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農文協トップ主張 2012年9月号

恐怖の契約 米韓FTA TPPで日本もこうなる

 目次
◆国を売り飛ばす“決められる政治”にストップを
◆発効後、早くも露わになった「米韓FTA」の危険性
◆韓米FTAは社会をゆがめた「IMF事態」の制度化
◆投機資本も規制できない
◆公共より外国資本を優先、農協、協同組合も窮地に
◆次世代に、こんな世の中を渡してはならない

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国を売り飛ばす“決められる政治”にストップを

 広がる反対の声には耳をふさぎ、福島原発事故を「人災」と断定した国会事故調査委員会の発表も待たずに、早々と大飯原発の再稼働を決定した野田内閣は、「輸出型大企業への膨大な消費税還付金(輸出戻し税)」(7月号「主張」参照)などの不公平税制や社会保障のあり方も不問にしたまま、衆議院で消費増税法案を通過させた。結論ありき、世論無視の野田流「決められる政治」、こんな調子で「次はTPPだ」と突き進む恐れが強まっている。

 農文協ブックレット『よくわかるTPP48のまちがい』の著者であり、DVD『知ってますか? TPPの大まちがい』に登場いただいた鈴木宣弘氏(東京大学教授)が、TPPをめぐる状況について、以下のように述べている。

「消費税、原発の問題がクローズアップされ、環太平洋連携協定(TPP)問題は動いていないかのように表面的に見えたのは間違いである。実務レベルでは、水面下で、米国の要求する『入場料』ないし『頭金』支払いの交渉は着々と進んでいる。(略)実は、最も警戒すべきは、8月や9月でなくとも、いつ何時にも日本の正式参加が決まってしまう危険があるということである。日本はすでに2011年11月に参加の意思表示をしているのだから、日本が再度『決意表明』しなくても、米国が『頭金』を払ったと認めたら、日本の決意は示されたということで、明日にでも、米国が『日本の正式参加を認める』とアナウンスして、すべてが決してしまうかもしれないのである」

「反原発のデモも10万人を超える大きなうねりになってきた。TPPについても、国の将来に禍根を残さないように、早急に大きなうねりをつくり、一部の官僚、政治家、マスコミ、企業、研究者が国民を騙して、国を売り飛ばすような行為をストップさせなくてはならない」(「日本農業新聞」7月12日付)

 TPP参加は「国を売り飛ばすような行為」だと鈴木氏。しかしそれが決して大げさな表現でないことを、お隣韓国の「米韓FTA」が教えてくれる。日本の政府がTPPに前のめりになるきっかけにもなり、財界がうらやましがる「米韓FTA」だが、その屈辱的な中身がTPPの危険性、その本質を浮かび上がらせてくれる。

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発効後、早くも露わになった「米韓FTA」の危険性

 農文協では、ブックレット『恐怖の契約 米韓FTA TPPで日本もこうなる』を発行した。韓国の弁護士・宋基昊(ソン・キホ)氏の著作の日本語版である。「米韓FTAと韓国を、他山の石としてみてほしい」と題する「日本語版への序文」では、FTA発効後の状況にふれている。

「韓米FTAは2012年3月15日に発効した。しかし、5月の米国への輸出量はむしろ減った。反面、米国産オレンジが都市の商店で韓国産果物を追い出している。また5月には、ローンスターという米国企業が損害を被ったとして、韓国政府を国際仲裁に回付するという意向書を韓国政府に送ってきた。このことは、いかに投資者国家訴訟制度(ISD)が危険かということを知らせてくれた。このような客観的な状況の下で、韓国では韓米FTA反対運動が継続的に進められている」

 ISDとは、韓国に投資したアメリカの投資家や企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、あるいは被る恐れがある場合、世界銀行傘下の国際投資紛争仲裁センターに回付(提訴)できるというものだ。韓国内の裁判で争うことはできず、アメリカの強い影響下にある機関の裁定に従うしかない。仲裁に応じない場合は貿易報復、あるいは現金で弁償する条項が米韓FTAに盛り込まれている。

 米韓FTAもTPPも単なる「自由貿易協定」ではない。もちろん関税撤廃は柱の一つで、TPPでは全ての農産物の関税撤廃が原則であり、米韓FTAでもコメ以外の農産物の関税は多少の猶予期間はあるものの全て撤廃される。さらに、ごま油、冷凍唐辛子、貯蔵処理イチゴ、唐辛子・ニンニク・玉ねぎの混合調味料、干し人参などの加工食品も最終的には全て廃止されるため、「農業と食品産業との連携による付加価値創造の道を塞ぎ」、「農業のように内需を基盤にし、内需で成長する産業を困らせるのが米韓FTAなのだ」。そして、食品の安全に関わるアメリカの要求の不当性を次のように批判している。

「韓国農業は数千年間、社会構成員の健康と生態系の保存という目的を成功裡に遂げてきた。このようなことは、アメリカの農業、例えば工場型畜産では見い出すことができない。工場型畜産は、アメリカの畜産業の競争力の源であると同時に最も脆弱な点でもある」

「アメリカでの狂牛病の発生は、子牛に牛の血と粉乳でつくった栄養剤を与え、動物の肉骨粉飼料を与える工場型畜産の所産であり」、「アメリカが米韓FTAであれほど執拗に、狂牛病検疫、家禽類インフルエンザ検疫、遺伝子組み換え農産物検疫などの制度的枠組みを骨抜きにしようとしているのも、このようなアメリカ農業の脆弱さという特性を反映している」。

 食の安全の問題を、風土と暮らしに根ざした農業と、輸出目的の工業的生産の違いからとらえているのは、なかなか本質的だ。そのうえで、貿易問題を超えた米韓FTAの「恐怖」に迫る。それが本書の主題である。

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韓米FTAは社会をゆがめた「IMF事態」の制度化

 本書は4部構成で、第1部「『敗退する国家』の自画像」は「IMF事態」の記述から始まる。

 1997年、韓国が通貨危機に陥ったとき、IMF(国際通貨基金)は支援の条件として、大量解雇などの過酷な措置を要求した。これを韓国では「IMF事態」と呼び、その時の状況を宋氏はこう書いている。

「1997年危機が発生したとき、私は職場の銀行を離れ、司法試験の勉強をしている真っ最中でした。そして多くの銀行員が、生涯の仕事場と思っていた職場から解雇されるのを見ました。家庭が崩壊させられた、という噂も聞きました。数多くのホームレスも見ました。それから“リストラ”“名誉退職”などの言葉が社会に定着し、また“非正規雇用”が日常用語になりました」

 IМFの管理下のもと、暴落した韓国企業の株を外国人株主が買い占め、財閥の解体・再編による少数大企業の創出(寡占化)が進められ、輸出競争力の強化にむけてウォン安、賃金抑制、非正規雇用の拡大、法人税減税が進められ、国のかたちがすっかり変わることになった。

 貿易依存度(国内総生産・GDPに対する輸出入額の比率)は高まり98%にまでなった(日本は27%、2011年)。株式の外国資本保有率も上昇し、サムスン電子54%、現代自動車、ポスコも50%弱。銀行株も国民銀行86%、ハナ銀行72%。韓国証券取引所上場10大企業の売り上げが韓国全上場企業の52%を占め、そのほとんどが大手輸出企業で、その株主の半分前後が外国人である。国際競争力強化のために賃金は抑制され、インフレも相まって実質賃金は低下、調査方法にもよるが潜在失業率は20%を超えるとされ(「東亜日報」2011、10月27日付)、ニートとよばれる若者は日本を上回る100万人(韓国労働研究院2012)、自殺率はОECD加盟国で一番高い。

 国内産業と労働者、農家を苦しめながら輸出大企業が利益を上げ、そして株主への配当を最大化する。そんな株主資本主義が跋扈し、金融資本に翻弄される国に韓国は変質させられたのである。

「IMF事態は強い精神的ショックを与えました。それから10年、今日の韓国では個人の資産、ありていにいえば“なんでもカネ”があらゆる社会的価値を圧倒する文化が形成されました」と宋氏。そして「それを法的に制度化したのが米韓FTA」なのである。

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投機資本も規制できない

 そもそも、なぜIMF事態に見舞われたのか。その引き金になった韓国の通貨危機は、外貨ドルの不足と密接なかかわりをもって発生したものだが、ここには「投機的なドルの動きがある」として、宋氏はこう指摘している。

「彼らはドルをウォンに替え、既存の韓国企業の株式を買い集め、経営権を握った後、会社を高い値段で売りさばき、得た利益はドルに替え、さっさと韓国から離れる。株価が上がりそうと判断すれば株を買い集める。あるいは買い集めて株価を上げる。利益を得るため、韓国企業の債券(社債)を買う。(略)

 彼らは韓国経済が悪くなる兆しさえみえれば、誰よりも先にドルを引っこ抜いて立ち去ろうとする。もしも彼らがドルを回収するか償還を催促すれば経済状況はより悪化し、外貨不足の事態が発生する。この外貨不足のため、韓国はIMFからドルを借りることになった。そして韓国の通貨ウォンは価値が大幅に下落した。そのため、IMF事態または通貨危機と呼ばれるのだ」

 こうした投機資金に対し、国家は最小限の安全装置として、その移動を適切に規制できなければならない。そのための国内法が韓国にもあるのだが、米韓FTAは一層、その発動を困難にする。「投機資本の送金も、原則として自由にできることを許可しなければならないし、このような送金保障待遇を提供しなければ、米韓FTA違反となり、国際仲裁部に回付される」のである。

 米韓FTAでは投資と投機の区別はなく「投機性資本も投資に含まれる」。投機を含む外国からの投資、アメリカを拠点とする国際金融資本が、韓国という国家の制約を受けずに自由に振る舞え、韓国国内の制度や条例、規制によって外国投資者が不利益をこうむることがないようにするのが、米韓FTAの本質なのである。

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公共より外国資本を優先、農協、協同組合も窮地に

 本書の指摘を、いくつか列記しよう。

▼多くの自治体が条例によって給食費の一部を支援し、学校給食での国産農産物の使用は個々の学校の裁量に任されている。しかし、学校給食条例で地元産農産物を優先的に使用することを定めるのは米韓FTA違反となる。米国人投資者が農産物流通業や給食市場に参入した場合、自治体が韓国産農産物優先の方針に従って対応すると国際仲裁に提訴されることになる。

▼国民健康保険制度の枠外で営業する営利病院を保障し、アメリカの保険会社の利益を保護する。また、アメリカの製薬会社の特許権を過度に保護し、公共医療サービスの薬価負担を高くする。より低価格でより効果のある薬を国民健康保険の対象にするという国家の任務、権限に対し、アメリカの製薬会社は異議を申し立てることができる。

▼国家が投資者の参入許可を決定するのではなく、投資者が事実上参入権をもつ。外資系大型ディスカウントストアが地方の中小都市に進出しようとする際、その許可段階で地方の中小業者に配慮した措置をとることは不可能。

▼韓国の郵便局は新しい保険サービスを提供できない。また、郵便局が、(外資系)民間保険会社のサービスよりも優れたサービスを提供することもできない。

▼保険(共済)事業を行なう農業協同組合、水産業協同組合、信用協同組合のような分野別協同組合に、民間保険会社より競争上有利になるような利点を与えてはならない。しかも、何が有利で何が同等かの議論に韓国の郵便局や協同組合は入れず、事実上アメリカに判断権がある。

 ここには、農村の保険(共済)市場に参入したいという外資系保険会社の強い思惑が働いている。韓国では昨年、経済事業(購買、販売事業など)と信用事業を分離する「改正農協法」が成立し、農協は経済事業の合理化と信用事業における国際競争力の強化に生き残りを賭けざるをえない状況に追い込まれている。それは農協の農家離れ、地域離れに拍車をかけることになろう。

 ほかにもさまざまな問題があるが、なかでも重大なのは、本書の第4部のテーマである「間接収用」だ。

 韓国には「都市の無秩序な拡散防止」を目的とする韓国式グリーンベルト制度があり、その背景には韓国憲法の“土地の公的財産概念”がある。しかし米韓FTAでは、所有者が国家の規制に対抗できる武器を手にすることになる。早い話、アメリカの資本がグリーンベルト内の土地を買い占めても国は収用できず、公共的見地から収用しようとすると国際仲裁に付され、法外な賠償金を支払わなければならなくなる恐れがある。その結果、どうなるか。

「韓国は世界でも指折りの人口密度の高い地域である。このような地域で土地財産権を保護することは、国民を土地所有者とそうでない人との争いに巻き込むことになる。米韓FTAの欲望はアメリカの地ではなく、韓国の地で爆発する。韓国人は、今でも、これ以上のない土地戦争を日常生活で繰り広げている。

 間接収用の制度化は、土地財産権というパンドラの箱を開けてしまう行為である。土地に対する国家の規制を撤退させる命令である。少数の大規模土地所有者を“共同体の利益”に押さえつけられていた不満から解放させてやる“宣言書”なのだ。韓国はすでに少数の不動産所有者と多数の無所有者に分裂させられている。米韓FTAはその境界線を、国際法という高い壁でさらに強固にするだろう」

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次世代に、こんな世の中を渡してはならない

 国民全体の公共的見地から行なう国家による規制に正当性を与える最終的権威は、憲法にある。しかし、米韓FTAでは 国内法は排除される。公務員は、海外の投資家に対し、自分の業務が正当か否かを韓国の憲法や法令で判断できない。国際仲裁の場に委ねられ、そこでは韓国憲法と法令集は“持ち込み禁止品目”なのである。

 かくして、宋氏は、こんな皮肉を述べている。

「公務員の皆さんは投資者の請願を処理するとき、格段の注意を払ってほしい。彼らの欲望を可能な限り最大限満たしてあげていただきたい。『外国人投資者を差別しなければいいのだろう』と、漠然と思わないように。(略)

 そして、その基準が何かを国家に聞かないでほしい。なぜならば、皆さんの国もその基準がわからないし、自分で定められないからである。外国人投資者に韓国国内法を絶対突きつけないでいただきたい」

 憲法が禁じられる米韓FTA、その恐怖はTPPにも共通する。4月号の主張「TPP=投資立国化路線の危険な選択」で述べたように、TPPは、かたや国内市場開放による農産物価格の下落により、かたや投資立国化路線=他国への市場、資本進出による国内産業の空洞化と雇用減によって、農家、農村、地域を苦しめ、国のかたちを変質させる。「米韓FTAと韓国を、他山の石としてみてほしい」という宋氏の願いをしっかり受け止めたいと思う。

 宋氏の「あとがき」をもってしめくくりたい。

「…もしも、私が決められることならば、米韓FTAを子どもたちの手に渡したくありません。それは地域の人びとと手を取り合い、愚直に働き、私たちを育んでくれた母親たちに対する背信行為です。母親たちは、あの人たちのように他人の命と土地を奪い、まるで自分のもののように言い張り、囲いをして守る、そんな人生を歩みませんでした。自分の“財産”と“自由”がこの世で何よりも尊いもの、と思っていませんでした。(略)

 すでに余るほど多くの物をもっている者が、貧しい人びとの拠り所や生活の根拠まで明け渡せという、そんな世界で私たちの子どもが幸せに暮らせるとは思いません。たぶん、私たちの母親もそう思っているでしょう。なぜならばあの方々は、体がどこにあろうが、いつも私たちを本当に愛しているからです」

(農文協論説委員会)

●農文協ではこの『恐怖の契約 米韓FTA』と同時に、『壊国の契約 NAFTA下メキシコの苦悩と抵抗』を発行した。アメリカ産輸入コーンの席巻、遺伝子組み換えコーンによる在来種の危機、アメリカへの出稼ぎやビザなし移民の急増など、「北米自由貿易協定」下のメキシコで何が起こっているのかをリアルに描いている。「メキシコの食と農業の状況は、TPP―グローバル化の渦の中に国土と国民をまるごと投げ込もうとしている私たち日本の国の近未来の姿を先取りしたもののように思えてなりません」(里見実・「訳者あとがき」より)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2012年9月号
この記事の掲載号
現代農業 2012年9月号

特集:塩VS糖
サトちゃんありがとうイネ刈りで一俵増収/トマトのピンチ二本仕立て/果樹園の草刈り高刈りで広葉雑草を活かす/害獣を獲る/何でもジャムに/農村で電気も生産する時代 ほか。 [本を詳しく見る]

恐怖の契約 米韓FTA 恐怖の契約 米韓FTA』宗基昊 著

「屈辱の協定」と沸き起こる大反対運動。米韓FTAの危険な実態を、貿易、非関税障壁、投資、健康保険、土地問題、学校給食、農業、公共分野など様々な角度からわかりやすく解説。TPP参加への警鐘を鳴らす。 [本を詳しく見る]

壊国の契約 壊国の契約』エリザベス・フィッティング 著

米国産輸入コーンの席巻、遺伝子組み換えコーンとの交雑種の出現、アメリカへの出稼ぎ、移民の急増など、北米自由貿易協定がメキシコにもたらした災危。自由貿易推進論者のまやかしを突く。 [本を詳しく見る]

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