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農文協トップ主張 2010年3月号

集落営農
地域再生、希望の拠りどころ

目次
◆「最後の駆け込み寺」でいい
◆旧村・小学校区の役場の役割も
◆集落営農による「地域経営」
◆地域にある施設や機械を生かす
◆後継者を育て、女性が活躍する場
◆10年後のムラと田んぼを守るには?

「水田・畑作経営所得安定対策」の受け皿としてこの間増えてきた「集落営農」だが、民主党の目玉政策「戸別所得補償制度」の実施が日程にのぼり、「戸別」で所得補償を受けるのか、組織で対応するか、という話も加わって、「集落営農」をめぐり、改めてさまざまな議論が生まれている。これまでも個別経営か集落営農か、あるいは効率的経営体か危機対応組織か、といった二項対立的な議論が行なわれてきた。しかし、集落営農に取り組む農家はいま、こうした議論を超え、「地域再生の拠りどころ」として、それぞれ独自な形の集落営農を創造している。

 農文協の最新映像作品「集落営農支援シリーズ 地域再生編」では、そんな「進化する集落営農」の実践を追跡した。いくつかの事例を紹介しながら、集落営農の今とこれからについて考えてみよう。

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「最後の駆け込み寺」でいい

 島根県浜田市の山間部、旧の農事組合法人「ひやころう波佐」。同じ川の流域5集落に住む63戸の農家・非農家すべてが参加する集落営農組織である。平成19年1月に設立。組合事務所はまだない。法人が所有する大型の農業機械もない。田植え機やコンバインは、組合員の所有しているものを借りる。田んぼの管理作業は、可能な限り個人で行なってもらい、どうしても無理な場合だけ法人が引き受ける。利用権設定している農地は13.2ha(イネ4.6ha、ダイズ4.3ha)で、集積率は35%と低い。無理な投資をせず、出来るところから始めよう。それが、取り組みのすべてを貫いている。

「組合員のみなさんには、いよいよという時には頼むよという安心感だけ持ってもらい、できるだけ頑張ってもらいたいというのが本心なんですよね」と河崎組合長。個々の組合員が耕作できなくなった時の「最後の駆け込み寺」でいいという考え方だが、農家が集まれば気力も知恵もだんだん膨らんできて、高齢化する山間地のむらを、みんなの力で「夢の里」に再生しようと元気に活動している。

 エリア内の耕作放棄地を獣害対策を兼ねて組合員総出で手を入れ、法人の畑として活用する。1haの畑で、サツマイモ、タマネギ、ジャガイモ、トウモロコシなどの野菜を栽培。一部地元スーパーとの契約栽培もあるが、大半が浜田市や広島市で行なう直売用だ。この野菜に手づくり味噌などの加工品を加えて、広島市の消費者と年間7〜8回、直売・もちつき交流会を実施している。

 5つの集落を貫く川の上流にある集落では、都市農村交流活動に取り組む。高齢化率50%以上の若生集落に、廃校になった小学校を浜田市が改修して、都市農村交流のための研修宿泊施設ができた。その運営を「ひやころう」がサポートしている。インストラクターは地元のお年寄り。沢登り、トウモロコシの収穫体験、かまどを使ったご飯炊き…。1泊2日の体験で、子どもたちは地元のお年寄りとすっかり仲良しになる。そして、都市農村交流は、山奥のむらと都会の消費者とを直接結ぶ、地産地消の窓になっている。

 毎年恒例のひやころう夏祭りは、5集落に住む全員が一堂に集まる手作りのお祭りだ。ビール以外は、すべて地元でとれたものを持ち寄って盛り上がる。イノシシの丸焼き、鮎の塩焼き、そしてイノシシカレー。「ひやころう」ができるまでは、みんなが集まるこのようなお祭りはなかった。隣の集落はもとより、近所の人たちとのつきあいも少なかったという。むらの子どもたちと大人が一緒になって楽しむのも小学校の運動会くらいだった。

「どんどん利益を上げていくというカタチのものとは少し違うかなと思います。とにかくみんなで一緒にふる里と農地を守ろうということでやっております」と河崎組合長。

「ひやころう」とは、「みんなで集まろうや」という意味の地域の言葉だ。

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旧村・小学校区の役場の役割も

「出雲市までタクシーを利用すると1万数千円、それが1000円ちょっと。ホントに助かっています」

 そんなお年寄りの声が聞かれる、同じく島根県の出雲市旧佐田町地区。この「福祉タクシー」を運営しているのは、旧佐田町5つの自治会を活動エリアとする、有限会社グリーンワークである。2つの営農組合を合併して平成15年に設立。会社組織でないとできない仕事を行なうために、当時のJAの組合長や役場職員など30名が出資者となり、有限会社にした。

 福祉タクシーは市からの業務委託を受けたもので、車は市の持ち物。時給950円がグリーンワークに支給され、これにグリーンワークが350円上乗せして、時給1300円が、交替で運転を受け持つ4人のメンバーに支払われる。利用はすべて役場を通した予約制で現在、約120名のお年寄りが登録。利用は1人月1回までだが、お年寄りにはなくてはならないサポートだ。他に、市営森林公園の受け付けや掃除などの管理業務なども行なっている。

 一方、500軒の小学校区でつくる「農地・水・環境保全向上対策事業」の共同活動組織「窪田ふるさと会」に集落の一員として参加し、活動を盛り上げている。グリーンワークの設立社員で「窪田ふるさと会」の副代表を務める渡部さんはこう話す。

「合併で役場の機能が末端まで行き届かなくなっている。『農地・水』で、農道や水路の補修、災害復旧など簡単な土木工事は自分たちでやるようになってきた。『農地・水』の組織はもう役場のようなものです」

 集落営農によって「自分たちの田んぼ」という気持ちも強まり「農地・水」の活動も活発になる。

「窪田ふるさと会」では、水路や農道などの補修のほか、遊休田でダイズをつくったり、子どもたちを巻き込んだ生きもの調査や泥田運動会など、多彩な活動を展開。かつての旧村・小学校区を結びなおす活動を、集落営農が励ましている。

 一方、グリーンワークの経営の柱である米づくりでは、「農地・水」の営農活動の受け皿として、12.7haの田んぼで減農薬・減肥料のエコ米づくりをすすめ、産直にも力を入れている。

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集落営農による「地域経営」

 市町村合併や農協合併のもと、地域への支援・サポートが縮小するなかで、「役場」や「農協」が果たしてきた地域貢献的な役割を自分たちで担おうという取り組みが、中山間を中心に始まっている。「地域貢献」といってもボランティアではなく、収入も得る仕事である。集落営農も経営だから、採算がとれなくてはやっていけない。そこで、集落営農の取り組みを「地域経営」という角度からみてみよう。

 先に紹介したグリーンワークの場合、営農事業の売り上げは、イネの育苗事業約980万円、直営稲作部門(直販が多い)2000万円、受託稲作部門500万円、野菜家畜部門120万円、合計で3600万円。それに外出支援事業や公園管理などの受託業務部門で445万円(平成20年度決算)。この他に中山間地直接支払いや農地・水・環境保全向上対策の営農活動支援などの助成金を活用する。

 一方、支出する人件費は年間2000万円弱でこれはすべて地元雇用である。さらに草刈りと水管理を行なう地権者には反当で最大3万2000円を還元している。

 この「地域再生編」ではお隣、広島県の「JA」の取り組みも紹介しているが、3次地域・14組織(法人)の決算書の平均は次のようだ(平成20年度)。

 収入は売り上げがイネ(受託含む)を中心に3370万円、営業外収入(助成金ほか)714万円。一方、支出は売上原価(生産費)3055万円、販売及び一般管理費702万円で、300万円近い経常利益を生んでいる。

 大事なことは売上原価(生産費)のうち、1694万円(労務費454万円、作業委託費577万円、地代221万円、役員報酬442万円)が集落に還元されていることだ。これは収入の41.5%にあたり、これらすべてが確実に農家の所得になる。機械の償却費を入れると普通の小さい稲作農家の経営は赤字だから、この差は大きい。

 助成金を含めてだが、集落営農組織そのものが収益をあげ、さらに出費する経費の40%以上が、集落の農家の所得になっている。集落営農が地域にお金をまわし、集落を潤す力になっているのである。

 かつてのむらでは、家族経営を基本にむらがこれを支え、一方では共有林、財産区などによるむらの収入もあった。近代化のなかでこの仕組みは縮小し、個別経営主体になっていったわけだが、高齢化や米価の下落などで苦しくなってきたいま、個々の農家をもう一度、むらの力で守っていく。集落営農は、暮らしも含めた「地域経営」の担い手として進化している。

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地域にある施設や機械を生かす

 そんな「集落営農」の優位性は、よくいわれる大型機械による規模拡大のメリットだけではない。規模拡大によるメリットは個別経営体でも可能で、注目すべきは、集落営農という組織の力によって、地域にあるものを上手に生かしていることだ。役場、JAの合併その他で、地域には土地だけでなく、遊休化している、あるいはしそうな建物や施設などが増えている。こうした施設や今ある機械を使い、余計な経費をかけないことが、集落営農による地域経営の大きなポイントになっている。

 冒頭で紹介した「ひやころう」は、あるもの利用で金をかけず、売り上げは少ないが、経常利益を上げている。グリーンワークは、JAのライスセンターと育苗施設の管理運営を全面受託する形で事業を展開。経費は運転資金のみだ。

 JA三次では「集落法人大豆ネットワーク」を組織し、大豆生産に関わる大型機械、播種機、コンバイン、乾燥調製施設を法人間で共同利用している。コンバインを所有しているのが5法人、播種機は3法人。互いに共同利用するとともに、機械を持たない法人へは、オペレーター付きで貸し出し、山間の狭い棚田でも大型のコンバインが活躍している。乾燥は市内の公社に持ち込み、個々の法人は乾燥設備を持たない。こうして、投資コストを下げ、機械を持たない法人もダイズが生産でき、産地として維持するしくみとしても機能している。

 むらにあるものを、共同の技術によって効果的に活用する、経営としての集落営農の腕の発揮のしどころである。

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後継者を育て、女性が活躍する場

「進化する集落営農」は、地域の施設や機械だけでなく、集落に仕事を興し、人を生かす。余裕ができた労力で直売用の野菜をつくったり、農村都市交流を進めたりして、高齢者が元気に、やりがいを持って働く場をつくる。そして後継者も育てる。

 この映像作品「地域再生編」のプロローグで紹介した、長野県駒ヶ根市の農事組合法人「北の原」では「家族全員が組合員」をモットーに、勤めにでている後継者も組合の出資者となり、青年部員として、地域住民との交流を兼ねた収穫祭などを担っている。

「定年になったらスムースに帰農できるような、そういう助走期間を今のうちにつくっておけばいいんじゃないか」と小原組合長。それまで、後継者同士、地元でほとんどつきあいがなかったが、青年部の活動を通して、お互いの気心も知れるようになってきた。

 むらの後継者だけでなく、集落営農組織が中心になって新規就農者を受け入れる例も多い。

 女性たちによる加工事業も「進化する集落営農」の一つの特徴だ。「地域再生編」の2巻では、JA三次管内の集落営農「なひろだに」の取り組みを紹介している。

 農協の遊休加工施設を利用し、大きな設備投資なしで出発した。2人1組のスタッフ三班体制で、毎日欠かすことなく豆腐をつくる。地元の大豆ネットワークが生産したダイズを使った豆腐や厚揚げなどの定番商品の他に、副産物のおからを使ったおからもちやスモーク豆腐など、アイデア加工品をたくさんつくり出してきた。「なひろだに」女性部の売り上げは、3年目に入って、法人全体の2割になった。

 組合長の児玉勇さんはこう話す。

「うちの地域では、3分の2くらいが女性なんですよ。そうなると女性が元気でずっとおってもらうということが、地域を活性化するし、維持もできるし、また、子どもたちやら、孫たちもようなる」

「いつも言うですんが、寝たきりになったときに、『元気かいの』という声がかけられるには、若いときからコミュニケーションをとっておく必要がある。そんな場が必要になると思ったんですよ。一人や二人ではなく、全員が何かへ参加できるようなことがいいんじゃないか、と」

 こうした農家の加工や直売をJAが応援するとき、「集落営農」はますます進化する。JA三次では地元の直売所のほか、広島市に2つあるインショップ「きん」などで販売をバックアップ。JA三次の「アンテナショップ生産連絡協議会」には、1000名の生産者が登録している。

 一方、経営の根幹である米の有利販売に向けJAとして米の独自買い取りを行なっている。最近、米粉製粉機も導入した。県の奨励品種「あきろまん」を法人で大規模に生産し、米粉にして新規需要の拡大をはかる。地元の業者とともに農商工連携を強め、米粉を使った様々な加工品の開発を進めている。

「法人加工ネットワーク」も結成した。技術研修などを行ない、これからは、加工施設を持たない農家も委託加工を通して参加できる仕組みをつくりたいという。

 集落営農を支援して地域の産業を興すことは、地域の再生にむけたJAや行政の大事な仕事である。

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10年後のムラと田んぼを守るには?

「なひろだに」で加工に取り組む石川和子さんが、こんな話をしている。

「法人が最初に立ち上がるという話を聞いた時に、わが家では機械を農機具を全部集めて、主人がほとんど一人で、やっておりました。そしたら機械は古くなるし、人間は古くなるし、どっちが先、倒れるかなという感じで、心配してました。息子たちはみな出てて、あてにはならんですよね。帰ってくる気があるん、ときいたときに、20年待ちんさい、定年になったら帰るけ、と。ほんならお父さん何歳になる、いうたら、90。それを聞いて主人は、ああやっぱり法人に入らないけんの、いう考えになりました。今、安心です。そういう面はね。みんなで守ってくださるから」

 安心して暮らせるむらを守り、ふるさとを元気にする「集落営農」、そんな姿をこの「地域再生編」では追跡した。現場での試写会では、「『集落営農をつくろう』ではなく、『10年後のムラと田んぼを守るには?』としている点がいい」「自分たちより厳しい条件でもやり方しだいで地域は明るくなる」「ひやころうのように『駆け込み寺』でよいとなればハードルは低い」といった声が聞かれた。

 集落営農は、農家が助け合う農家の自主的組織だから、形も活動内容も地域にあった独自なものになっていく。「駆け込み寺」でもいいし、無理に法人化する必要もない。大事なことは、集落のこれからや希望をみんなで話しあうこと。そんな話し合いを楽しく、豊かに進めるための素材として、ぜひ、あなたの集落でも上映する機会をもっていただければと思う。

(農文協論説委員会)

*「集落営農支援シリーズ 地域再生編」(DVD 全1枚、VHS 全3巻 定価24000円)。プロローグ編・地域の後継者を育てる集落営農/第1巻・10年後のムラと田んぼを守るには?/第2巻 集落法人とJAが描く地域営農戦略/第3巻「地域貢献型」へ進化する集落営農

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現代農業 2010年3月号
この記事の掲載号
現代農業 2010年3月号

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DVD集落営農支援シリーズ 地域再生編 DVD集落営農支援シリーズ 地域再生編』楠本雅弘 監修 JA全中 企画

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