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農文協トップ主張 1989年06月

「進歩」する農薬を生かすには
「殺す」防除の転換を

目次

◆農薬の「進歩」は農薬の「限界」を大きくした
◆農薬の3つのタイプを見きわめる
◆3つのタイプを使いわける判断力
◆従来の農薬観では通じない
◆農薬から自由になる道

農薬の「進歩」は農薬の「限界」を大きくした

 化学肥料がここ三〇年間ほどのうちに単肥から低度化成、高度化成、さらに緩効性肥料へと「進歩」してきたように、農薬も大きく変化してきた。変化の中心は選択性農薬による低毒性化である。農薬中毒(急性中毒)や農薬汚染の問題化とともに、BHCやパラチオンといった広汎な病害虫を皆殺しにするような毒性の強い農薬が使用禁止となり、代わって、限られた病害虫にしか効かない選択性農薬が低毒性化の要請のもとでつぎつぎにでてきたわけである。

 低毒性化といっても、もちろん毒性が問題にならなくなったわけではなく、急性中毒を招く危険がある農薬もあるし、慢性毒性などの問題は依然として深刻である。同時に、この選択性農薬にはもう一つ重大な欠点がある。農薬が効かない薬剤耐性菌、抵抗性害虫が出現しやすいことだ。

 選択性農薬は、かぎられた病害虫に対し、かぎられた攻撃点(作用点)をもつ農薬である。かつての毒性の強い汎用性農薬のように丸ごと病害虫を殺すようなものではなく、たとえば、病菌の体の一部をなすキチン質を合成するのを阻害したり、害虫では酵素の活性を阻害して神経機能の障害を起こさせるといった、その病菌や害虫が生存し作物に加害するために必要な働きの一部を破壊したり狂わし

たりするタイプの農薬である。

 病菌や害虫の生理の一部に着目するために、その薬剤が対象とする病害虫は限られ、また同じ害虫でも幼虫にしか効かないといった限定がついたりするわけである。

 このように農薬の作用点が限られていることは、病菌や害虫にとっては、いわば逃げ道をつくりやすいことになる。攻撃に耐える遺伝子をもった菌や害虫があらわれたり、もともと耐える力をもったわずかな病菌や害虫が生き残ってふえたりして、農薬の効力がおちてしまうのである。

 病原菌も害虫も生きものである以上、きびしい環境に対して生きようとする力をもつ。あの毒性の強いDDTですら、使い込んでいくとDDTでは死なないシラミが出現したというから、選択性農薬ではなおさらである。耐性菌、抵抗性害虫の出現は選択性農薬の宿命なのだ。

 このことは農薬に限ったことではない。最近、沖縄ではウリミバエの画期的な生物的防除法として進められている不妊ウリミバエの放飼の効果が低下してきていることが問題になっている。不妊雄を大量培養して野外に放つと、正常な交尾が減少し、子供の虫が激減するというもので、実用化されてから十数年大きな成果をあげてきた。しかし、ここへきて不妊雄には見向きもせず、野生の雄とだけ交尾する雌が出現してきているという。不妊虫を放飼していない地域では雌は不妊雄と交尾するというから、しだいに雌が不妊雄とそうでない雄とを見分ける能力を身につけてきたことになる。子孫を残すという生命力の強さを改めて思い知らされる事実だ。

 特定の部分に特定に作用させるやり方には、限界がある。一をもって一を制すという一対応一技術の限界である。

 これらの農薬の開発は一対応一技術をより洗練する形で進めることになった。同時に、耐性菌、抵抗性害虫の出現という形で、その限界も強くあらわにした。このことが、今後の農薬使用を考えるうえで一つのキーポイントになっている。

農薬の三つのタイプを見きわめる

 毒性の強い汎用性農薬の廃止と、選択性農薬の開発、そして耐性菌、抵抗性害虫の出現――こうした農薬の進歩がもたらした事態は、結果として農薬を次の三つのグループに分けることになった。

 殺菌剤でいうと、つぎのようである。

Aタイプ(汎用的な予防剤)……多くの病気に効果があり、威力も毒性も強い農薬が姿を消す中で、残った一群の農薬がある。ダコニール、オーソサイド、石灰ボルドーな

どの古い農薬が主で、これらは直接的な殺菌力は弱く、葉に付着した薬液が菌の侵入を防ぐといった、保護効果が中心だ。一度発生した病気をおさえるほどのシャープな効きめは期待できないが、多くの病気の予防に役だち耐性菌はでにくい。

 Bタイプ(効果がおちた選択性殺菌剤)……かつてはよく効いたが使い続けるうちに耐性菌が出現し効力がおちた農薬である。灰色カビ病に対するトップジンM、ベンレートはその典型で、その後、新しい卓効剤としてでたロブラール、スミレックスなども効果がおちてきている。こうした、“昔は効いたが近頃は効きにくい”というタイプの薬がある。

 Cタイプ(効果の高い選択性殺菌剤)……トリフミン、リドミル、ポリベリンなど最近でまわっている薬剤で、耐性菌がまだ出ていずシャープに効く。しかし連用によって耐性菌が出現し、Bタイプに転落する危険をはらんでいる。

 殺虫剤もほぼ同様に分類できるだろう。アブラムシやコナガなどにほとんど効果がなくなってきている有機リン剤はBタイプであり、最近の合成ピレスロイド剤は今のところCタイプに入る(ただし、この薬は選択性は低い)。Aタイプのものとしてはマシン油、新しいところではBT剤(生物農薬)がこれに当たるとみてよい。

 そして、この三つのタイプをどう使いわけるかが肝心だ。

 一番悪いのはCタイプだけに頼るやり方。よく効くからといって連用し、効かない農薬にしてしまうやり方だ。こうなると回数ばかりふえてしかも病気は防げない。しかも、このやり方では農薬費が一番高くつく。

 農薬の経費は、一〇Aを一回散布するのにAタイプなら八〇〇円ぐらい、Bタイプなら一五〇〇円ぐらい、Cタイプでは二五〇〇円ぐらいかかり、大きな差がある。新薬ほど高い。Aタイプ五回とCタイプ五回では八五〇〇円也の差がつく。効果の面からみてもお金の面からみても、効く農薬をやりさえすればよいとはいえないところに、今の農薬を使いこなすむずかしさがある。

 では、どうするか。

 まず基本をAタイプの農薬におくことである。これで極力予防に努め、それでも広がりそうなときにCタイプをピシャリ効かせることだ。Cタイプは耐性菌をださないために一作一回使用を守り、ここぞというときに効かせる。Cタイプできちんと効かせたら再びAタイプにもどるか、Cタイプで耐性菌が減っているのでBタイプを多少組み入れてもよい。これが一番安上がりで、かつCタイプの薬の効き目を長持ちさせるやり方である。

 だがこのやり方、言うは簡単だが実際に行なうはむずか

しい。「病気がでそうだ、よく効く農薬を」というこれまでの常識的な農薬利用とは一味も二味もちがうからである。

 たとえばある葉にポツポツ班点があらわれた。そこでCタイプの切り札剤をかければいいかというと、そうはいかない。班点があらわれてもその後の広がり方が少ないと判断したら、むしろ後々のためにCタイプの薬剤は残しておこうといった配慮も必要になる。

 実はこうした判断力こそ、農薬の性質がかわってきたことに合わせて、うまく農薬を使いこなすために欠かせないものなのである。

三つのタイプを使い分ける判断力

 どのようなときに、慎重な判断力が求められるか。

 まずAタイプの農薬を使うにあたっての判断力である。Aタイプでしっかり予防をということではあるが、スケジュール的にやたらと予防散布すればよいというものではない。農薬散布は病菌の侵入を防ぐカベでもある葉面のワックス層をこわしたり、光合成を弱めたり、葉面の微生物相を単純にしたりして、作物を病気にかかりやすい体質にする面があることを忘れてはならない。殺虫剤ではそれが天敵などを殺し、かえって害虫をふやす(リサージェンス)ことがあることも注意しておかなくてはならない。

 農薬で病気に弱い体質や害虫がふえやすい環境をつくっていては、切り札剤に頼るようになり、切り札剤を早くダメにする。だからAタイプの農薬もムダなく使わなければならない。殺菌剤でいえば、病原菌が葉に侵入しそうな時にかぎってその前に散布しておくというのが基本である。一般には雨前、あるいは雨中のちょっとした晴れ間を利用しての散布が大切になる。天候の判断、天候と病菌のふえ方のかね合いをつかむことが大切だ。

 つぎにBタイプの農薬ではどうか。ここで大事なことは、なにがBタイプの農薬かは、じつは地域によって、またハウスなどでは圃場によってさえちがうことである。たとえば、灰色カビ病には効かないと悪評が高いトップジンMやベンレートでも、新しいハウス産地では効く可能性があり、

Cタイプと同様の農薬として切り札に使える。うまく使っていけば高い新薬は必要ない。効果が落ちている有機リン剤の中でも、その地域であまり使われてこなかった薬剤なら、効く可能性は充分にある。何がBタイプの農薬かは、その地域、その圃場でどのように農薬を使ってきたかによってちがうのである。

 だから、ある農薬に耐性菌がでているかどうかを、自分で、あるいは地域で確かめておかなくてはならない。そのための方法はいろいろある。散布後に病斑をみて完全に乾いていれば、効果があったとみられるし、害虫ならその後の密度を調べたい。効果がおちていると感じるようなら、簡単な実験で耐性や抵抗性がついているかどうかを調べる方法もある。

 効かない農薬を散布することはムダであるばかりでなく、「農薬が農薬を呼ぶしくみ」を助長することを、肝に銘じておきたい。

従来の農薬観では通じない

 ところで、効果の判断についてもう一つ、つけ加えたいことがある。それはCタイプの新薬の中には、効果がすぐ目に見えるようにあらわれないものがあり、今後、低毒性、選択性をさらに追及していくとそういうタイプの農薬がふえてくる可能性があることだ。たとえばウンカの薬アプロード。これは成虫にかけても死なない。だがその虫が生んだ卵はふ化しないという形で効果をあらわす。

 だから、「虫がみるみる死なないと農薬をふった気がしない」という感覚では効果は見えてこない。成虫に効くバッサを混合したアプロードバッサという混合剤が販売されているのは、一つには散布後の満足感を満たすためだという声もある。今や「農薬は病害虫を直接殺すものなり」という従来の見方を変える必要がある。

 農薬の進歩は、今後さらに直接的な殺菌、殺虫力をあらわさない方向で進むことが考えられる。たとえば、殺菌剤でいえば病原菌は殺さずその菌がだす毒素を無毒化するもの、葉にかけることによって葉が自らの抵抗物質をつくるような成分を含んだものなどである。

 病菌の生理作用の一部に働きかけるこうした農薬は、より一対応一の世界を追及する。しかしかぎられた部分に、よりシャープに働く手段ほど、生命界ではその限界もまた大きくなる。

 かりに安全性は高まったとしても、結局のところ「虫がみるみる死ななくては農薬をふった気がしない」という昔ながらの農薬観で使っていては、農薬散布回数は減らず、

農薬が経営を圧迫する可能性は大きい。農家はいつまでたっても農薬から自由になれない。そこが問題の焦点だ。

農薬から自由になる道

 現状の農薬を使いこなすには、「病害虫を殺す」という発想から自由になりたい。いくらか病気や害虫がでていても、今はふらなくても大丈夫だという判断をもてるぐらいの力が求められる。害虫は天敵のエサでもあり、天敵の維持には多少の害虫も必要だ。

 こうした判断が成り立つには、急速に病害虫がふえることはないだろうと安心できる抵抗力のある丈夫な作物をつくることも必要である。同時に農薬からの自由を保証するのは、まずもって病気・害虫の発生と、農薬散布の効果についての診断・観察である。

 これからの新農薬の開発の方向は、農家にそのことを強く求めているといってよい。工場における機械、器具の進歩は働く人が培ってきた判断力を不必要にすることが多いが、農業における技術資材の進歩は一方ではそれを使う人々に、より的確な判断力を求める。

 植物工場のように環境から隔絶した栽培をめざすなら話しは別だが、対象とする田畑も作物もそれをとりまく自然も変わっていないのだから、より洗練された一対応一技術は、その与えられた条件、地域の自然とどうかみ合わすかという判断をもってしか、その能力を発揮させられない。そこにまた、いかに資材が入ってこようとも農業のもつむずかしさ、おもしろさがなくならない根拠があるだろう。

 観察や判断は決して一部の精農家だけがなしうることではない。誰でも取り組めるための武器は出そろってきている。虫見板やルーペ、顕微鏡などである。これらの道具も大いに活用したい。それらは農薬の効果の判定から、病菌や害虫の姿・形、生活のしかた、さらにはそれをとりまく他の生物とのつながりを知る力強い味方になる。

 ウンカの数を調べるための虫見板のうえには、クモなどの天敵や“ただの虫”もたくさん落ちてくる。害虫だけでなく他の虫の世界が見えてくるから、見板なのである。それは、農薬が天敵や、その生活を支えているただの虫にどう効いているかも教えてくれる。

 そうした作物をとりまく生物や天候など地域自然の洞察こそ、農薬を使うにしても使わないにしても、農薬から自由な農業を創り上げる力になるのでないだろうか。

〔農薬の分類・使い方については『ピシャッと効かせる農薬選び便利帳』(岩崎力夫著、農文協刊)にくわしい。〕

(農文協論説委員会)

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