主張

「農家の技術」は地域と不可分だから
『現代農業』&『季刊地域』の用語集ができた

 目次
◆豆柿やヤシャブシ、クヌギの葉でタンニン鉄
◆「農家の技術」は地域に根づき、地域から生まれる
◆『現代農業』の用語より
◆『季刊地域』の用語、そして融合
◆まるごと伝える『まるわかり事典』

豆柿やヤシャブシ、クヌギの葉でタンニン鉄

 今月号の記事を編集していて一番感動したのは、「タンニン鉄」を手づくりするのに、独自の素材を地元で勝手に探して工夫する農家が次々現われたことだ。

 タンニン鉄については、『現代農業』では昨年10月号が初出で、反響が大きかったのですぐに今年の1月号で大特集を組んだ。記事に出てきていたのは、とにかく「茶+鉄=タンニン鉄」。お茶と鉄だけで、とんでもない効果の資材が手づくりできるのだから、今年は挑戦する人が多くなるだろうことは、編集部もワクワクしながら予測していた。

 だが、農家はいつも想像を超えてくる。安く入手できそうな「茶」さえも買わず、裏山から「もっと強力なタンニン源を」と探索し、実験し、実用化する工夫が、この1年足らずの間に各地に次々生まれていたのだ。

 44ページ登場の大阪府豊能町・工藤康博さんは、

「タンニン素材としてはお茶でなく渋柿に注目しました。噛むと口中がしわくちゃになるほど渋いので、タンニン濃度はお茶よりずっと高いはず。まず9月末頃に山へ行き、100個くらい渋柿を集めました」と書いている。

 鉄選びにもこだわっていて、

「水槽は60ℓのものを用意しました。鉄資材は、スクラップを電気炉で溶かして作った鉄筋棒などよりも、鉄鋼石、石灰岩、コークスを溶鉱炉に投入してできたもののほうが品質に優れていると思い、なかでも表面積の大きそうなH鋼と鉄板などを多めに用意しました。表面の錆びはサンダーで削り落としました。

 水槽に水を張り、渋柿をハンマーでつぶしてグチャグチャにしたものを投入してかき混ぜ、鉄資材を投入。3時間ほどで水溶液が青黒くなりました。次の日にかき混ぜると黒くなり、日目には黒い粒子状のものが漂い、タンニン鉄が完成したと思いました」とのこと。

 今月号の表紙の写真も工藤さんのタンニン鉄液。渋柿のほか、山の豆柿、甘柿(富有柿)の青柿でも成功したそうだ。

 50ページ登場の福島県南会津町・月田禮次郎さんは、ヤシャブシやキブシといった山の木にタンニンが多いと知っていたという。

「1887年(明治20年)生まれの私の祖母は、私が子どもの頃、お歯黒をしていました。その材料として『ヒメヤシャブシの実から出るタンニンを使った』と後に父が教えてくれました。『歯を染めたときは、本当にきれいなものだった』そうです。やり方はぜんぜん聞いていませんが、『カネをつける』といっていたように思います」

 カネをつける、とは金属である鉄のことを指していたのではなかろうか。

 月田さんが鉄に興味を持ったのは、『シリーズ地域の再生⑰ 里山・遊休農地を生かす』(農文協、2011年)を読んだことがきっかけだったそうだ。

「(この本の)守山弘先生の書かれた第1章に、地球上の鉄の動きが詳しく説明されていました。火山灰などに含まれる鉄は植物のタンニンと結合して水に溶け出し、海まで届き、植物プランクトンを育てる重要な働きをしています。食物連鎖を経て、最終的には海底に沈み、プレートの移動や火山の噴火で再び地表に出る。鉄の何億年もの大循環、鉄と植物のかかわりに興味がわいてきました」

 そこで月田さんは、林道の路面に鉄分を含んだ赤サビ色の水が浸み出しているところを見つけ、ヤシャブシの実を置いて石で潰してみた。少し時間が経つと、見事にインク色に変化。「これがタンニン鉄という安定した物質で、海まで流れて海の生き物を育むのだと知ったときは感動でした」

 以来、月田さんは、民泊に来た子どもたちにも、キブシの実を水の浸み出る場所に置いて各自に潰させている、見事にインクの流れができた現場で、鉄の大循環の話をしてやると、中学2年生以上であればその意味をおおよそ理解し、興味をもって聞いてくれるそうだ。

 記事ではそういった「むらの農家林家」としての営みとともに、さらにマイマイガの糞やクリタマバチの虫こぶからもタンニンがとれること、実用的にはクリの新葉がよさそう、などという情報も紹介してくれている。

 その次の54ページからの森友彦さんの記事も圧巻だった。クヌギ葉からタンニンを抽出するさまざまな実験記録。そして、57ページでサザンカを使う菊池峰男さんの「子どもの頃、山から若葉のついた枝を切ってきて田植え前の田んぼに入れて踏み込んだ『ふんませ』は、砂鉄の多い田へのタンニン補給だったのでは?」という考察にも唸った。

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「農家の技術」は地域に根づき、地域から生まれる

 まったくもって、農家の技術は深くて広い。1+1では決して終わらず、厚みがあって奥行きがある。多角的にどんどん広がるし、多様性にも富んでいる。そこが、正確無比を求めて一点に集約していくことを信条とする工業の技術やコンピューターの技術と、方向性が違うところだ。

 そして、農家の技術がそういう深くて広いものである理由は、農家が「地域に生きる存在」で、農家の技術が「地域を基盤にしたもの」「地域に支えられていて、地域と切っても切れないもの」だからなのだと思う。

 地域とは、地域の自然のことであり、地域の社会のことであり、地域の時間のことである。農家は、たとえば裏山に豆柿やヤシャブシがあるような地域の自然とともに生き、たとえば過疎で耕作放棄地の多くなった地域社会の中で生き、たとえば祖母のお歯黒の記憶をたどりながら地域の時間軸を生きている。そういうと聞こえはいいが、ようは農家は、地域の自然や社会や時間に支配され、左右され、逃れられない運命にある。自然とは折り合いをつけながら農業し、集落の維持と無事に責任を持ち、先祖の思いを受け継いで未来へつながないといけない。それが、地域に生きる者の「仕事」であり、「農家の技術」もそこから生まれる。

 今月号のタンニン鉄のダイナミックな展開から、そんなことを考えてしまった。

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『現代農業』の用語より

 というのも、294ページでも紹介した新しい用語集のことが頭にあったからだ。

 農文協は今年80周年を迎え、その記念出版の一環として、『現代農業』と『季刊地域』の用語集を一冊にまとめ、世に送り出すこととした。名付けて『農家の技術・地域の仕事 まるわかり事典』。

 『現代農業』の用語集は、長い読者の方は記憶にあるかもしれないが、『現代農業』700号記念号(2005年2月号)、800号記念号(2013年6月号)の際に、本誌を大幅増ページして収録したものが元になっている。誌面でよく出てくる技術や資材はもちろん、今さら聞けない基礎的な用語、さらに『現代農業』独特の造語まで、短く端的に解説してある。今回は全部で314語も収録したので、ここで簡単に紹介するといっても簡単ではないのだが、たとえば稲作関連を例にすると、「への字稲作」「プール育苗」「くん炭育苗」「疎植」「深水栽培」「トロトロ層」などの「現代農業らしい用語」に加え、「高温障害」「白未熟粒」「幼穂形成期」「出穂」「葉齢」「実肥」「ジャンボタニシ」などの基礎用語も充実。また、最近話題の新語もたくさん追加収録したので、「密播・密苗」「条抜き栽培」「浅水さっくりスピード代かき法」なども、短文で要領よくまとまったものを読むことができる。

 今号は10月号なので土壌肥料の関連用語にも少し触れておくと、294ページからの記事にも紹介した「米ヌカ」のそばには、「フスマ」「コーヒー粕」「竹パウダー」「牛糞」「鶏糞」「カキ殻」「発酵カルシウム」……などの自給肥料素材の性格や成分、「こうじ菌」「納豆菌」「乳酸菌」「酵母菌」「光合成細菌」「放線菌」……などの微生物それぞれの性格と働きの解説が並ぶ。また、「pH」「EC」「塩基置換容量」「団粒」「腐植」「完熟堆肥・中熟堆肥・未熟堆肥」……などの今さら聞けない基礎用語、そして「炭素循環農法」「ヤマカワプログラム」「苦土の積極施肥」「土ごと発酵」「カタイ有機物」など、重量級の『現代農業』独特用語も並んでいる。もちろん「タンニン鉄」も、さっそく収録した。以下のような感じだ。

 

 ▼タンニン鉄(たんにんてつ)

 鉄は生きものにとって最重要なミネラルの一つだが、自然界ではすぐに酸化して、水に溶けずに沈殿するので、循環しにくい。しかし、アミノ酸や有機酸が鉄を包み込んで錯体化(キレート化)すると、水とともに循環し、植物の根から吸収されやすくなる。

 従来、自然界での主要なキレート剤は、森の腐葉土に含まれるフルボ酸と考えられてきたが、より人間生活に身近なタンニンも鉄のキレート剤であり、鉄分循環のカギを握る物質として注目されだした。

 京都大学の野中鉄也さんは、茶の主成分であるカテキン(タンニンの一種)が鉄をキレート化する力が強いことに気づき、お茶に鉄を入れて真っ黒に変化した、タンニン鉄を含む液体(「鉄ミネラル液」と命名)の農業利用をすすめている。タンニン鉄を収穫1週間前の野菜の株元にかん注すると、不思議なことに葉っぱや果実にツヤが出て、渋みやエグミは消え、甘味と旨味、シャキシャキ感が生まれるのだ。

 野中さんによると、広葉樹の伐採や河川改修などの影響で、自然界でのタンニン鉄やフルボ酸鉄の循環が滞り、日本中の畑が鉄分不足による貧血状態に陥っている。そのため、タンニン鉄を直接畑に補給すると、野菜が本来もっている「昔の野菜の味」が戻ってくるのだという。 (後略)

 

 他の分野のコーナーでも、基礎用語のほか、話題の新語がいろいろ読める。野菜では「ジャガ芽挿し・サト芽挿し」「環境制御」「積極かん水」、果樹では「これっきり摘粒」「リンゴの高密植栽培」、畜産では「脱・化粧肉」、防除では「RACコード」、機械・道具に「ホウキング」「ひねり雨どい噴口」、暮らしと経営の用語には「ナスジャム」「種子法・種苗法」なども新規収録した。

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『季刊地域』の用語、そして融合

 そしてこの本『まるわかり事典』の後半は「地域の用語」。兄弟誌『季刊地域』の用語集になっている。

 こちらも、『季刊地域』30号記念号(2017年夏号)のときの増ページ企画が元になっていて、今回はその後の新しい用語を大幅増補した形だ。「地エネ」「」「小水力発電」「耕作放棄地」「空き家」「地域経済ダダ漏れバケツ」「自伐林家・自伐型林業」「多面的機能支払」「小農」「集落営農」「田園回帰」「むらの足」……など『季刊地域』の根幹をつくってきた用語に加え、新規には「不在地主」「里山林業」「継業」「地域まるっと中間管理方式」「スマート農業」「小さな拠点」……などを収録。全部で70語について、『現代農業』用語より少し長めの詳しい解説がある。

 そして今回、この『現代農業』と『季刊地域』とが融合して一冊の事典になったことにこそ、意味があると考えていたところだった。話が元に戻るが、農家の技術は地域に縛られ、支えられているからこそ、広く深く発展すると思うのだ。

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まるごと伝える『まるわかり事典』

 この『まるわかり事典』には、最初のほうに絵目次のページがあり、『現代農業』の世界と『季刊地域』の世界が、1枚の「むらの絵」の中に見事にうまく収まっている(下図)。左上のほうから見ていくと、があって木があって割りする人がいる。カヤも、シカやイノシシも、空き家廃校までも地域資源として活かし、助け合って生きる知恵を持った人たちが住んでいるむら。自給力・自治力に富み、ときにはドブロクを大いに楽しみながら、直売所で自慢の野菜を売る……。こういうむらだからなのだろう、代表的『現代農業』用語である「直売所名人」は、「売り方名人でありながら、自分だけ儲ければいいという発想にはならない人」という定義になっている。

 右ページのほうには田畑が描かれていて、米ヌカモミガラ落ち葉竹パウダー土着菌木酢液の絵もあるが、こうなるとすべてが地域資源であることに納得がいく。田んぼも果樹園も、草地を活かした畜産も、すべてが有機的につながって地域とともにある……。そんな本来の農村の大空間。農家の技術と地域の仕事が「まるわかり」で伝わって、元気の出る絵だと思うのだがどうだろう。ここではモノクロで小さくしか掲載できないが、実際の本ではカラフルでとても素敵な大きな絵なので、ぜひ現物を手にとってご覧いただきたい。

『まるわかり事典』総目次

 折しもコロナ禍のなか、農村に注目が集まっている。この『まるわかり事典』、中身は用語の解説なのだが、読むと元気になれる本だ。そして町の人にも、農村の魅力をまるわかりしてもらう一助にもなる本では、とも思っている。

(農文協論説委員会)

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