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農文協トップ主張 2010年5月号

都市住民は「農家の食べ方提案」を待っている

目次
◆どんどん進化する農家の食卓
◆食べ方まで、面倒見てやろう
◆『別冊うかたま』として都会の読者に届ける
◆おばあちゃんに学ぶ、農家に学ぶ―『うかたま』読者からの声
◆都市住民はこんな「食べ方提案」を待っている
◆農家・非農家の枠を超えて仲間を増やす

 この春、テレビに登場する有名料理研究家や三ツ星レストランのシェフが書いた本とともに、農家自身が書いた農家の料理の本が書店に並ぶ。料理書の世界において、まず初めてのことだ。『農家が教える 季節の食卓レシピ』という。農文協発行の都市むけ食雑誌『うかたま』の別冊である。この出版の意味について考えてみたい。

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どんどん進化する農家の食卓

 この本は本誌の好評連載「産地農家の食卓レシピ」を中心に、2003年以降の本誌に寄せられた記事がもとになっている。いわば最新の農家の日常料理を集めたものだ。

 農家の料理の本というと、これまでにも各地で地域の伝統料理や郷土料理の本が出版されてきた。しかし、この本はそれら郷土料理本とはかなりちがうものになった。なんといっても、登場するレシピがユニークだ。

 たとえば、厚めに輪切りにしたタマネギでポテトサラダをはさんで揚げた「タマネギサンド揚げ」(北海道岩見沢市・西岡和代さん、JAいわみざわ・深川順子さん)。特産のタマネギとジャガイモをたっぷり使って、ハンバーガー店にあってもよさそうな一品だ。実際、JAいわみざわのAコープでは惣菜として好評発売中だという。

 長崎県時津町の末田美鶴さんはビワとカスタードクリームを包んだ「ビワ春巻き」を考案。ちょっとおしゃれなデザートは都会のカフェにも似合いそうだ。ビワ農園の仕事を手伝って「農業にはまり」、農園の後継者と結婚した美鶴さんは、以前から趣味だったお菓子づくりの腕を生かした、若い感覚の新鮮な食べ方を次々と提案している。

 農家の料理といえば漬物や醤油味の煮物、といったイメージを持っている人もまだまだ多い。だが、現実の農家は直売所や農家レストランで消費者とやりとりする中で、いまの消費者がおいしいと思う味付けもどんどん吸収して新たな工夫をしている。そもそも、いまや農家の家族自身が都市で働くサラリーマンであったり、ファストフードやコンビニが大好きないまどきの若者だったりする。そうした家族の嗜好にも応えつつ、自給できる作物で豊かに食べるためのアイデアが、いまの農家の食卓をつくっている。

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食べ方まで、面倒見てやろう

 振り返れば、本誌では2003年3月号で「食が見えると売り方に磨きがかかる」という特集を組んだ。その中で茨城県総和町のハクサイ農家、岩瀬一雄さんは「口に入るところまで、農家が面倒見てやるべし」と喝破した。「今の消費者は料理を知らない。『ハクサイといえば、鍋か漬物』というだけでは、ハクサイの未来は明るくないからだ」。この頃から、本誌では栽培技術を扱う場合でも、消費者への食べ方提案までつながるような角度を盛り込んだ記事が増えてきた。

 そして2005年1月号からは「産地農家の食卓レシピ」がスタート。ときには拡大版で特集もしながら現在まで65回を数える好評連載となった(今月号は302ページ「ヨモギ」の佃煮)。

 1990年代に産直・直売で消費者と直接つながり始めた農家が、2000年代に入ると食べものを提供するだけでなく、食べ方という文化も含めて都市住民に届けるようになった。定年帰農や青年帰農で村に加わった人たちも、新しい人とのつながりをもたらし、帰農とまでいわなくとも、家庭菜園や市民農園はますます広がっている。物理的にも意識的にも、農村と都市の敷居は低くなってきている。だからこそ、旬のおいしさを誰よりも知っている農家の食べ方や保存食づくりの知恵を、都市住民も知りたがるのだ。

 いま、長引く不況の中で農産物も安売り圧力は強い。だが、単に高いか安いかだけで評価されるのではなく、おいしさや懐かしさや丹精込めて育てた自慢の味を買ってもらうのが農家の願いだ。そのためにも、農家が自分で育てた食べものをどう食べているか、ありのままの姿をもっともっと都市住民に伝えたい。そんな願いを込めたのが『農家が教える 季節の食卓レシピ』である。

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『別冊うかたま』として都会の読者に届ける

 この本は『現代農業』の記事を集めたものだが、『別冊現代農業』ではなく『別冊うかたま』として発行した。これは本・雑誌の流通上の話になるのだが、『現代農業』の別冊として発行すると、並ぶのはどうしても大きい書店の農業書コーナーや農村部、地方都市の書店が中心になってしまう。『うかたま』の別冊ならば都会の書店の料理書コーナーを中心に並べられる。都市住民にこそ読んで欲しいという思いで『別冊うかたま』としたのである。

『うかたま』は「食べることは暮らすこと」をキャッチフレーズにした食の生活実用誌である。季刊で年に4回発行され、四季折々に各地のおばあちゃんや農家が伝え、日々工夫している食べ方や暮らし方を記事にしている。発行部数は7万部。ここ1年間はとくに好調で、都市部での認知度が高まりつつある雑誌だ。

『うかたま』は2005年に創刊されたばかりの雑誌だが、これはちょうど本誌で「産地農家の食卓レシピ」が始まった年でもある。農家がどんどん食べ方提案を始めた時期に、農文協も初めて都市向けの雑誌を創刊した。その『うかたま』の別冊第一弾が『現代農業』に寄せられたレシピをまとめたものになった。農家の「食べ方提案」を都市住民に伝えたいという農家の皆さんの思いを具体的に形にする一歩を進めることができたと思う。

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おばあちゃんに学ぶ、農家に学ぶ―『うかたま』読者からの声

 では農家からの情報発信を待っている人とは、どんな人たちなのだろうか。

『うかたま』ほど有名人の登場が少なく、地方のふつうの人が登場してくる料理雑誌も珍しいのだが、それを愛読してくれる読者からは次のような感想が寄せられる。

「まわりにお年寄りとか、聞くことのできる人がいないので、うかたまの情報に期待しています」(茨城県水戸市・51歳・女性)

「まるでおばあちゃんからお料理やおやつの作り方を教わっているような安心感があります」(北海道厚真町・51歳・女性)

「主人が大の豆好き、自分で落花生の栽培に挑戦したが、結果は両手に乗る分だけ。国産品の値段が高いのも納得」(愛知県名古屋市・51歳・女性)

「うかたまを読むようになってから、食材の使い方はもちろん、産地の方や食材そのものに感謝するようになりました」(兵庫県芦屋市・28歳・女性)

 おばあちゃんに学びたい、農家に学びたいという人は確かに広がっている。右の例ではたまたま50代の読者が並んだが、読者層は30代が最多で、以下40代、50代、20代、60代…と続く。子育て世代が中心だが、その親にあたる60代も含めて、暮らしの知恵の伝承ができていないと感じ、それを地方のおばあちゃんや農家に求めていることがうかがえる。

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都市住民はこんな「食べ方提案」を待っている

 こうして『うかたま』を読んだり、直売所や農家レストランを訪れる都市住民は、具体的にどんな情報を望んでいるのだろうか。『うかたま』読者の反応や、『農家が教える 季節の食卓レシピ』の内容から考えてみよう。

▼これならたくさん食べられる

 たとえばスーパーに多いカット野菜。ダイコン1本、ハクサイ1個を食べきれないからと、2分の1、4分の1サイズが目につく。だが、『うかたま』で漬けを紹介したときの読者の反応は「三五八漬け、つくりました。お茶うけや小腹がすいたときにぴったり。大根の消費がすごいです」(東京都・34歳・女性)というもの。『農家が教える 季節の食卓レシピ』にはキャベツひと玉まるごと食べられる「キャベツボール」のようなアイデア料理(神奈川県横須賀市・永野優子さん)もたくさん載っている。こんな食べ方を知っているかどうかが、丸ごと買っていくかカット野菜を選ぶかの分かれ道になることもある。割高なカット野菜よりも、丸ごと買って上手に食べられれば家計にもやさしいことは消費者もわかっている。まさに食べ方情報が必要なのだ。

▼食べきる知恵・捨てない工夫

 不況が続く中、ふだんは捨ててしまうところをおいしく食べる知恵も求められている。ただ、都会の料理研究家の考案する「ケチケチ料理」はどうも節約することばかりが先に立って楽しくない。その点、もともと身の回りのものを活かしきる農家の知恵には、せっかく育てた野菜をどこまでもおいしく楽しく食べようとする明るさがある。タケノコの根元の硬い部分は干して手づくりメンマに(青森県弘前市・仲野ハナさん)。ゴーヤーのタネとワタで「ふんわり、カリッ」の卵焼き(島根県海士町・山野美代子さん)。酸っぱくなった漬物でおいしい料理。ピーマンもナスもキュウリも干し野菜に……都市住民にとっては思わず「えっ、こうして食べるの!?」とうなる知恵の数々だ。

▼共働き・忙しい暮らしにピッタリの簡単料理

 いまや専業主婦のいる家庭よりも共働き世帯の方が多いご時勢。料理を簡単に済ませるために外食・中食の利用が増える。郷土料理と言うと「手間ひまかけた伝統の味」のようなイメージで、とてもふだんの食事にはつくれない……と思ってしまっている人も多そうだ。

 だが、もともと農家の料理には収穫や出荷の合間にササッとつくれてたっぷり食べられるものも多い。オーブンで一度に焼きあがる「ブロッコリーのこんがりサラダ」(北海道江別市・岡本初枝さん)やジャガイモよりも火の通りが早くて助かる「チーズ・オンザ・ナガイモ」(北海道町・田中範之さん・田中まつよさん)など、「なるほど、こうして食べてもいいんだ」という知恵が集まった。

 もちろん、フキ味噌やユズ味噌などご飯がすすむ変わり味噌や、和歌山の農家直伝の万能調味料「梅びしお」など、まとめて作っておけばいつでも取り出せる保存食が豊富なのも農家ならでは。いわゆる「おばあちゃんの味」も、現代的なスピード料理も自然に一緒に並んでいるいまの農家の食卓の魅力を伝えたいところだ。

▼地産地消で楽しく食べる

 身近な食べもので食卓を華やかにするのも農家の得意技である。大分県市の地産地消レストラン「夢のぼり」が出している、地豆いっぱいの「お宝めし」を紹介した際の『うかたま』読者の反応。

「これはすごい! 雑穀ごはんを食べはじめていますが、色が地味なので、お客様には白ごはんでしたが…これはおもてなしになります!」(東京都・68歳・女性)。

 色とりどりの地豆がたっぷり盛られた炊き込みご飯はまるで宝石箱のよう。それが地元でとれたものばかりということを驚きながら、地域の豊かさを再発見していく。

 いま、大産地も全国流通の中だけで競争するのでなく、地産地消で地元の消費者や業務需要としっかり結びつくことの大切さを認識し始めている。地元に目を向ければ、この「お宝めし」のようなアイデアを持つ人がたくさん見つけられるはずだ。

 学校給食でも、机上の栄養計算の組み合わせで献立を考えることが多かった栄養士さんたちが、地域の農家に旬の野菜の「ばっかり食べ」を学んでシンプルなおいしさを子どもたちに体験させる試みが各地で始まっている。直売所や農家レストラン、地場産給食を盛り上げる食べ方提案は、全国で今日もどんどん開発されているにちがいない。

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農家・非農家の枠を超えて仲間を増やす

 いま、農家と非農家の敷居は以前よりもぐんと低くなっている。農家の食べ方提案への熱い期待の底には、自分が食べるものを自分でつくり、自分の暮らしを自分でつくっていくことへの憧れが横たわっているようだ。

 ふたたび『うかたま』読者の反応を紹介しよう。

「実家が農家で、子どものころはサラリーマンの家にあこがれていた私ですが、いま、ようやく農業の大切さがわかってきました。サラリーマンとなってしまった自分が、生きる道をまちがってしまったかも…と思いはじめています。『うかたま』は、心にしみてきます」(岩手県町・44歳・女性)。心にしみるのは、農家の生き方だろう。

「最近、近所のカフェで大根と人参と里芋の野菜スープをのみました。田舎の母と祖母を思い出して泣きそうでした。素朴な味にこそ愛情が込められるものだなーと思い、気持ちを新たにキッチンに立っています」(栃木県宇都宮市・27歳・女性)

「読んでいるうちに人と人とのつながり、人と大地とのつながり、それに幸せを感じている人々に心を打たれる。3人の子供にこのような幸せを与えてあげていないのではないか…」(神奈川県横須賀市・37歳・女性)

 そして、実際に耕す暮らしを始める人も多い。

「妊娠・出産で家庭菜園をお休みしていました。『耕す女子』(『うかたま』の連載)で子供が畑をハイハイしているのを見て、そろそろ私も畑をやろう!と決心しました」(埼玉県戸田市・33歳・女性)

 そんな農家や農業への思いを膨らませる地域住民・都市住民が増えていけば、ますます直売所もにぎわい、むらの元気にもつながっていくだろう。

「食べ方提案」はただ消費者に消費の仕方を教えるのではなく、耕すことを大切に思う仲間を増やすための働きかけである。

『農家が教える 季節の食卓レシピ』編集のために記事掲載の許諾をお願いした皆さんからは、快い承諾のご返事をいただいた。

「すごい特集になりそうですね」(酸っぱくなった漬物を活用したレシピの岐阜県白川町・佐藤ユキヱさん)

「『現代農業』は生産者側の本なので、消費者の方々に見ていただけるこの企画は是非成功させていただきたいと思います」(前出「チーズ・オンザ・ナガイモ」の北海道由仁町・田中範之さん・田中まつよさん)

 その他、返信のハガキには熱い期待が寄せられた。私たちとしても、農家に代わって農家の声を届ける仕事をますます全力で進めたいと思いを新たにしたところである。

 最後にもう一つ。富山県市の嶋晴美さん(「サトイモのオランダ煮」を執筆)はおまけのアイデアを書き添えてくれた。

「サトイモはおはぎなどにしても喜ばれます。年のいかれた方が喉がつまらないよう、もち米の代わりに入れます」

 …食べる相手のことを思いながらつくる農家の料理の本質が、何気ないひとことからもにじみ出ている。

(農文協論説委員会)

★『農家が教える 季節の食卓レシピ』はB5判、96ページ、オールカラーで定価1000円(本体価格952円)。全国の書店の料理雑誌・料理書コーナーで販売中。

★季刊『うかたま』は定価780円、年間購読料3120円。現在、2010年春号(特集「昔ごはん」)が販売中。

★農家の「ばっかり食べ」に学ぶ学校給食については『食農教育』2010年5月号で特集されている。

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