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農文協トップ主張 2019年2月号

国連「小農宣言」が明記した「種子の権利」を考える

 目次
◆知的財産法や種子ビジネスから「種子の権利」を守る
◆種子ビジネスに対する民衆の激しい抵抗
◆種子法廃止と農家の自家増殖「原則禁止」に抗して
◆種子の公共性、共有性、自然性
◆タネ採りは作物の一生を見ること

 2018年11月、国連総会第3委員会は「小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言(小農の権利宣言、以下「小農宣言」)を賛成119の多数で採択した。棄権は49、反対7。アメリカやイギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどが反対し、日本は棄権した。本号が届くころには、国連総会でこの宣言が決議されているだろう。

 小農宣言の特徴は、「小農」の範囲を家族農業だけでなく、農林水産業全体に、さらにはこれを支える地域にまで広げたことである。加盟国は、家族と地域、そしてこれを守る協同組合の権利を守りこれを支援し、そのための財源確保を含む措置を講じなければならない。

 この小農宣言では地域という「集団的権利」を掲げたが、アメリカ政府代表は当然のごとくこれに反対し、「個人の権利が優先されるべき」と発言したという。「個人」といっても企業の利益追求のことで、グローバル経済、多国籍大企業にとって、地域の伝統や共同は最大の障壁なのである。この障壁を破壊しつつ、国、地域の資源を奪い、環境を悪化させ、貧困や格差を招いていることに対し、民衆レベルの抵抗が力強く広がっている。アメリカなどの反対、そして日本を含めてアメリカなどからの圧力が背景にあるとみられる棄権をはねのけて採択される小農宣言。世界の潮流は大きく変わろうとしている。

 そして小農宣言は、家族農業、地域農業に欠くことができない「種子の権利」を重要項目として明記した。この「種子の権利」の背景と価値について考えてみたい。

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知的財産法や種子ビジネスから「種子の権利」を守る

 小農宣言(案)の「第十九条 種子の権利」では、

「小農と農村で働く人びとは種子に対する権利を持ち、その中には以下の内容が含まれる」として、「a)植物遺伝資源に関わる伝統的知識を保護する権利」「b)植物遺伝資源の利用から生じる利益の受け取りに公平に参加する権利」「c)植物遺伝資源の保護と持続可能な利用に関わる事柄について、決定に参加する権利」「d)自家採種の種苗を保存、利用、交換、販売する権利」を挙げ、「小農と農村で働く人びとは、自らの種子と伝統的知識を維持、管理、保護、育成する権利を有する」としている。

 そのうえで宣言の締結国の責務として、種子の権利を尊重、保護、実施し、国内法において認めること、十分な質と量の種子を手頃な価格で小農が利用できるようにすること、小農の種子を守り農業生物多様性を促進することなどを挙げ、最後にこう述べる。

「締約国は、種子政策、植物品種保護、他の知的財産法、認証制度、種子販売法が、小農の権利、特に、種子の権利を尊重し、小農の必要と現実を考慮するようにしなければならない」

 種子企業の利益を守るための知的財産法などの制度によって、小農の「種子の権利」が侵されることはあってはならないということだろう。

 この「種子の権利」を根底から脅かすのが、遺伝子組み換え作物(GM作物)による種子ビジネスである。種子ビジネスの最大手、モンサント社はGMの特許種子を盾に自家採種を禁止し、さらには交雑によるGM遺伝子の「流出」も特許侵害として、農家から賠償金を取り立てる騒ぎを起こし大きな問題になった。こうした脅威から「種子の権利」を守るために、続く「第二十条 生物多様性の権利」では「締約国は、遺伝子組み換え生物の開発、取引、輸送、利用、移動、リリースから生じる小農と農村で働く人びとへの権利侵害のリスクを制御、防止、削減しなければならない」と明記された。

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種子ビジネスに対する民衆の激しい抵抗

 小農宣言の背景には、多国籍大企業の種子ビジネスに対する激しい抵抗がある。農文協ブックレット『種子法廃止でどうなる? 種子と品種の歴史と未来』のなかで印鑰智哉さん(「日本の種子を守る会」アドバイザー)は、「世界に広がる種子の独占とそれに抗する動き」を次のように紹介している(要約)。

 日本でも昔はそうだったが、世界の大部分の農家は自分でタネを採り、あるいは仲間で交換したり融通したりして、わが家で地域でタネを確保してきた。そんな農家と種子の関係を破壊する通称「モンサント法案」という攻撃が2000年代末から本格化した。これはUPOV91(植物の新品種の保護に関する国際条約)を中心に、育種者・育種企業の権限を大幅に強化し、農民が種子を採種、保存、交換することを制限ないしは禁止する条約を各国に求めるもので、種子市場の独占をめざすモンサントを利する法案であるとして、この名で呼ばれた。これに対しラテンアメリカなど各国の農民・市民は激しく抵抗した。

 この法案が成立したコロンビアでは法の施行の日から怒った農民が全国の幹線道路を封鎖。学生もその闘いに呼応し、国中が麻痺の状況に陥り、政府はあわててこの法の施行を2年間凍結せざるをえなくなった。グアテマラでは2014年6月、ワールドカップの開催中に国会で成立させたが、ワールドカップの興奮から覚めた農民と市民はこの法律に憤り、連日のデモをかけ、ついには憲法裁判所がこの法律を違憲と判断。国会も撤廃法案を成立させた。チリでも廃案となり、ベネズエラでは、「モンサント法案」を葬るだけでなく、遺伝子組み換え種子禁止法を制定。コスタリカでも生物多様性を守る国内法を成立させた。

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種子法廃止と農家の自家増殖「原則禁止」に抗して

 それでは日本では「種子の権利」はどうなっているか。日本ではGM作物の栽培は禁止され、多国籍大企業の種子ビジネスの脅威に直接さらされているわけではない。しかし、種子企業の知的財産権を強化するUPOV91条約を批准した政府は、この流れにそって「種子の権利」を狭めようとする動きを急速に強めている。「種子法」の廃止や、農家の自家増殖を「原則禁止」とする「種苗法」の施行規則改編はその現われだ。

 種子法は、農業試験場などの公的研究機関と都道府県に主要農作物の種子の品質を管理し、優良な種子の安定的な供給を義務づけたものだが、政府は規制改革会議の提案を受けて国会でのまともな議論を避けながらこれを廃止し、あわせて「試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進する」という、先人が蓄積してきた公共財を民間に払い下げる「農業競争力強化支援法」を成立させた。

 小農宣言では国の責務として「十分な質と量の種子を手頃な価格で小農が利用できるようにすること」を明記しているが、種子法廃止は種子の安定的な供給を危うくすると不安が広がり、その後、都道府県が独自の種子条例をつくる動きが広がっている(本号308ページ)。

 一方「種苗法」をめぐっては、農水省は農家が自家増殖できない「禁止品目」(登録品種に限る)をどんどん増やし、種苗法のもとでは「原則自由」なはずの農家の自家増殖の範囲を狭めようとしている。これへの批判や、それでも自家採種・自家増殖ができる余地は充分に大きいことを本誌では精力的に追究し、今月号でも農家が自分の種子を守り、育て、交換する取り組みをにぎやかに紹介した。そこには、国のちがいを越えた農家と種子の深いかかわりがある。

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種子の公共性、共有性、自然性

 先に紹介したブックレット『種子法廃止でどうなる?』で、農と食の視点から歴史研究をすすめる藤原辰史さん(京都大学人文科学研究所准教授)が「種子の文明史的意味」と題して興味深い指摘をしている。

「種子には、食べる種子と食べない種子がある。植物の種子を食べなければ、地球の人口はこんなにも増えなかっただろうし、種子を保存しなければ、人類はこんなにも長く地球上に存在しなかっただろう」

「種子を増やすために温存することは、人類しか営むことのなかった原初的な行為」であり、「種子とは人類の特徴を考えるとき、きわめて貴重な証言者なのである」。

 そして人類は、種子を改良していく。松の実を貯蔵するエゾリスはよい松を選ぶことはあっても、松を育て、その実をもっと栄養価に富んだものにしようとはしないが、人類は、播いて育った植物の種子のうち、発芽がよいものや本体から外れにくいものを次世代の種子として残すことを覚えた。そうすることで、植物は、人間にとって都合のよいものに変えられていく。

「しかし、種子の『改良』は人間が思っているほど、人間の力によってなされるのではない」と藤原さん、それは「自然のさまざまな現象に左右されやすいものであり、自然のなかでは人間の行為など微々たるものにすぎない。こんな事実を確認することも、種子を扱う行為に含まれる」「種子を増やし、改良して、人間の限界を思い知る。これらの行為は、人間が人間らしくなるためのきわめて根源的な行為であった。人間の歴史は、種子の歴史と分かちがたく結びついているのである」。

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タネ採りは作物の一生を見ること

「種子をめぐるこれらの行為には、公共性、共有性、そして自然性が深く根ざしている」という藤原さん。そんな角度から小農宣言の「種子の権利」を考えてみよう。

 この「種子の権利」は、種子に対する小農の権利ではあるが、そこには植物(作物)としての種子の権利が含まれている。そもそも種子は子孫の持続のために植物がつくるものであり、子孫の持続に向かって育つ植物は、病害虫や環境の変動に耐えて生きる性質をそなえ、さらに別の地に移った場合はその地で生きられるように自らを変える潜在的な力を秘めている。そんな自然性をもつ種子を育て、一部を食べものなどとして利用し、そして変わろうとする潜在力を生かして種子を改良していく。

 自家採種を行なう農家は、品質やそろいを求めて採種を続けていくと品種の生命力が弱まり、これを防ぐために形質のちがう品種をまぜて、新たな血を入れたりする。そこには生命としての種子がもつ「権利」とつき合う作法がある。小農宣言が小農の「伝統的知識」を重視するのは、そこに、その地で種子とともに生きるための種子の保存・改良、栽培、利用の知恵が詰まっているからだ。

 本誌の「『農家の自家増殖、原則禁止』に異議あり!」(本誌2018年2、4、5月号)に対し、自然農法の団体で育種事業にかかわり、退職後も野菜の自家育種・採種に取り組む長野県の石綿薫さんが寄せてくれた文章にはこう書いてあった(同6月号 318ページ)。

「タネ採りは作物の一生を見ることである。タネ採りができるだけ身近にあったほうが、その地域で、あるいは農業界全体として、作物を丸ごと理解できる機会を失わずにいられることになると私は考える。大量の情報が日々生み出されるなかでは、栽培に関する情報も種苗や採種に関する情報も、本来は連綿とつながって存在している生きものの世界や土の世界が、ブツブツと細切れの情報になっていくように感じる。タネ採りが遠いものになったら、先人たちのつくってきた品種や農の知恵さえも、ぶつ切りの情報の断片になりはしないか」

改良された種子は、だれのものでもない

 藤原さんの話にもどろう。

「種子は、それが播かれる土地の食、風景、虫の増減、生態系を大きく変える恐れがあるから、決して上から強圧的に播かれるべきものでも、改良されるべきものでもない。なにを播くか、それは種子の本来の性質からして、その土地に生きる人々の協議やそれに基づいたルールでしか決めることはできない。そのため、種子の担い手には、国家よりも地域、グローバル企業よりも地域の種苗家こそふさわしい」

 藤原さんは、「改良された種子は、だれのものでもない。『改良者』は、人間だけではないからだ」と改良者としての地域自然にふれたうえで、こう続ける。

「よい種子であれば、それは別の土地の作物の改良にも役立つので、いつでも交換しやすいようにしておかなくてはならない。別の土地との関係を良好に保つことにも役立つ。昔からなされてきた種子の交換は、種子の特性を活かした行為である」

 今月の品種特集号では「農家の自家増殖バンザイ! タネの大交換会」という特集を組み、「誌上タネ交換会」を開催。各地の農家から自慢のタネを提供してもらった。このなかで、長野県の竹内孝功さんは、天然農法の故・藤井平司さんが育種した大玉トマトを紹介したうえでこう記している(48ページ)。

「私もトマトの本当の姿を知りたくて、各地の品種を取り寄せるうちに、維持品種が60種にも増えました。4年に1度栽培して品種を維持しているものもあります。『タネを預かっている』感覚で、私の圃場に来てタネが少しでも喜んで本領を発揮してくれればうれしい。そんな想いを共有してくれる方にお渡しし、みんなで品種を維持できればと思います」

 種子がもつ公共性、共有性を竹内さんは「タネを預かっている」感覚と表現した。

 また75ページには、長崎県雲仙市の農家育種家、俵正彦さんの記事がある。生涯をかけて15種ものジャガイモを育種し、世に送り出してきた俵さんは、生前こう話していたという。

「ジャガイモも自分の子供と同じ。いってみれば、ジャガイモの子供を15人も授かったようなもの。農家が自家採種して、種イモとして売るのは困るけど、友達にあげたってかまわない。そうやってうちのジャガイモたちが地域に根差して、そこで特産品に育てば本当に嬉しい。さらにいえば、その地域でさらに進化して、別の品種に生まれ変わるかもしれない。うちの品種は、そうやって世の役にたてばいいと思います」

「農家の自家増殖」は育種家や種苗メーカーの権利を配慮しながら進められる。農家の自家増殖、民間企業による品種改良、さらにイネなど主要農産物の種子への公的支援。これがそれぞれ元気であればこそ「品種の権利」は守られ、品種は豊かに、多様になっていく。

「種子は、人間の鏡である」と藤原さん。

「種子から公共性と共有性と自然性が奪われると、人間からもそれらが奪われる。人間も、ある特定の人間にとって都合のよい存在でしかなくなり、その人間にせっかく公共に利する点があったとしても、それを抹殺してしまう」

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2019年2月号
この記事の掲載号
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