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農文協トップ主張 2009年12月号

「耕作放棄地」活用で「地域の再生」

目次
◆ふるさとの土地を残土置き場にしないために
◆母ちゃん4人のそば屋がお年寄りを活気づけた
◆小さな仕事をおこし、新規就農者を呼び寄せる直売所
◆苦境に立つ地元建設業者が農と食で仕事をおこす
◆放牧でハラの再生を

 全国各地で「耕作放棄地対策」が課題になっている。国も平成21年度から「耕作放棄地再生利用緊急対策」をスタートさせ、支援に乗り出した。

 ふるさとの田畑が草だらけになっていくのを見るのはしのびないものだ。普通に田畑に生えるような雑草ならまだしも、セイタカアワダチソウが茂ったり、灌木が生えたりすると元に戻すのも容易ではない。そのうえ、こうした荒れた土地には、よその人が車で家電製品や家具のような大型ごみを運んできて、捨てたりするので油断ならない。あるいは産業廃棄物の捨て場や残土置き場に狙われて、業者が話を持ちかけてくる。風景がすさめば、人の心もすさむ。自分の土地でなくても、早めになんとか手を打ちたい。

 しかし、みな好き好んで「耕作放棄」をしているわけではない。耕さない人にもそれぞれ事情がある。

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ふるさとの土地を残土置き場にしないために

 愛知県常滑市で造園業を営む後藤良光さん(40歳)は、土木業者から、耕作を放棄していた1反の田んぼを残土の仮置き場として貸してくれないかと依頼された。

 後藤さんがもっている水田は2反。うち1反は農協管理で自家消費用のイネをつくってもらっている。もう1反は圃場整備で3反区画になったところで、3人の田んぼで1枚になっている。区割りははっきりしているが、見た目はひとつの田んぼ。後藤さん以外の2軒は代替わりした勤め人で、イネをつくる気がない。自分の持ち分だけでも作付けをすればよいのだが、草刈り以外を農協に作業委託すると、1反当たり1俵ほどの利益にしかならず、つい2の足を踏んでしまう。こうして6年間、草が生えるままにしていた。

 後藤さんの家のポストに土木業者の名刺が入っていたのは2年前のことだ。県道沿いのまとまった耕作放棄地だから、残土置き場の候補地として目をつけられたのだ。業者に電話すると「『いい残土』だから、終わったら元に戻すから」という話だったが、知り合いの同業者に相談したら、「もしその業者が倒産でもしたら農地に戻す費用は莫大なものになる」と言われ、不安になった。

 後藤さんはこの4月から自分の1反の田んぼだけは草を刈っている。セリ、ヨシ、ノイバラ、セイタカアワダチソウなどはすぐに伸びてくるので、2カ月おきに刈るようにした。そうしたら、半年に1回は来ていた業者が顔を出さなくなった。

 名古屋市の中心から車で約40分、低い山に囲まれ、比較的平坦な兼業農業地帯である後藤さんのまわりでも耕作放棄地はじわじわと増えている。理由はいろいろだ。おじいさんが目が悪いので、おばあさんがひとりで草刈りをしていたが、そのおばあさんも腰を悪くして草刈り機を持てなくなった。あるいは、家を離れている息子たちに財産分与した。よその酪農家が牧草地として借りたまま放置されてクズのジャングルになってしまった、などなど。草刈り機を使うのは年寄りにはしんどい仕事だが、草が伸びるとなおさらやっかいだ。草の重みが刃の上にかかって腰にこたえるからだ。とりわけ、セイタカアワダチソウは背が高く、大きく育つと木質化するのでたちが悪い。

 地域全体がそんな状態になる前に何ができるか。いま、後藤さんは刈ってきた草をあちこちに積み上げて堆肥にし、自給畑で使っているが、今後は、田んぼに排水対策をしてヒマワリを植えようかと考えている。イネを植えないまでも残土置き場ではなく、美しい花畑にしたい。

 自分の土地は自分の土地。しかし、そこはふるさとの風景のひとつでもある。土木業者とのかかわりをきっかけに、後藤さんは自分の土地がここにある意味について考えはじめている。

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母ちゃん4人のそば屋がお年寄りを活気づけた

 考えてみれば、「耕作放棄地」というのは農家にとってずいぶん失礼な言葉ではないか。

 農家が割に合わずに「耕作放棄」しても、そこを駐車場などに売らないのは、その土地に愛着をもっているからではないか。そして、後藤さんのように、イネを作付けないまでも、美しいふるさとの風景を守っていこうという気持ちをもっている人は多い。その気持ちは村に住み続けている人ばかりではなく、村を出ている人、「不在地主」といわれる人にも通じるはずだ。

 農地を草ぼうぼうにするのはしのびない。そうは思っても、手間が足りないし、なにかやっても儲かりそうもないから、つくらないだけなのだ。もし、お年寄りや兼業農家、通い農家でも手軽にできて、あるいは条件が悪くてもお金になる作物や売り方が見つかれば、耕作「放棄地」は何か新しいことをはじめる「余裕地」にかわる。同じ土地を「放棄地」と呼ぶか「余裕地」と呼ぶかを決めるのは、人と土地の関係である。そしていま、資材・機械などに金がかかり、販売面ではきびしい規格が求められる「近代的な農業」ではつくれなかった、あるいは壊されてきた人と土地の関係を創造する条件が大きく広がっている。それが、直売所や農家レストランといった販売組織なのだ。

 長野県塩尻市、標高750mの片丘地区では4人の兼業農家のお母さんたちがはじめたそば屋「山麓亭」が人気を呼び、地域のお年寄りたちが玄ソバづくりに精を出している。

 山麓亭の定番のざるそばは1杯750円。毎日平均80人、年間約2万4000人がそばを食べにくる。「コシがあって香りがいい」と評判の山麓亭のそばは、100%地元片丘産のそば粉で、ほんの少しだけ県内産小麦粉を加えている。玄ソバの生産者は現在16軒、合計4haあまり。

 昨年、山麓亭は1俵45kgの玄ソバを1万5000円で買い取って、合計120俵180万円支払った。収量も栽培面積もさまざまだが、年をとり、そろそろ野菜つくりがおっくうになってきた70代のおばあちゃんたちが嬉々としてソバ栽培に励んでいる。たとえば武居千枝子さん(79歳)は昨年3反の畑で15俵(675kg)のソバを収穫。反収5俵(225kg)と豊作だった。2俵弱は自家用として残したが、山麓亭への売上額は18万6000円にもなった。

 山麓亭のそばの風味がいいのは、天日乾燥しているからでもある。現在流通しているそばのほとんどは機械乾燥だが、山麓亭では生産者がビニールハウスや倉庫の軒下で天日乾燥した玄ソバだけを買い取っている。作業は昔ながらのやり方で、1週間天日に干し、フルイにかけたものを、唐箕を回して選別し、で受ける。乾燥が足りなければまた天日で干す。手間はかかるが、重労働ではないのでお年寄りの仕事にはぴったりだ。この手間をかけることが、山麓亭のそばの魅力を生み出している。

 ソバはきれいに種まきさえすれば、草刈りも除草もいらない。体の弱いお年寄りでも、「ソバならまだまだやれる」という。

「午前中草刈り機を使うと、お昼に足が前に出ないこともある。田んぼでコビエをとっていて、3回も4回も転んで泥だらけになったことも。ソバはきれいに種をまきさえすれば草が出ないのでうんと楽。まわりだけちょこちょこジョレンで掻いてやればいい」

 トラクタで耕耘するのは勤めに出ている息子に頼めばいいし、収穫の手が足りなければ、農協に委託してコンバインで刈ってもらうこともできる(1反1万3000円)。

 山麓亭は4人のお母さんたちが四つ葉グループを結成して、花と野菜の小さな無人販売所を立ち上げ、1人15万円ずつ出してプレハブ小屋を建てて生そばを販売したのが始まり。これが評判を呼び、一人あたり250万円を出資して、直売所に併設する形で農家そば屋を建てた。そのささやかな事業が片丘地区全体の畑が遊休化するのを防いでいる。農家そば屋という販売組織が地域の農家を支えるとともに、お年寄りの労働(栽培・乾燥)が農家そば屋の魅力を高めている。

 かつてのむらには田植えやイネ刈り、用水の管理や道普請などさまざまな場面で「結い」といわれる共同労働の仕組みがあった。家単位での個別経営=家族経営を相互扶助で支えていた。いま個別経営が、労力の面でも資金の面でも難しくなるなかで、高齢者の労力、知恵と技を生かし、農家に儲けを生み出すような地域の「経営」が求められている。直売所や農家レストランは「地域経営」の典型なのである。

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小さな仕事をおこし、新規就農者を呼び寄せる直売所

 いま直売所は数が増えすぎて競争と淘汰の時代に入り、生き残りのためには徹底した品質管理と生産者の選別によって、グレードアップをはかる必要がある、とも言われる。しかし、長野県伊那市の「産直市場グリーンファーム」の小林史麿代表はこうした考え方に真っ向から反対する。そもそも大量生産・大量流通方式が小さい農業をやりにくくし、それを打開するために生まれたのが直売所であり、その原点を守るべきだと思うからだ。たくさんの小さな農業に支えられてこそ、消費者にとっても市場流通には乗りにくい個性的な商品に出会える、魅力的な直売所になる。

 グリーンファームの年間の来客者は58万人。2008年度の総売上高は約8.5億円、登録生産者は伊那地方全域で1600名にのぼる。生産者の売上額は大小さまざまだ。その売場には、野菜ばかりでなく、春になるとワラビやタラノメ、フキノトウから、セリやツクシに至るまで、さまざまな山菜が集まってくる。夏から秋にかけては天然キノコ類やイワナやヤマメ、イナゴやハチの子、マタタビやカヤの実、ヤマブドウ、さらには松ぼっくり、川原の石や流木、アケビのつる細工やわら細工、竹細工なども商品として持ち込まれる。野菜の規格外品や農地以外からとれる「小さなもの」が売れることで、地域に小さな仕事をおこし、非農地を含めた土地の利用が活発になっていく。これこそ農村の起業であり、この相乗効果こそ地域経営というものではないだろうか。

 地域経営は新しい人材を地域に呼び寄せる魅力にもなる。いまグリーンファームでは、耕作放棄地だった土地を活用して、これから農業で働きたいという若者や、定年退職者の新規就農を受け入れる「生き生き100坪実験農場」をはじめた。その呼びかけはこうだ。

「いきなり大きな土地を借りて本格的に就農するのではなく、まずは小面積でベテラン農家のコーチを受けながら自由にできるところから野菜づくりをはじめる。育てた野菜はすべて自分のもの。自家用で消費するほか、食べきれない分はグリーンファームに出荷する。農業資材はグリーンファームで定価の一割引で販売する」

 この呼びかけにこたえ、昨年は県内外から15組が参加した。農業、とくに耕作放棄の畑の雑草とのたたかいはなまやさしいものではなく、引き続き実験農場に挑戦する新規就農者は4名だけ。しかしこの4人には労苦をともにした親密な関係ができた。耕作放棄地だった「生き生き100坪実験農場」の周囲に住宅をつくりたい。小さくてもいいから集会所がほしい。心のよりどころとして祭りのできる神社をつくったらどうかと、夢は広がっていく。

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苦境に立つ地元建設業者が農と食で仕事をおこす

 こうした仕事おこし=地域経営に、地域のいろいろな業種が連携していけばいい。建設業・建築業など地元企業の経営者も不況のなかで、新しい仕事をつくろうと必死で模索している。その経営感覚も生かしたい。

 宮崎県高千穂町集落の農業生産法人「おたに株式会社」は地元の建設会社・光栄建設の新規事業開発から独立した会社だ。現在、手が回らなくなった地元農家の農地(畑2.4ha、水田1.6ha)を管理し、主にソバとハトムギを栽培している。借地料は条件によってちがうが、10a当たり畑は5000円、水田は1万5000円。ときには高齢で働けなくなった農家に頼まれて、借地料なしで耕作することもある。

 高千穂町の田畑は一つひとつの面積が小さく、斜面にある条件の悪いところから放棄されている。もともと建設業者だから重機の扱いはお手のものだ。機械の乗り入れが不便なところでは作業道を整備するところからすすめる。尾谷で収穫された農産物を郷土料理で味わう食事処「おたに家」もできた。光栄建設の事務所だったところを改装したものだ。おたに家では「神楽うどん」や「とろろ飯」などの料理が味わえるほか、民芸品や野菜を販売している。

 宮崎県では官製談合事件の発覚と入札制度改革によって、県内の建設業者の多くが苦境に陥り、倒産したり従業員を解雇したりするなか、光栄建設は会社の規模縮小よりも従業員の雇用維持を考えた。しかしもはや建設業だけでは雇用は維持できない。尾谷集落は眺望のよいところ。その景観を生かして茶屋でもひらけないかと考えた。

 農業生産法人にしたのは生産から消費まで一貫した企業にするためだ。農家の出資者が必要だったので、集落の農家に相談し、3人の賛同者を得た。こうして「おたに家株式会社」を設立する一方で、光栄建設の定款を農作業の受委託もできるように改めた。これにより、光栄建設―おたに家株式会社―尾谷集落で連携がとれ、集落内の野菜をおたに家や、道路をはさんで向かいの直売所で販売する仕組みもできた。

 光栄建設は建設業から景観・食・農地を生かす地域総合産業になり、会社と従業員の生き残りをはかりながら、地域の農家も支えているのである。

 このような動きを支援するのがJAや役場の役割であろう。「条件不利地」でも、作物と売り方を工夫し、そこにしかない「有利さ」をなんとしても見つけ出す。そのために、農家と地域のいろんな業種をつなぎ、地域経営をサポートしていく。「耕作放棄地再生利用緊急対策」も、このような「新しい仕事」を地域経営としておこしていくことに活用したい。

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放牧でハラの再生を

 耕作放棄地がとくに問題になっている中山間地について言えば、そもそもこうした地域ではノラ(田畑)とヤマ(里山)の中間地帯(ハラ)をつぶして農地と人工林を拡大してきた歴史がある。昔は、ハラから田畑に肥料として入れる刈敷や家畜のエサ、屋根葺き用の萱などを入手していた。近代農業の発達はハラを縮小させ、田畑を拡大させるとともに、拡大造林によって田畑の間際までスギ、ヒノキが植えられた。いま中山間地域ではヤマ寄りの手が届きにくく、獣害の出やすいところから耕作放棄地が増えているが、そこはもともとハラだった部分である。このハラをうまく生かしたい。

 ハラの使い方としては少頭数の放牧が有望だ。放牧では、手をかけないで、より広い農地を管理することができる。耕作放棄地の開墾に牛の放牧をすすめている農研機構中央農総研の千田雅之さんの調査によれば、繁殖和牛では、牛1頭に必要な土地は野草がはびこった耕作放棄地のばあいで50a程度、電気牧柵を設置して、放牧するやり方で必要な労力は10a当たり約3時間程度で稲作の10分の1だという。言い換えれば、稲作と同じ労力で10倍の農地を牛とともに管理できるということだ。田畑のまわりに牛がいれば獣害に対する緩衝地帯にもなる。

 日本ではこのような、身近な草地を利用した放牧がなかなか根づかなかったが、「耕作放棄地対策」としてはじめて根付く可能性が開けてきたということだ。

 耕作放棄地に緑肥を植えたり、休閑地とすることで、自然農法を取り入れるための「ゆとりの土地」として活用することもできる。これもハラの新しい使い方だ。直売所によって、山菜やその加工品、蔓や竹などの工芸材料の活用の幅が広がれば、最低限の手をかけながらハラを生かすすべも広がっていく。

 地域経営によって、地域に小さな仕事を多様につくり出し、「耕作放棄地」が死語になるほどに、ノラ、ハラ、ヤマがつながった豊かな地域空間を創造する。そこに、地元企業や他出家族の思いも結集していく。「美しいふるさと」は「新しい仕事」をおこすことでしか守れない。そこに地元の知恵を結集できれば、「耕作放棄地」はいままでなかった有利な条件となり、「地域の再生」の拠点になる。

(農文協論説委員会)

※ここで取り上げた事例について、詳しくは『現代農業』2009年11月増刊「耕作放棄地活用ガイド」をお読みください。

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

この記事の掲載号
現代農業 2009年12月号

玄米はうまい/堆肥栽培 稲作編/炭酸ガス施用 最前線/ハサミ・ノコギリ拝見/畜産 光合成細菌/イモ保存術 ほか。 [本を詳しく見る]

 増刊現代農業 耕作放棄地活用ガイド』考え方・生かし方・防ぎ方

マイナスイメージでとらえられがちな耕作放棄地。しかし新しい農業や、地域の仕事おこしの基盤ともなりうる――本号ではそのような意味で、耕作放棄地の「防ぎ方」と同時に、「考え方・生かし方」を集めました。 [本を詳しく見る]

 増刊現代農業 土建の帰農』公共事業から農業・環境・福祉へ

農業の裏作だった地方土建業。公共事業減で投資が落ち込むなか、地域を守るためリストラは避けたいと余剰人員・遊休地を活用し、安全・安心の食と農、環境、福祉への進出に活路を求める企業が。土建国家が変わる。 [本を詳しく見る]

 地域に生きる』農工商連携で未来を拓く

従来の縦割りの「業種」の壁を取り払い、新しい暮らしと産業づくり=「地域という業態」を創造する多様な営みが今、始まっている。ミクロな取材に基づく豊富な事例とその今日的意味、地域から再生する日本を考える。 [本を詳しく見る]

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