発酵飼料におけるわが養鶏場の模索とその到達点について

―輸入の配合飼料でなく3種の発酵飼料で飼う―

                                       高橋丈夫

 

私は、焼き物の町として有名な栃木県益子町に生まれ、父の代から始めた養鶏を無投薬平飼養鶏に変え、そこから発生する有機肥料を有効利用しながら、野菜と卵の宅配を中心に、三〇年近く過ごしてきました。

これから1990年前後にわが養鶏場で試みた発酵飼料の模索について紹介します。

 

1.コクシ克服が健全卵づくりの第一歩

 

コクシジュウムは、ご存知のように、ヒヨコの体内から抗体(病原菌などに抵抗する物質)がなくなり、自ら抗体をつくり上げて環境適応能力を身につける、最も大切な時期に発生するものです。腸内壁を荒らし、大腸菌症やサルモネラなどの発生を促し、呼吸器系の病気を併発します。

 このコクシジュウムに対して、薬物に頼らないでヒヨコ自身に抗体をつけることができれば、たいていの病気、たとえば夏場の開放鶏舎で発生するロイコチトゾーン症、また平飼いのばあい、成鶏になってから梅雨期に再発するコクシジュウムや大腸菌症を、鶏自信が抗体をもって対処できるようになります。

 コクシジュウムの克服はたいへん困難な試練ですが、ワクチンのない現状では、たんにコストを重視する生産者は別として、健全な食べものとしての卵をつくるためには、最初に乗り越えなければならないハードルではないでしょうか。

 さまざまな病気の原因を考えると、食べ物などで変化していく体内環境と、自然環境を含めた体外環境から大きく影響を受けています。そこで、鶏の体内環境を左右する飼料の問題と、体外環境としての鶏舎を含めた鶏舎と自然環境の問題を取り上げてみたいと思います。

 

2.三種類の発酵飼料で体内環境を整える

 

(1)輸入飼料を減らし安全なものに変える発酵飼料

 現在使われている鶏の飼料は、飼料会社によって計算されつくしたほぼ完璧に近い配合がなされているといいます。しかし、それは本当でしょうか。私には、米国などの穀物輸出のための完璧なコスト計算の上にたった輸入飼料による配合設計と称したほうが適切なように思います。

 輸入穀物の安全性については、消費者の多くが疑問や不安を投げかけています。しかし、小規模な平飼養鶏ですら輸入ものに頼らざるを得ないようなわが国の農業システムの中では、その使用を消費者に隠すのではなく、その量をいかに減らし、またどのような方法でそれより安全なものに変える努力をしているか、そういう姿勢を明らかにしていくほうが誠実なやり方であり、無投薬養鶏を成り立たせていくうえでも大切だと思っています。

 私が、三種類の発酵飼料をつくっているのもそれが目的なのです。なぜ三種類かというと、自然界の良好なバクテリア環境というのは単一バクテリアの世界ではなく、糸状菌、放線菌、酵母菌、納豆菌、乳酸菌、それに光合成細菌や根粒菌などがうまく重なり合って、その秩序を保っているからです。私はその中から納豆菌、酵母菌、乳酸菌の三種類による発酵飼料をつくっています。それは、体内という固定環境の中で飼料を生かし、体内の酸化と還元の原則に逆らわないで消化を助けることが必要と考えたからです。

 

(2)納豆菌飼料で腸内細菌のバランスをとる

 納豆菌は輸入大豆を飼料に用いるとき、いかに安全性を取り戻すかということから使っています。国内産のものが入手できればよいのですが、量の面でも、コストの面でもむずかしく、やむなく考え出したのです。まず大豆を蒸すか煮るかして、少しでも毒性をおさえ、それに納豆菌を加え発酵させることで消化を助けます。

 納豆菌は、腸内における大腸菌と乳酸菌とのバランスのとれた三角関係をつくるうえでも大切な存在です。大腸菌と乳酸菌のバランスが崩れて大腸菌が多くなると、下痢をしたり、他の悪性菌の繁殖にもつながります。そのとき納豆菌が入ってくると、大腸菌の必要とする酸素を奪うため、大腸菌の勢力は衰えます。そしてふたたび乳酸菌が繁殖してくると、今度は納豆菌が消滅してしまいます。このような腸内バランスの安定剤としての働きが納豆菌にはあるのです。

 

(3)乳酸菌飼料、酵母菌飼料の役割

 乳酸菌飼料は、フスマ、その他のエサの安全性確保と良質乳酸菌の補充にあてられます。そして酵母菌飼料は、魚粉、米ヌカ、竹炭などの力も引き出すことを目的につくっています。なぜなら国内産飼料といえども問題点はいくつかあるわけです。たとえば魚粉などに万一防腐剤が入っていたとしたら、夏場で半日、冬場で一日は発酵が遅れてしまいます。それをなんの処理も施さず飼料に混入したのでは、十分な栄養吸収もままならないことになります。

 このような努力は、本来、屋外で数羽の鶏を飼い、特別に餌も与えず、鶏自身がミミズや雑草の実を食べていれば必要ないと思いますが、農業生産としての無投薬環境をつくるうえでは必要かと思います。

 

(4)発酵飼料は初期発酵の段階で止めてつくる

 また、発酵飼料をつくるうえで大切なことは、基本的に完熟発酵ではなく、初期発酵の段階でストップすることが必要だと思います。鶏は体内という固定環境を持っています。そこで日数がたっていたり、薬品抽出されたりして鶏の健康をそこないかねないような飼料をもともとの状態に戻し、体内でよりよい消化吸収が進むようなバクテリア環境を発酵飼料でつくっておいて、あとは鶏にまかせてしまいます。また、以後の状態を見て、より酸化作用の強い糸状菌や、鶏の状況に応じた多種類のバクテリアの利用ということを考えていけばよいと思います。

 

3.臭いもハエも少なくなる

 

 私は、有精卵を採るための平飼いと、開放鶏舎(ケージ)の両方を使っています。昨今の自然食ブームの中で、有精卵や自然卵ばかりが「ホンモノ」だといわんばかりに取り上げられるのを、つねづね残念に思っています。消費者のニーズに応えていくことも大切でしょうが、それがうわべだけのホンモノであっては、何の価値もありません。

 農業とはもともと人間の食を生産するための人工環境つくりであったはずです。その中にいかにうまく自然の摂理を取り入れ土壌内を含めた体内・体外環境の改善を進めていくかをつきつめることによってはじめて、無投薬・無農薬による農業が可能になると思うのです。

 私の開放鶏舎では、まわりの土の中でミミズが多量に発生し、真冬でも七星テントウ虫が孵化しては、付近の畑に飛んで行き、春からのアブラムシを食べてくれています。また、鶏糞の中には、ハエの卵やウジを食べる虫が発生し、梅雨期以降はふつうの民家よりもハエの少ない状態になりますし、臭いもありません。

 これは鶏の腸内において大腸菌が大量発生しないため、下痢がほとんど起こらず、アンモニアの発生がおさえられるからです。鶏は糞をアンモニアでなく尿酸で排出するため、本来、臭いはないのです。

 また、長年にわたって除草剤を使用しないため土壌内の菌層が一定し、年に一回草刈りをするくらいでも、雑草の背丈は四〇cmくらいしか伸びません。このような環境づくりをすることで、養鶏場としての「連作障害」を回避し、鶏にストレスを与えることなく産卵させることが可能になると思うのです。