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農文協トップ主張 2014年5月号

若者を「ブラックホール」から救え
東京脱出を促す「むらの婚活」のすすめ

 目次
◆人口問題の背景にある「ブラックホール現象」
◆地方の高齢人口の“減少”が東京への若者流出を招く
◆出生率は所得で測れない資産のあらわれだ
◆ムラとマチがつながり、若者をつなぎとめる
◆「むらの婚活」は地域との縁結びである

 今年も入園式・入学式の季節がやってきた。しかし日本では子どもの数がめっきり減り、未婚率の高まりと少子化が社会を揺るがす大問題となっている。今回はこの問題を地方と東京との関係から考えてみたい。

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人口問題の背景にある「ブラックホール現象」

 2010年の生涯未婚率は男性20.1%、女性10.6%、つまり男性の5人に1人、女性の10人に1人は生涯1度も結婚しない時代になった。出生率も年々低下して2005年には1.26となり、その後若干持ち直したものの、それでも2012年で1.41である。人口を維持するのに必要な出生率は2.1といわれている。なかなか結婚しない、結婚しても子どもを1人しか産まないでは、人口が減るのは当たり前である。

 国や地方自治体にとってみれば、人口減は税収や購買力低下につながるゆゆしき問題だ。そこで巨額の予算をつぎ込んで保育園の「待機児童ゼロ」などの「子育て支援策」に躍起になっている。こうした政策の背景には、「未婚率増加や出生率低下の大きな要因は昔とちがって女性が外で働くようになったことにある。だから子育てする環境を整えれば、みな安心して結婚し、子どもを産むようになるだろう」という考え方がある。一見もっともだが、はたして本当にそれだけで問題は解決するだろうか。もっと大事なことを見逃していないだろうか。

 それは東京に人が集まりすぎていることだ。東京は2011年に2.3万人、2012年には3.9万人、人口を増やしているが、人口増加の大半は「社会増」、すなわち地方からの転入である。東京の29歳以下の女性の未婚率は57%、生涯未婚率は17%とともに全国トップ。出生率は1.06と全国最下位である。東京は地方からどんどん若者をのみこむが、彼らは再生産しない、再生産できない。東京は「人口のブラックホール」なのだ。日本の人口問題のもっとも奥深いところには、東京一極集中が引き起こす「人口のブラックホール現象」がある。

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地方の高齢人口の“減少”が東京への若者流出を招く

 この説を言いだしたのは、前岩手県知事の増田寛也氏である。東京に人口が集中するのは何も今にはじまった話ではない。

 日本では1954年から2009年までの50年余りの間に若年層を中心に1147万人が東京圏に流入した。増田氏によれば日本における地方から大都市圏の人口移動は3期あって、第1期は1960年〜1973年のオイルショックまで続いた高度経済成長期、第2期は1980年〜1993年のバブル経済期、第3期が2000年以降の製造業の海外移転による地方経済悪化期である。大都市に人口が集まるのは世界各国に共通した傾向だ。ただ先進諸国では、ロンドンでもパリでもニューヨーク、ベルリンでも大都市への人口流入が時代とともに収束しているのに対して、日本では東京圏への人口流入がいまだに止まっていない。

 そして高齢化が大都市圏より30年から50年早く進行した地方では、高齢者人口が自然に“減少”していくことが予想され、そこから第4期の大規模な人口移動が誘発される可能性が高いと増田氏はいう。それはこういうことだ。

「この10年程度、地方の雇用を支えてきたのは、医療・介護分野の雇用だった。財政悪化により公共事業が縮小し、円高により工場の海外移転が進むなか、増加する高齢者に合わせる形で医療・介護サービスを拡大することが、結果として地方の雇用を支えてきた。しかし、今後、地方で高齢者が減少すれば、そこでの医療・介護へのニーズはなくなる。一方、大都市圏では、これまで流入した人口が一挙に高齢化する時期を迎える。特に東京圏は医療・介護サービス基盤が脆弱なため、医療・介護人材の不足が深刻化する恐れが大きい。その結果、地方で仕事を失くした医療・介護人材が東京圏へ大量に流れ出る。地方は、高齢者人口の減少と若年者人口の流出という2つの要因により、加速度的に人口減少が進むことになる。」(増田寛也「東京は『人口のブラックホール』 地方拠点都市の整備で若者が子育てしやすい環境を」『季刊地域』17号)

 若者が大量に流出すれば、たとえ出生率が回復しても、地方の人口の減少に歯止めはかからない。ゆるやかな減少ならともかく、限度を超えて人口が減少すれば、集落や自治体は機能を失ってしまう。

 一方東京圏はどうかといえば、東京圏の郊外団地などの高齢化率は今後中山間地域以上に高くなると予想されている。大都市圏における高齢化問題は農村以上に深刻な事態となる。都会は農村に比べてもともとコミュニティが弱いが、東京などの大都市圏では町内会や自治会の弱体化がさらにすすんでいる。地域の福祉力・介護力は望めないから、高齢化問題は行政や施設頼みにならざるを得ないが、財政的にそれを支えていくことは困難である。

 このように東京一極集中は地方と東京双方に大きなひずみをもたらす。地方に若者が居続ける条件をつくることが、人口問題のみならず、福祉など広い問題の解決にかかわっていくのである。

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出生率は所得で測れない資産のあらわれだ

 どうしたらこのような状況を変えることができるだろうか。そのヒントはほかならぬ出生率にある。

 地方から東京に若者が集まるのは所得格差や雇用状況のせいだという。東京の平均所得は全国の都道府県トップの440万円(2012年)。しかし出生率は最低である(自治体別では東京都目黒区の0.74が最低)。一方、出生率のトップ10の自治体には鹿児島県、沖縄県、長崎県などの離島の町がずらりと並ぶ。これらの町の平均所得はおおむね200万円以下で、東京の半分にも満たないところがほとんどだ。なぜ経済的条件に恵まれない町で出生率が高いのだろうか。

 熊本大学教授の徳野貞雄氏は、鹿児島県沖永良部島の和泊町を例にその理由を分析している(シリーズ地域の再生第11巻『家族・集落・女性の力』農文協)。和泊町は出生率2.15で全国の自治体の第4位、一方、平均所得は全国最低レベルの198万円である。和泊町も全国の過疎の自治体と同様に人口をピーク時だった1955年の57%に減らしている。しかし和泊町には本土の過疎自治体には見られない際立った特徴がある。それはいったん島を出ていった若者のUターン率が非常に高いということだ。つまり人口復元力が高い。

 徳野氏のチームは鹿児島県立沖永良部高等学校(島唯一の高校)の各年次の卒業アルバムを手がかりに、島を出ていったあとにUターンした人を教えてもらい、それをカウントしていった。この丹念な調査の結果、30代のUターン率が30〜40%にのぼることがわかった。2001年度の卒業生(現在30歳)のUターン率はじつに46.7%。ほぼ半数が島にもどっていた。こうした人がつく職業はといえば、花卉やサトウキビなどの農業が2割程度、ほかは焼酎の製造販売、船舶・運輸、建設・大工、医療・介護、理容・美容など多種多様である。

 おもしろいことに、Uターンする前に職場を決めてから帰ってきた人は少なく、「帰ればなんとかなると思っていた」という人がほとんどだという。こうした若者の多くは実家の字(集落)の有力者に挨拶に行き、歓待を受け、まずは部落対抗マラソンや敬老会の行事や道普請など字の共同作業に駆り出される。そして「職場」が決まっていなければ、有力者が親や親族、知人に声をかけてくれて、なんやかやの「仕事」を割り振ってくれる。つまり「職場」はなくても、なんとか暮らしていける「仕事」はあるということだ。

 Uターンした人たちは、実家のある字(集落)ではなく、役場や港がある和泊の市街地に住むことが多い。それでいて彼らは生まれ育った字と密接にかかわり続けている。消防団、部落対抗のマラソンやペーロン(手漕ぎ舟)競争、敬老会の出し物など、実家のある字の一員として参加する。こうした関係を徳野氏は「元村帰属主義」と呼ぶ。実家に戻って親と同居するわけではなく、結婚しても市街地に別れて住むが、それでも生まれ育った集落活動や集落運営に参加し、親家族との相互扶助の関係を濃厚に保っているのである。

 マチに住む家族とムラに住む家族がばらばらではなく、強く結びあっている。そのことが集落活動や集落運営を安定化させる。そしてそこで生みだされる支え合いの関係がたとえ収入は少なくとも、安心して結婚し、子育てしやすい環境を生み出している。島民の生活に対する満足度は高い。本土のムラもこの「元村帰属主義」に学ぶべきではないか。生活の充実度を決めるのは収入の多寡ではなく、家族のあり方、ムラとマチの関係のあり方、そこでの人間関係という目に見えない「資産」なのである。出生率の高さはこうした人間関係資産のあらわれだったのだ。

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ムラとマチがつながり、若者をつなぎとめる

 このような「元村帰属主義」、ムラとマチの関係をつくっている例はなにも離島に限らない。

 たとえば富山市の旧大長谷村は、39戸70人で「最年少」が67歳、高齢化率100%のムラであるが、集落出身者による青年会が強力なサポーターとなってムラが活気を保っている。旧大長谷村は1957年に八尾町と合併、さらに2005年にはその八尾町が富山市と合併した。ムラには小学校も中学校もない。このような過程のなかで旧大長谷村出身の若い人たちは八尾町の中心部に住むようになった。

 その大長谷出身者20人が青年会をつくったのが15年前のこと。10月の住民運動会や11月のそば祭り、12月の収穫祭では青年会が中心メンバーとして活躍する。青年会設立時から続く「大長谷・やまの学校」は「子どものころに楽しかった田舎の遊びを自分の子どもたちにも体験させたい」とヤマメのつかみどりを企画したのがきっかけではじまり、休耕田を借りての米づくりや古代米でのお絵かきもする。集落と離れて別居しながらも、次世代に集落の記憶をつなごうとしている。集落出身者もまた、ムラという環境があることで子育てを充実したものにすることができる(「大長谷出身者青年会がやっていること」『季刊地域』16号)。

 このようなマチとムラの関係づくりを、集落営農のなかで築こうという取り組みもある。(農)ファーム布施は島根県邑南町「布施二」集落の全戸参加型の集落営農組織。19人の組合員で12haの田んぼを管理している。ファーム布施の特徴はムラを離れている集落出身者に農作業への参加を積極的に呼びかけていること。多い時には総勢40人くらいが作業に出ることもあり、ふだんは静かなムラに人があふれ、軽トラが行き交い、祭りのようにワイワイにぎやかに作業がすすむ。このうち集落住民は多くて20人程度で、半分以上は進学や就職を機に都会に出て行った集落出身者やその家族、友人・知人たちである。

 集落営農組織ができる前にも広島などから農業の手伝いに帰る集落出身者はいた。高速道路を飛ばせば、広島から1時間40分程度、土日に通えない距離ではない。だが、小さな田んぼを維持していくには機械代など多額の経費と労力がいる。集落営農組織ができてからは個人で機械を買い揃える必要はなくなった。作業も共同だから週末の決まった日にみんなでやれる。終わったあとには慰労と交流を兼ねた飲み会があり、それが楽しみで帰省する人も増えた。

 従事分量配当で農作業にはきちんと労賃も出しているから、それも励みになる。労賃のかわりに米をほしがる人も多く、労賃分をこえて米を注文する人もいるという。

 こうして集落にいる人と集落出身者が共同作業をとおしてつながりを深めていく。集落営農立ち上げから5年のあいだに19戸のうち7戸の地元出身者の他出家族が作業に参加するようになり、うち3戸がUターンした(「集落営農のおかげで地元出身者が続々と帰ってくる村の話」本誌2013年11月号)。

 共同作業をとおしてマチに出た人を意識的にムラに引きつけて、ムラに残った家族との関係も強める。その意識的・継続的な働きかけのなかから、やがてムラに戻り、ムラを担う人材も育っていく。

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「むらの婚活」は地域との縁結びである

 ムラ出身者を引きとめておくだけでなく、もっと積極的に東京から若者を引き寄せてもいい。いま都会から結婚相手を呼びよせる「むらの婚活」がちょっとしたブームとなっている。『季刊地域』17号は「むらの婚活」を特集しているが、農作業を一緒にやる「農婚」や料理をみんなでつくる「料理婚活」のほか「山焼きコン」「間伐コン」「軽トラ市コン」「鯖寿司コン」はては「ロケットストーブコン」まで、街ではとても真似できないような楽しい婚活が各地で続々と生まれ、成果を上げている。

 いま都会に住む30代の女性には「東京卒業願望」がある。『季刊地域』17号には東京から婚活で長野県松本市の農家に嫁いだ荻村清子さん(37歳)の手記が掲載されている。茨城県のサラリーマンの家に生まれ、都内の食品会社で働きながら一人暮らしの自由を謳歌していた清子さんだが、35歳を過ぎ、結婚を考えなければならない時期に入るなかで、ずっと感じていた都会の「自分には必要のない便利さ」への違和感が大きくなっていったという。

「コンビニ弁当や惣菜はお手軽だけど、簡単でも自分でつくった料理のほうがおいしいし、旬を無視してどこか遠くから運ばれてきたスーパーの高い野菜より、然るべきときに採った野菜をモリモリ食べたい。都会にあこがれて暮らしてはみたものの、東京をそろそろ卒業してもいいのでは……。身の丈を知る歳にもなり、これからは地方で暮らしたいと考え出したのです」

 そんな清子さんは旅行で信州に親しみを感じ、農業にも興味があったことから、JA松本ハイランド青年部主催の婚活事業「みどりの風プロジェクト」に参加した。5月から12月までの土日1泊2日の農業体験婚活で、田植えと野菜のタネ播きからスタートし、夏野菜の収穫やイネ刈りなど全9回のプログラムで田畑での作業をひと通り体験する。女性には「マイガーデン」という5坪の菜園も与えられ、好きな野菜を3つ選び、男性といっしょに育てることができる。清子さんはこの婚活をとおして花卉農家である荻村佳和さんと知り合い、めでたく結婚。いまは農家の嫁としてカーネーションづくりに奮闘する毎日である。

 男女の出会いの少なさは都会でもいわれており、都会ではいま「街コン」がブームである。この「街コン」と「むらの婚活」を比べてみると「街コン」では個人の魅力によって結婚の成否が左右されるのに対して、「むらの婚活」ではそれに加えて、清子さんの例でもわかるようにその地域やそこでの暮らしが結婚を選択する重要な要素となる。田畑で作業し、地元の食材を食べ、Iターン者や地元の食の名人と交流するなど、人だけではなく地域もよくわかると「ここで暮らしたときの自分」がリアルに想像できて、結婚に前向きになる人が多いという。つまり、あくまで個人同士の関係である「街コン」に対して、「むらの婚活」の場合は相手だけではなく「地域との縁結び」でもあるのだ。

 かくして男女間の問題とみられてきた婚活は最高の「地方定住政策」となる。そして「むらの婚活」はけっして持ち出しばかりではなく、地域が潤うしくみをつくることもできる。たとえば岐阜県恵那市岩村町では、農家民宿「茅の宿とみだ」を舞台にNPOが農村体験型婚活サークル「茅の宿ゆったり楽縁会」を運営している。毎月行なわれるこの婚活イベントのなかでは、古民家の茅葺屋根の葺き替えに必要な茅刈りなど地元貢献型の体験プログラムがちゃっかり盛り込まれている。参加費もしっかりとり(日帰り6500円程度、宿泊1万5000円)、地元の農家や商店から買い上げる食材費や施設利用料、田起こしや畑の耕耘などの作業委託料、農業体験の協力農家への講師料や謝金など、さまざまな形で地元に還元している。

 地元も潤う「むらの婚活」で、東京の暮らしに疲れた若者を「ブラックホール」から救い出そう。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2014年5月号
この記事の掲載号
現代農業 2014年5月号

特集:タマネギに感涙
疎植で増収/誘引と仕立てでガラリッ/ラクラク受粉で着果よし/育苗ハウスや転作田でキイチゴ/飼料米 牛にどこまで食わせられる?/カルチを制する者、草を制する/父ちゃんたちのイモづくりが熱い/オレ達の販路開拓 ほか。 [本を詳しく見る]

季刊地域 ?17 2014春号 季刊地域 No.17 2014春号

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シリーズ地域の再生11 家族・集落・女性の底力 シリーズ地域の再生11 家族・集落・女性の底力

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