主張

田園回帰(ライフスタイル革命)で「地域自給圏」を再創造する

 目次
◆国と地方・地域の利害対立の深まり
◆向都離村から田園回帰へ――ライフスタイルの大転換
◆「地域自給圏」構想の土台に新しい基幹産業を
◆「村を持続させる労働の系」が「循環系の地域経済」をつくる
◆「田園回帰」を農村の世代交代に活かす 老若男女、農地、自然を活かすあたらしい働き方

国と地方・地域の利害対立の深まり

 2015年10月、安倍首相はこれまでの3本の矢(金融緩和、財政出動、成長戦略)の総括に触れることなく、アベノミクスの第2ステージを表明、新3本の矢で「1億総活躍社会」をめざすとした。第1の矢は「希望を生み出す強い経済」(名目GDP600兆円の達成)、これを最優先課題としたうえで、第2の矢には「夢をつむぐ子育て支援」(希望出生率1.8の実現)を掲げて子育てにやさしい社会を創り上げると女性に配慮を示し、第3の矢では「安心につながる社会保障」(介護離職ゼロの実現)で意欲ある高齢者が活躍できる生涯現役社会の構築をうたった。

 だが、この間進めてきた「強い日本」「強い経済力」を取り戻すことを優先する政策が「希望」や「夢」や「安心」につながるだろうか。そんな疑念を多くの国民が抱くのは、そもそもアベノミクス的成長戦略で「強い日本」を創る基盤そのものがすでに失われているからである。

 たとえばアベノミクスが企業の輸出拡大にむけて円安に誘導しても、輸出は思うようには増えていない。輸出を担ってきた大企業はすでに多国籍企業化し工場は海外に移転、電気製品でさえ海外工場から輸入されているような経済構造に変わってしまった。

 一方、円安は輸入原材料や飼料などの価格上昇を招き、中小企業や農家を苦しめる。

 そして非正規雇用の増大など格差社会のいっそうの拡大である。「強い経済力」を支えるはずの大企業が国内の「雇用力」を激しく衰退させ、トヨタ、キャノン、ソニーをはじめとする日本型多国籍大企業が、国内の人々に「雇用の機会を提供する力」を急速に失いつつある。日本経済の成熟のもとで人口減少に向かう日本市場より魅力的な海外への事業展開と所得移転、つまりは国富の流出が進み、国内では「派遣切り」や、すでに600万人は超えたといわれる「雇用保蔵」(企業が抱える余剰労働力)の切り捨ての問題が危惧されている。

 にもかかわらずというべきか、だからというべきか、安倍政権はあくまで、経済力に軍事力を加えて「強い国」をめざす。安保関連法案の強行採決、TPPの「大筋合意」、その前段にしくまれた農協攻撃、これらは、地域の暮らしを破壊し安全を脅かし、国と地方・地域との折り合いがつかないような事態を強めるであろう。沖縄の辺野古基地移転や原発再稼動問題を引き合いに出すまでもなく、国と地方・地域との敵対的な関係が一層深まる、そんな国としての最大の不幸を打開していくことがいま焦眉の課題になっている。

「希望」や「夢」や「安心」をもたらすのは、経済力、軍事力による「強い国」ではなく、地域の再生を土台に据えた地方創生である。私たちの地域での仕事と暮らしづくりを最優先する立場からすべてを考えはじめることにしたい。

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向都離村から田園回帰へ――ライフスタイルの大転換

 いま、文明の大転換を予感させる、新しい潮流が生まれている。戦後、高度経済成長期に加速した「向都離村」の時代が終わり、都市から農村への「田園回帰」の時代への流れである。

 15年5月に閣議決定された「平成26年度 食料・農業・農村白書」は、農村活性化を特集し、「都市に住む若者を中心に農村への関心を高め豊かな環境や新たな生活スタイルを求める『田園回帰』の動きや、定年退職を契機とした農村への定住志向がみられる」ことに注目した。

 2014年の調査では、農村などへの「定住願望がある」や「どちらかというとある」と回答した都市住民が、2005年に比べ11ポイント上昇して31.6%に達し、特に20~29歳の男性では47.3%にも及んだ。このような潜在的ニーズを踏まえ、「白書」では、地域資源を活かした所得・雇用の確保、そして新規就農や定住に結びつく支援が必要だと指摘している。この支援、大いに充実させてほしいが、地域が主体となって使いこなす支援のありようを考えるためにも、この新しい潮流「田園回帰」を生み出す土壌が都市と農村双方の側から準備されていることに注目してみたい。

 まず都市の側から。農村が自給と相互扶助の共同体的世界で成りたっているのに対して、都市は個人を基調にして成りたっている世界である。農村での共同体的世界はときに息苦しい、個々人を束縛するものとして捉えられてきた。そこから解き放たれる自由、個々人が稼ぎ個々人で消費する自由が「向都離村」を促進した。バラバラな個人が働けば働くほど都市の市場は大きくなり、女性の社会進出や高齢者の雇用延長など、できるだけ皆が働けるように出産から墓場まで人間の生老病死を外部化することで、都市の市場は極限まで肥大した。生産(労働)と生活が分離し、労働は不安定化、孤立化し、生活も市場にまきこまれて充足感が奪われていった。

 そんな共同体的なものや地域の自然から乖離した生き方と決別し、自然やそこに住む人々との関係のむすび直しのなかに自分の仕事と暮らしを再構成しようとする思いが顕在化してきたのが21世紀である。田園回帰の本質は農と結び自然と調和した暮らしを求めるライフスタイル革命にある。

 このさきがけは、バブル崩壊後の1990年代に大きな流れになった「定年帰農」である。「定年帰農 6万人の人生二毛作」と題した『現代農業 1998年2月増刊』は異例の増刷を重ね瞬く間に3刷り、発行部数7万2000に達した。この田園回帰第1世代は、人生80年時代という長寿社会を迎え、生涯現役の生き方を農村というフィールドに求めた昭和10年代生世代であった。

 そして、これを農村の側から準備し支えたのは、戦後農業を一身に背負い、小力技術を開発し、地域社会とつながりながら所得にもなる直売農業を広めた昭和ひと桁世代の先輩農家であった。新しい農業の技術と経営が新しい生き方を可能にしたのである。

 こうして1990年のバブル時に戦後最低を記録した新規就農者数(1万5700人、うち39歳以下の青年就農者4300人)は、定年帰農ブームが起きた1995年には4万8000人(うち青年就農者7600人)に回復した。その後2000年からは5万人~8万人(1万人~1万5000人)台で推移、自営就農・雇用就農・半農半X就農など多世代で多様な就農定住実践が生まれている。

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「地域自給圏」構想の土台に新しい基幹産業を

「定年帰農」から始まった田園回帰は、先の「食料・農業・農村白書」も指摘しているように、「都市に住む若者を中心に」第2ステージへと大きく進化してきた。都市での仕事、労働、子育て環境の貧困さ、さらに3・11を重く受けとめた若者たちのライフスタイル革命の始まりといえよう。地域に根ざした仕事と暮らしとコミュティを求める若者たち、そして農家・農村は、自分たちの地域づくりにむけて若者たちの活躍の場をつくる。

 それは、都会暮らしに疲れた若者の田舎暮らし、という話などではなく、地域の自給を土台に未来にむけて「この国の形」を創る仕事だ。「強い国づくり」が地域から産業を奪い疲弊させてきたのに対し、「地域自給圏」構想は人口とともに一極集中されてきた仕事、産業を地域に取り戻し、それを拠点に地域資源を最大活用して、小さな循環系の地域経済をつくっていくのである。

 経済評論家の内橋克人氏は、これからの大きな政策課題として「FEC自給圏」構想を提言している。Fはフーズで食料、Eはエネルギー、Cはケアで医療から介護、教育までを含む広い意味での人間関係領域。このFとEとCの新しい基幹産業が生まれなければ、21世紀日本は必ず行きづまると、内橋氏は熱く語っている。

 そして彼が提言する新しい基幹産業づくりに取り組む事例は今日あちこちで生まれてきている。

 哲学者の内山節さんが、『内山節著作集』の最終配本『増補 共同体の基礎理論』に新たに書き下した「補章 共同体と経済の関係をめぐって」で、自分が住む群馬県上野村の山を活かす取り組みを紹介しながら、「村を持続させる『労働の系』」という話をしている。

 森林が96%で人口1350人の上野村は、大半が広葉樹林で、山仕事で出る木を使うために5年前にペレット工場をつくり、4カ所の温泉、学校、家庭にペレットストーブの普及を図ってきた。村ではペレット発電器を導入し、村の電力の一部を賄うだけでなく排熱はキノコ工場の冷房に使う。木のチップを敷料にしてイノブタを飼い、その糞尿とキノコ工場の廃材は堆肥にする。

 ここでは役場、農協、森林組合、キノコ組合、観光産業などを運営する第三セクターが連携して、農林業を基本にした新しい基幹産業づくりと新規雇用の創出に取り組んでいる。第三セクターで雇用されているのが150人くらいで、森林関連産業で雇用されているのが400人、あと400人くらいが役場・農協の直営事業に就いている。

 さらに限界集落を出さないようにあちこちの集落につくった村営住宅を多用途に使い、高齢者が安心して暮らせる仕組みもつくっている。つまり、F(食料)・E(エネルギー)・C(ケア)をバラバラに取り組むのではなく、連環させて新しい産業を起こし住みやすい村をつくるのである。

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「村を持続させる労働の系」が「循環系の地域経済」をつくる

 内山さんはこう記している。

「ペレットにしても発電にしてもここで用いられているのは新しい技術である。だがそれは思想としては伝統回帰だといったほうがいい。なぜならそれは、村の森が薪を提供し、村人たちが地域エネルギーで生きていた時代に戻ろうとする試みでもあるからである。とともに森のなかで働く人、製材やペレットを生産する人、発電をする人を結び、さらに上野村ではケヤキなどを加工し家具や木工品をつくる仕事と、コナラからオガクズをつくり茸を生産する仕事、さらに森や自然に包まれた伝統的な山村を守ることで成立している観光とが村の大きな産業になっている。それらすべてを持続可能なかたちで体系化する試みが現在の上野村では展開している。

 それは自然に支えられながら村を持続させる『労働の系』の確立といってもよいのだが、すなわち村の労働の系として村の経済をつくりだそうとしているのである。自然と調和するかたちで村の経済をつくり、そのなかで皆が役割を果たしていく。つまりそういうかたちで共同体を持続させることが可能な経済を再創造しようとしている。それは上野村の条件を活かした社会デザインと経済デザインの統合だといってもよい。

 今日の社会は、水面上では市場経済が猛威を振るっている。だが水面下では、都市のソーシャル・ビジネスであれ、上野村のような山村の地域づくりであれ、共通する方向性が生まれはじめている。経済は経済、社会は社会、文化は文化というようなかたちで分解していった時代から、もう一度すべての要素が一体化され、その総合性のなかに自分たちの生きる場を築いていこうという試みが、さまざまなところで展開しはじめたのである」

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「田園回帰」を農村の世代交代に活かす 老若男女、農地、自然を活かすあたらしい働き方

 田園回帰の本質はライフスタイル革命である。そして、自然と人間の調和したライフスタイルを実現する空間は農山漁村にある。農山漁村の津々浦々で新しい技術も駆使しながら、「村を持続させる労働の系」を再創造する取り組みが始まっている。

 ここでの働き方や労賃の体系が企業的論理のままであることはできない。それでは格差社会をそのまま持ち込むことになる。地域資源を隈なく最大活用することと老若男女それぞれの役割と生きがいを持って働き続けられること、このふたつを結んだ新しい労働の考え方が求められている。もともと村が備えていた共同労働の考え方である。村では水利の共同管理や手間替え(結)など、大きい農家と小さい農家がともども生きていく共同の仕事の在り方や運用方法の知恵を備えていた。

 2015年11月号の小特集「労賃の支払い方でやる気アップ」にもそんな知恵があふれている。

 福井市の南江守生産組合。組合長の杉本進さんは役員会で話し合い、48戸が暮らす南江守集落内のすべての圃場約57haの管理作業を作物ごとにすべて洗い出し、100項目を超える作業の実態と時給を見直し、もっとも大変な防除関連作業を筆頭に5段階に設定しなおした。

 たとえば、機械が使えない仕事は、きつい、きたないつらい作業が多い。そういう大事な仕事には高い労賃を支払う。溝さらいや草取りなど大勢でワイワイやると疲労感がなくやれる作業はみんなでやる。こうして、老若男女みんなが気持ちよく働ける仕組みを考える。

 大きな機械が使えない区画整理されていない小さな田んぼでの歩行作業にも高い労賃を払う。農地を荒らさないことを第1に考えているからである。

 一般に労働生産性が第1に求められる都市の労働では、コストダウンといえばまっ先に労賃のカットが頭に浮かぶ。しかしここでは違う。集落内に落ちる労賃削減は最後に考え、まずは土づくり資材など外に出ていくお金のコスト削減を最初に考える。

 同じ小特集の岩手県一関市こがねファームの場合、中山間地で、1区画10aから30aの圃場が470筆もあり、畦畔の高さも1mから10mくらいの違いがあり、草刈り作業をどうするかが一番の問題だった。多くは10a当たりの管理料として草刈り労賃を支払うのだが、ここではなるべく公平を期すために時間給にした。さらに会社勤めの人も家にいる人も自由な時間に草刈り作業に参加できるように、回数は年3回の自己申告制とした。その上で労賃は世帯主ではなく作業した本人に支払うようにした。こうして、当初予想もしなかった90人以上の村人が出役するようになったという。

 この畦畔管理の財源は当法人管内に4つある中山間集落組織の「中山間地等直接支払」の交付金の一部が充てられている。新たに創設された日本型直接支払(多面的機能支払)なども、かつての共同労働の取り戻しに生かすことができる。

 そして集落営農では、若者を巻き込んだ仕事づくりの工夫が進んでいる。

 高知県四万十町の(株)サンビレッジ四万十では、若者3人の常時雇用を実現。若者が固定給をもらいながら年間働けるように複合経営部門を取り入れ、一方、人手が必要な収穫調製作業はみんなでやるようにして支える。そして、年配者は生涯現役で気兼ねなくやれるように「出来高給」を取り入れるなどの工夫をしている。

 12月号の稲作コーナーで紹介した滋賀県東近江市の農事組合法人「ノーソン(NAWSON)堺」の場合は、市内の小さな酒蔵・畑酒造(有)と組んでイネ14haの半分に酒米をつくっており、稲作だけで黒字を出している。ここの後継者2名は春から秋は農家、冬は畑酒造の杜氏としてとして働く。給与は両者で負担、こうして後継者の育成を実現している。

 このように古くて新しい共同と連携の最創造が農村の世代交代には不可欠である。「地域自給圏」をつくるということは「市場経済に振り回されない生き方」の場をつくることであり、市場経済に巻き込まれない働き方を若者と一緒に取り戻すことである。

 地域資源を活かした雇用創出に取り組む前出の群馬県上野村ではIターンの人たちが人口の20%を占める。そうした村外からの移住者の募集には会社や団体の人事担当者だけでなく、役場職員が一緒になって説明会や村での生活体験、面接などを行なう。「自分の生き方や暮らしを考えて仕事を選びたい」と考えている都会の若者に「村での仕事と暮らし」の両面を提案するように工夫する。

 若者にまで広がったライフスタイル革命の流れを地域で受けとめる。行政の事業も使うし近代的技術も活用するが、軸においているのは伝統回帰。地域ごとにかつてあった働き方を現代的に甦らせて、新しい労働・仕事の系をつくる。それを軸に据えて「地域自給圏」を地域ごとに創り上げる――ここから未来が拓かれる。

(農文協論説委員会)

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