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農文協トップ主張 1991年06月

進む高齢化の中で防除技術、防除指導をどうするか

目次

◆防除技術の発展で高齢化時代を乗り越える
◆確実にコストダウンを計る 今、必要な農薬情報とは
◆同じ薬でもかけ方が悪ければ効かない 散布技術の研究を
◆進歩した農薬を使いこなす 農薬配置の課題
◆不必要な防除をなくす 防除の判断
◆重層的な防除システムをつくる 耕種的防除の課題

 今、防除の指導にかかわる現場指導者は、むずかしい立場に立たされている。

 農産物の安全性の面からだけでなく、農家の健康を守りコストダウンを計るためにも減農薬が求められている。

 ところが、その一方で、防除できない事情が目だってきた。農家の高齢化の影響が大きい。体もきつくなるし、病虫害に対する注意力も落ちてくる。古くからのタマネギ産地がベト病で大打撃を受けたというような例にも、高齢化が深くかかわっている。土壌病害のような難病でも新病害でもない、ふつうに防げていた病気が突然大きな被害をもたらしたりする。

 奈良農試の井上雅央先生が、農家のハダニの発見について大変興味深い調査を行なっている。年齢層別に肉眼でハダニを発見できるかどうかを調べたものだが、五〇代になるとハダニが見える人が半分になり、六〇代では七割の人が肉眼で見ることができないという結果になった。五〇歳を越えると、ハダニを観察して防除を判断するのがむずかしくなってくるのである。

 高齢化はますます進む。それに対し、「予防散布の徹底」「適期防除」とだけ言っているのでは、農家に受け入れられない。といって病虫害が多発すれば、減農薬もなにもあったものではない。そんな現実をかかえて、今、防除の指導はどうしたらよいか。

防除技術の発展で 高齢化時代を乗り越える

 病虫害をきちんと防げて、高齢者がムリなくやれて、減農薬にもなる、その三つのことを同時に実現したいということである。大変な課題である。新しい課題でもあるから、従来の防除技術、防除指導そのままではいかない。防除技術の発展、深まりがどうしても必要だ。

 その第一歩は、農薬という資材の見方の深まりである。手段に対しての認識の深まりがなければ技術の発展はない。肥料などと比べて、農薬ではこの点が大変立ち遅れている。農薬を使いこなすための情報が大変不足している。

 農薬情報というと従来「どの農薬が効くか」が中心になってきたが、それ以外に大事な情報がある。農薬のムダなくしに貢献する情報だ。できるだけ手間を省きたいからということだが、ムダなくしにはもっと大きな価値がある。

 農薬は、天敵を殺してかえって害虫をふやしたり、目に見えない薬害で作物を病気にかかりやすい体質にしたり、農薬が効かない耐性菌や抵抗性害虫をふやす面があるのだから、農薬のムダをなくすことは、病虫害を減らすことにつながる。ムダなくしが病虫害を減らし、一層の減農薬に結びつく。これまで見えなかった関係が見えてきて、新しい効率性や余裕が生まれる。そんなことが、高齢化の中の防除にとって極めて大切だ。

 それではどんな農薬情報が必要か。まず、村中で大幅な減農薬が進んでいる北海道更別村での取り組みから整理してみよう。この取り組みの始まりは、村の普及員・高橋義雄さんたちが行なった、地域の防除の実態把握であった。農薬がどのように使われ、使用量の多い人と少ない人で何がちがうか……、調べていくうちに高橋さんが得た確信は「減農薬はだれでも、いつからでもできる」ということだった(更別村の取り組みについては高橋義雄著『ここまでできる畑作物の減農薬』(農文協)をごらんください)。

確実にコストダウンを計る ――今、必要な農薬情報とは

 だれでもできることの中心は、農薬の濃度や価格の吟味であった。高橋さんたちはそのために情報を必死に集めた。

 これは手間というよりコストダウン効果が大きい。そして、高齢者には売上げアップをめざすより、経費を減らしてそれなりの手どりを得るような経営のやり方がムリがないから、経費減は重要な意味をもつ。

 まず、散布濃度について。多くの農家は、濃いほどよいと考えている。そこには、防除とは病虫害を殺すことであり、殺すからには濃いほうがよいという根強い発想がある。それでは濃度とは何か。たとえば使用基準が一〇〇〇倍〜二〇〇〇倍となっていた場合、その意味は「二〇〇〇倍でも(うすくても)効果が高く、一〇〇〇倍でも(濃くても)作物に薬害がでない」ということである。メーカーは効果の面でも薬害の面でも安全性をもたして倍率を決めているから、低濃度でも十分効果はある。低濃度にすれば農薬代は大幅に減る。

 高橋さんはその裏づけとなるデータを求めたが、なかなかない。倍率と効果の関係をみた試験データがあるはずだが公表されていないのである。たまたま四つの薬剤についてアブラムシに対する効果をみた試験データを入手したが、それがなかなかおもしろい。デナポンという農薬は三六〇〇倍のうすい濃度でも一〇〇%の死虫率を得ている。デナポンの実際の基準濃度は一〇〇〇倍である。他の三剤は濃度がうすくなるにつれ防除効果は低下しているが、その落ち方が薬剤によってちがう。うすくしても比較的効果が落ちにくいものとそうでないものとがある。そうした現場に役立つデータが農薬に関してはあまりに少ないことに問題を感じるとともに、それを普及員として用意する必要性を高橋さんは強く感じた。更別村では村と農協と普及所が協力しながら独自に防除試験を盛んに行なっているのも、そうした背景がある。

 農薬代を安くするうえで、もう一つの課題は、安い農薬を使うことである。農薬の価格は実感的につかみにくいものである。一袋いくらといっても倍率によって使用量がちがうから経費もちがってくる。そこで高橋さんは、散布一回当たり経費を、通常濃度と低濃度の場合のちがいも含め薬剤ごとに計算し提示した。二〜三倍も経費がちがうから、農家も考えさせられる。効果はどうかときけば、中には高くてもシャープに効くからよいというのもあるが、安い農薬だから効きが悪いとはいえないことのほうが多い。

 そうした濃度や価格を考えるうえで、農薬の有効成分への注目が大事なことがわかってきた。たとえば経費が安くついてよく効く農薬があるとして、その十aにまく有効成分の量を調べる。その量を基準にして、他の同じ有効成分を使っている農薬の必要量を計算し倍率を求めると、指定してある基準濃度よりうすい濃度がでてくる。こうしてメーカー側が示した倍率とはちがった判断が生まれる。

 市販混合剤の有効成分をラベルでみて、同じものを自分で単剤を配合してつくることもできる。そうすればだいたいにおいて安くつく。こうして高橋さんは、市販混合剤と同じ成分のものを、単剤で得るための計算式もつくった。

同じ薬でもかけ方が悪ければ効かない ――散布技術の研究を

 農薬情報のつぎに課題となるのは散布技術である。農薬をどうかけるか、手間、経費、効果にかかわる重要問題なのだが、これについても大変な情報不足だ。

 更別村での改善は、散布水量を減らすことであった。多くの農家は散布水量を多くし、噴圧を高めて勢いよく散布し、葉から薬がしたたり落ちるぐらいでないと効果がないと考えている。本当だろうかと疑問に思った高橋さんは、実際の畑で、葉裏に薬液に反応する紙(感水紙)をおいて、薬液の付着量を調べることにした。その結果、たくさんの農薬を勢いよくかけても葉裏には農薬がうまくかからないことがわかった。こうして多水量高噴出散布のムダがはっきりし、減農薬の一つの力となった。

 今月号でも、農薬はかけ方によって葉裏への薬の付着に大差があることを同じ機具を使って追跡してみた。実験は収穫最盛期のキュウリで行われたが、至近距離から勢いよく、大振りしながらかけた場合には葉裏へのかかりが非常に悪かった。それよりも、二〜三株先のキュウリにめがけて、そーっと農薬の霧を送りこむやり方のほうがずっと農薬はよく付着したのである(付着の善し悪しは、前と同じ感水紙を使ってたしかめた)。しかも遠くをめがけて下からあおるように竿を動かすから、振りは少なく力もいらない。

 これはキュウリの場合であったが、では、イチゴとかキャベツとか背丈の低い作物ではどうなのか。あるいは、果樹のように高い作物ではどうなのか。ノズルは何がよく、かけるやり方はどうすればよいのか。これらも、本当に労力を少なく、かつ、きちんと効かせる上では、欠かせない研究・情報といえる。

 「よく効く農薬は何か」には関心は高いが、散布技術や散布機具についてはいい加減なことが多い。ノズルの穴が大きくなると、防除効果は大きく落ちるが、このことを気にしている人はあまりにも少ない。かけたつもりでかかっていないことが、病害虫の巣を残し、さらに農薬を必要にしていることが大変多いのである。

進歩した農薬を使いこなす ――農薬配置の課題

 さらに予防散布をきちんと行なうことが改めて重要になっている。農薬の「進歩」がその背景にある。今の農薬は、低毒性化にむけ選択性農薬が主流になっている。選択性とは病害虫に対して限られた作用点(攻撃点)をもつということだから、病害虫の側もそれに対応しやすい。こうして農薬に強い耐性菌や抵抗性害虫が続々出現してくる。今や、シャープな効きめがある農薬ほど、すぐに効かなくなることを覚悟しなければならなくなった。

 だから新薬などよく効く特効薬は、いざという時だけ切り札的に使う必要がある。いたずらに運用すると効かない農薬に転落してしまうのだ。

 このことをはっきり示してくれたのは、岡山県の農家の岩崎力夫さんである。単行本『ピシャッと効かせる農薬選び便利帳』(農文協)に詳しいが、農薬を三つのタイプに分けている。

 Aタイプ(汎用的な予防剤)……直接的な殺菌力はなく、葉に付いた薬液が菌の侵入を防ぐといった保護効果が中心。しかし、多くの病気に効果があり、耐性菌ではない。比較的安い。ダイセン、ダコニール、銅剤、オーソサイド、ユーパレンなど。

 Bタイプ(効果が落ちた選択性殺菌剤)……かつてはよく効いたが、耐性菌ができている地域では効力が出ないもの。灰色カビ病に対するトップジンMやベンレートなどがその典型。

 Cタイプ(効果の高い選択性殺菌剤)……これが先に述べた選択性の強い特効薬。新薬。耐性菌がでないうちはシャープな効き目をもっている。

 Aタイプの農薬を濃度もうすく、散布技術も駆使してよく作物に付着させること、Cタイプの切り札剤はいざというときにピシャリと効かせることが大切なのである。高齢化で早期発見・早期防除ができにくくなる事情にそなえるためにも、わが家の薬選びについての知識はますます大切になってくる。

不必要な防除をなくす ――防除の判断

 防除の判断をめぐっても新しい課題がある。ルーペとか簡便な診断法などぜひ工夫したいところではあるが、それはさておき、適期防除以前の、意味のない防除をやめるという課題である。更別村でいえば、ジャガイモの軟腐病にはどの農薬も効果がなく、それよりチッソの減肥が大きな効果があること、アブラムシは更別村では飛来が少なく保毒率も少ないから八月中旬以降は防除はいらないことを見出し、農家の防除に生かされた。

 地域の要防除水準をつくることも大切な課題だ。この程度の病虫害の被害なら経済的な実害がない、そんな基準があれば、もっともっと防除の判断がしやすくなる。

 こうしたことは、結論さえはっきりすればだれでもできることである。特別に技術が必要なわけではない。

 防除には、「コロンブスの卵」みたいな発見がたくさんある。いわれてみればなんだ……、ということだが、それを発見するには知識も眼力もいる。そこが現場指導者の勝負どころだ。

 高橋さんは、仮説をたて検証するということを何度も繰り返してきた。この虫は防除しなければならないのか、この時期の防除は本当に必要なのか……、農家の防除の実態、防除が少ない農家の見方と経験、そこからどんどん仮説がでてくる。それを検証する一つの強力な場が、農家にすすめる試し畑である。試し畑といっても、初めの一〇mだけスプレアーの散布をやめるだけのことだが、農家と現場の技術者が共通のテーマで試し畑をつくることで、お互いの判断力や観察力がどんどん深まる。不必要な防除も見えてくる。そうした研究をとおして、だれでもできる技術が抽出され、村全体のものになっていく。地域の力で、高齢者がムリなくできる技術がつくられる。

重層的な防除システムをつくる ――耕種的防除の課題

 以上、農薬を中心に防除をみてきたが、防除のもう一つの柱、耕種的防除の課題を最後に考えてみよう。耕種的防除というと、堆肥も入れるとか輪作だとか手間ヒマかかるめんどうな話が多い。手間ヒマかからず、高齢者がムリなくやれる耕種的防除はないものか。

 初めにあげた、ハダニの発見が年齢層によってちがうということを調査した井上先生は、こうした実態から、年齢層別に防除の指導のしかたを変えなければならないと提起している。具体的には五〇代では、食痕調査など精度は落ちるが簡便な診断法をとり入れ、六〇代については、新しい視点で防除暦を作るとともに収量を多少犠牲にしてもハダニの発生が少ない栽培法を採用するという対応である。

 このハダニの少ない栽培法をめぐって、井上先生は、ホウレンソウ産地の実態調査結果をあげている。

 それによると

 (1)周囲が水田である圃場を選ぶ

 (2)年間を通して一斉収穫を行なう(間引き収穫でいつでもホウレンソウがあるような状態にしない)

 (3)収穫期をすぎたホウレンソウや、よけいな植物を施設内に放置しない

 という三項目のうち、どれかを徹底している農家では、ハダニの発生は見られるものの、実被害経験者は存在しなかったというのである。こうなると農家は考えやすい。自分でやりやすい方法をひとつだけ選べばよいからだ。あれもこれも大事だというのでないところがいい。

 病害虫の年間の生活サイクルのどこか一カ所だけ断ったり弱めたりすることで、病虫害の発生は大幅に減る。「適期防除」に手ぬかりがあっても大被害にはならない。

 あるミスがあっても大事故にならないような安全装置をあらかじめ用意しておく。地域の総体を認識した、そうしたサブシステムつくり、現実的な耕種的防除を加えた防除の重層化が、高齢者の栽培にはぜひとも必要だ。

 そうした防除の重層化、そして防除技術の新しい組み立て方に役立つ情報を提供したい、そんな想いもあって、農文協では『病害虫防除資材編』(全一〇巻)の刊行を行なった。そこには各病害虫ごとに、初発、多発、激発、予防という段階を設けてそれぞれの症状の診断法と農薬の利用法が記載されている。予防や初発時に食い止められればそれにこしたことはないが、多発、激発することも当然ありうる。また、これからふえてくるかもしれない。その場合にどうするか。激発時の場合は栽培の切り上げの判断や次作に病原菌や害虫をもち越さない対策も必要になる。いわば次善の策、サブシステムまで書いた、これまでとはちがった内容になっている。さらに耕種的防除から、病害虫の生活サイクル、耐性菌・抵抗性害虫への対応まで記されており、防除の重層化にむけて、現場の宝を発見するうえでも学ぶところは多い。

 農薬情報、散布技術、農薬配置防除の判断、耕種的防除――これらが現場技術として立体的に組み合わさるとき、減農薬と病気を防ぐことが両立し、高齢化に応じた地域の防除システムが成立する。

 それにむけた現場技術の開発を急がなければならない。

(農文協論説委員会)

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