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農文協トップ主張 2014年10月号

「1%の『田園回帰』」と「100%の『伝統回帰』」
満員大盛況 2つのシンポジウムが発信する「もうひとつの『この国のかたち』」

 目次
◆「市町村消滅論」が進める「農村たたみ」
◆地域人口の1%を毎年取り戻す
◆定住を実現した村の合わせ技
◆「伝統回帰」に新しい知恵と技術を

 この7月、東京で2つのシンポジウムが開催された。7月13日に開かれた特定非営利法人・中山間地域フォーラム主催(農文協後援)によるシンポジウム「はじまった田園回帰――『市町村消滅論』を批判する」(以下「田園回帰シンポ」)と、27日の農文協、かがり火、三人委員会哲学塾ネットワーク主催による「『内山節著作集』(全15巻)・『哲学者 内山節の世界』発刊記念シンポジウム」(以下「内山シンポ」)である。いずれも、全国から集まった人びとで立ち見が出るほどの満員大盛況だった。

「田園回帰シンポ」のキーワードは「1%の『田園回帰』」であり、「内山シンポ」のキーワードは「100%の『伝統回帰』」である。この二つのキーワードから、「もうひとつの『この国のかたち』」について考えてみたい。

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「市町村消滅論」が進める「農村たたみ」

「田園回帰シンポ」の副題にある「市町村消滅論」とは、本誌7月号主張でも取り上げた元岩手県知事・総務大臣の増田寛也氏が座長を務める「日本創成会議・人口問題研究会」が5月に発表した「成長を続ける21世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』」(以下「増田レポート」)による「消滅市町村リスト」によるもの。「地方元気戦略」のタイトルとは裏腹に、20〜39歳の若年女性が2040年に半減すると予想される896市町村を「消滅可能性都市」とし、うち人口が1万人以下となる523市町村を「消滅する市町村」としてそのリストを公表した。

 フォーラムの企画・コーディネーターを務めた明治大学教授の小田切徳美さんは冒頭の解題で、増田レポートは(1)消滅が不可避なものであれば、非効率で不合理なものは不要ではないかという「農村不要論」さらには「農村たたみ論」、(2)むしろ「市町村消滅」を、「道州制」のように従来の制度、政策の急進的見直しをすすめ、従来とは次元の異なる制度改正を行なう好機ととらえる「制度リセット論」、(3)「どうせ消滅するなら、もうあきらめる」という「あきらめ論」を社会に引き起こしたと批判した。

「乱暴な『農村不要論』、狡猾な『制度リセット論』、深刻な『あきらめ論』が同時に入り乱れて進んでいるのが現在の状況ではないでしょうか。農村不要論に批判をし、制度リセット論を使わせることなく、あきらめ論はまだ早いというメッセージを訴えていくことが必要です」

 さらには増田レポートが20〜39歳の女性の「半減以上」をもって「消滅」と予測している点についても「過疎地域では1960年をピークとして、その年齢の女性の人口が半減した地域はたくさんあるが、それをもって『消滅』といえるのか」と批判し、また人口一万人未満の小規模町村が「消滅」と断定されていることについても「むしろ小規模だからこそ人口復元の可能性がある」と述べた。

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地域人口の1%を毎年取り戻す

 その人口復元の可能性を島根県での調査を元に報告したのが島根県立連合大学院教授・同県中山間地域研究センター研究統括監の藤山浩さんだ。

 同センターでは、増田レポートが使用している2010年の国勢調査・市町村単位ではなく、2008年から13年の住民基本台帳をもとに、公民館区・小学校区というより小さな単位で人口分析をした。県内を平均人口1370人の218エリアに分け、2008年から13年の5年間を比較すると、「4歳以下の子どもがひとり以上増えた地域」は、全エリアの3分の1を超える73エリア。それも都市である松江、出雲に近いエリアではなく、中山間地域、島嶼部で伸びているという。藤山さんが具体例として挙げたのが、広島県境に近い山間部の匹見町道川地区だ。

「集落ごとに小学生がどこで増えているかの分布をみると、道川地区では6集落中、5集落で増加しています。人口161人、高齢化率47.2%の地区です。生徒数3人だった道川小学校では14人に増加しているという事実があります。IターンよりもUターンのほうが多い。地区全戸がPTA会員で、神楽でつながり、地区の文化・伝統が息づく地域です。地区ぐるみで一緒に暮らそうという場所に、人びとが帰り始めているのです」

 また県中央部の美郷町(人口5896人、高齢化率39.9%)では、集落支援員や地域おこし協力隊を配置して地元コミュニティを強化し、イノシシで産業をおこしたり、過疎債で賃貸定住住宅を地区ごとに分散整備するなどして13地区中5地区で人口の定常化を達成している。フェリーで2時間かかる離島の海士町(人口2356人、高齢化率38.8%)では、2004年から12年の9年間で361人がIターン、地元の隠岐島前高校は、「島留学」で一クラス増という「偉業」を成し遂げたという。

「海士町の合言葉は『ないものはない』です。すばらしい開き直りで、ないものはないのだから、ないものねだりはしないということです。同時に必要なものはすべてあるという確信もあります。このような価値観に共鳴して全国から若者が集まってきています」

「過疎先進県」だった島根県では、県全体でも社会増減(転入マイナス転出)の減少幅が、2008年のマイナス3277人から、13年にはマイナス820人へと狭まってきており、島嶼部の海士町や中山間地の美郷町、飯南町など、社会増を実現している地域も現れてきている。

 こうした「田舎の田舎」への移住という動きについて藤山さんは、(1)東日本大震災によって「都市優位」の意識が終わり、(2)中途半端な「田舎の都会」より「田舎の田舎」に行きたい人が増え、(3)「収入」よりも「暮らし」が優先し、(4)30〜40代の女性の積極性が目立つという。

「こんな意識の『地殻変動』に、住民も行政も首長も乗り遅れてはいけない」と、同センターでは、最新の人口データをもとに、県内218のエリアごとに毎年あと何組の移住者が増加すれば人口が定常化するかがわかる地域人口予測プログラム「しまねの郷づくりカルテ」をホームページ上に開設している。

「結論から言うと、人口を毎年1%ずつ取り戻せばほぼ安定します。たとえば人口約600人の益田市二条地区では、今後は高齢者が減ってくるので極端な高齢化は起こりませんが、小学校と中学校の維持はきびしくなりそうです。では、どうしていくのか。もしこの地域で年2組ずつ20代男女、子連れ30代、定年帰郷の移住者が増えていけば、高齢化は反転し、人口減少は緩やかになっていきます。小・中学生人口の将来予測では、長期的にやや増加していくことがわかります。このようなシナリオを全218エリアでつくっていくのです。そのうち21のエリアでは、いまのペースを維持すれば、人口安定水準を達成できます。県内の中山間地域の必要定住増加人口は3017人で、中山間地域人口31万人の1%です。1%の人口が毎年増えることで、中山間地域全体が安定します。これは首都圏人口3562万人の1万分の1でしかありませんが、地方にとっては大きな数字です。ほかの県や市町村でもやってみると、未来像を共有できるのではないかと思います。地域人口の1%を毎年取り戻せば、人口減少・高齢化・少子化はストップできます。あせることはありません」

 藤山さんによれば、地域人口の1%の定住増加に必要な経済的基盤は、地域住民全体の所得の1%増となるはず、それをどこから取り戻すかというと、じつは中山間地域の市町村の多くでは、日々の食料や燃料そして日用品、住宅あるいは行政の調達品に至るまで所得を外部流出させており、住民も行政も企業も、毎年1%くらいの「地元化」は実現できるはずだという。たとえば人口7万人の益田市圏域では、住民の総年間所得額1556億円に匹敵する1420億円もの物やサービスが域外から調達されている。その金額の1%は14億円で、そのうち3分の2程度が所得として域内に残るとすると9億円となり、1世帯あたり300万円として、新規定住世帯303組分にもなる。

「島根県西部の地場スーパー・キヌヤ(20店舗、年商120億円)では、5年前は全売上高に占める地元産品の割合は8.4%しかありませんでした。その後、野菜などの生鮮食料品を中心に地産地消の取り組みを精力的に進め、14.5%(金額ベースでは約7億円)へと伸ばしています。まさに年1%を着実に取り戻すお手本です」

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定住を実現した村の合わせ技

 続いて、島根県邑南町長・石橋良治さんが邑南町の「田園回帰」と支援策について報告。邑南町には、2011年度から3年間で、83世帯128人が移住し、児童数は21人増えた。2013年度には、社会増20人を実現。また30〜39歳の女性の人口が5年前とくらべて7.5%増、とくに30〜34歳では11.2%増加しており、合計特殊出生率も過去5年間の平均が2.2前後で、昨年は2.65。全国平均の1.43を大幅に超えている。

「邑南町では2011年度から『女性と子どもが輝く邑南町』をテーマにプロジェクトに取り組み、定住を呼びかけました。定住人口の推移をみると、問い合わせ件数は2011年度からの3年間で451人、実際に定住した世帯数は83世帯、人数では128人で、うち子どもは21人(16世帯)となりました。この数字はあくまで町の『定住支援コーディネーター』がかかわった数字なので、町を通さずに定住した人はほかにもいますし、Uターンを含めるとさらに数字は増えると思います。教育の町づくりにも取り組んでいて、小学校8校、中学校3校、県立高校1校、県立養護学校1校があります。とかく学校の統廃合が進んでいますが、それでは地域が衰退します。行政が一生懸命定住を増やす努力をしなければなりません。現実に、児童数が増えた小学校もあります。人口動態は、自然動態は横ばいですが、社会動態が2013年にはプラスとなり、総合的には右肩上がりになってきています」

 石橋町長は、「田園回帰」のために邑南町がとった3つの戦略――「日本一の子育て村」「A級グルメの町」「徹底した移住者ケア」の合わせ技を紹介した。

「日本一の子育て村」をめざして子どもを増やすことは、「持続可能な町」をめざすことにもつながる。2010年、邑南町には0〜18歳の人口は1660人だったが、この数が減るようなら、町は持続可能ではなくなる。現在は多い年で80人程度の出生数だが、これを100人に上げていきたい。なぜなら地元の県立矢上高校は各学年100人の生徒がいなければ存続がむずかしいからで、2021年には1800人に増やすという目標を掲げた。

 その目標を達成するために、まず2016年度までに延長された過疎法を利用して過疎対策事業債(過疎ソフト事業)を導入し、5年間の財源を確保した。また、「邑南町日本一の子育て村推進基金」を創設、過疎法終了後の財源として、毎年5000万円を積み立てている。これで「日本一の子育て村構想」を達成するための10年分の財源を確保し、「日本一の子育て村推進本部」を立ち上げた。2011年度から医療費は中学校卒業まで無料、保育料も無条件に第2子から無料にし、就労、保健、医療、福祉、定住支援などをワンセットで提供している。

「A級グルメによる町づくり」は、「B級グルメ」と明確に区別している。コンテストなどでB級グルメを競い合うと、ほかの地域との消耗戦になってしまうからだ。さらに100年先の邑南町の子どもたちに伝える食文化として、永久(A級)に残そうというメッセージも込めた。2015年度末までの数値目標として、食と農にかかわる5名の起業家育成をめざしたが、すでに28名が生まれた。そのためもあり、男性9名、女性5名の「地域おこし協力隊」を導入。この7月には食にかかわる人材育成のために「食の学校」も設立した。定住人口目標の200名は現在128名、観光客数100万人は92万人まで達成できた。

「徹底した移住者ケア」のために、移住したくても住まいがない、地域のしきたりになじめない、相談相手がいない、就職先がないなどの移住者の悩みに対応するため、数年前に広島県からIターンした男性を「定住支援コーディネーター」に任命し、さらに彼をサポートする「定住促進支援員」を2名指名、空き家情報の収集や、空き家の所有者との交渉など定住に関する窓口になっている。

 石橋町長は、こうした町の定住政策と住民の努力の結果、すでに邑南町では増田レポートの予測とは異なる数字が現れているとアピールした。

「増田レポートは、『悲観的な邑南町の未来の数字』として、2010年に801人だった20〜39歳の女性が2040年には334人となり、58.4%減少すると発表しました。実際の邑南町の数字では、その世代の女性は現在、814人です。減ってはいません。13人増えているんです。変化率は101.7%です。がんばればできるのです。増田レポートは減るという前提で数字を出しているようですが、現状は増えているんです。邑南町はしこたえて(「がまんしてやりとげる」の意)おります」

 中山間地域研究センターの藤山さんは、小田切さんらとの共著『地域再生のフロンティア』(農文協)で、「ばくぜんと定住増加を考えるのではなく、地区ごとに明確な目標数値を地域住民で共有することが、具体的な行動につながる」と述べている。邑南町がそうであるように、「1%の『田園回帰』」目標を市町村、集落で共有することが、その持続可能性につながっていくのだ。

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「伝統回帰」に新しい知恵と技術を

 この「1%の『田園回帰』」に対して、「内山シンポ」のキーワードは「100%の『伝統回帰』」。群馬県の上野村に半定住する哲学者の内山節さんは、「私はこれからの日本社会の方向について質問をされたときに、『100%伝統回帰でいい』と言い切ってしまっていいのではないかと思っています」と語った。

「それは明治以降の(近代国家によって変質させられた)怪しい伝統に回帰するのではなくて、もっと前からの、日本の社会が古層にもっている伝統と考えていただいてもよい。私たちが一度捨てたり忘れたりしたものを取り戻すという意味で伝統回帰と言っているわけですが、上野村もそうで、昔は薪で暮らしていた。ただ昔のかたちにそっくり戻そうとするのではなく、上野村にペレット工場をつくって、それを熱源としても使うし、発電にも使う。『伝統に戻るために新しい技術を導入する』と、考えたほうがよい」

 内山さんの考える「伝統回帰」は新しい知恵と技術を取り込んだものであると同時に、「外の世界」に開かれたものでもある。上野村はかつては養蚕を通じて世界につながっていたし、修験道信仰の多くの人も訪れる村だった。閉ざされた村になったのは車社会が発達した高度経済成長期以降のことである。

「人びとが歩いていた時代にはいろいろな交通ルートがあって、そのなかに村があった。いろいろな人が訪れる。あるいは外と交流するために村人が外に出ていく。そういう村にどうやって戻すかというのが、上野村としての伝統回帰のひとつの課題だ。そのあたりを軸にして、地域という風土に回帰していくことの意味を考えたい」

 その上野村も増田レポートでは「消滅する市町村」に名指しされているが、パネルディスカッションに参加した神田強平村長は、「上野村は約1300人の村ですが、このような山間地で17%が若い人のIターン、また15歳以下の年少人口率が10%というのが特徴です。これは雇用と住宅、そして子育て支援をセットとして考え、取り組んでいるからで、もしIターンで来た人の収入が一定程度まで届かなかったら、1世帯あたり3年間月5万円を補償するという村ならではの制度もつくっています」と述べ、以下のように続けた。

「村をどのように存続するか、それが私の仕事です。地域が存続していくための経済をどうつくっていくか。お金が外に出ていくのではなく、村の中で完結していく仕組みをつくる。発電所ができると、いままで化石燃料代として村の外に支払われていたお金がほとんど村の中で完結する。発電した電気は、その敷地内につくっているシイタケ工場で利用します。村がドイツから買い付けたペレット発電機は30%が電気になります。残り70%弱の排熱は、きのこセンターで全部冷暖房に切り替える装置を付けます。捨てるものがひとつもないという仕組みをつくろうとしていて、おそらく日本ではじめてではないかと思っています」

「1%の『田園回帰』」を支えるのは、「100%の『伝統回帰』」=新しい技術や知恵、制度も生かした人と人、そして人と自然の関係性の取り戻しではないだろうか。

(農文協論説委員会)

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現代農業 2014年10月号
この記事の掲載号
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主権はどこにあるか 主権はどこにあるか

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独自の共同体論を『共同体の基礎理論』(農文協)に結実させた哲学者・内山節の、2014年2月に開催された「東北農家の二月セミナー」における講義の抄録であり、その最もアクチュアルな思索に触れることができる書といっても過言ではない。内山節が提起する「関係性」の世界、「ローカリズム」の世界は、新自由主義が猛威を奮う「社会分裂の時代」にあって、思索と行動の拠点を与えてくれるだろう。また個々人にではなく関係性のなかに主権があるとするその「風土主権論」は、「近代」が陥っている隘路を抜け出すための示唆を与えてくれる。 [本を詳しく見る]

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