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農文協トップ主張 2016年3月号

TPP反対は次世代への責任

 目次
◆「想像力の問題」としてTPPを考える
◆窮迫する世界の食料事情「2030年危機説」――高い、安いの前に直視すべきこと その1
◆食べてはいけない輸入食品、これだけの怖い理由――高い、安いの前に直視すべきこと その2
◆消費者の「かかりつけ農家」になって国産農産物の確かさと魅力をアピールし、TPPを無化しよう
◆普遍主義からローカリズムへ――TPP反対の世界史的意義

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 昨年10月5日、安倍晋三政権がTPP(環太平洋経済連携協定)の「大筋合意」を発表したのを受け、本誌12月号の「主張」では「『TPP的世界』から守るべき大切なこと」と題し、それへの批判と対抗軸を打ち出した。

 農の営みは、「根源的な社会的共通資本を次代に継ぐ大事な仕事である。『大筋合意』の反国民的な問題点をあぶりだす取り組みとともに、地域から国民的な連帯を広げていく活動を元気に、豊かに続けたい」と結んだこの「主張」の趣旨をさらに多角的、重層的に展開し、国民各層の議論のよすがにしていただくべく、農文協では『TPP反対は次世代への責任』と題する新しいブックレットを発行した。

「次世代への責任」などというと、いささか気負い過ぎの感もないではなかったが、決してそんなことはないことを本号の小特集「TPP このまま批准させてはいけない」で4人の方々が、いわば以心伝心のエールを送ってくださっている(320ページ〜)。以下は石川県の農家、西田栄喜さんの思い。

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「想像力の問題」としてTPPを考える

「大筋合意を受けて日本のマスコミは農産物が安くなるの大号令。まるで既成事実を急いで作るかのように。そして国もまだ正式合意ではないのに対策をすでに打ち出しています。畜産対策や備蓄米を増やす等々。その道に進んでおいて対策なんて、意味がわかりません。ただ見えてくるのは金で解決すればいいという発想です。

 農産物を金の観点だけで語っていいのでしょうか。人は食べないと生きていけません。食べものが『高い』とか『安い』とかいうのは食が溢れていて選べる立場だからこそ。そんな状況がずっと続くと信じて疑っていないところが悲しくもなってきます」

「TPPが正式合意されても日本の農家がすぐにつぶれてしまうということはないかもしれません。それでも遺伝子組み換え作物や、成長ホルモン剤がたっぷり入った肉がこれまで以上に入ってくることでしょう。私が一番危惧しているのはタネの特許をおさえられ、遺伝子組み換え作物しか育てられなくなる、そして家庭菜園すら自由にできない時代が来るかもしれないということです。

 こんなことは誇大妄想であってほしいと思いますが、実際にアメリカではそういったことが進行しています。

 TPPの問題は、(今と将来をつなげて考える)想像力の問題でもあります。いざ何かあっても一度失った農地をすぐ取り戻すことはできません」

 西田さんは、高い安いだのと、食が溢れていて選べる状況がずっと続くと信じて疑っていない状況を悲しく思い、食の安全を心配する。農家が自分のことだけを考えると食料は自給できるし安全なものを食べられるが、農家は「今だけ、カネだけ、自分だけ」という現代的風潮とは反対に、「次世代への責任」に想像力を働かせるのである。

 以下、本ブックレットから、「農家の責務」にかかわる今後の食料事情と食の安全性について考えてみよう。

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窮迫する世界の食料事情「2030年危機説」――高い、安いの前に直視すべきこと その1

 アジアの農業に詳しい稲作・水田学研究者である渡部忠世さん(京都大学名誉教授)は、そう遠くない十数年のうちに世界的な食糧パニックが起きる蓋然性(確実性の度合)が高いと、大要以下のように警告している。

 (1)世界の人口は現在の70億人から10年後には80億人に達する(国連予測)。

 (2)世界の食糧生産に一大飛躍をもたらす技術的ブレークスルー(突破)、すなわち化学肥料の発明、ハイブリッド・コーン、多収の短稈性の小麦や稲の開発といった、過去の緑の革命に匹敵するようなことは起らない(レスター・R・ブラウン、ハル・ケイン“FULL HOUSE” 邦訳『飢餓の世紀』小島慶三訳、1995年、ダイヤモンド社)。

 (3)またバイオテクノロジーは飢餓を根絶してくれる生物学的万能薬ではない。この新しい技術の貢献は農薬撒布を減らしたりすることには使われても、主要農産物の遺伝的生産能力を高めるという最も重要な期待については何の見通しも立っていない(同上、小島訳)。

 こうした諸前提にもとづいて、アメリカ、中国、旧ソ連およびインドの4大食糧生産国(ビッグ・フォー)の2030年における穀物の需給は、アメリカを除く3国、即ち中国、旧ソ連、インドではいずれも消費量が生産量を上回り、その結果、アメリカでの余剰分を差し引いても、ビッグ・フォー全体として合計で2億400万tの不足となる。さらに「中国の1人当たり消費に対する所得上昇の効果を考慮すると2030年には中国の不足額は3億7800万tという驚異的な数字となる」(同上、小島訳)。

 このビッグ・フォーの不足にその他のすべての国、地域を加えると、2030年の世界の穀物不足量はじつに5億2600万tとなり、パニック的事態になると結論される(ちなみに、農水省が本年1月13日に公表した2015/16年度の世界の穀物需給予測は需給とも24億6000万t強で「均衡」しているが、じつは、うち4割が家畜のエサに回されているので飢えに苦しむ人びとが世界に大勢いる。渡部さんが指摘した五億t超の不足ということがいかに重大な事態であるかがわかる)。

 そして米について、渡部さんはこう述べる。

「70年代、80年代頃の東南アジアの農村のことを思うと、いつも青々とした稲が育っている風景が脳裏に浮かぶ。ここはアフリカなどと違って、これからも飢えとは無縁の『豊饒の世界』のように思われた。

 ところが90年代に入ると、こうした楽観的な技術信奉にも翳りが見え出してきた。米の収量は停滞する兆しが見え、価格も低迷しだした。

 一方で、各地のデルタに見られる都市圏の膨張、工業団地化の勢いは最も肥沃で広大な沖積地水田を奪うことから始まり、その傾向は多くの地方都市周辺にも及び出した。各国とも例外なく、若者たちに続いて多くの農民が次々と農村を離れ出した。今世紀に入ると、東南アジア各地で農村の衰弱あるいは荒廃といわれる事態が大なり小なり社会問題化、ひいては政治問題化する傾向にあると報じられてきた」

 こうして渡部さんはTPPの無責任さと次世代に果たすべき私たち大人の責務を次のように述べている。

「……いずれにしても、緑の革命当時の熱気はその片鱗も今では見られない。その一方で、すべての国が消費量の増加を続けている。世界の穀物一般についてブラウンらが予測したと同じ道を、東南アジアの米も追っている。危いかなアジアの米――。わが国で米不足になっても東南アジアからの輸入が可能と考えている人がいるが、その余裕はほとんど無くなるものと覚悟しなければならない」

「以上に述べた近未来の食糧事情からして、自由貿易、開国などと称してこれを無用とする見解が、いずれも近視眼的な誤りであることが分かる。

 わかりやすく子や孫のためと言ってもよく、また説明を省いてきた『食糧主権』という考えからしても、わが国はせめて米自給の姿勢を崩すべきではない。

 私たち日本人は米をあまり食べなくなってはいるが、やがて私たちの後代は米などの世界的食糧戦争を経験する可能性が高い。その時に際して、補助金や備蓄米などという彌縫策は役に立つとは思われない。今から自給についての思い切った発想の転換が必要であろう」

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食べてはいけない輸入食品、これだけの怖い理由――高い、安いの前に直視すべきこと その2

 私たち大人が次世代に果たすべき第1の責任が右に述べた食料、とりわけ米を始めとする穀物の自給(量)にかかわる問題だとすれば、その第2はそれら食料の安全(質)にかかわる問題であろう。TPPは主として米国主導による規制緩和、ハーモナイゼーションの名のもと各国の食品安全に係る主権を侵害し、いのちと健康を脅かす危険極まりない貿易制度でもあるからだ。

 本書ではこの問題について安田節子さん(食政策センター・ビジョン21代表)が恐るべき実態を報告している。代表的な例をいくつか紹介すると、

 (1)ポスト・ハーベスト農薬

 日本ではポスト・ハーベスト(PH)農薬は禁止されているが、TPP日米協議の交換文書によれば、防カビ剤をPH農薬として容認することが義務づけられた。今後、国内残留基準と比べて5倍から200倍も高い(国立医薬品食品衛生研究所「米国と日本の農薬使用基準の対比」による)PH容認の米国基準を次々受け入れさせられる危険性が高い。

 (2)牛肉の成長ホルモン剤

 米豪両国では牛に合成成長ホルモンが使用されている。

 世界的には合成ホルモン剤残留牛肉の輸入禁止がEU、ロシア、中国などを筆頭に広がっている。日本は国内措置として禁止だが、検疫検査はされていない。そのため先進国で最大のホルモン剤汚染牛肉の輸入国なのだ。

 2009年日本癌治療学会学術集会で藤田博正医師らが発表した食肉中の成長ホルモン(エストロゲン)調査では、米国産牛肉の脂身には日本の140倍、赤身では600倍の残留だった。牛肉消費量最多の米国では乳ガン、前立腺ガンの発症数が極めて高い。日本も輸入牛肉の消費量と並行するように乳ガン、前立腺ガンを含むホルモン依存性ガンが急速に増加している。牛肉関税引き下げにより、日本国民は汚染牛肉の一層の消費を押し付けられることになる。

 (3)赤身増量の飼料添加物 塩酸ラクトパミン

 牛や豚の成長促進剤で肉の赤身が増える飼料添加物「塩酸ラクトパミン」がTPP参加国の米国・カナダ・メキシコ・豪州で広く使用されている。米国食品医薬品局(FDA)の報告書では、2002年から11年の9年間でラクトパミン添加の飼料により死亡した豚の数は約22万頭に上っている。人間にも吐き気、めまい、無気力、手が震えるなどの中毒症状が出たり、心臓病や高血圧患者への影響が大きく、長期摂取で悪性腫瘍が誘発されるなどとして世界160カ国では使用禁止・輸入規制となっている。

 日本は国内使用を認めておらず、輸入肉には残留基準値を設定しているが、検疫検査はされていない。ほとんどのベーコン・ハムなどは輸入豚肉を原料としており、残留が懸念される。

 (4)養殖魚 チリ産サケなど

 家庭での購入が一番多い輸入サケ・マスの総量の四割を占めるチリ産サケ。チリの現場ではエサの大量投入の残渣や屎尿などによる海洋汚染、海ジラミに対する殺虫剤やウイルス、バクテリア感染対策の殺菌剤・抗生物質の投与が行なわれている。 

 2005年コーネル大学は、養殖サーモンが天然サーモンよりダイオキシンなどの有害物質をはるかに多く蓄積しており、食べ続けると幼児にIQの低下や発育障害をもたらす恐れがあると発表、年6回以上は食べないよう警告した。

 (5)遺伝子組み換え(GM)食品のさらなる拡大

 このたび政府が発表した「TPP協定の概要」では、GMの承認促進や違法なGM種の混入について緩和を図ること、またバイオ企業が作業部会に参加することを規定している。

 今後、規制撤廃で外資を含む企業が日本の農地でGM作物生産を始めれば、国産優位は失せてしまう。そして「知的財産権強化」のルールのもとで、農家は交雑であっても遺伝子特許侵害として訴訟の餌食にされる可能性が出てきた。企業は特許権を盾に、安全審査のデータを「非開示」にすることがまかり通るようになる。

 (6)GM表示

「TPP協定の概要」のTBT(貿易の技術的障害)章には、安全性評価手続きの作成に利害関係者(=米国企業ら)が参加することを認めるとあり、参加する作業部会の規格・安全性評価手続きは米国企業の意向に沿うものになるだろう。

 政府はGM表示は変わらないと説明する。しかし米国企業が日本の任意表示「遺伝子組み換え不使用」によってGMが避けるべき悪いものとされ不利益を被るとしてISDS条項による提訴やTBT条項を使って撤廃させる可能性があることを政府は否定していない。

 市中に出回る食品のGM表示はほとんどが「不使用表示」だ。これが消費者の選択の目安となっている。これがなくなれば選択権を奪われる。日本のGM表示は今では発展途上国よりも遅れている。食用油はじめ異性化糖などGM使用なのに表示されない食品が多数ある。しかし表示の拡充はTPPで絶望的になる――。

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消費者の「かかりつけ農家」になって国産農産物の確かさと魅力をアピールし、 TPPを無化しよう

 以上、窮迫する世界の食料事情や安田さんがあげた輸入農畜産物の危険極まりない実態の一端を紹介したが、残念ながらこれらが一般消費者の常識になっているとは言えないのが現実だ。農家自身の子弟も含め日本の未来を担う子どもたちや若者たちにこんな“TPP食品”を食べさせ続けたり、近い将来危惧される食料争奪戦を経験させるわけにはいかない。

 冒頭に紹介した西田さんは言う。

「そんな私たちにできることのひとつが『かかりつけの農家』という考えを広めることだと思っています。かかりつけの医者や弁護士のように『かかりつけの農家』になる。そうしてお客さんと直接つながることができれば、どちらにとってもきっと安心感が生まれます。

 いざという時、札束でひっぱたかれても昔からつながりのある人に譲る、それが農家のプライド。今を助けることで未来が助かる。そういった意識を持っている人もたくさんいます」(以下略)。

 TPPで予想される恐ろしい事態が「誇大妄想」で終わるよう農家はお客様と直接つながる「かかりつけの農家」になり、「札束でひっぱたかれても」直接つながっている客を大事にする。それが「農家のプライド」であり、「今を助けることで未来が助かる」ことにつながる――。

 西田さんはこのように述べ、農家と消費者を結び、今と将来をつなげる想像力をたくましく持つことの大切さを力強く訴えている。今だけ、カネだけ、目先の損得のみで書かれている中央メディアの凡百の社説や論説に比べ、なんという高邁な思想と哲学であろうか。

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普遍主義からローカリズムへ――TPP反対の世界史的意義

 今回発行したブックレットも、このような農家の思想に学び、それを広く国民全体に訴え、共有すべく企画し、総勢16名の研究者、医師、元外交官、作家、生協・食政策運動家などのみなさんにご執筆いただいた。

 以上紹介してきた食料自給や安全性の問題の他に、

 (1)そもそもTPPとは、アメリカンスタンダードこそが国境を越えて確立されるべき優れた制度だと主張する、時代錯誤も甚だしい“普遍主義”の現れの象徴であること、したがっていま必要なことは「普遍主義の破棄」(内山節氏)であるという、TPP反対の世界史的意義を明らかにし、

 (2)重要5品目を含む農産品の81%もの関税を撤廃するなどした「大筋合意」は、国民のいのちの糧を外国に売り渡す歴史的愚挙であることを指弾し、にもかかわらずこれを強行するなら「輸入国」に見合った本格的な直接支払い政策の確立が必須であること、および、国の政策がどうあろうと地域地域で持続可能な農業・農家経営のあり方を模索している農家の営みが地域農業と国民を結びつける限り輸入に対抗しうる可能性は決して小さくないことをも明らかにし、

 (3)生活者の立場から、上述した輸入食品の危険性や、世界に冠たるわが国公的医療保険制度を守る意味、日本の将来を担う若者世代の労働環境の現状と課題などを分析、提言している。

「TPP締結時、日本の大人たちは何を考えていたのかと、将来世代にさげすまれることのないよう」(元外務省国際情報局長・孫崎享さん)、本書が、日本の農・食・医・労働を守り、私たち大人が次世代への責任を果たしていくための参考になれば幸いである。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2016年3月号
この記事の掲載号
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TPP反対は次世代への責任 TPP反対は次世代への責任』農文協 編

TPP「大筋合意」という事態を受け、日本の主権と国民経済全般および食料・農業、医療、労働等を真に守り発展させる途はいかなるものであるか、およびISDSの危険性を明らかにする。「<平成の不平等条約>TPP「大筋合意」は日本の長期衰退を加速させる」(慶應大金子勝)ことや「普遍主義の時代の終焉という文脈で読むべきTPP問題」(内山節)、「後世まで安心して生きられるまっとうな社会づくりと医療・社会保障問題」(前日本医師会長・原中勝征)等多角的に分析。 [本を詳しく見る]

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