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農文協トップ主張 2010年6月号

「業態革命」で「ゆるがぬ暮らし」を地域から
農文協70周年記念・『季刊地域』新創刊に寄せて

目次
◆「業態革命」で「地域の再生」
◆130もの地域貢献活動、こんな会社があった
◆「問題は問題をもった人しか解決できない」
◆「大里」の地域貢献事業をJAは真摯に学びたい
◆農家の直売所が、地域の「生業」を活気づける

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「業態革命」で「地域の再生」

 今年3月25日、農文協はおかげ様で創立70周年を迎えた。キャッチフレーズは「農家に学んで70年」。農家に学びながら「地域の再生」「地域コミュニティの形成」にむけて精力的に活動していきたいと気持を新たにしている。

 70周年を記念して、『シリーズ 地域の再生』(全21巻)や、『地域食材大百科』(全5巻)などの全集を発行するとともに、この春『増刊現代農業』を全面リニューアルし、誌名も『季刊地域』と改称して新装創刊することにした。その刊行の言葉はこう述べている。

「いま、政治や経済がいかにゆるごうと、『ゆるがぬ暮らし』『ゆるがぬ地域』をつくり出そうとするさまざまな実践が各地で行なわれています。本誌は、そうした人びとや地域に学び、地域に生き、地域を担い、地域をつくろうとする人びとのための雑誌です。また、本誌は農村から都市に『農のある暮らし』『自然な暮らし』を呼びかけてきた、『増刊現代農業』が生まれ変わったものです。『ゆるがぬ暮らし』『ゆるがぬ地域』の根底に、『ゆるがぬ農』が必要であることに変わりはありません」。

 誌名を『季刊地域』としたのは、現在の政治・経済の混迷を超えて「ゆるがぬ暮らし」「ゆるがぬ地域」を創造していくためには、成長期を支えた業種タテ割り中央集権の社会構造ではなく、地域に生きる人びとが業種の壁を越えて関係を結び直し、地域の自然風土、農に根ざした農工商連携、医食農想(教育)連携の新たな社会構造=「地域という業態」を創造する「業態革命」が必要だと考えているからだ。

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130もの地域貢献活動、こんな会社があった

『季刊地域』創刊号には、その「業態革命」を象徴する企業が登場している。千葉県大網白里町の不動産会社・大里綜合管理株式会社(以下「大里」)だ。創業から36年、社員数35名、年商6億円の会社。社名の「管理」の二文字には創業の精神が込められているという。「管理」とは「草刈り」のことだ。代表取締役の真理子さんはこう語る。

「この周辺は、都心から1時間圏内で便利な立地のうえ、温暖で住みやすいので、大手不動産会社による分譲地の開発がさかんに行なわれていました。しかし、『いつか別荘を建てよう』とか『定年後に移り住むための住宅を』ということで買われる方が多かったため、購入されても長い間、地主さんが不在という状態が多かったのです。管理の行き届かない土地では雑草が生い茂り、ごみの不法投棄が行なわれるなど、地主さんにとっても地域の住民の方にとっても困った問題が発生していました。そこで、地主さんに代わって草を刈ったり、土地の見回りなどといった管理を行なう仕事を、先代の社長であった母が始めたのです。現在は、年に2回の草刈りと、4回のパトロールを行ない、現地写真や地域情報を盛り込んだ『大里だより』を地主さんにお送りするほか、駅から所有地まで車で無料送迎するサービスで、1件あたり年間1万5000円の管理料をいただいています。その管理の基本のうえに、不動産の売買や賃貸の仲介、住宅の建築やリフォームなどの仕事をやっています」

 野老さんの母親が設立した当初、顧客は少なく、物件の売買で仲介料を得る機会も少なかった。法務局に通って、土地台帳から他社が売った土地の持ち主を調べ、草刈りをさせてもらえないかと依頼し、仕事をさせてもらえるようになった。野老さんが会社を継ぐ際、「地に足のついた経営をするためには地味でも管理の仕事を増やすとよい」という母親のすすめもあって、600件だった管理地は現在、8500件にまで増えている。管理だけで年間1億2750万円の売上げになるのだ。

 大里の駐車場には、小さなプレハブ造りの農産物直売所「ショップ小里」があり、B4判裏表印刷の「大里だより」2010年2月号にはこんな顧客の声が紹介されていた。

「3年程前に購入した土地を畑にしています。その畑でできたハヤトウリとナタマメをショップ小里で売っていただき、年末に代金を拝受しました。とっても素敵なつながりが輪になって、こんなふうな生き方ができるってすごいことです。ありがとうございました」

 それだけではない。「大里」の社屋やその周辺にいると、じつに不思議な光景がつぎからつぎに目に飛び込んでくる。まるでレストランのような外観のガラス張り・2階建ての社屋だが、社員が働くのはおもに1階のオープンスペース。しかし、いくつかあるテーブルで社員がパソコンに向き合っているそばでは、地域の住民数人がなにかの打ち合せをしている。11時ころには、グランドピアノを囲んでオペラのミニコンサート。2階で行なわれていたヨガ教室が終わったと思ったら、テーブルと椅子が並べられ、地域の主婦8人が交替でワンデイシェフ(一日シェフ)を勤めるコミュニティレストランに早変わり。レストランが終わる3時過ぎには、子どもたちが「ただいま!」と帰ってくる。16年前から、社員の子どもだけでなく地域の子どもたちの学童保育も行なっているのだ。

 ほかにもクリーンビーチ(海岸清掃)やクリーンステーション(大網駅ほか一一の駅の清掃)、寄席や歌声広場、成東病院を応援する会、成東病院早朝掃除の会など、こうした「地域貢献活動」は130にも上る。そのなかには農家と消費者をつなぐ輪を広げようという「農業を考えるつどい」、農家を先生にトウモロコシや枝豆の栽培を学ぶ「農業大学」、月に一度、独身農家と独身女性が交流する「ハッピーエンジェル」、民俗研究家の結城登美雄さんの著書『地元学からの出発』(『シリーズ地域の再生』第1巻)の勉強会などのプログラムもある。重要なのは、こうした地域貢献活動がボランティアではなく、社員の「仕事」になっているということだ。

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「問題は問題をもった人しか解決できない」

 3月13日、「ゆるがぬ暮らしを地域から」「『現場』に学ぶ『地域の再生・仕事の創造』」をテーマに農文協創立70周年記念シンポジウムが開催された。パネリストとして参加した野老さんは以下のように報告している。

「こうした地域貢献活動はたんなるボランティア活動としてやっているのではありません。会社としてはきちんとマネジメントシステムのなかに入れ、一方では社員教育、一方では販促活動と位置づけています。たとえば学童保育を16年やっていますが、学童保育でお預かりした子どもたちがいま、社員として入社してきています。お米や野菜だけの『地産地消』ではなく、地域の課題にきちんと取り組んだ結果として、学童保育で育った子どもが会社に就職するということになってきています。『住民一人一貢献』を合言葉に、より多くの人たちとの出会いを通して、『語り合いの場』や『活動の場』をつくっていくということが今年の重点課題です。いま、社員は35人ですが、100以上の地域貢献活動をやっても、まだ世の中はよくなりません。どうしたらよくなるだろうと考えたときに、この『住民一人一貢献』という方法がみつかりました。

 社屋の2階では、地域の主婦が日替わりでワンデイシェフレストランをやっています。通常はホールですが、お昼の12時から3時までレストランです。一日30食限定、主婦の方が心を込めてつくったものを地域の方に食べていただくのですが、相席がモットーで、30席を用意し、食べ終わっても席を立たなくてよいようにしています。時間がある方はいつまでもお話ができるようにするためです。最初は『この地域は何もない。行政も何もしてくれない』と、そんな不満や愚痴から始まりますが、社員がていねいにお聞きし、お話ししていくと、その人が『担い手』になります。ひとつの地域貢献活動が、その人の不満や疑問から生まれていくという仕掛けをつくり、それをしばらくの間手伝って支えていくということを会社の基本方針に据えてやっています。

 たとえばこんなことがありました。お客様に旦那さまが他界されて、ひとりになってしまった奥様がいらっしゃったのです。お話を聞いてみると、この先のひとり暮らしが不安だとのことです。そこで、まわりを見わたしてみると、同じような境遇で同じ不安をもっているお客様が何人もいらっしゃいました。そこで、『ひとり暮らしで同じ不安をもった方たちがいるから、みんなで一緒に勉強会を開いてみようよ』と呼びかけてみたのです。そうして生まれた地域貢献活動が、『共生型住まいの勉強会』です。

 なぜ、こんな呼びかけをするかというと、『問題は問題をもった人しか解決できない』という思いがあるからです。当事者自らが解決者になることがとても重要なのですね。人が自分の問題を解決するために立ちあがったとき、すでにその問題の半分以上が解決されているようなものだと思うのです。みんなが解決者となって活躍できる環境さえあれば、住みよい街になっていき、結果として地域の資産価値も増すと信じているのです」

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「大里」の地域貢献事業をJAは真摯に学びたい

 シンポジウムでは、野老さんのこの報告に対し、明治大学農学部食料環境学科教授の小田切徳美さんが、つぎのようにコメントした。

「不動産業は地域密着型産業であり、地域のネットワークの密度が業績、仕事量に反映する仕事です。そう考えると、不動産業の地域貢献活動には非常に合理性があります。地域密着型産業であり、地域のネットワークが勝負どころであるJAもまたまったく同じです。その意味で地域貢献活動はJAができる仕事なのだと思います。JAも事業であり経済活動ですから、なかなかこうした地域貢献活動に乗り出せない実態はあると思います。しかしJA大会でも地域活動、あるいは暮らしの活動事業に踏み込んだ決議を挙げたわけですから、むしろ大里綜合管理の試みにJAが学びつつ、どう事業と両立させるのか、あるいは地域貢献活動をどう事業化するのか、それを真摯に学ぶべきではないかと思いました。それができればJAの再生の道は近いと、お話を聞いておおいに感激しました」

 以下は民俗研究家の結城登美雄さんのコメントである。

「昨年暮れに部長さんが突然亡くなってしまったためにいま中断しているのですが、JA福島女性部のみなさん200人と2年間『女性の農協をつくろう』というワークショップをやってきました。私自身もそうですが、男たちは『儲かったら解決する』『金さえあれば解決する』という発想です。しかし私たちの社会は経済だけでは解決しないたくさんの課題に悩むようになってきました。農家の女性たちは、いやおうなく子育て、介護、高齢化、後継者育成など、いろいろな課題を抱えている。それを経済だけで解決しようとする発想の限界を感じていました。200人の女性に、赤、青、黄色のポストイットを配り、赤にはいま困っている課題や悩みを書いてもらって壁に貼りました。壁が真っ赤になるくらいたくさんありました。青は実現してみたい直売所、レストランなどの願いや夢です。これも壁が真っ青になりました。それほど多くはありませんでしたが、黄色は直接自分には関係はないが女性たちが気になる社会の動きです。全部で880項目も挙がりました。そこからは農を誇りとしながら家族を思い、ゆれながら悩みながらも前に進もうとしているたくましい農村女性の姿がひしひしと伝わってきました。

 そんな悩みを解決したり、夢を実現する女性のJAをつくるために、月々1人1万円ずつ直売所で稼いだお金を積み立てれば1年で12万円、3年で36万円、1000人いれば3億6000万円です。同じ悩みや夢をもつ消費者が月1万円ずつ積み立ててもよい。そんなJAを地域で広げませんかという取り組みです。亡くなった部長さんの遺志を継ぎ、そんな女性の農協をめざして動いているところです」

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農家の直売所が、地域の「生業」を活気づける

 今年の年頭の決意を「大里」の野老さんはこんな「短歌」に託した。

  お日さまに 結果と計算 おまかせし

   ひとつひとつを 大事に取り組む

 地域にある課題を、いますぐ金になるかどうかで判断せず、やれることは仕事としてやろうという考えである。

『季刊地域』で紹介した、山形県新庄市の「こらっせ新庄」も、そんな仕事づくりの取り組みだ。

 JR山形新幹線新庄駅から徒歩5分ほど、大手スーパーのダイエーが撤退してみるみる寂れていく商店街に平成20年5月、地元商店と行政が連携して複合施設「こらっせ新庄」が誕生した。この強力な助っ人として開かれているのが「もてなし金曜市」である。

 この金曜市の火つけ役となったのは、新庄市の北に隣接する金山町で31年間にわたって直売活動をしている「金山農協夢市グループ」(以下、夢市)である。店を開いたのは4年前、当時はまだ空きビル状態だったが、毎週金曜日の午前10時から午後3時に夢市が店を開くようになってから、地元の高齢者を中心に常連客がつくようになった。生鮮野菜だけでなく、山菜や野菜の煮物、漬け物、おにぎりなどのお弁当、もち類、お菓子といった加工品が豊富な品ぞろえが、高齢者の需要に合致したのだ。「こらっせ新庄」としてビルが再スタートして以降も夢市の活動は続き、そのうち1店、2店と出店業者が増え、今の金曜市となった。

 金曜市へは夢市のほか、豆腐屋、キムチ屋、八百屋、さつま揚げなどの練りもの屋、魚屋などが出店している。

 金曜市の常連のおばあちゃんは、こう話す。

「車で五分ほどの郊外に大型スーパーがあるので、自家用車を使って買い物の大半はそこでしますが、金曜市に来るとお店の人と話したり、近所の人とも会えたりして楽しいので毎週来るんですよ。元気だよって声をかけ合うだけでも気持ちがはなやぎますね。それに金曜市のお惣菜は手づくりで添加物も入っていないから安心して買えます。お豆腐屋さんがつくるダイズのかき揚げも大好きなんですよ」

 自宅から自転車で20分ほどかけてやってくる農家のおばあちゃんもいる。

「うちは農家だから野菜類は自家用で間に合う。でもお菓子はつくれないから夢市で買うんですよ。昔ながらの手づくりの味があって、ほかの店では買えないからね」

 こうして、買い物袋から取り出してくれたのは、でーんと大きな2本のくじらもちだった。

 農家の直売所が、地域の「生業」を活気づけ、住民の元気にもつながっている。

 かつて、地域には地域の生業があり、それが地域の暮らしをつくってきた。高度成長期以降、地域に生業としてあった様々な仕事が専門化・産業化され、業種ごとの「専業化」と「業種の壁」のなかで、経済合理が追求されてきた。それが経済を拡大し豊かさを実現する道だとされてきた。だが、それぞれの頑張りにもかかわらず、いや頑張りのゆえに、かえって地域を暮らしにくいものにしてきた。業種タテ割り中央集権構造によって地域は分断され、地域にあるもの、地域資源の価値が見失われてきたからである。そこを、地域を再生する立場から変えていこうとするのが「地域という業態」の考え方である。

 農家と地域のさまざまな業種がつながり、地域にある課題をひとつひとつ「仕事」として解決していく。『季刊地域』は、そんな各地の仕事づくりに学びながら、「ゆるがぬ暮らし」「ゆるがぬ地域」づくりに貢献したいと考えている。

(農文協論説委員会)

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