主張

「関係人口」を増やして、新しい「農型社会」を

 目次
◆全国町村会と中山間地域フォーラムの緊急提言
◆コミュニティの回復にむけ「関係人口」を増やす
◆いろいろある「不在地主」とつながる工夫
◆農協の准組合員を地域づくりのパートナーに
◆「地域の生産力」を支える生協の取り組み
◆「関係人口」を増やして、新たな「農型社会」を

全国町村会と中山間地域フォーラムの緊急提言

 政府が今年3月策定を目標に進めている「食料・農業・農村基本計画」の改定作業に対し、昨年11月、全国町村会(町村長の全国的連合組織、926町村、会長:荒木泰臣・熊本県嘉島町長)と中山間地域フォーラム(会長:生源寺眞一)による二つの緊急提言が発表された。

 全国町村会の提言の冒頭は次のようだ。

「国は、農林水産物輸出の1兆円目標を掲げるほか、農地の集積・集約化や大規模経営体の育成など構造改革による『農業の成長産業化』や『強い農業』を目指した政策展開を進めている。しかしながら、過度に農業の生産性を追求した政策は、条件によっては、地域の働く場やコミュニティ形成の場を喪失させ、中山間をはじめ地域の人口減少をさらに招き、集落の維持・発展を阻害することが強く懸念される」

 一方、中山間地域フォーラムの提言は、農業政策(産業政策)と農村政策を「車の両輪」とする農政の理念がゆがめられ、現在の農村政策は農業政策のための「補助輪」と化し、最近では「脱輪」しかかってさえいるとしたうえで、こう述べている。

「中山間地域等の農村システムは危機に瀕しており、今こそ、危機感をもって、『総合的な農村政策のあり方』を国民全体の視野で議論すべき時である。しかし現在、基本計画の改定に関する議論は、相変わらず農業の成長産業化など、農業に関する議論に偏り、今後の『農村政策のあり方』を問う議論はきわめて不十分であるばかりでなく、しばしば基本法に基づく農村政策の範囲や役割を誤解した議論さえ行われている」

 ここでいう「基本法」とは、1999年に制定された「食料・農業・農村基本法」(新基本法)のことで、その「基本理念」として掲げたのは、①食料の安定供給の確保、②多面的機能の発揮、③農業の持続的な発展、④農村の振興(中山間地域等の振興、都市と農村の交流等)であり、これを基本に日本型直接支払制度(多面的機能支払、環境保全型農業直接支援対策、中山間地域等直接支払)や農村都市交流、食育などの政策が生まれそれなりの成果をあげてきた。そうした国民的理解の醸成とともに進める農村政策が今回の改定によって大きく後退するのではないかという強い危機感が、二つの「緊急提言」を生んだのである。

▲目次へ戻る

コミュニティの回復にむけ「関係人口」を増やす

 中山間地域フォーラムの「会長メッセージ」で生源寺さんはこう述べている。

「コミュニティの共同行動は大切な文化的な資産です。あえて申し上げるならば、多くの都会が失った資産でもあります。共助共存の知恵と長期の時間的視野という点に、コミュニティの営みの共通項があるのです。これが歴史を貫いて各国に見出されるわけですから、まさに時空を超えた本質的な要素と言ってよいでしょう。現代の日本において、そんな本質を身近に感じ取ることができるのが、中山間地域のコミュニティにほかなりません」

 この「共助共存の知恵と長期の時間的視野」は中山間に限らず、あるいは規模の大小を超えて農家・農村が持ち続けてきた生き方なのだと思う。

 そんな生き方がやりにくくなり、そして、その回復を農村だけではかるのが困難になるなかで今、課題になっているのが「関係人口」を増やすことである。

 関係人口とは、移住した「定住人口」でも、観光に来た「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わる人々のこと。先の「緊急提言」でも、家族農業への支援とともに関係人口を増やすための自治体や地域への支援強化を提言し、総務省では「関係人口創出・拡大事業」を開始している。

 この「関係」では、一時的、一方的支援ではなく、継続的で互恵的な関わりが大事になる。簡単ではないが、みんなで知恵を出し合い、いろんな可能性を広げたい。

▲目次へ戻る

いろいろある「不在地主」とつながる工夫

 まずは一番身近なところから。この間に大幅に増えた「土地持ち非農家」についてである。「土地持ち非農家」は、農林統計上では、農家(経営耕地面積10a以上、または農産物販売金額年間15万円以上の世帯)以外で、耕地及び耕作放棄地を5a以上所有している世帯。その数141万4000戸で「販売農家数」より多い。高齢化などで農地を集落営農や担い手法人などに預けると、たちまち「土地持ち非農家」になってしまう。だが、法人だけではやっていけないと、「多面的機能支払」を活用して草刈りや水路、道路の整備などを「非農家」と一緒に行なうケースは多く、農文協のDVD「多面的機能支払支援シリーズ」でも「たまにはみんなの顔が見たいから」と、土地持ち非農家が草刈り隊のメンバーになる事例を紹介している。

「土地持ち非農家」がむらから離れると「不在地主」になるが、不在地主とつながる工夫もいろいろありそうで、本誌と同時発売の『季刊地域』40号では「気になる不在地主問題」という特集を組み、その辺の工夫を紹介した。

 広島県山県郡安芸太田町坪野では、不在地主を巻き込んで草刈り隊活動を進めている。活動開始にあたっては不在地主に地域の現状を率直に文書で伝えるとともに、アンケートで休耕田などの草刈りに関する意向を聞き、「地域にお願いしたい」を選択した人を、草刈り隊で請け負う対象とする。自治会長名で約20人の不在地主に手紙とアンケートを出したところ、15通の回答があった。

 こうして草刈り隊が発足。60〜70代の地元有志14人が名乗りを上げ、不在地主5人を含めた7人から依頼を受けた。翌年には11人(うち不在地主6人)、その後も依頼者は年々増え、昨年は18人(うち不在地主13人)。草刈り総面積は2.3haで、7割は地域を離れた人の土地。「農地を草だらけのままにして、地元に迷惑をかけたくない」と、年間4万〜5万円払って草刈り隊に依頼する人もいるという(坪野地域協力会事務局 尾崎秀司さん)。

 島根県邑南町の布施二集落では、むらの共同作業に地元出身者が積極的に参加している。「むらを出た人はみんな、生まれ育った故郷を気にしているけど、何かきっかけがないとなかなか帰れないんじゃないか」と営農部長の松崎寿昌さん。集落営農が地元出身者の帰省のきっかけになればと、十数年前から飲み会付き共同作業を続けてきた。現在、布施二集落には不在地主が5人いるが、みなさん共同作業には参加する。将来、不在地主になる可能性のある予備軍の人たちも手伝いに来ており、手作りの飲み会が法人と地主をつなぐ役割を果たしている。

 ほかにも、不在地主をお米のお客さんにしたり、ふるさとの行事がひと目でわかるカレンダーをつくったり、同窓会のつながりで地域振興券を送ったりなど、関係づくりの工夫はいろいろだ。昨今は、ふるさと納税を活かす方法もある。

 大分県宇佐市では、6年前から寄付する協議会を指定できる「ふるさと応援寄附金」を始めた。市のサイトで返礼品を選択後、希望する協議会を選択すれば、寄付金が市から協議会の口座に一括して振り込まれるしくみだ。津房地区まちづくり協議会ではサイトや広報誌でPRし、寄付金は年々増加。2018年度は20人から合計69万円の寄付金が届いたという。

 「本来『ふるさと納税』は自分が世話になったふるさとに恩返ししようという郷土愛に注目した制度だと思います。これからも出身者とのつながりを大事にしながら、自立した地域づくりを進めていきたいです」と協議会事務局長の岡喜久夫さんは述べている。

▲目次へ戻る

農協の准組合員を地域づくりのパートナーに

「土地持ち非農家」や「不在地主」は、むらに住んでいる、住んでいたという地縁的な関係だが、それとは別に、共同の意志に基づく「協同組合」に参加する人々も、日本には膨大にいる。これを「関係人口」として、それこそ関係を強めれば、地域を支える大きな力になるだろう。農協でいえば「准組合員」と呼ばれる人たちが全国で607万7000人で、正組合員の436万8000人よりかなり多い(2019年・農水省)。

 正組合員が減り、准組合員が増えるという流れが続くなか、「総合農協」への攻撃を強めてきた安倍政権や規制改革会議は、その一環として「准組合員利用規制」を打ち出している。これに対し、農文協では2015年、ブックレット『農協 准組合員制度の大義 地域をつくる協同活動のパートナー』を発行。翌16年、本誌1月号では「農協の『准組合員問題』とは」という小特集を組んだ。

 このなかで、宮永均さん(神奈川県・JAはだの専務理事)がJAはだのの取り組みを紹介。JAでは、地域農業資源を市民や組合員の共有財産として捉え、荒廃地化した農地をJAが借り受けて、関心のある市民に市民農園として活用してもらう「さわやか農園」を開設、さらに関心のある人向けに、JAと秦野市農業委員会、秦野市が共同で運営する「はだの都市農業支援センター」に「はだの市民農業塾」という新規就農者コースを設けている。

 こうして小さな担い手を育て、JAの組合員として総会への出席をはじめ座談会や各種イベント等に積極的に参加してもらう。さらに准組合員も集落単位に設置した122のいずれかの生産組合に加入する。正・准組合員が一体となった協同組合づくりだ。今、5年後の政府による「准組合員利用規制」の再検討をひかえ、准組合員を「協同活動のパートナー」とする活動はいよいよ盛んになっている。

 兵庫県神戸市・大西雅彦さん(元・JA全国農協青年部組織協議会会長)は「企業向け准組合員枠の設置を」と提案する。

「農家とつながることで、企業としては福利厚生の場として農業体験ができたり、収穫した地場野菜を自社の営業に使えたり、あるいは社員寮に農家の空き家を活用したり、さまざまなメリットがあると思います。農家側としても耕作放棄地を利用してもらったり、社員食堂に野菜を使ってもらったりができる。組合員としてつながれば、それぞれのニーズを満たすかたちで、農をベースにした新たな地域の構築が可能だと思います。

 私の農園では地元の工務店さんと提携し、月に2回ほど社員研修として農作業体験に来てもらっています。社員のチームワークの向上が図れるということで、お金もいただいています。工務店では年に数回お客様感謝デーを開催しているのですが、それも私の農園で行なっています」

 島根県津和野町・糸賀盛人さん(農事組合法人「おくがの村」)はこう述べる。

「私は、農業は国民全体の食に関わるものだから、農家以外の国民すべてに農業のサポーターとして准組合員になってもらいたいと思っています。大企業にとって農協は邪魔物のようですが、大企業のために農協法を変える必要はない。いらないお世話です」

▲目次へ戻る

「地域の生産力」を支える生協の取り組み

 数的にはもっと多い「協同組合」に「生活協同組合」がある。日生協(日本生活協同組合連合会)によると、2018年の地域生協の組合員数は2187万人(前年比0.4%増)、世帯加入率37.7%。

 生協の農産物に関しての仕事は仕入れと販売で、流通・販売業者として農業を支えているが、生協もまた「協同組合」であり、「関係人口」になる素質を充分に秘めている。『農業法研究』54(日本農業法学会編集・発行、農文協発売)で京都生協の福永晋介さんがこんな取り組みを紹介している。

 京都生協は組合員数54万世帯、世帯加入率は45%(2018年現在)で郡部の加入率のほうが高い。生協に加入しないと日々の買い物も大変だからだという。

 そんな京都生協がめざすのは「府内、地域、国内産の品揃えを拡大し利用を広げ、地域の生産力を高める」こと。生協が「地域の生産力」を課題にあげるのも興味深い。

 そんな生協の活動の一つが「産直さくらこめたまご」。京都の農家が、京都で生産された飼料米で飼養して生まれる卵で、ふつうより1個10円高いが、瞬く間に1億円の商品になり、毎週利用する人が1万人近くもいるという。

 そして、地産地消売り場が急速に拡大している。17の全店舗に店舗周辺の生産者の売り場を設置。本格的に始まってからは5年ほどだが、今や契約している農家は207人、年間売り上げ高は3億円。これを支える「援農隊」もある。

「(援農隊とは)契約をしている農家が何か大変な目にあったとき、SOSを出してもらったら必ず応援にいきます、という生協職員のボランティア組織です。去年は16回出動して260人ほどの職員が参加しています。正規職員は600人ほどなので、なかなかイケてる数字ではないかなと思っています」

 この背景には、脱サラしてやってきた新規就農者を食っていけるようにしていくのは生協・消費者の責任でもある、という意識があったという。

▲目次へ戻る

「関係人口」を増やして、新たな「農型社会」を

 ほかにも「関係人口」候補はいろいろある。協同組合では、ワーカーズコープという協同労働の協同組合もあり、小暮航さん(ワーカーズコープセンター事業団ひろしま北部地域福祉事業所)が本誌の「リレーエッセイ 意見異見」(2019年7月号)で広島県の取り組みを紹介している。小暮さんらが立ち上げ支援した地域課題の解決に取り組む団体は、市内全域に19あり、計約200人以上が活躍中。農の分野では、耕作放棄地の活用、果樹栽培、地域の農業支援や環境保全の事業などが生まれているという。

 また全国では、「○○町協議会」などの地域運営組織も増え続け、これとJAがタッグを組むことで地域もJAも元気になる。そんな取り組みが合併農協の支店でさまざまに始まっている(2019年6月号・主張「農協が地域運営組織とつながるとき、地域は大きく動き出す」参照)。

 地域おこし協力隊など、田園回帰の若者たちも元気だ。総務省は「地域おこし協力隊の拡充ー6年後に8千人」を発表している。さらに、農をめざすシルバー世代もいて、シルバー人材センター(団体数1325 会員数71万3746)では、約半数が農作業での就業を希望しているという。

 冒頭で紹介した「食料・農業・農村基本法」(新基本法)にあたっては、内閣総理大臣の諮問機関として「食料・農業・農村基本問題調査会」が設置され、その会長は歴史学者の木村尚三郎氏であった。その木村会長が答申直後の記者インタビューで、「二十一世紀のわが国の方向を、『土と共に生きる農型社会』にすべきだ」と強調した。

 中山間地域フォーラムの中心メンバーであり、総務省の施策にも関わる小田切徳美さん(明治大学)は、先に開かれた「農政ジャーナリストの会」での講演で「田園回帰時代の新々基本法を」と訴えた。

 農家・農村が知恵を出し合って「関係人口」を着実に増やし、「田園回帰」の流れも生かして「農型社会」をつくる。そんな夢と希望を胸に、今年も元気に歩み続けたい。

(農文協論説委員会)

▲目次へ戻る