、明らかになってきた。田畑での生息数が減り、試験研究も片隅に追いやられてきた土壌動物が今、小力土つくりの心強い味方として浮かび上がってきたのである。
 土着天敵と土壌動物、土も含めて田畑の虫たちに着目するとき、防除とともに土つくりも変わる。高齢化のなかで、農法の変革が進んでいる。

◆広がる不耕起で、土の虫たちが活躍する

 肥料や農薬、機械に依存する農業の近代化技術のなかで、ミミズやトビムシ、ダニなどの土壌動物は隅に追いやられてきた。たとえば、ヒメミミズでは、昭和初期の畑には1平方メートル当たり13,500匹いたが、現在では2,000〜3,000匹しかいないという調査結果がある。土壌消毒を繰り返している畑では、もっと少ないだろう。エサも住み家も、土壌動物にとっては貧困な土が多いのだが、そんななかで、最近、土壌動物がたくさんいる田畑があちこちに出現するようになってきた。
 福島県の藤田忠内さんの田んぼは、表層五〜六センチがトロトロになっていて、その土を指でひっかくとタニシやザリガニ、そして、体長二センチぐらいのミミズがたくさんでてくる(222ページ)。半不耕起に切り替え、土着菌を利用した発酵肥料を使うようになってから、目立つようになった土の変化だ。田んぼを不耕起にすると土壌動物が増えることはよく知られているが、畑でも同じことが起きる。愛知の水口文夫さんは、4年前から不耕起栽培を取り入れているが、不耕起を続けると土壌動物が増え、水はけがよくなり、トマトもキュウリも無農薬でとれるという(171ページ)。土着菌のぼかし肥や堆肥を株元にマルチするというやり方で、使う量は少なくても土は年々よくなっていく。
 この不耕起栽培は、今、アメリカやブラジルなど世界的に大変な勢いで広がっている。
 アメリカでは、2000年には耕地の45%が不耕起になると推測されている。土が風食されて大砂塵が起こり、雨で土が流されるという深刻な問題を解決する切り札として不耕起が推奨されているのである。不耕起は土壌浸食を防ぐだけでなく、水持ちもよくなるので、湿潤な土地では減収する場合があるが、普通はむしろ増収傾向になる。燃料などの投入エネルギーは慣行農法の50%以下になり、環境保全型にむけた技術として、最大の成果を上げている。そして、多くの調査結果から、不耕起が土の物理性を改善し、ミミズなどの小動物を増やすことが明らかになっている。
 日本の火山灰土壌でも、不耕起畑では耕起畑に比べ、25センチの深さまで土壌有機物が増加し、水によって壊れない耐水性団粒が増えるという調査結果がある(注1)。この場合、深さ7.5センチまでは、慣行栽培に比べ、はるかに多くのミミズやダニなどが生息していた。
 耕さないことによって増える土壌動物、彼らはどのような働きをしているのだろうか。

◆虫が豊富にいれば、病気が減る

 まず、土の耕うん者と呼ばれるミミズをみてみよう。ミミズは有機物の破片や土壌を飲み込んで、消化しきれないものを糞として排泄する。この糞自体が団粒になっていて、各種の養分や有機物が含まれ、これをエサにして増える小動物や微生物の働きと粘土とが結びついてさらに団粒がつくられる。このように、土の団粒形成の一端をになっているミミズが排泄する糞の量は、海外の調査結果では、多い場合、1年間で1ヘクタール当たり250トンにも達するという。この場合、表層0〜10センチの土壌が20年間ですべてミミズの腸を通過する計算になる(注2)。
 糞だけでなく、ミミズが自力であける穴にも大きな価値がある。ミミズが動くことでできる穴はバイオポーアと呼ばれ、その壁面にはミミズの体表から分泌された粘液タンパクがびっしりと付着し、窒素固定菌が盛んに繁殖し、この菌を食べる小動物や作物の根もやってくる。しかも、ミミズは、体重(乾物)の約60%がタンパクであり、死ぬと微生物や作物の栄養源になる。さらに興味深いのはミミズが土壌病害を減らすことだ。ミミズがいると根こぶ病がでにくくなるといった試験例や、ミミズがいる土壌では、いない土壌に比べて植物寄生性のセンチュウが減るという報告も多数あり、最近では、ミミズに土壌の病原菌を食べさせ、防除に利用しようという研究が世界的に行なわれている(128ページ)。
 ミミズは大形の土壌動物としてよく知られているが、土壌動物には他にたくさんの種類がいる。代表的なのは、トビムシやササラダニ、ヒメミミズなどの中形の土壌動物である。森林土壌では、林床に堆積した落ち葉はまず大形土壌動物のミミズに食べられて細かに砕かれ、それをトビムシなどの中形の土壌動物が食べ、さらにセンチュウや微生物の働きも加わって分解され、土になっていく。堆肥つくりでは、微生物が有機物分解の主役とされているが、自然の土壌では、土壌動物が重要な働きを担っているのだ。
 彼らは最近、土壌病原菌の天敵として、急に脚光を浴びはじめた。畑での生息数が多く体が軟らかいので他の土壌動物の餌になり、土のプランクトンと呼ばれているトビムシや、不耕起で土壌が被覆されるとよく増えるササラダニの仲間には、作物に病気を起こすカビを食べる種類がいることが話題を呼んでいる。キュウリのつる割れ病に汚染された土壌にトビムシの一種を入れるとキュウリが病気にかからないとか、苗立枯れを起こす菌に汚染された土ではハクサイは育たないがササラダニを入れれば健全に育つといった、大変興味深い試験例がある(136ページ)。
 さらに、こうした天敵としての働きがはっきりしていなくても、多様な虫の豊富な存在そのものが、作物を病気にかかりにくしていることが明らかになってきた。平野茂博氏(元鳥取大学)は次のように述べている(148ページ)。昆虫は体にキチン質という物質を多く含んでいるが、キチン質を土に施用すると、キチンを分解するキチナーゼを菌体外に分泌する微生物が増え、その結果フザリウムなどキチン質でできている病原菌の体が分解され、病原菌が減る。さらに、キチン質は作物のキチナーゼ活性を高める。病原菌を溶菌するキチナーゼの活性が高ければ、病気にかかりにくくなる。作物が虫に触れたり、キチン質が多い土で育つと作物の自己防御能力が高まるのである。
 病気の慢性化の背景には、田畑の昆虫相の貧弱化がある。「キチン質は農薬でも肥料でもなく、すべての生き物の健全な生育を促す保全剤である」として、平野氏は、水圏、土壌圏、生物圏、大気圏における均衡のとれたキチン質の循環の回復の重要性を強調している。

◆小力土つくりは、土を撹乱しない

 それでは土壌動物を増やすにはどうしたらよいか。その方法は至って簡単である。
 土つくりというと、どんな資材を土に入れるか、といった話ばかりが先だち、微生物にしても、よい微生物と悪い微生物に分けて、よい微生物を増やすにはなにをしたらよいかといった議論になりがちだ。しかし、土壌動物を生かす方法はシンプルに考えたい。微生物資材ならぬ「土壌動物資材」を入れることではもちろんなく、要は、よけいなことをしないことである。土つくりと力むのではなく、彼らにまかせるという態度でのぞむ。だからこそ、土壌動物への着目は土つくりを小力へと変革するのである。
 その基本は、土をできるだけ撹乱しないことである。耕うんやトラクターによる土の圧縮は直接的に小動物を殺し、住み家を破壊するので、不耕起にしたり、部分耕にする。そしてもうひとつ、餌として有機物を供給するばあいも、できるだけ耕うんを少なくするために、全面すき込みではなく、先の水口さんのように、マルチにしたり局所施用するのがよい。こうすれば、有機物の量は少なくても小動物が充分に活躍し、土がつくられていく。とりわけ、有機物のマルチはヒメミミズなどを増やす効果が高く、表層の微生物を安定化させる。
 深耕、有機物多用でいきなり土を中からよくしようというやり方とは反対に、土壌動物や微生物の力によって土を上からよくしていくのである。
 そして、忘れてならないことがある。作物を土つくりに参加させることだ。
 作物の根は土を耕し、刈れたあとは、根穴を残す。水みち、空気の通り道になる根穴には、さらに小動物も入りこみ、こうして畑の排水性、通気性は一層よくなる。ここでも土を必要以上にいじらないことが大切になる。

◆繰り返しの土つくりと、だんだんよくなる土つくり

 表層の団粒構造と下層の根穴やミミズ穴、こうした生物と作物の力によってつくられた土の構造は複雑で安定的だ。微生物相も安定的に推移するだろう。先の藤田さんのように半不耕起でトロトロ層ができるような田んぼの微生物相について、福島県の薄上秀男さんは、春から秋にむけて糸状菌(麹菌)→乳酸菌→納豆菌→酵母菌という形で変化して、それがイネに必要な養分を供給していくとみている(228ページ)。この場合も、ポイントは土を撹乱しないことであり、半不耕起で切りワラや発酵肥料は表面施用とし、水管理も常時少量ずつ入れる「押水方式」がよい、という。耕深が浅いぶん根穴も残っているので、排水も保水性も保たれ、あとは土壌動物と微生物の自然な変化にまかせる。
 そんな土なら、連作障害も今日のようには問題にならないのではなかろうか。神奈川県の三浦半島では70年以上にわたってダイコンの連作が行なわれ、スイカ―ダイコンという組み合わせも長い間続いてきた。ダイコンはもともと排水のよい台地の畑でつくられるのだが、肥料は少なく、堆肥も肥料も溝施用する伝統的な浅耕農法が、畑の排水性を守り、連作を可能にしていたとみることができる。
 一般に連作障害は、連作によって特定の土壌病原菌が年々増えることにその原因が求められるが、コムギなどでは、連作を続けることによって病原菌の拮抗微生物が増え、一度低下した収量が再び増加して安定することがあるという。撹乱ではなく、持続することによって生まれる土壌動物や微生物による土の自然治癒力が病気を衰退させるのだ。土壌病害の多くは、酸素不足による微生物相のかたよりと根の活力低下が引き金になっている。土壌生物と根によってつくられる土の構造は安定的であり、耕うんなどで破壊しないかぎり、排水性も通気性もだんだんとよくなっていく。その結果、病気がうんと減る。
 多量の有機物を土に入れると、こうした自然な微生物の変化とは逆に、微生物が急激に増え、微生物が活発に活動するときは窒素や酸素が奪われ、有機物の中身によっては有害菌を増やす場合もある。深耕では、はじめは排水性はよかったが、土が締まるにつれて、むしろ排水性が悪化したという話をよくきく。
 有機物施用と耕し方は関係しあっており、有機物を多く入れようとすれば深く耕し、有機物を土によく混ぜる必要がある。ヨーロッパで家畜を使ったスキによる深耕が発達したのは、大量にでる厩肥を利用するためでもあった。冷涼で分解が遅い有機物の分解促進のためにも、耕うんは重要な作業になっていた(注3)。しかし、この方式を温暖で雨が多い日本で行なうには無理がともなう。微生物が繁殖しやすく、また、排水性を第一に考えなければならない日本の畑では、有機物を多投する場合、できるだけ腐熟したものを、土全体に施すことが大事になる。こうして、作土全体を均一的によくしようということになる。それが一定の範囲におさまっていれば排水性も維持され高い生産力をえられるが、有機物の消耗も早いので、その状態を維持するには、これを繰り返す必要がある。そして、下手なやり方では、土を撹乱することによる害が大きくなったりして、苦労のわりに成果が上がらないことも多いのである。
 それに対し、土壌生物と根によってつくられる土はだんだんよくなる。

◆「勝つ土つくり」と「負けない土つくり」

 土壌動物や根の働きを生かそうとするとき、土つくりのイメージは大きく変わってくる。そのとき、微生物の見方にも広がりがでてくる。有機物を活発に分解する微生物以外にも、いろいろな微生物がいるのだ。
 西尾道徳氏(農業環境技術研究所)は、「有機栽培の基礎知識」(農文協刊)の中で、有機栽培で活躍が期待できる生物として、土壌動物をあげ、さらに、微生物では、低栄養細菌、VA菌根菌、リン溶解菌に注目している。低栄養細菌は栄養が豊富な条件では増殖せず、栄養が乏しいときに増える性質をもった細菌で、このなかには根粒菌のように窒素固定する菌もいる。これらの微生物は一般に土壌養分が多いときは活躍せず、現状の多肥条件では目だった働きはしないが、化学肥料を使用しない有機栽培では、窒素を固定したり、リン酸を集めて作物に供給したりなど、生産を成り立たせる重要な働きをする。これらを生かす土壌管理の確立が有機栽培を安定・持続させるうえでポイントになるというわけだ。
 肥料も少なく、有機物を大量に土に入れることもなく、それぞれの地域の条件を生かした巧みな表層管理で守られていた昔の田畑は、土壌動物に加え、こうした微生物に支えられていたのだろう。
 一方では、最近、新しい多肥・多収栽培が話題を呼んでいる。堆肥とともにゼオライトなどの良質粘土を入れて土の保肥力を高め、積極的な施肥で多収を実現していく。豊富な家畜糞がある今日では、家畜糞を有効活用する方法としても、価値がある。
 土を中から改造しようとする土つくりと、土壌動物や根の力で上からよくしようとする土つくり。防除に「勝つ防除」と「負けない防除」があるように、土つくりにも「勝つ土つくり」と「負けない土つくり」がある。「勝つ土つくり」は全国普遍的だが、生きものと作物に依拠する「負けない土つくり」は、地域固有の技術へとつながっていく。それは、地域の豊かな生命空間に支えられ、生命空間を豊かにする。高齢化のなかで、もう一つの土つくりを創造したい。
(農文協論説委員会)
注1 金沢晋二郎「不耕起畑の土壌と生物性」 農業技術大系・土壌施肥編第5巻所収
注2 中村好男「土壌生物の生態と働き――土壌小動物」 農業技術大系・土壌施肥編第2巻所収
注3 現代農業1986年10月号主張「深耕方式はヨーロッパの地方技術――日本の浅耕方式を見直そう」


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