「自給ルネッサンス」を食品加工で

目次
◆食品加工がもっている「地域形成力」
◆「結び合い」の場として食品加工
◆現代技術を生かし、地元企業とも連携する
◆地域資源を生かす斬新な着想と技術
◆「販売理念」と多様な販売戦略の確立に向けて
◆「新農基法」の目標も農家・農村の加工・販売の発展で実現する

 

 かつて、農家・農村は加工に支えられていた。そして今、加工が農家・農村を活気づけている。加工が農家・農村を活気づけているのは、加工に大変大きな「地域形成力」があるからである。

◆食品加工がもっている「地域形成力」

 食品加工が「地域形成力」をもっているとはどういう意味か。それは、食品加工が地域の味覚のベースをつくり、その地域の永続的で豊かな食生活を支えている、ということである。

 昭和初期の農家や庶民の食生活のしくみと技術を描いた『日本の食生活全集』(農文協刊)は、食の全体像を描くために、地域でつくられる食品を「基本食」、「季節素材」、「伝承される味覚」の三つに区分した。基本食とは穀類など命の糧であり、季節素材とは野山の幸や野菜など、文字どおり季節季節にとれる素材である。しかし、これだけでは食の全体像はとらえられない。素材そのものではなく、素材から生まれ素材を超えて食生活を支えているものがある。それが第三の「伝承される味覚」だ。「伝承される味覚」の代表は味噌、醤油、漬物などの発酵加工食品である。これらの発酵食品は、穀類などを保存するための知恵として生まれ、伝承的な手法によって受け継がれ、それがわが家の、そして地域の味覚を形成してきた。このベースのうえに季節素材が取り込まれ、永続的で安定的な食のしくみができあがった。加工は食を土台から支える知恵の結晶である。加工によって、永続性と楽しみをもたらす地域の食の構造が成立したのである。

 そして加工は、素材にはない価値を創造する。「青は藍より出でて藍より青し」という言葉がある。アイの葉は緑色なのに、それを染料に利用すると鮮やかな藍染めになる。アイの葉に含まれている物質が空気や光にふれて青い色素に変化することによるのだが、さらに、藍の葉を乾燥させて発酵させると、色もきれいになり布にも染まりやすくなる(注1)。味噌も醤油も納豆も、「藍より出でて藍より青し」なのである。

 加工は様々なものを取り込む。たとえばもちには、よもぎ、豆類や雑穀などいろいろなものが取り込まれ、それぞれの素材は、もちという場所を得て、新しい価値を発揮する。ダイズと塩、それに地域の素材が組み合わされて味噌をつくる。そこでは地域の微生物が活躍し、寒仕込みのように季節の変化も取り込まれる。こうして、加工によってはじめて食の個性と地域性は鮮明になる。素材にはない価値を創造する加工は、地域固有の価値を高める過程なのである。

 そして加工は、人と人を結ぶ。もちつきは、子どもから大人までが参加する楽しい行事であった。味噌づくりは、それを手伝う嫁にとってはその家に伝わる技法を学ぶ緊張した場であり、子どもたちにとっては、この豆からあの味噌がどうしてできるんだろうと、発酵の不思議を感じる機会にもなっていた。

 加工は地域自然と人間の知恵を結集させる場であった。地域の日常生活文化は加工がもつ「地域形成力」によって支えられていたのである。

◆「結び合い」の場として食品加工

 農村の加工がもっていた力が、農業の近代化の中で大変貧弱になってしまった。農家の暮らしから加工が少なくなり、農業は生食用も含めて「原料生産」へと急速に傾斜していった。加工がもつ「地域形成力」が低下し、地域から「地域形成力」が失われると、その日常生活文化はゆがむ。このことにいち早く気づき、加工のとりもどしに向かったのは農村の女性たちであった。加工・販売に取り組むと、今まで見えなかったつながりが見えてくる。加工し、産直的な販売をすることで、断ち切られていたものが「結び合い」(注2)、それぞれの価値が再生してくる。地域の人も資源も。だから、加工はおもしろい。加工を始めた多くの事例がいったん動きだすと、次々に展開を始めるのは、加工がもつ「地域形成力」ゆえであろう。

 加工のもつ「地域形成力」は今、加工品をつくって「売る」ということでも発揮される。「売る」ことは「結び合い」をつくることであり、結び合うことで加工のもつ「地域形成力」はいよいよ強まっていく。そして、現代は、農村の加工・販売を進めるうえで大変有利な条件に満ちている。安全で個性的な加工品を求める消費者がますます増え、加工技術、冷凍などの保存技術、宅配などの流通手段の発達は、農家の加工・販売=多品目少量生産をますますやりやすくしている。農文協はこれを「自給ルネッサンス」と呼んで、「増刊現代農業」(5月号)で全面的にアピールする。「自給復活」の条件が成熟してきたのが現代なのである。

 加工のもつ「地域形成力」は、この現代の条件を生かすことで発揮される。昔にもどるのではない。加工技術も販売方法も、現代ある条件を生かし駆使することで、はじめて「自給」のよさが生かされた個性的な加工品をつくり、賢い消費者に届けることができる。

 加工・販売を成功させるには、3つ重要課題がある。加工技術、素材(地域資源)活用、販売戦略の3つである。この春、農文協が発行する「地域資源活用 食品加工総覧」(全12巻)は、この三つの課題に向けて実践的な情報を提供したいと企画された。第1回配本は3月、第4巻「米飯、もち、麺、パン、でん粉、穀粉、麩、こんにゃく」。この第4巻では55の事例を紹介しているが、その事例にふれながら、加工を成功させるのに何が必要かを考えてみよう。

◆現代技術を生かし、地元企業とも連携する

 地域の資源と地域に伝わる伝統を生かすことで、個性的な加工品が生まれる。しかし、商品化するうえでは、そのままというわけにはいかない。食品衛生法にもとづく衛生管理や包装など、クリアしなければならないことがいろいろある。伝統や素材を生かすためには現代的な技術も駆使したい。

 長野の地元企業グループは二軸エクストルーダという機械を使って、「十割そば」を開発した。この機械にかけるとそば粉に強い結着性が生まれ、これまで機械では不可能とされていたそば粉と水だけでつくる本格的なそばづくりを可能にしたのである。山形の庄内みどり農協の粥の缶詰は、農協が中心となり県の工業試験場や製缶会社の協力をえて、粥が変色しない缶を開発したことで展開した(注3)。小回りの利く加工機器もいろいろあるし、今後も、農村加工に向く技術が開発されていくだろう。「食品加工総覧」が追録方式をとっているのは、こうした最新情報を絶えず届けたいと考えてのことである。

 加工品の製造では、地元の企業も頼りになる。加工食品の輸入が最近10年間では年率11%もの伸びで増加し、また輸入農産物を利用した大量生産の加工食品のあふれるなかで、今、少なくない地元企業が、個性的な製品開発によって経営を守ろうと農家との連携を強く求め始めた。

 輸入農産物を利用した加工品が増えてはいるが、それでも現状では金額で食品製造業の加工原材料費の7割弱が国産農水産物に向けられている。また、食品製造業では中小企業(従業員300人以下、または資本金1億円以下)が、事業所数の99%、製品出荷額の79%、従業員数の84%を占めており、この割合は製造業全体(出荷額で51%、従業員数の72%)と比べるとかなり高い(平成7年)。食品製造業は小規模が圧倒的で地場産業としてのウエイトが大きいのである。

 「加工総覧」の第四巻の55事例のうち、約4割が企業(株式会社と有限会社)である。いずれの企業も地元密着型だ。県産小麦の活用に向け水分調整と乾燥方法を工夫して地粉うどんをつくる群馬の星野製粉、長野県開田村の「そばの里」づくりを村人とともにおしすすめる(株)はくばく、「身土不二」を会社のポリシーとして雑穀や野草などを利用した「地パン」が好評な福島の銀嶺食品工業、内麦でスパゲティに挑戦する岐阜の桜井食品など、どの企業も地元の農家、農業への熱いエールを送っている。

 古くからの伝統企業もある。阿蘇のもち米(ひよくもち、ひでこもち)、豊富な湧き水、天然石臼による水挽きという三条件のもとで、極上の白玉粉をつくっている熊本の若城食品では、白玉粉製造ででてくる米ヌカ、洗米汁、しぼりカスなどを原料にした堆肥生産を地域の農家グループとともに進めている。農家と地元企業の連携によって、もち米生産が守られ、伝統的で個性的な加工品が守られている。製造を地元企業に委託している加工グループも少なくない。

 吉野葛の伝統を守る奈良の黒川本舗の黒川氏は「天然の幸を広く社会に紹介するという、零細ながら連綿と続いた仕事を生業としてきたが、寒冷地の農家の冬場の副業を提供するという意味ではやや貢献できたかと考えている」と述べている。バブルに踊ることなく、しっかりと「モノづくり」にかける地場企業と農家の新しい提携が、各地で生まれている。

◆地域資源を生かす斬新な着想と技術

 地域の資源を生かした商品開発のアイデアと方法も豊かにしたい。里山の資源もあれば、生食用の大量生産で忘れられた個性的な在来種もある。新潟のあやめフードや富山のJA大山中央のすしは笹の葉で包む。秋田の生活研究グループ・しあわせ会の「松皮もち」は、松の皮からとった色素を利用した伝統あるもちで色、香りがよく、松皮には抗菌性もあるから日持ちもよくなる。新潟県栃尾市の農事組合法人田代農産では、「梅三郎」という、標高の高い山間水田の水口につくられてきた在来のもち米でもちの加工・販売に取り組んでいる。冷たい湧水が入る水口でもなんとかイネを稔らせたいと先人が育ててきた梅三郎からできるもちは良質で、これを過疎が進む村の冬の仕事に生かそうと、特産化に取り組むことになったのである。

 伝統的な食品だけではない。東南アジアでは粘りの弱い高アミロース米を利用したライスメンの伝統があるが、青森県黒石市の加工グループ・アグリビジネス加工振興協議会は「つがるおとめ」を利用したライスメンを開発・販売した。こんにゃくの本場・群馬の(株)ヤマキは、「こんにゃく離れに歯止めをかけたい」と伝統の味や製法にこだわりつつ、一方ではゼリー、ジュース、ステーキなどのこんにゃくを使った新製品を続々開発している。各県の工業試験場でも、コメのシャーベット、メロンのまんじゅう、高麗ニンジンの酢、摘果モモのお茶、オカラの醤油など、おやっと思うような加工品の開発も行なわれている。各種素材の粉(パウダー)も保存が利きいろいろな加工品に利用できるのでおもしろい。地域の資源を現代に生かす斬新な着想と技術も農村の食品加工には重要だ。

◆「販売理念」と多様な販売戦略の確立に向けて

 そして加工の成否を決めるのが、販売戦略である。加工の発展は販売の場の確保、多様化によって支えられる。第四巻の事例も、イベント、直売所、宅配、レストラン、スーパーや生協など、ほとんどは多様な販売方法を組み合わせている。顧客開発は一朝一夕にはいかない。よく売れるときもあれば売れ残るときもある。そうした試行錯誤をへて安定した販売法を確保する過程は、一方では「販売理念」を確立していく過程でもある。55の事例の販売法の確立過程やアピール方法から、販売戦略を考える豊富なヒントを得ることができる。

 石川県野々市町の林農産は10年前からイネ栽培25ヘクタールを経営の中心にし、カグラモチ米を利用したもち加工に取り組んでいる。冬場の仕事確保を目的に始めたもち加工だが、包装もちが豊富に出回るなかでどのように特色を打ち出すかを考え、今では搗きたてのもちを3時間以内に届ける体制を整えた。7人体制で10月から3月まで加工・販売し、もちの売り上げは2300万円。価格は1グラム1円で算定し、付加価値率が30%を超えるように、また売り上げ価格を玄米価格の四倍をめどに調整している。あくまで製品の価値を理解してもらって取引をし、値引きはしない。「量産=売り上げアップ=収益アップという方程式に踊らされて、量産=価格ダウン=収益ダウンになる場合も多い。当社のように少量販売の場合、絶対に避けなければならないパターンである」と林さんは述べている。ここには、自信のある製品にもとづく、明瞭な販売理念がある。

◆「新農基法」の目標も農家・農村の加工・販売の発展で実現する

 こうした農家・農村の加工・販売を政策として後押ししようという動きもでてきた。

 「新農基法」に向けた「食料・農業・農村基本問題調査会答申」でも、農村加工を重視し、第2部1「総合食料安全保障政策の確立」の「(7)多様な食料生産・加工流通の促進」では次のように記されている。

 「地域特産化・ブランド化・多品目少量生産等多様な農業生産の展開を図るとともに、農業者による農産物の加工・流通分野への進出を促進すべきである。また、生産段階と流通・消費段階における連携を強化するために、産地直販・地場流通等消費者と直結した生産・販売を拡充するとともに、農業者と食品産業の共同による商品開発・販路拡大を進めていくべきである」。

 「答申」ではまた、「『生産者から経営者へ』という意識の下で農村には新たな活力が芽ばえつつある」と述べているが、先の林農産のように販売方法も価格も自分で決めてこそ、経営者というものであろう。「原料生産」のための外延的拡大ではなく、生産もし加工もし販売もするという内包的拡大(農業の六次産業化)によってこそ、安定した「自立経営」への展望が開かれるのである。

 加工を軸とした農家・農村から都市への働きかけが、大きく前進している。「新農基法」がめざす「効率的かつ安定的な農業経営」も、農家・農村の加工・販売の発展によって結果として実現する。国や県や市町村のなすべきことも明瞭である。農家の手による「自給ルネッサンス」を真剣に緻密に支援することだ。

(農文協論説委員会)

注1、「そだててあそぼう」シリーズ(全20巻)「アイの絵本」(農文協刊)より。

注2、「結び合い」は「基本問題調査会答申」で使われた言葉

注3、以下の事例はすべて「食品加工総覧」第4巻で紹介されている。