主張

スマート農業に農家の自律性を奪われない

 目次
◆成長戦略としてのスマート農業
◆農業構造改革の「好機」!?
◆田植え機より補助作業のスマート化を
◆リモコン式草刈り機やドローンに期待
◆農業機械と人の関係性から見た懸念
◆農家の自律性を奪われない

成長戦略としてのスマート農業

 昨年から今年にかけて「スマート農業」という言葉をやたらとよく聞くようになった。「スマートフォン」をはじめスマートがつく言葉はいくつもあるが、スマート(smart)は英語で「頭がよい」「賢い」とか「高性能な」という意味。スマート農業とは「ロボット・AI・IoT(注)等の先端技術を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する新たな農業のこと」だそうだ。機械メーカーや情報通信会社の先端技術を農業現場に導入し、高齢化対策や省力化、増収など農業が直面する課題について“限界突破”を図ろうというような発想である。無人で走るトラクタがテレビドラマで話題になったように、とくにロボット技術を取り入れた農業のイメージが強い。

(注) AI…人工知能。 IoT…パソコンやスマートフォンなどの通信機器以外のいろいろなもの(電化製品・自動車・農機・建物など)がインターネットとつながる仕組みや技術のこと。

 本誌と同時発売の姉妹誌『季刊地域』39号(2019年秋号)では、「スマート農業を農家を減らす農業にしない」という特集を組んだ。いつもなら「月刊 季刊地域ダイジェスト」の連載で紹介するところだが、今回はこの「主張」のページでその内容にふれながら、農家はこの「新しい機械化」にどう向き合っていくのか読者のみなさんと一緒に考えてみたい。

「スマート農業」という言葉が初めて登場したのは2013年秋のことである。安倍内閣が掲げる「攻めの農林水産業」の推進に向け、スマート農業を農業界と経済界が連携を深める一環と位置付けて、関連企業で研究会を設置することなどが報道された(日本農業新聞、13年10月22日)。その後、スマート農業は、安倍首相の肝いりで内閣府が進める「戦略的イノベーション創造プログラム(略称:SIP)」に位置付けられた。そして今年2月、農水省は未来投資会議の場で「2025年度までにほぼすべての担い手のスマート農業実践を目指す」と発表。約50億円の予算を充てた「スマート農業実証プロジェクト」が今年度から全国69カ所で始まっている。先ごろ公表された20年度の予算概算要求でもスマート農業推進は輸出力の強化と並んで柱の一つとなっており、51億円の要求額が提示された。「攻めの農林水産業」の背景には経済界との連携があり、先端技術を取り入れた農機開発と普及により関連企業にも恩恵が大きそうな事業である。

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農業構造改革の「好機」!?

 スマート農業推進の内閣府プログラムディレクターを務めた野口伸北海道大学教授の講演資料に、「SIPが目指す我が国農林水産業の将来像」として次のような説明がある。――日本の農林水産業の現状は、基幹的農業従事者が減り、高齢化も進んでいる。一方で大規模経営が増えている。これを「農業構造改革の好機」として「農業のスマート化」を進め、日本の農林水産業を「担い手を中心とした、グローバル競争に勝てる強い農業」にしようというのである(科学技術と経済の会〈18年2月21日〉資料「次世代農林水産業創造技術への取り組み」より)。

 これは、野口教授個人の考えというより政策を担う内閣府の意向だろうか。無人で動くロボット農機が農業現場に導入され、農家の労力が軽減されるのは悪いことではない。集積した農地を管理するのにICT(情報伝達技術)を利用できれば便利だろう。ただこの「将来像」には、農家が減ることに対してはなんの憂いも感じられない。農業は気にかけても農家や農村は眼中になさそうだ。ひねくれた見方かもしれないが、農業にかかわる人を減らすことがむしろ目標になっているように映る。

「農業構造改革の好機」とは、いったい誰にとって好機なのだろう。農村では、小さい農家、高齢農家がリタイアするのを「好機」ととらえるような話はまず聞かない。農地を集積してきた大規模農家であっても、高齢農家にはできるだけ長く続けてほしいと思っている。それは、預かった農地の草刈りや田んぼの水管理に手がまわらないという実利的な理由もあるだろうが、なによりも農家がどんどん減ったら、生産だけでなく暮らしの場でもある地域社会が成り立たないからだ。

 構造改革路線は農業生産基盤も危うくしている。農業産出額や生産農業所得は増えたというが、18年度のカロリーベース自給率は過去最低の37%まで落ち込んだ。国連で小農宣言と家族農業の10年が採択された背景に、家族農業が食料保障の要として見直されたことがあるように、農業の主な担い手は小農・家族農業なのである。

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田植え機より補助作業のスマート化を

 では、スマート農業の技術を体験しつつある農家はどのように受け止めているのだろうか。平場で規模拡大を進めてきた担い手経営と中山間の集落営農の例について『季刊地域』39号の記事から拾ってみよう。

 茨城県南部、龍ケ崎市の横田修一さん(43歳)が代表を務める有限会社・横田農場は、水稲単作の農業法人として地域の田んぼを引き受けてきた。このところ経営面積は毎年5~10haずつ拡大。19年の作付面積は150ha、圃場の枚数は390枚にもなる。面積の増加に対応するため、横田農場では早生から晩生まで8品種を作付けて作期を延ばしてきた。これによって田植え・イネ刈りの期間を2カ月以上に延ばす一方、栽培従事者7~8人、田植え機・コンバイン1台ずつの態勢でこなすことで最大限の効率を目指してきたという。

 だが、この多品種作期分散、田植え機・コンバイン1台態勢は限界に近づいている。これ以上の作期拡大は収量低下のリスクを高める。今後も増え続ける委託圃場の増加に対応するには、1日当たりの作業面積を増やす以外にない。ただし、ここで単純に機械を増やしては、稼働率が落ちるうえ人員も増やす必要が出てきてコストが膨らんでしまう。機械と人員という二つの限界を超えるため、横田さんは「スマート農業」に期待した。

「スマート農業実証プロジェクト」にも参加している横田さんは、農研機構が開発した自動運転田植え機を今年使ってみてこんな感想を持ったそうだ。

「まっすぐな直進や確実な旋回は、場合によっては熟練者を超えるような動作を実現しています。ただ、現時点でそれは走行のみです。植え付けの精度に関わる操作、例えば圃場条件に応じてフロート感度を変えたり、速度を変えたりすることは自動化されていません」

「横田農場では若い従業員に、田植え機の操作は『前を4割見て、後ろを6割見る』と教えます。肝心の田植え作業は運転席の後ろで行なっているからです。後ろを見ない、すなわち植え付けの精度を確認していない作業は、我々の感覚では田植えとはいえません。

 それに田植え作業というのは、圃場に苗を植えることだけではありません。(中略)田植え機の速さや動きよりも、苗の運搬や田植えの補助者の動きを効率化することのほうがはるかに効果的です」

 自動運転田植え機は、田植え機を無人化して田植え作業が一人でできることがうたい文句のスマート農機だ。だが、一人でできたとしても、それでは現状の2人態勢で行なう横田農場の田植えの半分の量もこなせないだろうと横田さんは見ている。田植え機の無人運転は横田さんが期待したスマート農業ではないということだ。

 一方、岩手県遠野市の集落営農組織、農事組合法人・宮守川上流生産組合の菊池文彦事務局長も、田植え機の無人運転についてこう言っている。

 「植えるのは機械でも、苗を運ぶのは人なんですよね。スマート農業で自動化するというなら、私はそっちから攻めたほうがいいんじゃないかと思います」

 農家が高齢化し労力不足になるといっても、まず足りなくなるのはオペレーターより補助作業の労力。それに苗運びはひたすら力を使うきつい作業でもあるからだ。

 そして、補助作業をラクにする「スマート農機」としてこんなアイデアを披露してくれた。一つは苗を持つ際に指先の力を補う「指先アシストグローブ」。同じく苗の運搬をラクにする機械として、田植え機に補充する苗を育苗ハウスから圃場の各所へ無人で運ぶ「電磁誘導式苗運びカート」。それに、植え付けの終わった空の苗箱を圃場から倉庫へ運ぶ「苗の空き箱運搬ドローン」だ。

 世の中が注目し、そしておそらくスマート農業の政策中枢も目玉と考えているであろう農機の無人運転とは違うところに両者の期待はある。

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リモコン式草刈り機やドローンに期待

『季刊地域』39号の特集には、集落営農組織や担い手20法人から寄せられた「期待するスマート農機」のアンケート結果(複数回答)もある。半数の10法人が丸をつけ、いちばん期待を集めたのは、リモコン式草刈り機と自動水管理システム、それにドローンの活用だった。

 島根県出雲市の集落営農法人、株式会社・未来サポートさだでは、リモコン式草刈り機を昨年いち早く導入し、地域の高齢農家の草刈りも請け負う「草刈り部隊」を発足させた。その理由を山本友義社長はこう書いている。

「いま、農業の中で一番の重労働は、何といっても草刈り作業です。特に中山間地は法面が広く急斜面で、そのうえ畦畔の数が多いのが当たり前。離農する農家の一番の理由は『年を取り、草刈り作業がきつくてできなくなったから』。(中略)形状の悪い小さな湿田が続く中山間地では、自動操縦のトラクタや田植え機よりも、草刈り作業の軽減化施策が必要です」

 地域の農地を引き受ける現場、とくに中山間地では、農地以上に管理が大変な法面の草刈りをラクにしたいと考える。そして高齢農家には、できるだけ長く元気で農業を続けてもらいたい。宮守川上流生産組合の菊池さんは、集落営農のなかでベテラン高齢者と若い世代が一緒に働くことで引き継げるものが大きいことを指摘していた。

 ドローンに対しては中山間の集落営農からの期待も大きいが、平場の横田さんもこんな見方をしている。

「現在のドローンは自律航行ができるようになってきました。海外では1人で複数機を操作することも可能になっているそうです。そうなれば、1人でこれまでの何倍もの作業ができます。飛行精度も上がっています。すると、散布位置が多少重なっても問題ない農薬の散布だけでなく、施肥にも播種(直播)にも活用できる。上空からイネの生育監視もできれば、稼働時間も費用対効果もこれまでの農業機械を上回る可能性があります」

 山本さんも菊池さんも横田さんも、それぞれの経営に必要なスマート農機はどんな機械かを見極めようとしている。

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農業機械と人の関係性から見た懸念

 神奈川大学の芦田裕介准教授は、農業機械と人の関係を研究してきた異色の若手社会学者だ。芦田さんは「スマート農業の推進を手放しで喜ぶことはできない」として、次のような懸念を表明している。

「たとえば、ICT関連の技術について(中略)、農業者は技術の開発・普及・利用においてわからないことが多いため、どうしても情報産業技術の専門家が主導することになるだろう。(中略)この点に注意しないと、新しい技術は一部の『専門家』によってつくられ、現場のニーズを反映したものにはならない。

 政府の想定するスマート農業推進の目的は、省力化や効率化を進め、生産性を高めるように、農業経営の改善を図ることにあると思われる。ただし現状では、利用する側が専門的な知識を習得する必要があるため誰でも使える技術とはいえないだろう。また、メンテナンスのコスト一つとっても予測できない部分があり、省力化が進んだとしても採算が取れるかどうかはわからない」

 農家にとって機械や道具はその構造や仕組みが理解できるものであり、壊れれば修理し、ときには使いやすいように改造し、いわば自分の手の延長のように使いこなしてきたものだったのではないだろうか。それが現在では、便利な農機が増える一方で、エンジンの電子制御が進み、電装部品が増え、購入価格が高くなるとともに農家が自分で修理しづらいものに変わってきた。モデルチェンジが頻繁に繰り返され、部品供給が10年しか続かないため、修理をあきらめて買い換えるしかないという農家の声も聞く。スマート農業はこうした状況をいっそう進めるおそれがある。

 芦田さんは、農家が仕事や生き方において「自律」という価値を大事にすることにふれている。自律とは、他者に強制されず、自分で考えて決定し、行動すること。本誌の記事を見返すと、トラクタの作業効率を高め燃料代を減らす「低燃費高速耕耘法」や、圃場の四隅を盛り上げないように耕すための「3秒ルール」など、農機に対して自律性を発揮する農家の技術がたくさん登場する。今月号の稲作コーナーには、精米機の「負荷」と「流量」を調整しておいしい米に仕上げる技もある。芦田さんが心配するのは、こうした農家の農業機械に対する自律性がスマート農業の導入でますます制約されるのではないかということである。

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農家の自律性を奪われない

 入口においては、「世界で一番企業が活躍しやすい国」の看板を掲げた現政権の思惑もからんでいそうなスマート農業だが、1年目の実証プロジェクトはもう終盤にさしかかる。茨城県の横田さんは、プロジェクトに参加した理由をこんなふうに話している。

「何十億円もかけて役に立つ技術は生まれませんでした、じゃ困るでしょ。農家が機械化貧乏ならぬスマート農業貧乏になるのも困る。若い農家を育てるためにも、こういう技術が必要だということをわれわれが意見して、役に立つ技術を一緒につくっていかないと」

 横田さんが「田植えになっていない」と指摘する自動運転田植え機だが、これを開発した研究者の方々も、より役立つスマート農機をつくるため、農家の意見を期待している。ある研究者は、「農業現場はわれわれの想像もしないような機械の使い方をすると思うんですよ」と、プロジェクトの結果を楽しみにしていた。

 農家にとって、ICTやロボットの技術についていくのはたいへんなことではある。しかし『季刊地域』の特集を通じて感じたのは、ここで一部を紹介したとおり、農家はスマート農業にも自律性を発揮しうるということである。それは、自分たちの経営に本当に必要なスマート農機を見極め、開発された機械の問題点を指摘する、口を出すことから始まる。また、市販のスマート農機では、購入者が自分で修理できない契約をメーカーに求められる事態も起きているそうだが、そういった農家の自律性を冒すような契約は拒絶することも必要だろう。

 最後にもう一度、横田さんの言葉を借りて終えたい。

「スマート農業は魔法の道具ではなく、農業者の課題を解決する道具の一つにすぎません。道具の使い手によって、使う環境によって、役に立つことも役に立たないこともあります。それはすべて技術を使う農業者に委ねられています」

(農文協論説委員会)

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