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農文協増刊現代農業青年帰農_目次>宮城県宮崎町「食の博物館」2002_01

青年帰農 若者たちの新しい生きかた

現代農業2002年8月増刊

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 朝市夕市ネットワークを通して、少しづつ農への関心が高まり、農や食に関する地域のさまざまな動きが視野に入ってくるようになった。

 宮城県北部の小さな町、宮崎町で毎年行なわれている「食の文化祭」もそのひとつ。町の商工会が中心となって呼びかけ、家庭から料理を持ち寄り体育館に並べるという壮大な文化祭。これまで住民が「ここにはなにもない」と思い込んできた町の、足元の山や川や田畑の豊かさ、それを加工する技の豊かさを再発見する試みだ。

 1500世帯の町で、最初の年は800、2年目は1300点もの料理が並んだ。3年目は試食もできるようにした。4年目の今年は「食の博物館」と銘打たれ、春・夏・秋・冬、町全体を舞台に繰り広げられるというので、友人知人と誘い合わせ、5月の「春」に出かけたのだった。

 地元に伝わる行事の際のごちそうを味わったり、田んぼの畦で農家のもてなしに預かったり、山菜採りを体験したり、山野草であふれる農家の庭を見せていただいたりと、大いに楽しませてもらったのだが、交通整理や来訪者の誘導に忙しく立ち働く人びとのなかに宮崎英明さん(31歳)がいた。

 3年ほど前、デザインやプランニングを仕事とする彼の事務所を訪ねたことがある。それは仙台市中心部の狭いワンルームマンションの一室で、宮崎さんはタバコをくわえ、資料に埋もれてパソコンをたたいていた。

「お久しぶり、元気ですか?」とあいさつして驚いた。仙台の仕事場は昨年の暮れに引き払って宮崎町にUターン。今はご両親とともに家の畑を耕しながら、デザインや地域起こしなどのプランニングの仕事も、続けているのだという。

 町の出身者として、昨年までも仙台から通いながら「食の文化祭」実行委員を務めたのだが、今は地元に暮らしながらだから、地元のことがよくわかる。しかも最若手の実行委員として、企画や運営に、ますますその役割は大きくなっているようだった。

「どうして戻る気になったかって? 食の文化祭にかかわったからですね。ここは田舎だし、つまらないところだなあとずっと思ってたんです。だから高校を卒業して、東京の大学へ進学したんですよ。それが、いやあ、すごいところだったんだと見直すようになって……」

 知っているようで少しも知らなかった故郷の暮らしや農の営み。住む人の思い。仙台にいてもやっぱり見えない、わからない。もっと知りたい。自分でも畑を耕して野菜を育てたい。暮らしたい――そんな気持ちに突き動かされたのだという。

 実家は農家で、いまも両親が10反歩の畑やハウスで野菜つくりに精を出している。でも、宮崎さん自身は、子どもの頃にちょっと手伝いをしたくらいで農業のことはまったくといってよいほど知らなかった。

「だからいま、父が先生なんですよ」

夕暮れどき、畑を案内していただいだ。トマト、ナス、枝豆、ジャガイモ、花、ブドウ……。

「夏の文化祭では、ここで野菜のもぎ取りができないかなあと思って」

「ぜひぜひ、計画してください」と思わず口をついて出た。あたりをこんもりとした緑の山に囲まれた山里。小川が流れ、古い鎮守のお社がある。目ざわりなものが何もないから、気持ちが清々する。夏、せみ時雨を聞きながら、ここでひとときを過ごせたら、どんなにかいいだろう。

 今、農村だからと言って、必ずしも美しい景観であるとは限らない。幹線道路沿いなどの便利なところには、看板や店ののぼりがはためき、あたりかまわず自動販売機が置いてある。空き地は廃材置き場と化し、車のスクラップが山と積まれていたりする。宮崎町には、それがない。

 宮崎さんが大学で学んだのはデザインだ。

「かっこいいクルマやモダンな家具のデザインなんかにあこがれてましたよ。著名なデザイナーの作品をすごいなあと思ってた。でもね、ここには無名のデザイナー、暮らしのでザイナーがいっぱいいるんだってことに気づいたんです」

たとえば、と宮崎さんは続ける。

「デザインって見かけをよくすることじゃなくて、そのものの本質をよりよくすること。農具ひとつとっても、その人の工夫がある。それもデザイン。春が来たらこれをして、次にこの種を蒔いてと、一年の農作業を組み立てるのもデザイン。その土地のことをよく知らなければできないです。何十年積み重ねてきた重みってすごい。これこそが生きていくためのデザインですよね」

 もうひとつ、宮崎さんが感動したことがある。それは町の人たちの協力。春の「食の博物館」では、ゆうに200人を超える町の人たちがボランティアで参加した。山菜採りや畦でのもてなしに快く応じてくれたのは、同級生の父親たち。

「都会じゃぜったい無理です、そんなこと」――東京で勤めた経験もある宮崎さんの実感だ。

 農作業に精を出すお年寄りにひょいと話しかければ、田んぼや畑のことを何でも教えてくれる。そんな人間関係も財産だ。食の文化祭にかかわるなかで感じるようになったこの町のすごさを、町を離れた友だちにも知ってもらいたい。だから、夏の「食の博物館」にはそんな友だちにも、帰って来いよと呼びかけるつもりだという。

――小山厚子「月に一度の合同市は『農的暮らし』の展示場」(『青年帰農』より)


■宮城県宮崎町「食の文化祭」(食の博物館・夏編)

開催日時:2002年8月4日(日曜) 午前10時より
場所:宮城県宮崎町健康福祉センターおよび周辺集落
問合せ先:宮崎町商工会 電話0229−69−5120 FAX0229−69−5224


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