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農文協トップ主張 2009年10月号

堆肥栽培は、地域にも、地球にも効く

目次
◆いま、なぜ、堆肥栽培なのか
◆堆肥栽培、それぞれの工夫のしどころ
◆ドイツでも土ごと発酵、有機物マルチ
◆堆肥栽培は「地域」にも効く
◆堆肥栽培は「地球」にも効く

いま、なぜ、堆肥栽培なのか

 今年1月号で「堆肥栽培元年―肥料高騰 これからの農業」の特集を組み、今月号の巻頭特集は「堆肥栽培 列島拡大中」である。なぜ、いま、堆肥栽培なのか。

 今月号・特集の冒頭記事「1月号『堆肥栽培元年』を読んで堆肥栽培にチャレンジ!」でご登場いただいた群馬県川場村の若き農業者・久保田長武さん(35歳)は、次のように述べている。

 私が今回「堆肥栽培」にチャレンジしてみようと思ったのは、春の肥料を取りにJAの大型資材配送センターに行った際でした。

 これから配達される予定の大量の化学肥料の山を見たときに、「関東の水源、利根川の最上流部の美しい里に、これからこれだけの化学肥料が散布されるのかー」「まかれた肥料はいつか水に溶け、土に入り、河口に流れ込み、いずれは海まで行くのかなー」「もしこの肥料の山が水や土に優しく、毎年使い込むほど土のためにもよく、作物もよく育ち、10年後の子どもたちのためにもいいような資材だったら理想的なのになー」とぼんやり思ったのでした。

 地域の畜産農家は糞の処理に困っているし、私たち耕種農家は堆肥を上手に使えたら経費も抑えられるし、土壌のためにもよいのに、うまくいかないものかなーと思っていました。(中略)

 そんな中、今年の『現代農業』1月号で「堆肥栽培元年」の特集を見て、今までと少し違った堆肥のイメージを持つようになりました。落ち葉のように限りなく土壌改良材的な堆肥もあれば、生の鶏糞のように限りなく化成肥料に近い強い肥効のものもある。これまで、生に近いものから土に近いものまで、「畑に堆肥をまく」という一言だけで何も考えずにバサバサまいていたのが「堆肥を使うのは難しい」というイメージにつながっていたのかな? そこを見直せば、もしかしたらうまくいくのでは?と考えるようになりました。

「今までと少し違った堆肥のイメージ」をもつようになったと久保田さん、そこで「堆肥栽培」の特徴を整理してみよう。

 堆肥栽培のきっかけは、昨年、化学肥料が高騰したことにある。「もう、こんな高い肥料買ってまで農業できない!」と思った農家がこぞって、地元になにか肥料として使える資源がないかを探し回った。畜産農家が処理に困っている牛糞・豚糞・鶏糞などの家畜糞を筆頭に、高速道路の土手の刈り草、食品工場から出る野菜・果物の皮や芯などの廃棄物、ライスセンターから出るモミガラ、近隣の町の人の捨てる生ゴミ……、本気で探してみるといろんなものがありそうだ。「堆肥栽培」とは、こういう身近な地域の有機物資源を本気で肥料として位置づけるやり方だ。

 身近にある有機物の肥料分に注目し、その効き方を計算に入れて不足する分を化学肥料で補いバランスをとる。それが堆肥栽培の工夫のしどころ、腕のみせどころである。

 そして、堆肥の使い方は、完熟した堆肥を土に入れるという常識にはこだわらない。生の、あるいは未熟な有機物をマルチしたり土ごと発酵させたり、光合成細菌などの微生物を使ってうまく発酵させたりと、多様な使い方がある。農家にとっての堆肥栽培は、高い肥料の節約にとどまらない、工夫のしがいがある技術なのである。それぞれの農家の工夫のしどころを、今月号の事例でみてみよう。

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堆肥栽培、それぞれの工夫のしどころ

■堆肥の成分を計算して使う

 冒頭で紹介した久保田さんは「計算」して堆肥を使いこなす工夫をしている。

「チッソ成分3.5%の豚糞を10aに100kg入れたら3.5kgのチッソ量になります。(中略)。今回はキュウリには堆肥でチッソ20kg分くらい元肥に入れたかったのですが、昨年の緑肥でまいた冬のライ麦を残肥5kgとみて、15kgを堆肥でやることにしました。成分3.5%ですが、堆肥なので3%くらい効くものとして計算してみると、10aに25袋。元肥はこの豚糞のみで、追肥は有機化成やNK化成で補って堆肥栽培をしてみました」

 そんな久保田さんの目標は、「成分計算した堆肥の使用と、どのくらい吸われたかという土壌分析と、実際の作物の生育具合を見ながらの『ハイブリッド農法』で、自分なりの堆肥をうまく使える法則」を見つけることだ。

■追肥も自在に

 堆肥栽培を続けて5年目の福広博敏さんは徹底的に土と作物の分析を繰り返して、堆肥の施用量の精度を上げてきた。約1haの畑で15品目の野菜を堆肥栽培。トマトでは元肥ゼロ出発、足りない成分はあらかじめ堆肥に混ぜ2週間ほど再発酵させて追肥する。2段目開花時に、通路中央に30cm幅で反当1t表面施用し、かん水チューブを株元から堆肥の上に移して全面マルチ。かん水を続けると、根が堆肥に集まってくる。追肥で堆肥を自在に使いこなしているのである。

■有用微生物に手助けしてもらう

 群馬県嬬恋村の干川勝利さんが仲間と夢中になっているのは、光合成細菌を自分で培養して鶏糞の堆肥栽培に生かすやり方。

 畑にまいた鶏糞の上から光合成細菌をブームスプレーヤでかけてみたら、次々と不思議な効果が現れた。まずはニオイ。光合成細菌をかけただけで、完全にニオイが消えてしまった。根張りも抜群にいい。ウネの表面に細かい根がとび出てくるほどビッシリと張りだした。鶏糞は化成肥料みたいに初期にドーンと効いて、あとは肥効が落ちると聞いていたのに、葉色がずーっと淡い緑色のまま、最後まで追肥なしで収穫できた。

■堆肥も有機物も表面施用で

 三重県多気町の、北川清生さん率いる「多気有機農業研究会・ハウス部会」6名。「体にしみ込むようなうまいトマトをつくる」と噂の集団で、彼らが作るトマトは、地元スーパーのインショップで毎日完売するほど人気だ。

 地元の食品残渣を集めて作る生ゴミ堆肥、地元酒造会社から買う焼酎廃液、その他エリンギの廃菌床や河川敷の刈り草、炭など、地元で手に入るものならなんでも使う。

 チッソが多い生ゴミ堆肥や焼酎廃液、エリンギの廃菌床を、「肥料になる有機物」と位置付けて、チッソ成分を計算し施肥量を決めている。いっぽう繊維質が多い刈り草などは、「腐植になる有機物」と位置付けていて、量は気にせずじゃんじゃん入れる。

 堆肥も有機物もすべて、黒マルチ下に表面施用してしまう、いわゆる有機物マルチである。ウネ部にただ置くだけなので、ロータリなんて不要。去年までは、土と有機物をなじませる程度に、ウネだけ管理機で浅く耕していたが、年々土が軟らかくなってきたので、いよいよ今年は管理機もやめてしまった。

 表面に置かれた有機物は小動物や微生物によって分解され、溶け出した養分は土中にしみ込んでいく。根は好きなところに伸びては、じっくり養分を吸収できる。

■完熟より半生のほうが力がある

 約3haの畑でネギやニンジンなど、堆肥中心の有機農業を始めてかれこれ15年以上になる千葉県の宮城訓さん。堆肥はずーっと完熟させてきたがここ数年、「完熟より、半生に近いほうが力がある」と思うようになった。

 ただし、半生に近い堆肥を闇雲に入れるわけではない。うまく使うために、最低2つ、気をつけている。ひとつは病原菌優占にならないように、半生堆肥に有用微生物を混ぜてやること。ネギの場合は有用微生物たっぷりの完熟堆肥を、半生堆肥に5分の1ほど混ぜる。すると1週間で表面が真っ白になり、ニオイも消える。一度攪拌して内部まで菌が回るようにしたら、もう1週間おいて使う。有用微生物優占にしておけば、大雨が降った後など腐敗菌が繁殖しやすい条件になっても心配ない。

 もうひとつは散布してから作付けまで、3週間くらいはあけることだ。マニュアスプレッダで堆肥をまき、軽くロータリをかけて、土となじむように落ち着かせておく。

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ドイツでも土ごと発酵、有機物マルチ

 ここで、堆肥栽培に豊かなアイデアを与えてくれるにちがいない一冊の本を紹介したい。エアハルト・ヘニッヒ著『生きている土壌――腐植と熟土の生成と働き』である。

 ヘニッヒは1906年、ドイツ生まれ。農科大学に学び、国家認定農家および公認農業技術士として農業を営みながら技術指導者として活躍。そして1950年、フンボルト大学の腐植研究者だったグスタフ・ローデ博士に招かれ、「腐植・堆肥化研究所」の立ち上げに参加するとともに、「都市廃棄物の堆肥化」プロジェクトにも参画。その後、ドイツの有機農業の技術の体系化と農家の組織化に尽力し、1994年に本書(原題「豊かな土壌の秘密」)を書き上げた。原著ドイツ語版も英訳版も版を重ね、このたび、待望の日本語版が出版された(中村英司訳、日本有機農業研究会発行・農文協発売)。

 このヘニッヒが本書で勧めるのは、本誌で追究してきた有機物マルチ方式であり、土ごと発酵方式である。家畜の厩肥をプラウですき込むのが、ヨーロッパの土つくりの常識と思い込んでいたが、どうもそうでないらしい。

 ヘニッヒは「新鮮な厩肥は土の表面でコンポスト化するのが一番よい」とし、「少量ずつ、表土でコンポスト化することは、慣行農業から有機農業に転換する手はじめとなる」とさえ述べている。さらに「有機物で地表をマルチすることは、熟土形成を最適な状態にしてくれるだろう」として、「有機物や植物による地表のマルチは、農耕の諸問題の多くを解決してくれる」と強調している。

 本書の副題は「腐植と熟土の生成と働き」である。有機物利用による「熟土」形成によって、作物が健康に育つ土壌がつくられるとするヘニッヒは、「熟土」には「細胞熟土」と「プラズマ熟土」があるという。簡単にいうと、「細胞熟土」とは、未分解有機物をエサに土壌動物・微生物が活発に活動している土壌であり、これに対し、有機物が分解してできた腐植物質と粘土とが結合した腐植粘土複合体が形成され団粒構造が発達した土が「プラズマ熟土」である。  

 そして表層数cmの「細胞熟土」でできた「分解層」と、その下の「プラズマ熟土」が発達した「合成層(構築層)」という2つの異なる土層が、はっきりと区別されているのが「生きている土壌」である。この2つの土層は「それぞれ異なる特別の機能」をもっており、土壌動物・微生物が活発に活動する分解層の下にできる合成層では、植物の細根と根毛という環境(根圏)のなかで、「全く新しい微生物界をもつ物質循環がはじまる」。この合成層では、根圏微生物が活性化し、それらがリンの可溶化、根の生長に役立つ活性物質やビタミン、アミノ酸などの養分を生成する。チッソ固定菌の活動も活発になる。有機物マルチや土ごと発酵は、ヘニッヒ流にいえば、分解層の活性化によって豊かな合成層を形成する方法ということになる。

 このヘニッヒの見方は、今月号でも紹介した「炭素循環農法」とも共通する。化学肥料の施用はやめ、廃菌床や枯れ草など炭素率(C/N比)の高いものを表層に散布し、浅くかき混ぜていくやり方で、3年ほど続けると土がフカフカになり、生育・収量も安定してくる。

 炭素循環農法の実践者・城雄二さんは、「酸素が不足し、炭素に対してチッソが多くなると腐敗型の土になる。化学肥料や堆肥を入れている一般の畑ではチッソが多く、酸素不足の土中では腐敗はまぬがれない」と述べているが(282ページ)、この見方もヘニッヒと共通する。未熟な有機物をすき込むと酸素不足で土壌が腐敗型になり、「分解層」と「構築層(合成層)」という構造がつくられないことを、有機物利用の最大の問題点としてヘニッヒもとらえている。

 炭素循環農法と、化学肥料を補完的に使う堆肥栽培とは違いがあるが、土壌動物や微生物の働きによって、有機物の持つエネルギーや養分を失うことなく活かそうという点では共通している。こうした有機物利用技術の深まりは、化学肥料の位置づけや使い方をも変えていくだろう。

 ところでヘニッヒは、有機物による熟土形成を補完・促進するものとして、家畜の尿などを発酵させた腐熟液肥や岩石粉末の利用にも注目している。地域の有機物循環とともに、ミネラルの大循環も射程においているのである。

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堆肥栽培は「地域」にも効く

 堆肥栽培が列島拡大中である。それは、それぞれの農家が家畜を飼い、堆肥をつくっていた時代とちがって、地域的な結びつきを強めるなかで進んでいる。畜産農家とつながり、キノコ農家とつながり、食品産業ともつながる。

 昨年、飼料高騰と低乳価で酪農経営が大変苦しかった時、兵庫県南あわじ市の岡本和幸さんは「酪農家が減ると地域が困る、今はがまんのとき」と述べていた(2008年12月号)。

 レタスやタマネギなどの産地である南あわじには牛が6000頭くらいいて、堆肥を供給している。「酪農家が減ったら堆肥がなくなって、野菜農家が困る。素牛の供給も減って肥育農家も困る。牛乳だけやない、野菜と肉の生産を支えているのが酪農家なんよ」と岡本さん。「いつかまた春が来ることを信じて、今はじっとがまんの経営」を、堆肥がつくる地域の結びつきが励ましたのである。その後、飼料も化学肥料の値段も下がったが、堆肥栽培がもたらす結びつきは強まりこそすれ、弱まることはないだろう。

 山形県・新庄もがみ農協の「福寿野ニラ生産組合」では、地区内の酪農家3戸と協力して、良質堆肥を運搬費のみの低価格で供給し、そのおかげで高齢農家が元気にニラ栽培に取り組んでいる。堆肥栽培は生涯現役農業をやりやすくする(2008年4月号)。高齢者に人気のアスパラも、堆肥が豊富にあれば収量が高まり、やりがいも倍増する。堆肥栽培は「地域」にも効くのである。

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堆肥栽培は「地球」にも効く

 ヘニッヒは、ここ100年ほどの間に土壌の腐植が減少し続けていることを憂い、それは「生命の根源が危機に瀕している」ことだと警告している。

 ドイツには、「腐植説」を基本において地力維持の農法を研究した、ヘニッヒの先達ともいうべきテーアがいる。そのテーアが『合理的農業の原理』(翻訳本全3巻・農文協刊)をまとめた19世紀初頭のドイツでは、小麦がよくとれる良質の土壌の腐植含有率が6.5〜8.4%、砂壌土でも2%あったが、現在では最良の黒色土壌でも2%、砂壌土では1%を超えることはほとんどない、という。「生命の法則に沿った道とは、腐植と深く関わって生きる道」であると考えるヘニッヒにとって、腐植の減少・消耗は人類の滅亡への道である。堆肥栽培は、人類史的にいえば「生命の根源」を守っていく、取り戻していく営みといえるであろう。

 そして最近、地球環境問題から堆肥が見直されている。

 地球温暖化対策が課題になるなかで「土壌による炭素のシーケストレーション(長期貯留あるいは長寿命固定など)」が注目され、西尾道徳氏の「環境保全型農業レポート」No.101によると、次のようである(農文協「ルーラル電子図書館」で配信、閲覧無料)。

 地球上では、炭素が有機物として何百年、何千年にもわたって土壌に保存されてきており、その量を増やすことができれば、上昇しつつある大気中の二酸化炭素濃度を下げるのに貢献できると期待されている。農林水産省の基礎調査に基づく試算では、全国の水田土壌に反当1t、畑土壌で1.5tの稲ワラ堆肥を連用した場合、施用しない場合に比べて毎年約220万tCの炭素貯留量が増加するという。この量は、京都議定書で定められた我が国の第一約束期間における温室効果ガス削減目標量2063万tCの10.7%に相当するというから、決して小さくはない。

 堆肥栽培は、化学肥料の削減、化学肥料を製造するための膨大な化石燃料の削減と合わさって、地球にも大いに効く。土にも作物にも、地域にも、そして地球にも効く堆肥栽培を、一層拡大したい。

(農文協論説委員会)

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「田舎の本屋さん」のおすすめ本

 生きている土壌』エアハルト・ヘニッヒ 著 中村英司 訳

土壌の耕作最適状態である「熟土」はどのように用意されるのか? その鍵を握る腐植や腐植粘土複合体の生成を、新鮮有機物や堆肥、微生物や植物の根、ミミズの働きと結びつけ、生きている土壌個体の活動として描く。 [本を詳しく見る]

 合理的農業の原理 全3巻』アルブレヒト・テーア 原著 相川哲夫 訳

農業と農学の原点として、経営、技術、教育、研究まで実践的示唆を与えてくれる [本を詳しく見る]

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