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農文協トップ主張 2010年8月号

岐路に立つ中国農業
日中の農家交流の意義を考える

目次
◆中国で初めて、「農協」が法律で認められた
◆生産効率第一主義と闘わなくては
◆激しく進む都市による農村の収奪
◆農家が主導する「戴庄村有機農業合作社」の成果
◆農家主導の合作社経営に中国農村の未来がある
◆日中の農家、農協の交流の意義

 2007年以降、中国で初めて、農協(農民専門合作社、以下合作社)が法律的に認められる存在となった。現在約25万社あるという。合作社はどんな実態か、どう発展していくか、それは日本の農業、農家にも大きな影響をもたらす。

 去る6月5日、農文協創立70周年と(財)亜細亜農業技術交流協会創立50周年を記念して、中国から4人の方々を招いてのシンポジウム「中国農業の現在を知る、学ぶ」が開かれた。農家、研究者、JA関係者、行政、農業資材メーカー、流通関係者など多分野にわたる200人以上が朝から晩まで真剣に聞き、交流を深めた。

 その中から、農協(合作社)に関係する部分の概略を紹介しながら、その意味するところを考えてみたい。

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中国で初めて、「農協」が法律で認められた

 中国における合作社研究と指導の第一人者である張暁山氏(中国社会科学院農村発展研究所所長)は、中国初の農協=農民専門合作社について、現状と問題点を詳細に報告した。

 2007年7月1日から「農民専門合作社法」が施行され、合作社すなわち農協が初めて法律で位置づけられた。法律により信用事業はやれないが、中国の農家は初めて、自分たちの組織をつくり、共同購入や共同販売、学習活動を行なうことが可能になったのである。

 中国共産党は「農家のために作る、脱退自由、権利平等、民主的管理」を原則として「国内外の市場競争に参加できる近代的農業経営組織」を育成することを強調し、合作社の役割を極めて高く評価している(中共第17期中央委員会第3回全体会議)。中央政府も地方政府も合作社を重視し、一連の優遇政策を打ち出してきた。2009年末現在、全国で約25万の合作社が作られ、2100万戸の農家が参加しているという(総農家の8.2%)。

 こうしてスタートした合作社であるが、その多くは、「大規模農家牽引型」だそうである。しかも大規模農家といっても、農業参入した企業との線引きが難しく、実質的には企業が牽引したり資本提供したりする合作社も多いようだ。それら企業が主導する合作社では、農家が参加したとしても、農家の力は弱いため、「協同」の精神に立った運営はなされず、事実上、企業の支配下に置かれたり、単なる賃金労働者になってしまう場合もあるという。

 税の優遇や、各級の政府(市や県などの人民政府のこと)が準備した資金を利用できるなど、一連の優遇措置を享受できるというので、目先のきく企業が看板を付け替え、合作社を名乗るわけである。小麦加工場が小麦合作社となり、食肉加工場が食肉合作社となる。農家のための合作社という性格からはずれる可能性もある。

 合作社の多くは、「合作社は地域に根ざし、社区(地元の村、コミュニティ)の発展に寄与する」ことを重要な原則の一つとして掲げてはいる。しかし、利潤を目的とする農業参入企業が牽引ないし主導する合作社が社区との連携を本当にできるかという面でも大いに問題があり、張暁山氏はこう強調した。

 「外来の工商企業が構成員になったり主導して合作社を設立したりすることを通じて、優遇政策を利用し、農地・資金を取得しようとすることに対し、警戒しなければならない。農家構成員の利益を侵害したり、合作社のイメージを損なったりする事件の発生を防がなければならない」

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生産効率第一主義と闘わなくては

 シンポジウムに参加予定だったが急用で来られなくなった陳錫文氏(中国中央農村工作指導小組副組長)は次のように述べている(引用は「第一財経日報」の「農村改革における3つの課題」2010年5月30日中国人民大学講演要旨より)。

 「この数年、各級政府は、都市の商工業資本が農村に入り農民にかわって大規模経営の主体となることを指導し推進しています。この現象は極めて普遍的なものになっています」「(これを支持する人もいるが)農業関係者はこの問題について比較的慎重です。中国共産党の2001年18号文献は、商工業企業が農村における農民の土地を長期間・大規模に貸借することを提唱しないと明確に指摘しています。社会学や人類学専門家は、こうした土地の貸借や集積が農村の社会構造を変え、農民心理を変えてしまうと、ある種の憂慮を表明しています」「もし、農業の効率化の問題だけを解決するのであれば、方法は多様でありしかも非常に簡単です。集落を取り壊し農民を都市に押し出せば、農業の効率は必ず高まります。しかし、それによって誘発される社会的対立は、効率化がもたらした食糧生産量の増大による利益より被害が大きいかもしれません」

 すなわち、陳錫文氏は農村を支え、農村に支えられている家族経営農家の利益、農村社会が育んできた歴史や文化の継承・発展を、物事を考える土台に置いているのである。食糧の量の確保や効率が大きな課題であるからといって、それだけが達成されれば良いとする考え方を肯定できないという立場である。

 これは日本における経験とも合致している。生産効率化オンリー路線は農家の持っている自給力を中心とする農村文化全体の否定をもたらすからである。氏は幾度となく来日し日本の農政や農村を研究し、家族経営やその発展形としての集落営農、家、村に根ざした農協を基本とすることの大切さを見、考えてきた。氏は、日中に共通するこうしたアジア型農家・農村の歴史的文化的意味を深く理解しており、それに反する農外からの発想が中国の農業論調にも広く流布し始めていることを危惧している。

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激しく進む都市による農村の収奪

 シンポジウム2人目の報告者である趙陽氏(中国中央農村工作指導小組局長)は、この30年、「農村改革」が様々に前進していることを紹介しつつ、近年の憂うべき問題として農地の減少と農村・都市の所得格差拡大に歯止めがかからない状況であることを提起した。

 農地の減少は、この12年間で1.25億ムー(1ムーは6.7a、830万ha、日本の耕地面積の2倍近い)。先の陳錫文氏によれば、この原因には「都市化による農民の収奪」という根本的な問題が横たわっている。

 「ここ2、3年、全国各地の農村で一種の村の統廃合が行なわれ、7、8村の村を一つに合併し、それまでの農家の家を撤去して新しく統一した住居を立てています(筆者注:高層マンションなど)。これは、農民の住居を集中させ、農村の住宅用地を節約し、その節約された分を交換を通じて都市に提供しようというものです」(前述の講演)

 つまり、農村の土地が都市や町に売却されると、土地の評価や地価が高くなるから、地方政府はその土地譲渡料を利用して行政の財源に充てるなどするわけである。しかし、陳錫文氏は「投資家と投機筋の投資のための土地を提供する」ことになってはいないかと強い危惧を表明しているのである。

 このような農地の一般土地市場化や農業参入企業に主導された合作社の隆盛という事態は、当面の地方経済の活性化のためにはわかりやすいので、勢いはとどまることを知らない。

 そのような都市による農村侵食が進む結果、趙陽氏によれば、現在の都市と農村の所得格差は3.3対1だが、今のまま推移すると2020年には5.5対1になるとみられている。6倍近い格差である。この格差はますます、青壮年労働力を都市に向かわせる。土地と人が農村から奪われ、そして農村は企業による農業が主流となれば、残った農家は土地や経営を支配され、ますます所得格差がひろがっていく。

 しかし、どっこい、そんな動きばかりではないことも今回のシンポジウムでは報告された。

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農家が主導する「戴庄村有機農業合作社」の成果

 講演者の3番目に趙亜夫氏(江蘇省鎮江農業科学研究所研究員)が立った。氏は、江蘇省の西南部の鎮江市(南京の東隣、人口300万)において、30年間も本誌「現代農業」を愛読し、地元の農家とともに応用し、無加温半促成イチゴやアイガモ稲作、土着菌発酵床養豚、木酢利用、立体農業など様々な実践を行なってきた方である。この数年はとくに鎮江市南部の句容市(鎮江市の中の小さい市、人口60万)の戴庄村において農家とともに有機農業合作社を作って、農家所得向上のために奮闘してきた。シンポジウムではその取り組みの一端が直接日本語で報告された。

 戴庄村は人口2800人、農家860戸、農地は1万ムー(670ha)。丘陵傾斜地が60%で、穀物、ナタネなどが中心だった。交通も不便で、句容市の中でも最も貧しい村の一つであり、2003年時点で、半分以上の農家は一人当たり3000元(1元15円換算で4万5000円)の年収しかなかった。しかし、合作社を作り、総世帯の70%を超える農家を構成員として組織し、有機農産物の生産・加工・流通を開拓し、有機農業を活かしてグリーンツーリズムを推進し、周辺の都市からお客を呼び込んだ。

 水田の80%、傾斜地の35%で有機農業が行なわれている。無化学肥料、無農薬の稲作とその裏作(野菜)導入でムー当たり2000元(3万円)以上の収益をあげた。果樹園や茶園には牧草を植え、ガチョウや鶏を放している。草中心で飼い、卵、肉の自給とともに肥料を節約する。精米工場を建設しモミガラはくん炭にし、モミ酢を活用する。アイガモによる除草で米とともにアイガモの肉を売る。戴庄村では豚すらも「草食家畜」と位置づけられるほど地域資源活用を徹底している。トリのえさのタンパク源としては昆虫養殖してその幼虫を乾燥させて与えている。モモの仕立ては山梨県の大草式に学んだ。こうして、戴庄村有機農業合作社の農家は2009年には平均9000元(13万5000円)の年収となった(2009年の全国平均約5200元の1.7倍)。

 趙亜夫氏は言う。

 「張乃成は病気の家族と負債を抱え、田畑に出ることもままならなかったが、合作社が生産資材費を立て替えたおかげで請負地の耕作を再開し、2007年には一人当たり5600元(8万4000円)の純収入を得た。今では負債を完済、2008年には家を新築した」

「成果を実感した人々は農業への希望と自信を回復し、都市部への出稼ぎから戻ってくる村民も毎年のように現れている」

 合作社は勉強会を重視し販路開拓を重視する。有機米や野菜の100%が合作社を通して販売された。有機モモ・イチゴの八五%、在来種の鶏と卵、サツマイモの70%が合作社を通じて販売された。農家の食堂をレストランにした「農家楽」(グリーンツーリズムの農家レストラン)は戴庄村のきれいな水、四季の産物を農家料理として提供するもので、昼ごはんなど何十種類もの料理が並ぶ。都市から来た人は戴庄村の自然が生んだ料理を感謝し、感激して食べ、リピーターになる。都市は農村を収奪するのではなく、共存共栄の仲間となる。

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農家主導の合作社経営に中国農村の未来がある

 趙亜夫氏は冒頭に紹介した中国の合作社の様々な局面について次のように話した。

 「中国の農業経営方式には3つある。(1)農家による個別経営、(2)農場主経営、(3)農業合作社経営。句容市に即して言うとその特徴は次のようになる。

 農家による個別経営は句容市では1万戸。青壮年農家でまわりから土地を借りて行なっている。それでも面積は7ムー(47a)前後(うち自家用が1.2ムー)と依然として小さい。ネックは販売開拓が困難であることである。

 農場主経営の多くは農外資本による参入で句容市に30社ぐらいある。耕地面積は数百ムーから1000ムーで、市の耕地面積の5%を占める。しかしその多くは赤字を抱えている。ただでさえ収益を上げるのが難しい農業で、労使関係の解決は難しい問題であり、生産管理コストの増加と労働生産性の低下で経営がただちに難しくなる。しかも、農地を貸してしまった農家や小規模農家の所得向上への道が閉ざされてしまうことが多い。

 農業合作社経営の多くは仲買人や企業主導で作ったもので、農家にとって単に農産物の売買関係にとどまっている。しかし、戴庄村の合作社は社区(地元の村、コミュニティ)総合型である。合作社ならば、小規模のために市場参入できないという、個々の農家ではどうすることもできない問題を解決できる。農村における貧富格差を縮小できる。農業をするのは自分のためであって、雇用主のためでも、まして過去の人民公社のように御上のためでもない」

 鎮江市句容市戴庄村では、合作社経営を農家主体で立ち上げるなかから、収入の増加を得られた。都市に収奪されるのではなく都市と共存する道をひらいたのである。

 そして、ここの合作社の販売ターゲットはもちろん、日本ではなく、地元及び周辺の都市である。

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日中の農家、農協の交流の意義

 中国には長い歴史の結果、全国に人口数十万から2000万人の都市が多数配置されている。そして都市は広大な農村に囲まれている。しかし、今ないのは、農家自身を主導とする本流の合作社である。何をどう作って近辺の都市に向けて販売したらよいかの発想である。さらにはそういう情報を交流できる農家のための雑誌である。これらを早急に作らねばならない。

 中国の農法は、2000年前の古い農書の時代以前から日本の農法に強い影響を与えてきた。長い交流の中で、日本は独自に地域ごとの農業形態を編み出し、農家を中心とした総合農協を生み出した。そして中国の農業も地域ごとに独自に形成され、見事な食文化に象徴されるように自然とのつきあいの文化を形成してきた。

 今、中国は日本の農家の技術と経営、そして農協の在り方、新しい生産資材の活用に注目している。

 中国は「386199」農業といわれている。38は3月8日の国際婦人デー、61は6月1日の中国の子供の日、99は中国の敬老の日でもある9月9日の重陽節であることにちなんだもの。つまり、中国農業は女性と子供、年よりが担っているというわけである。

 女性と高齢者が中心であるのは否定的なことではない。むしろ豊かな食文化を発展させる新しい農業が作れることを、この20年間、日本の農家、地域は実証してきた。その動きに生産資材メーカーも協力してきた。集落営農や大小の農家が協力する大小相補の地域を作ってきた。386199は決して農業衰退の象徴ではなく、逆にそれを契機に新しい農業が作れる条件なのである。

 一方、日本の農協は、直売所の経営や各種の業務加工野菜需要のための生産の組織化と出荷を手掛け、大手量販や卸、仲卸とも新しい機動的な関係を結ぼうとしている。その農協の方法を、協同の精神も含めて中国の農家、農業関係者は注目し学びたいと思っている。

 都市による農村の収奪、経済合理だけの農業政策――これらは日本の農家もさんざん経験させられたことではあるが、まさにその真っ只中に中国の農家がいる。中国の農業がどういう道を歩むかは、日本にも直接の影響をもたらすことである。全世界の、アジアの、とりわけ日中の農家が交流し、学び合い、それぞれの地域を豊かに発展させることこそ、今の国際関係で一番大切なことである。

(農文協論説委員会)

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この記事の掲載号
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