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農文協トップ主張 2012年5月号

TPP推進派の「強い農業」論を排し、現場からの「人・農地プラン」を

目次
◆TPP農政としての「人・農地プラン」
◆「強い農業」論は「人と農地の問題」を悪化させる
◆それぞれの力が生きる「新しい共同 新しい経営」
◆高齢者に住みよく、後継者が帰ってくる地域づくり
◆個別大規模農家が語る、本当に「強い農業」とは
◆TPP反対を貫きながら現場からの「人・農地プラン」を

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TPP農政としての「人・農地プラン」

 農林水産省は2012年度予算に「新規就農のための総合的な支援」と「農地集積のための総合的な対策」を柱とする「人・農地プラン」(地域農業マスタープラン)を盛り込んだ。

 農水省によれば、この「人・農地プラン」は、高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加などの「人と農地の問題」のために5年後、10年後の展望が描けない地域が増えているため、集落・地域における話し合いによって、(1)今後の中心となる経営体(個人、法人、集落営農)はどこか、(2)中心となる経営体へどうやって農地を集めるか、(3)中心となる経営体とそれ以外の農業者(兼業農家、自給的農家)を含めた地域農業のあり方(生産品目、経営の複合化、6次産業化)などを決め、市町村がその話し合いを受けてプランの原案を作成し、農業関係機関や農業者の代表で構成する検討会を開催し、その審査の結果適当とされたものについて市町村が正式決定するものとされている。早い地域では、この号が届くころには、地域農業マスタープランづくりに向けてのアンケートや話し合いが始まっているかもしれない。

 新規就農支援については別の機会に譲るとして、ここでは「農地集積のための総合的な対策」について考えてみたい。

 この対策の最大の特徴は、農地の「出し手」に「農地集積協力金」として直接お金を支払うという、これまでにない方法がとられることだ。この「農地集積協力金」は、「地域農業マスタープランに位置付けられた地域の中心となる経営体に農地の集積が確実に見込まれる場合」に、「市町村等が、それに協力する者に対して」交付するもので、総額を農水省が都道府県を通じて交付する。0.5ha以下の「出し手」には30万円、0.5ha超〜2ha以下は50万円、2ha超は70万円。これによって、「構造政策」をより強力に推し進めようというもので、この背景にはTPP対応型の「強い農業」論があることは注意しておかなければならない。

 1昨年秋の菅直人前首相による唐突な「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加検討表明」を受けて、同年11月に「食と農林漁業の再生実現会議」が設置された。そこでの議論と答申をもとに、昨年10月に閣議決定した「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」を受けて策定されたのがこの「人・農地プラン」である。

 「基本方針・行動計画」はつぎのような書き出しから始まる。

 「我が国の食と農林漁業は、所得の減少、担い手不足の深刻化や高齢化といった厳しい状況に直面している。農山漁村も活力が低下しており、食と農林漁業の競争力・体質強化は待ったなしの課題である。同時に、我が国の貿易・投資環境が他国に劣後してしまうと、将来の雇用機会が喪失してしまうおそれがある。こうした認識に立って、食と農林漁業の再生実現会議は、『包括的経済連携に関する基本方針』(平成22年11月9日閣議決定)にあるとおり、『高いレベルの経済連携の推進と我が国の食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを両立させ、持続可能な力強い農業を育てるための対策を講じる』ことを目的として、これまで精力的に議論を積み重ねてきた」。

 つまり、「人・農地プラン」は、その「政策目標」が、「土地利用型農業について、平地で20〜30ha、中山間地域で10〜20ha規模の経営体が大宗を占める構造を目指す」とされていることからも明白なように、大規模化と農地流動化を推進し、農地と担い手の絞り込みで「競争力・体質強化」をはかることによって、TPPに対応する「強い農業」をめざそうとするものである。

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「強い農業」論は「人と農地の問題」を悪化させる

 財界をはじめとするTPP推進派の「強い農業」論は、関税や非関税障壁の撤廃による自由化に耐え、さらには農産物輸出に挑戦する企業的経営しか眼中になく、それ以外の小さい農家や高齢農家はこれを妨げるものとして早くリタイアしてもらいたいというのが本音である。そこに「むら」はない。その筋書きからみれば、「農地集積協力金」は当初報じられたように「離農奨励交付金」であり、この「担い手の強制的絞込み」は、むらを疲弊させ、地域コミュニティの破壊に作用する。「人・農地プラン」が述べる「高齢化や後継者不足、耕作放棄地の増加などの『人と農地の問題』」は解消するどころか、逆に事態を悪化させる。

 この「人と農地の問題」に対し農家はこの間、集落営農など、田んぼとむらを守る方法をさまざまに工夫してきた。

 TPP推進派からみれば集落営農は、生産性・効率性を無視した助け合い組織にしか見えないようだが、集落営農は新しい「社会的協同経営体」として進化し続け、その取り組みは、「人・農地プラン」の「優良事例」としても取り上げられている。

 農水省の「人・農地プラン」にむけた「我が国の食と農業の再生に貢献する農業農村整備事業〜PR集〜」には、島根県安来市の「農事組合法人 ファーム宇賀荘」(1旧村13集落1農場)、山口県阿武町の「農事組合法人 うもれ木の郷(4集落1農場)」、青森県五所川原市の「有限会社 豊心ファーム」(広域できめ細かな作業受託)が紹介されている。いずれも水田の大区画化、大型機械による作業の効率化とコストダウンが決め手のように描かれているが、そんな単純な話ではない。ここでは山口県阿武町の「農事組合法人 うもれ木の郷」についてみてみよう。

 「うもれ木の郷」は4集落1法人の集落営農組織で、経営耕地面積84・9ha、構成農家73戸、組合員数115名である。この「うもれ木の郷」の取り組みを本誌では「むらも田んぼも守る 新しいしくみづくり」として次のように紹介している(2002年11月号)。

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それぞれの力が生きる「新しい共同 新しい経営」

 かつて地域の田んぼは泥炭が厚く堆積した強湿田で、大型トラクタや乗用田植え機を乗り入れることさえままならなかった。大昔は火山の噴火口で、そこが湖になり、その湖が埋まってスギやヒノキが茂る原生林となり、平安時代末期に奈良・東大寺の再建のためにその巨木が伐り出され、田んぼの底の泥炭には今もその切株が埋まっているという(法人名はそのことに由来)。

 ここに町から国の基盤整備事業の話が持ち込まれたのは1991年。20a区画の田んぼを40aに広げ、強湿田を畑作物がつくれる乾田に変える計画だった。この計画に賛成する専業層は多かったが、10a当たり約20万円、利息分などを含めて年に2万4000円ずつ償還金を支払わなくてはならないため、高齢農家からは「少ない年金から償還金を払えない」「子どもが農業を継がないのでムダになる」と、疑問や反対の声が上がる。話し合いを重ねた結果、農地の出し手となる高齢農家に償還金以上の地代3万6500円(借地料2万4000円+従事分量配当最低保証1万2500円)を払える仕組みをつくるのみならず、全戸参加型の法人をつくり、基盤整備された農地すべてを法人で受託して経営するという方式を編み出した。それが1997年1月に設立された農事組合法人「うもれ木の郷」である。

 しかし機械の共同利用や作業受託で生産性向上やコストダウンだけ考えていて経営が続けていけるのか、また、むらの農家同士の関係がますます疎遠になるのではないかという心配もあった。基盤整備で田んぼ1枚1枚が大きくなり、共同利用の大型・高性能機械で人手がいらなくなれば、1戸1戸の農家がマンションに入ったようなむらになってしまう。そこで、高性能の機械と広くて水はけのよくなった田んぼを生かして、むらと田んぼを守るための仕組みを考えた。年配で大型機械に乗れないけれども田んぼに出たいという人には、水管理を10a当たり4000円で、草刈りを1m2当たり15円で請け負えるようにした。また、乾田化を生かして転作田で専業農家10戸ほどが取り組むスイカやホウレンソウなどの栽培では、経営の主体は法人でも、それぞれが自分の能力を発揮しながら農業のおもしろみを感じられるよう、それぞれの売り上げから経費を引いた利益が各農家に配当されるようにした。

 「うもれ木の郷」では「農家の論理」「むらの論理」に基づき、高齢農家であれ、専業農家であれ、それぞれの体力と能力に応じて農業ができる仕組みをつくり、それがむらも田んぼも守る「新しい共同 新しい経営」をつくったのだ。

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高齢者に住みよく、後継者が帰ってくる地域づくり

 「うもれ木の郷」では、「四つ葉サークル」という女性グループが「高齢者に住みよく、後継者が帰ってくる地域づくり」をめざして活動している(以下、『農村文化運動』2009年10月号、山口大学・辰己佳寿子准教授の報告より)。

 うもれ木の郷のある宇生賀地域は、伊豆、三和、上万、黒川の4集落からなっており、うもれ木の郷ができるまでは、4集落いっしょの行事は運動会くらいで、祭りも各集落、公民館の清掃もローテーションで、あいさつ程度の関係だったという。それがうもれ木の郷の設立によって農作業の省力化・効率化がすすみ、女性たちに時間的、肉体的、精神的なゆとりが生まれると、4集落の女性たちが協力し合い、「4つ葉のクローバのように幸せになろう」という願いを込めて、「四つ葉サークル」を結成した。うもれ木の郷の設立と同じ年の8月のことだった。サークルは「生産クラブ」「加工クラブ」「環境クラブ」「交流クラブ」の4部門からなり、会員数50数名、活動経費は、うもれ木の郷からの補助金50万円と、年会費1人200円、イベントなどでの販売収入からまかなわれている。

 生産クラブは、朝市、福祉施設・学校などの給食などに小物野菜などの産直活動を行なう。加工クラブはうもれ木の郷に整備された加工所で、うもれ木生産の大豆「サチユタカ」を豆腐に加工し、販売。学校給食にも出荷するほか、毎週日曜日には宇生賀の全戸に豆腐を配達、お年寄りの安否確認、地域のコミュニケーションづくりに一役買っている。環境クラブは「このむらをきれいにしたい」と、集落ごとの花壇づくりや宇生賀一周フラワーロードづくりに挑戦、2005年には花いっぱい運動山口県知事特別賞を受賞した。交流クラブは、グリーン・ツーリズムなど地域外の人びととの交流事業を実施していて、毎年10月には、うもれ木の郷の米を購入した人びとと「収穫祭」を行ない、多いときには県内外から集まった約300人を、農業体験や地元料理でもてなし、参加者から「こんな環境のよいところでできたお米なら安心」という声がかかることもある。

 こうした四つ葉サークルの活動が軌道に乗り始めたころ、男性のほうから「女性も、うもれ木の郷の組合員になってはどうか」と話があり、2001年には、サークル全員が組合員となった(現在は男性組合員60名、女性55名)。それまでは各戸ごとの加入であったため、女性が世帯主である場合を除き、男性が組合員であることが多く、女性が働いてもその報酬は男性名義の口座に入っていた。サークル全員の加入とともに、女性理事2名も誕生した。

 それから10年を経て、四つ葉サークルの目標は「新しい人が参入し、後継者が帰ってくる地域づくり」「自分たちが高齢者になっても住みよい暮らしづくり」なのだという。「農家の論理」「むらの論理」に「暮らしの論理」を加えて活動する四つ葉サークルは、うもれ木の郷とともに、大規模集約化という条件を「みんなが暮らし続けられる新しいしくみづくり」に生かしているのだ。

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個別大規模農家が語る、本当に「強い農業」とは

 以上、集落営農の事例をみてきたが、TPP推進派が期待する個別大規模経営でも「農家の論理」「むらの論理」は生きている。以下は、本誌3月号で紹介した、長野県東御市で水稲30haを中心に、酪農や果樹など有畜複合経営を実践している(株)永井農場の永井進さん(40歳)の意見だ。

 永井さんは、最低限の規模は必要だが、規模拡大すれば今度は規模拡大した農家同士でまた競争になり、それでも面積が日本の100倍、1000倍あるアメリカやオーストラリアの農業とは勝負にならないとしたうえで、つぎのように述べている。

 「いまうちで耕作している田んぼは約30haです。そのうち約25haは地域の約200戸の農家から、農地をお借りしてつくっています。これをいまの設備でもっと規模拡大することもできるとは思います。でも、それが本当にこの地域にとっていい形なのか。永井農場だけがやっていればいいのか。社員を増やして、うちの社員だけが地域の田んぼにいるということでいいのか。僕はそうは思わない。本来農村には農業をやりたい人がいろいろいて、それらの人たちが多種多様なやり方をしている。それが農村の豊かさだと思う。つくり方も1人ひとりの個性があっていい。自分たちのやりたい農業ができないなんて、そんなつまらないことはない。

 うちは基本的に地域で『やってほしい』と頼まれたときに、作業をひとつひとつ丁寧にやらせてもらっています。たとえば80代で機械作業ができないという人がいる。でも田んぼはつくり続けたいと思っている。だからできることは自分でやってもらう。できた米の半分くらいはうちでやったことだけど、日々の草刈りとか水管理とかは自分でやった。そうした管理をしたことで少しでも『自分の米』と思えることが、すごく大事なんだと思います。

 高齢化した小さな農家のことを効率を妨げる邪魔者のように扱う風潮がありますが、それは大きな過ちです。そもそも地域の人たちとコミュニケーションのない農業なんて、やっていても楽しくありません。楽しいと思えることはすごく大事なんです。田んぼに出て、作業合間の何気ない楽しい会話のなかに、先輩たちから学ぶべきことはたくさんある。そういう方たちに少しでも長い間、田んぼや畑に通い続けてもらえるようにすることが、地域の豊かさにつながっていくのだと思います」

 そして永井さんは、「TPPに参加して世界と勝負する農業を目指すというのではなく、消費者からも地域からもいつまでも必要とされる農業を構築していくことが、本当に強い農業につながっていくのではないかと思っています」と話を結んでいる。

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TPP反対を貫きながら現場からの「人・農地プラン」を

 全国では、「人・農地プラン」の策定に先がけて、むらの「地域農業マスタープラン」についての話し合いを重ねている地域もある。

 たとえば岩手県花巻市笹間地区、ここでは2005年ころから水田農業ビジョンを実施してきたが、開始から5年を過ぎて実情に合わない面が出てきたため、2010年に農家組合を中心とする笹間地区営農再生対策会議を設立、15回の会議を開いて、地区全体の水田の80%にあたる1200haを、30ha規模の40経営体に2016年度までに集約することを決めている。対策会議では当初、担い手への100%の集積をめざしたが、意向調査で後継者の21%が個人での営農継続を希望したため、80%に変更したという。また、水田の出し手となった人も参画できるようハウス団地を整備し、エダマメやアスパラガスなどの園芸品目にも取り組み、直売所や加工施設も整備するという。岩手県農林水産部担い手対策課の千田牧夫課長は、「岩手県では水田農業ビジョンの延長上で地域農業マスタープランに取り組んでいたところに国から人・農地プランの話がありました。ですのでTPPへの対応ということではなく、農地の出し手となった人も体力と能力に応じて地域農業に参画できる“いわて型集落営農”に、この人・農地プランを生かしたいと考えています」と語る。

 「人・農地プラン」を離農促進とは反対に、小さい農家や高齢者を生かし、新規就農者も活躍する地域コミュニティ形成型のプランとし、「新しい共同 新しい経営」を地域から築いていくことは可能だ。TPP反対を貫きながら、「むらの論理」「農家の論理」「暮らしの論理」で現場からの「人・農地プラン」を築きたい。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

現代農業 2012年5月号
この記事の掲載号
現代農業 2012年5月号

特集:ジュースを搾る エキスをいただく
今年は断然、浅植え/異常気象に強いぞ!浅起こし/果樹農家直伝 誘引ヒモの結び方/木材搬出簡単テクニック/塩害からの復興 ほか。 [本を詳しく見る]

 地域農業の担い手群像』田代洋一 著

TPP対応型の政府・財界の構造政策を排し、むら的、農家的共同としての構造変革=集落営農と個別規模拡大経営&両者の連携の諸相を見る。併せて世代交代、新規就農・地域農業支援システムのあり方を提案。 [本を詳しく見る]

 進化する集落営農』楠本雅弘 著

「集落営農」とは、農業経営や地域社会がかかえる問題を解決し、人びとがはりあいをもって働き、活き活きと住み続けることができるよう地域住民が話しあい、知恵を出しあう協同活動である。必要に応じて自発的に組織されるので、本来多種多様な組織形態と活動実態をもっている。国の構造政策に対応するのが本旨ではないのである。多様な集落営農は試行錯誤と経験を積み重ねて柔軟に進化し、「地域の再生・活性化」と「効率的農業生産」とを両立する「地域営農システム」としての大きな可能性を備えるに至った農地・労働力・資本・情報の新しい結合体である。農村経済更生運動以来の歴史、政策の流れも整理しながら、全国各地の、農協も含めた具体的な実践事例を紹介、その意味と未来を論じる。 [本を詳しく見る]

 地域農業の再生と農地制度』原田純孝 編著

2009年6月、農地貸借を自由化する農地法の大改正が行われ、さらに所有権取得の自由化にまで議論をすすめている。しかし、法人企業等の参入が地域や農業再生の打ち出の小槌であるはずはない。いま必要なのは、地域に根差し、地域の将来に対して責任をもつ地域農業の担い手をどう確保するかである。農地制度は、そこに向かう地域の努力を阻害するものであってはならない。本書は農地制度と利用の変遷と現状を押さえた上で、各地で地域農業の維持と再生に向けて実際に行われている多様な取組を紹介しつつ農地利用、保全・管理のありようを展望。 [本を詳しく見る]

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