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農文協トップ主張 2010年7月号

戸別所得補償どうみる、どうする

目次
◆戸別補償は、「生産性そぐ『両刃の剣』」か
◆農産物自由化への「両刃の剣」でもある
◆MA米を国産米に置き換えていく
◆飼料米で日本型・地域型畜産をひらく
◆「中山間地域等直接支払制度」の経験に学ぶ

「戸別所得補償モデル事業」の申請が6月30日締め切りで進んでいる。来年度からの本格展開にむけ、今年度は水田作を中心に、以下の2つを柱にした事業が進められる。

■水田利活用自給力向上事業 水田でムギ、ダイズ、米粉用米、飼料用米などを生産する販売農家・集落営農が対象。10a当たりムギ・ダイズ3万5000円、米粉・飼料用米8万円など。米の生産調整に参加しない農家も対象に。

■米戸別所得補償モデル事業 米の生産調整に参加する(生産数量目標に従う)販売農家・集落営農に対して、主食用米の作付面積10a当たり1万5000円を定額交付。さらに米の価格が下落し、「当年の販売価格」が「標準的な販売価格」(過去3年の平均)を下回った場合、下落部分を補てんする。

 申請は順調のようで、大半の農家・法人が事業に参加すると見込まれているが、この政策そのものに対しては、疑問や不安をもつ農家も多い。戸別所得補償をどうみる、どうする、を考えてみた。

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戸別補償は、「生産性そぐ『両刃の剣』」か

 事業の二つの柱のうち、米戸別所得補償モデル事業について、マスコミなどでは「バラマキだ」という批判が根強い。米の販売農家全170万戸を補償対象にしたからで、朝日新聞は、「これでは米作から退場するはずの零細な兼業農家が農地を手放さず、集約と効率化は遅れる。たくましい農業への転換をめざすには、補償対象を生産意欲のある数十万戸ほどの中核農家に絞ることが必要ではないだろうか」〈4月30日付社説〉と主張。一方、日経新聞5月3日の記事「戸別補償の憂うつ」では、補償をもらうために貸していた田んぼを返してほしいという「貸しはがし」や「集落営農の解散」の事例を挙げながら、戸別補償は「生産性そぐ『両刃の剣』」だとしている。

 実際はどうなのだろう。いくつかの集落営農の代表メンバーに話を聞いてみた。

 今年3月号の主張「集落営農 地域再生、希望の拠りどころ」で紹介した島根県出雲市旧佐田町地区の集落営農法人「有限会社 グリーンワーク」。福祉タクシーなどの地域貢献事業や、子どもたちを巻き込んだ「農地・水・環境保全向上対策事業」の活動をサポートしている集落営農だ。イネの面積は約10町だから米のモデル事業で150万になるが、これは集落営農として活用する。「2反、3反の農家が3万、4万もらったところでどれほどの意味があるか。機械の更新に充てるとか、農地を荒らさないようにするとか、基本的なところで活用しないと意味がないのではないか」と代表の山本友義さんは話す。

 そしてグリーンワークでは今年、これまで利益が出なかった加工米に替えて、米粉用のイネをつくる。地元佐田町のパン屋と契約。仲介に農政事務所が入ったが、事務手続きはJAが行なった。8万円の助成は小さくはない。

 グリーンワークに限らず、出雲の平野部からも、集落営農から農家が抜けたとか、貸しはがしがあったとか、という話は一切聞こえてこないという。もともと、戸別で田んぼを維持することが難しくなり、みんなで力をあわせて集落営農を、となったわけで、多少のお金がでるからといって戸別にもどすわけにはいかず、逆にこれを集落営農を強めるために活かす。生産も加工も活発にし、「地域の再生」の拠り所として集落営農の力を強めていこうというわけである。

 お隣、広島県三次市の農事組合法人「なひろだに」の組合長・児玉勇さんは、こう話す。

「法人の組合員のなかから『1万5000円を各組合員に配って欲しい』という声があがるかもしれないが、もし配ったら『よかったのう』で終わってしまって何も残らない。地域を守ろうということで設立した法人なのだから、加工品の商品開発や販売方法の確立など、将来的に希望がわくようなところへ使うことが大事だ」

 女性陣による加工に元気に取り組む「なひろだに」では、例年と同じ面積でダイズを栽培する。昨年は反収が低く、今年はもう少し収量を上げたいという。豆腐や味噌など加工用として自分たちで使うダイズなので、政策にあわせて大きく変更するということはない。モデル事業の金はしっかり受け取るが、これにふりまわされない、という構えだ。戸別所得補償のために集落営農を抜けるとか、貸しはがしはまずないだろう、と児玉さんはみている。

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農産物自由化への「両刃の剣」でもある

 以上は、島根や広島での話だが、東北の米どころ山形県酒田市や、福島県のいくつかの集落営農に聞いても、他の助成金が減ることや、不耕作水田の扱いについての疑問はあるが、集落営農から抜けるとか、貸しはがしなどの話はないという。

 戸別農家の場合はどうだろう。戸別補償は確かに助かるが、だからというわけでなく、これまでどおりイネをつくり続けるという農家が圧倒的だろう。戸別補償を受けず、生産調整に参加しないでイネを目いっぱい大規模につくる農家が次々にでてくるという状況でもない。大規模農家ほど戸別補償への期待は高く、逆に小さい農家の参加が、今回の制度についてよく知らされていないということもあって、政策推進上の大きな課題になっている。

 そんな状況だが、この戸別補償政策そのものに対する疑問や不安も根強い。先に紹介したグリーンワークの山本さんは「政策的にはどうかなと思うし、長続きしない政策と思う」と述べ、「なひろだに」の児玉さんは「この政策に乗っていくことが将来的に日本の農業を助けることになるのか、という疑問も持っている」と話す。

 直接的には、米価が下がることへの不安で、これは話を聞いた皆さんに共通していた。実際、農水省が発表した09年産の3月の全銘柄平均価格(出荷業者の相対取引)は、前年同期に比べ五%下がった。市場が09年産の大量の持ち越し在庫の発生を織り込み始めたためだという。スーパーや卸売業者などによる「値引き圧力」が強まっており、これに、戸別補償をタテにした値下げ圧力が加わると、米価の低落傾向は一層強まる。米価下落に対する補てんもあるが、その算出根拠である「過去3年の平均」価格が下がれば、やがて補てん額も減る。「所得補償」分も米価下落によって吹っ飛んでしまい、今でもきびしい農家の経営が、一向に改善されないという状況になる恐れがある。

 このことをさかのぼれば、戸別所得補償が、市場原理主義のもとでの政策である、という問題に突き当たる。

 生産者に直接給付する「直接支払い」政策は、政府が農産物の生産・流通を政府が規制・統制し,価格をコントロールすることによって農家の所得を間接的に保障していく「価格支持型」政策とは、対照的な関係にある。直接支払い型の政策の本格的導入は、裏を返せば、農産物の生産・流通・価格に関する統制・規制を緩和し、市場メカニズムのはたらく領域を拡大していくことを意味する。これはアメリカを中心とする巨大アグリビジネスがWTOを舞台に、そして日本の財界の意向も加わって推進しようとしている農産物の自由化、関税撤廃路線につながっている。

 こうした市場メカニズムのもと、米価が下がれば、米の関税の引き下げ・撤廃の道が開け、そうすると米価が一層下がる。これでは農家はやっていけないので所得補償の全体額は、米価下落とともに増え、財政赤字をかかえる状況で、所得補償はいつまで続くかという不安が生まれる。所得補償の額が増えるといっても、米価が下落すれば農家の所得は減る。

 民主党は、WTO、FTA、EPAを促進するという基本姿勢、農産物貿易をより促進するという基本方向は実施に緩急はあっても変えようとはしていない。戸別所得補償は「生産性そぐ『両刃の剣』」ではなく、「農産物自由化への両刃の剣」であることは、注意しておきたい。

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MA米を国産米に置き換えていく

 政府は、自給率を50%まで引き上げるとしている。ここは、農家、地域の力でその実現をめざしたい。生産縮小ではなく、生産の拡大によって地域経済を守り、農業農村の働く場を増やしていくことは、譲ることのできない基本的課題である。それには何が必要か。

 国には、「過剰米」対策や、スーパー、卸売業者などによる一方的な「米価切り下げ圧力」を防止する方策に真剣に取り組んでもらわなくてはならない。戸別補償をタテにした値下げなど、あってはならない。関税等、国境措置も堅持する。市場メカニズムがもたらす弊害を除くのは、国、政府の役割である。そして一方では、直売、産直、JAの直販型販売の強化で、生産者による価格形成力を強めていく。

 水田農業を豊かに展開することも、改めて、本格的な課題にしたい。主食用米が「過剰」であるとすれば、米粉などの加工や、飼料米を本格的につくり、これを定着させる。これによって、輸入のMA(ミニマムアクセス)米を国産米に置き換えていく。

 現在のMA米の年間輸入枠は76.7万t(玄米ベース)に及び、この量、米生産量第1位の新潟県の65万t(19年産米)を大きく上回り、面積に換算すると反収500kgとして約15万ha強、福岡県を除く九州全県のイネ作付面積に匹敵する。ちなみにこれまで輸入されたMA米の累計は865万t(1995〜2008年3月末)であり、このうち加工用が316万tで、他に援助用222万t、飼料用104万t、主食用91万tとなっている。このMA米輸入の半分はアメリカからである。アメリカは、巨大穀物メジャーの戦略のもと、自国では日本以上の「農業保護政策」をとりながら、諸外国に自由化を押し付けている。

 このMA米を、米粉を含めて、国産に置き換えていく。

 本誌では「新規需要米 こうつくる こう売る」を連載し、先月六月号「まずは『どら焼』で会津の米粉利用を盛り上げたい」(356ページ)では、福島県喜多方市・新田球一さんの取り組みを紹介した。米粉など新規需要米の交付金・8万円を受けるには、これを使う需要者を定める必要があるが、新田さんは自ら製粉所を立ち上げ、地域の製粉所として、会津盆地の水田農業にも貢献したいと張り切っている。米粉の地産地商の本格的展開と定着にむけ、知恵をしぼりたい。

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飼料米で日本型・地域型畜産をひらく

 飼料イネも、イネを日本の風土にあった飼料として見直し、日本型・地域型畜産をひらくテコとして活用・定着を図りたい。

 今月号の新規需要米の連載では、千葉県旭市の取り組みを紹介した(342ページ)。旭市では、玄米1kg50円、いま全国一ではないかといわれる飼料米価格を実現している。

 旭市では稲作農家、畜産農家、飼料メーカー、それに市や県の農林振興センターにより「旭市飼料用米利用者協議会」が組織され、飼料米の販売に関わる事務を市の農水産課が担当している。契約書などの事務作業を市が引き受けてくれるので、農家も助かる。旭市では独自の補助金も設けており、戸別所得補償のモデル事業が始まる今年は、栽培農家・面積ともさらに拡大。一昨年の2倍を超える92軒が約90haで飼料米をつくる。

 飼料米は、地元の養豚場が活用する。旭市にある自前の飼料工場では、期限切れのコンビニ弁当やパン、惣菜類、食品工場の残渣・副産物などをリサイクル利用して液状飼料をつくっており、この液状飼料のなかに、モミごと粉砕した飼料米を混ぜて利用する。米をエサにした豚肉は、脂の白さが増してきれいな淡いピンク色の肉になり、さっぱりした味でありながら、口の中には甘み、うまみが後味として残る、という。これを、千葉県産の「米仕上げ」をうたったブランドでまもなく売り出す予定だ。

 飼料工場がなくても、ニワトリならモミ米のままエサになるし、牛ではモミごとサイレージにしたり圧ぺんモミにして給与する方法が開発されている。地域の稲作農家と畜産農家が顔を突き合わせ、行政や農協がサポートすることで、旭市の取り組みのミニ版を、日本のあちこちでつくっていきたい。

 転作のムギ、ダイズも、先の「なひろだに」のように加工との結びつきを強めて地域の産業興しに役立てる。「水田・畑作経営所得安定対策」の面積用件のために消えた小規模なムギ、ダイズの栽培が復活する動きもみられる。

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「中山間地域等直接支払制度」の経験に学ぶ

 戸別所得補償を地域で活かしたいと思う。

 集落営農を除けば、戸別補償だから戸別で受け取り、自分の経営のために使うことになる。しかし、むらの「戸」はむらのなかで助け合って暮らしている。イネをつくり続け、自分の田んぼを守ることそのものが、むらを維持する営みになっている。農家もむらもそういうものである。

 兼業農家と大規模専業農家、戸別経営と共同的経営を対立するものとしてとらえ、「貸しはがし」などとことさら騒ぐのは、農業もむらもわからない、農業を生産性からしかみることができない、貧困な見方である。

 直接支払いを地域で活かす例として「中山間地域等直接支払制度」がある。この直接支払いでは2分の1以上を戸別への配分ではなく共同活動に配分するというガイドラインが設けられたが、多くの地域では、共同活動への配分割合を増やし、水路の維持から加工場など地域の施設づくりまで、地域みんなのアイデアを結集して多様に活用している。規模などによる選別はなくすべての農家を対象に、かつ、「耕作放棄の防止や多面的機能の確保」という趣旨にあえば、その使い方は地域の裁量にまかすというこの事業の特質が、地域の知恵や活力を引き出したのである。

 政策議論も重要だが、各種の政策を地域のために、地域の力によって活かす知恵と工夫こそ、いま、大事である。

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農業・農村の「国民的理解」を広げるチャンスに

 ところで、農家への戸別補償に対し、低所得者が増え、一方では財政難のなかで、「なぜ、農家にそんな金を払うのか」といった疑問が広がる可能性もある。

 冒頭に紹介した朝日新聞の社説でも、「戸別所得補償を定着させるには巨額の恒久財源の手当ても必要だ。今年度の予算額は約5600億円だが、来年度以降、毎年約1兆円がいる。巨額の国民負担を求める以上、消費者にも十分な便益が見込める制度でなければ納得は得られない」と述べ、続いて「それには消費者が今より安いコメを買える機会を広げることだ」とし、 「国産米が安くなれば輸入米との競争力が増し、コメの高関税を見直すことも可能となる。そうなれば農業問題が手足を縛ってきた格好の貿易交渉も前へ動き出すようになる」と、しめくくっている。

「国産米が安くなれば」というが、平均で年間一人当たり2万円強、月1800円程度の米購入代金がいくらになれば、国民は喜ぶというのだろうか。

 主眼は「貿易交渉」にありそうだが、すでに日本は食料の60%を海外から集めている。消費者、国民が求めているのは、これ以上の輸入農産物ではなく、国産・地元産の農産物と、これを提供してくれる農家の笑顔、農村の元気である。直売所、地場産学校給食など、地産地消の広がりが、これを証明している。

 直接支払いでは、直接、農家にお金が支払われるため、間接的な行政施策とちがって、納税者たる消費者、国民からの注目度は高くなる。最近はやりの言葉でいえば「可視化」への気運が高まる。

 今月号では、田んぼに魚を呼び込む「魚道」の取り組みを紹介したが(138ページ)、こうした「生きもの田んぼ」づくりから堆肥栽培、チェーン除草などの工夫まで、イネつくりと田んぼを守る楽しい取り組みが進んでいる。イネつくりと田んぼの価値、魅力を伝えながら(可視化しながら)、農業・農村への「国民的理解」を広げるチャンスにすることも、大事な仕事である。

(農文協論説委員会)

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この記事の掲載号
現代農業 2010年7月号

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