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農文協トップ主張 2016年12月号

「多面的機能支払」で心が動いた人たちの話

 目次
◆茶農家の父と東京の息子
◆大変! 誰もわからない
◆「多面的」を、さらに多面的展開に

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茶農家の父と東京の息子

▼草を抜くか、抜かないか

 内輪の話で恐縮だが、わが編集局内に静岡の茶農家の息子がいる。実家の父は名の知れた篤農家だったが、目を患い、茶栽培を続けられなくなってしまった。1町5反ある茶園をすべて、地元の担い手企業に預けることにしたのは、もう4〜5年前のことだ。

 今年の盆休みの話。東京の家族を連れて帰省した息子は、家の前の茶園まわりが草ぼうぼうなのを見て愕然とした。子供のころから見慣れてきた茶園風景とは明らかに異なっていて、違和感がある。「これは……、(預け先の企業の)手がいよいよ回らなくなってるんだ」と思ったそうだ。なんせ、その会社は飛ぶ鳥を落とす勢いで、どんどん面積を拡大中との噂を聞く。本業は懐石料理の仕出し屋なのだが、近年茶業部を立ち上げて農業参入。茶産地の真ん中に立地する会社として、地域の茶園と茶業を守る気持ちは本物らしく、とても熱心。やれなくなった茶園を引き受けてもらえて助かってる人も多い、との話なのだが……。

 翌朝起きた息子は、茶園脇で目立つ草を数本抜いた。朝食のときにそのことを言ってみると、父は「そんなことする必要はない。茶園は預けたんだから、それはもう向こうの仕事だ」と言う。だがこのままにはしておけない。「オヤジは目が見えないから草に気づかなかったのかもしれないが、『あの家の茶畑は草ぼうぼうね』と見られてしまう。道を通る人には茶園を貸してるかどうかなんて、いちいちわからないんだから」と思った息子は、中学生の自分の息子も動員。午前中いっぱいかかって、みっともないところだけは二人で全部抜いてまわった。草があったのは主に茶畑の中ではなく、茶園脇の側溝や道路との間。ヒメムカシヨモギのような背の高い草がゴンゴン生えていた。

 昼飯に帰ると、父がその企業の社長に電話していた。「息子と孫が余計なことをして、草を全部抜いて回っている。じつに申し訳ない」と謝っているのだ。電話を受けて、社長のほうも恐縮。その場で直ちに従業員に指示を出したようだ。夕方になる前に、茶業部の若者が除草剤噴霧器を背負って駆けつけてきた。「借りている人の畑は大事にしないと」と心より思っている地元企業なのだが、やはり、作業がなかなか間に合っていない、ということのようだった。

▼地域の点火剤になろうかと思う

 父に「茶園はもう預けたんだから、お前がそんなことをやらなくていい」と言われたとき、息子はふと田んぼの出し手・受け手の関係のことを思い出したそうだ。

 かつてこの『現代農業』の「主張」欄で、担い手法人や集落営農に田んぼを預けた人が、預けっぱなしにするのではなく、アゼ草刈りを引き受けるという事例について読んだことがある。田んぼの受け手側も大面積になると手が回らないから、出し手が草刈りをやってくれれば助かるし、出し手のほうも草刈りしないといけないとなると、預けた途端に田んぼと縁が切れてしまうこともない。流動化が進む時代ではあるが、「田んぼの集積=農家減らし」にしてはいけない、というようなことが書いてあった。

 父にそんなことを話してみると、わりと興味を持って、「出し手が草刈りをするときの日当はどうするんだ?」との反応。「たしか、そういうときに使える補助金がある、という話だった」と、そのときはうろ覚えで答えたそうだ。

 東京へ戻っての後日、父から電話が来た。「このまえの話だがな……」と、すっかりその補助金を使って何かできないかと考え始めている様子。あわてて「このまえの話はお茶じゃなくて、田んぼの話だよ」と、少し落ち着くように言ってみたものの、「これは、ちゃんと調べないといけないな」という気持ちにさせられた。

 見直してみると、該当の「主張」は2年前の2014年12月号、多面的機能支払の交付金についての記述だった。田んぼだけでなく、多少単価は下がるが畑でも使える交付金とのこと。茶園と水田はどちらも土地利用型で、状況もいろいろ似ている面があるなと以前から漠然と思ってはいた。ひょっとすると、本当にうまく使える制度なのかもしれない。実家に、その「主張」の記事を改めて送ったところ、目の見えない父のために、母が横で音読してくれたらしい。

 次にかかってきた電話では、父は記事を持って地元の農業改良普及センターに行ってきたとのことだった。普及センターの担当者には「そんな制度は知らない。わからない」と言われたが、県に問い合わせをしてもらったら、ちゃんと話が通じた。「多面的機能支払交付金をもらうには、受け皿となる活動組織を作ってください」と言われたとのことだった。

 例の企業のほうも、「いい話ですね」と喜んでいる。どんな形の活動組織ならいいのか、地域でうまく作れるのか……、お茶地帯では前例もなく、まだまだこれからの話だが、現在、父は奮闘中だ。もちろん、多面的で交付金が出るようになっても、目の見えない父自身が草刈りして日当をもらおうという話ではない。その真意を息子が想像するに、「地域の茶園を引き受ける担い手の存在を応援したい」という思いと、やはり「茶園を預けた側の農家も、自分の茶園に関わりを持つこと」への思い、この両方があるのではなかろうか??。一番最近の電話では、「これで何か、地域の点火剤みたいな役ができればと思ってな」と言っていたそうだ。

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大変! 誰もわからない

▼ため池の水の抜き方、知ってますか?

 いっぽうで水田地帯を中心に、すでに動きが起きている地域もたくさんある。『現代農業』の兄弟誌『季刊地域』の28号には、多面的機能支払についてこんな記事もある。

 香川県さぬき市。いかにもため池が多そうで、小さな田んぼが多くて水利も複雑そうな地域だが、全容を把握していた水利組合の組合長が70歳で倒れてしまった。2001年のことだ。以来、どこの水がどういう仕組みでどう流れて全体に行き渡っているのか、地元でわかる人が誰もいなくなってしまった。

 組合長に病床で「後を頼む」と託された六車孝雄さんは、全国農業経営者協会の会長を務めるほどの大規模担い手農家だが、気持ちは引き継げたとしても、組合長の頭脳の中だけにあるものを引き継ぐのは難しかった。資料も何も、ほとんど残っていなかった。

 2007年、「農地・水」の制度が始まったときに、この地域でも「鴨部東活動組織」が発足した。代表は六車さんだが、市役所を早期退職した岡野勲さんが事務局となり、地域全体で田んぼの仕組みを守っていく組織として活動を開始。まずは全体のことを把握するのが大事と、みんなで水利施設の点検・機能診断に力を入れた。

 特に大変だったのは、全部で19カ所もあるため池だ。5年前、「森本池」の池干し・点検を計画したときのこと。それまで池干しなどしたことがなかったので、水を抜こうにも末端の排水バルブがどこにあるのかわからない。池のまわりを何度も探索するも、それらしきものが見当たらないのだ。地元の長老に聞いてようやく探し当てたバルブは、なんと山あいの森本池からはるか500m下流、基盤整備のすんだ平場の田んぼの真ん中の水路の横にあった。

 いざ、バルブを回してみると、最初は泥水が放流され、次にきれいな水が勢いよく続く。2日ほどそのまま排水すると、今度はため池の中から底水を流すためのハンドルが出現。なんとか池干しが完了した。

 排水のしくみがわかったので、翌年は「天神池」、その次の年は「田中大池」と、次々に池干しを実施。どのため池も、末端のバルブがどこにあるのか、底水をどのように排水するものなのか、知る人は皆無だったが、何事も経験で、なんとかやり遂げることができたそうだ。

▼10年かかってみんなで継承

「農地・水」開始から10年、途中から「多面的機能支払」に名前が変わり活動もスケールアップしているが、鴨部東地域にとってこの10年は、地元の水利を学び直し、再発見して継承し、みんなのものにしていく10年だったようだ。

 各所にあるポンプの型式も、いつどこにいくつ、どう設置したものかわからなかったので、市役所の倉庫から設置当時の図面を引っ張り出してもらったりしながら、すべてオーバーホール完了。水利施設の配管や機械の図面がないと、管理に余計な手間がかかることもわかったので、修理の履歴や施設状況などはなるべく記録を残すようみんなで決めた。実際の修理のノウハウや池干しのやり方も、参加者が経験を積むだけじゃなくて、写真や図面、工事報告書を整理しておくことで、次の世代が安心して引き継げるようにした。

 農業・農地にとって「作物を栽培する」ことは、じつはほんの一面でしかない。その部分だけなら、六車さんのような担い手農家にボンと任せてしまうこともできるのかもしれないが、それを支える水路や水利施設・農道やアゼ、人の関わりや仕組みや歴史……、見えないことがものすごくたくさんある。本当にわからなくなってしまったらおしまいだ。引き継いでいく責務は、地域全体にある。

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「多面的」を、さらに多面的展開に

 現在、農文協ではDVD「多面的機能支払支援シリーズ」を制作中だ。昨年発行した第1巻「みんなで草刈り編」に続き、今年は第2巻「農道・水路の機能診断と補修編」、第3巻「田んぼ・畑の多面的機能アップ編」、第4巻「景観をよくする共同活動編」を一気に発行(11月末予定)。これで、法面草刈りや水路泥上げなどの「農地維持支払」から、水路・農道の補修や多面的機能増進の「資源向上支払」の共同活動まで、多岐にわたるメニューを網羅したラインナップが完成する。

 3巻分を一気に撮影進行することになった今年は、先の香川県の「鴨部東」の方々(第2巻に収録)はじめ、とても多くの活動組織にお邪魔させていただいた。

 見えてきたのは、この交付金には「地域をもっと自分たちで何とかしよう、何とかできる」と思わせる力があるということだった。近頃は「小さな拠点」とか「地域運営組織」とかいう呼ばれ方で「住民自治組織」が各地で発足しているが、多面的機能支払の活動組織がそういう役割を果たすようになる道も普遍的にありそう、とも感じられた。

◆福島県須賀川市の「仁井田の自然環境を守る会」には、春一番の「水利施設の点検・機能診断」に同行取材・撮影させていただいた(第2巻に収録)が、彼らはこの多面的の制度の仕組みを「ミニ地方分権だ」と表現していた。事務局の我妻信幸さんにインタビューすると、「基本的にはいま点検した箇所は、この事業で、すぐ補修できっからね。前はそれを区長に通して、役所に行って、役所の農政土木が予算つくかつかねえかってハッキリしてから、じゃやりますかって言うまで2年くらいかかった。それをこれだと独自の予算で点検して、機能診断して、すぐ1カ月もたたねえうちに実行できる。予算をわがらのとこに使って……前も言ったけどミニ地方分権に近いようなとこがあって」「これは、やる気があればすごい制度なんだ。農家にとってはね」。

 また、ここの活動組織では、田んぼのまわりにサクラの木を植栽し大切に育てている(第4巻に収録)。もともと昔は田んぼまわりにもカキの木などの樹木類があったものだが、圃場整備で何もかも切られてしまった。作業中に一服する一本松の木陰もなくなって、地域の風景がなんとも無機質になってしまった。10年後の地域の風景デザインを考えた結果、多面的の活動でよく植える一年草の草花でなく、ここではサクラの木を選んだ。地元の小学生に一本一本苗木を植えさせたので、大きくなる木を眺めながら、彼らも後々まで地域の風景に愛着を持つに違いない。

◆宮城県加美町の「石母田ふる里保全会」には、子供たちとの田んぼビオトープの様子(第3巻に収録)のほか、間伐材丸太を一本置くだけの法面草刈り用の簡単足場(『季刊地域』26号に収録)を撮影させていただいた。長く活動してきた彼らに今の一番の関心事を聞いてみると、来春4月に予定しているNPO法人化とのこと。

 NPOにする一番の狙いは、高齢化した役員の世代交代。若い人を専従で雇うことだ。そのためにも地区より外の会員も募って、応援団を増やしたい。多面的機能支払の範疇に収まらないいろいろな活動もして、自主財源も確保したいと考えている。都市との交流事業に力を入れ、今は別組織である集落営農も構成員に誘って米の販売もしたい。地元の山の産物(クロモジや炭など)も事業化したい。さらに、NPOになれば役場の仕事もいろいろ請けられるだろう。いろいろな仕事を地元につくって、若い人が外に出ていかない地域づくりが夢、と話してくれた。

◆三重県の「多気町勢和地域資源保全・活用協議会」では、機能診断から始まって、農道や水路の補修の実際のやり方、そして組織全体と地域のかかわりまで、かなり詳しく撮影させていただいた(第2巻、第3巻、『季刊地域』27・28号にも収録)。事務局長の高橋幸照さんには、水路補修に便利な水中パテについて今月号にもご寄稿いただいている(146ページ)。

 ここでも今年7月、一般社団法人「ふるさと屋」という別組織を立ち上げたという。今のところ、小水力と太陽光を電源に小型電気自動車を走らせ、獣害柵や用水路の点検の仕事を請け負う仕事を始めたばかりだが、ゆくゆくは独居老人の見守りサービスもやりたいし、都市農村交流事業もやりたい。直売所や農家レストランも視野に入れていて、まさに地域の「小さな拠点」となることを目指しているそうだ。

「多面的」の活動はじつに多様。今度のDVD作品もじつに多岐にわたる内容となり、バラエティ豊かに仕上がりそうだ。そしてこの活動、実際に取り組み始めると、どんどん地域が見えてくるのも特徴のようだ。本来の活動目的とされる農地まわり以外のことまで、次々いろいろ自分たちの力でやりたくなってしまう不思議な制度。まさに多面的展開。

「農地・水」が始まった2007年は、担い手絞り込みの選別政策と悪評高い「品目横断」が始まった年でもある。そういう意味では、「選別政策の尻ぬぐい・補完のための社会政策」との見方もあるのは事実だが、始まって10年、「多面的機能支払」と名前を変えて3年が経過。ここへ来て、そんなケチな了見を軽々と越えていく農家の勢いを感じる。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2016年12月号
この記事の掲載号
現代農業 2016年12月号

特集:畑の菌力 強化大作戦
イネの自然栽培/野菜 トンネルいらず栽培/怖い凍害、徹底して備える/下北半島をアピオスの産地に/わき芽収穫/農家の経営シミュレーション ほか。[本を詳しく見る]

みんなで草刈り編 みんなで草刈り編』農文協 企画・制作

刈り払い機の安全作業、斜面の草刈りをラクにする足場づくりの実際、若者をはじめ多様な人材が参加する草刈隊の組織・運営方法など、多面的機能支払で最も基本的な活動となる草刈りの共同作業に役立つ工夫を紹介する。 [本を詳しく見る]

生きものを育む田んぼビオトープづくり 生きものを育む田んぼビオトープづくり』農文協 編

耕作放棄田や休耕田を地域資源として捉え直し、多様な生きものたちを育むビオトープとして有効活用する手順や維持管理の方策などについて解説する。 [本を詳しく見る]

グラウンドカバープランツ植栽による法面・畦畔管理法 グラウンドカバープランツ植栽による法面・畦畔管理法』農文協 編

地域の畦畔・法面環境にあったグラウンドカバープランツの植栽・管理に向け、在来種を主体にした様々な品種の特性と管理法について解説する。 [本を詳しく見る]

法面・畦畔・休耕田の雑草管理法 法面・畦畔・休耕田の雑草管理法』農文協 編

在来種を主体にしたグランドカバープランツの植栽法と維持管理法、また遊休農地を含めた農地の生態的管理による環境改善法について解説する。 [本を詳しく見る]

安全・効率アップの草刈り必携マニュアル 安全・効率アップの草刈り必携マニュアル』農文協 編

多面的機能支払交付金(農地維持支払)で、「地域資源の基礎的な保全活動」に位置づけられる農道や水路脇等の草刈り作業。高速回転の刃物(刈り払い機)を使って行うため、とくに共同で行う際は格段の注意が必要となる。安全で効率のよい草刈り作業を行うために、作業の計画と手順、刈払機の点検と基本操作、安全作業のための注意事項、上手な草刈りのコツや斜面などの安全で効率的な草刈り法、さまざまなトラブル対策、さらに刈った草の活用法などについて、多数の写真や図版を使ってやさしく解説する。よく見かける雑草の簡易図鑑付き。 [本を詳しく見る]

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