合理的農業の原理(全3巻):アルブレヒト・テーア著

「農学ルネッサンス」の原点として

訳者:相川哲夫 茨城大学名誉教授 農学博士

分子生物学へとすすみつつある21世紀農学の時代に、200年も昔の古典農学にさかのぼることの意義を問われれば、迷わず「農学ルネッサンス」のためと言おう。現代農学に問われているのは、食の安全や環境保全をめぐる有機農業、持続可能な農業への転換である。かつて、古代ギリシア・ローマ文明を範として、15〜16世紀に花開いた文芸復興をあげるまでもなく、古典とは常にルネッサンスを呼び起こす蘇生力を持つ。しかも、単なる再生ではなく、新しい飛躍としてである。
こうした願いから、私は本書の翻訳を決意、その思いが6年の歳月を支え続けた。近代農学200年の現代にこそ「農学ルネッサンス」を期待したい。


 テーアに学ぶ50年

 昭和20年代後半といえば、まだ敗戦来の食糧難と農地改革の余燼くすぶる時代である。この時期から農学部で農業の勉強を始めた私の卒論のテーマは「英国農業経営史研究」であった。たんなる農業史でなく、「農業経営史」という経営の視点から農業史をとらえなおそうという点がねらいであった。指導教授から、英国農業史を勉強するなら、なによりもテーアの『英国農業論』をしっかり読むように助言され、初めて図書館に希覯本として所蔵されていた原書を手にすることになった。これが私のテーアとの「つきあい」の始まりである。

 その後、大学院で本格的にテーアの農法論を中心に研究を続けた。当時は、日本農業近代化の道をめぐって、農地改革によって創設された自作農的土地所有についての農民層分解論の制度論争が盛んに行なわれるとともに、生産力の面でも水田農業再編の道をめぐって農法論といった視点から、例えば「ミチューリン農法」とか「ウィリアムス農法」といった新学説が世に喧伝された。スローガンとして、当時は「農地改革から農業改革へ」という共通認識があったように思う。

 この時期、伝統的な日本農法の地力単純再生産レベルからの脱却をはかる鑑となったのが、テーアの農法論であり地力均衡理論の再評価であって、それはあたかも「テーア・ルネッサンス」といえるほどの様相を示した。テーアが、封建制の桎梏と戦い営業の自由をひろげるドイツの農政改革の旗手であるとともに、英国モデルに学びながらドイツ独自の輪栽式農法を主導してドイツ農業の近代化を推進した、その実践過程は私の大学院時代の研究テーマであった。こうして学位論文「農業経営のドイツ古典理論に関する研究」ができあがったし、論文「農法論研究序説(I)(II)(III)」に対しては、日本農業経済学会賞(昭和45年)をいただいた。

 そして今日、科学の発展は化学肥料、農薬の多投、機械化、さらには遺伝子操作による新品種の開発をいっそうすすめ、農法の発展は「地力補償原理」と「輪作原理」から解放された「自由式農法」の新段階にすすんでいるかのように見える。しかし、現代の「自由式農法」による収益作物の連作は、食の安全に対する疑念や環境破壊、生態系の攪乱といった基本矛盾を顕在化させてきており、いわゆる農業生産の「持続可能性」の問題を提起している。 このような状況の中で、第三のオリタナチーブの道として「有機農法」への関心が高まってきているわけで、ここに再びテーアの「有機農法のバイブル」としての再評価の意義がある。


●訳者略歴

相川哲夫(あいかわてつお)農学博士 
1932(昭和7)年 佐賀県生まれ
1963年 九州大学大学院農学研究科 農政経済学専攻修了
1968年 茨城大学助教授
1970年 日本農業経済学会賞受賞
1975年 文部省長期在外研究員(西独ホーエンハイム大学農学部)
1978年 西独ホーエンハイム大学客員教授
1987年 茨城大学教授
1993年 農村計画学会賞受賞
現  在 茨城大学名誉教授
     農村計画学会名誉会員